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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第一三章 帝国海軍、ハワイへ
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八三 真珠湾工廠爆砕作戦


 「吊光弾投下されました! 本艦より左七五度、距離二万メートル!」

 「通信より砲術。『信濃』一番機より入電。『ただ今投下せる吊光弾の直下はフォード島なり』以上です」

 一九四二年一二月一四日、午後一〇時一三分。(現地時間)

 ハワイ諸島はオアフ島南岸の沖合を、帝国海軍第二艦隊の別動隊の一つである第一挺身隊の旗艦『信濃』は、僚艦『三河』を後ろに従えながらまるで我が物顔で航行していた。

 その『信濃』の艦橋の一番上にある射撃指揮所の中は、まさにこれから始まろうとしている戦闘を前にして、何とも言えぬ緊張感に包まれていた。

 「艦橋より砲術。何か問題は無いか?」

 「ありません。こちらの準備は万端です」

 そんななか、夜戦艦橋に詰めている『信濃』艦長の矢野英雄海軍少将からの最終確認に、射撃指揮所の砲術長席に腰を下ろしている佐久間肇海軍中佐は淀み無く答えた。

 「よし。まもなく観測機から二発目の吊光弾が投下される。言うまでもないことだが、本艦の目標はその真下だ。それから、本艦の速力を一八ノットに固定するように機関長に言ってある」

 「了解です。ところで艦長。敵の要塞群に何か動きは?」

 「今のところ報告は無いが、要塞は三戦隊が睨みをきかせている。君は余計なことを考えずに己の役割を果たしてくれ。なに、本艦の主要防御区画は敵要塞の四〇,六センチ砲では射抜けんから心配には及ばんよ」

 「そうでしたね。分かりました、本分を尽くします」

 佐久間はそう言って矢野とのやり取りを終えると、砲術長席から立ち上がって射撃指揮所に左前方の窓際に歩み寄った。

 先の対空戦闘において、何をするにもとりあえず戦闘機は欠かさない帝国海軍にしては珍しく、艦砲のみで敵機と渡り合った第一挺身隊は、一〇隻程度の小艦隊とは思えない濃密な弾幕でこれを撃退することに成功はしたが、決して無傷で済んだわけではない。

 狙われた二隻の戦艦は、アベンジャーによる雷撃を避けることを第一とした対空射撃及び回避運動を行い、僚艦の援護射撃もまたアベンジャーを集中して狙ったため、ドーントレスによる急降下爆撃に対する反撃が二の次になってしまった。

 結果的に魚雷は全て回避したとは言え、『信濃』は二発、『三河』は三発の一〇〇〇ポンド爆弾が命中し、特に『三河』は艦尾の艦載水上機整備甲板を艦載機もろとも破壊され、おまけに水上機の燃料タンクに満載されていた、翔号作戦用に特別支給を受けた超上質のハイオクガソリンが盛大に燃え上がり、航空兵装を全て失うという思いもよらない被害を被っていた。

 『信濃』も左舷中央部の六番高角砲を爆砕され、F4Fワイルドキャットの機銃掃射によって二基の機銃座を破壊されている。

 個艦の防空能力を最大限に引き出すために、一六基の九六式五〇口径一二,七センチ連装高角砲と五六基の九八式六五口径三〇ミリ連装機銃を装備している『信濃』にすれば、受けた損害は微々たるものではあるが、それでも『信濃』の乗員、佐久間の部下の中から戦死者が出ていることに変わりはない。

 だが、佐久間が物思いにふけっている時間はそう長くは続かなかった。

 「新たな吊光弾投下されました! 本艦より左八〇度、距離一万九〇〇〇メートル!」

 「機関より砲術。本艦速力一八ノット。回転制定」

 「砲術より艦橋。主砲撃ち方始めます。主砲目標、吊光弾直下! 測的始め!」

 見張り員と機関室からの報告を受けた佐久間は、瞬時に頭を切り換えて力強くそう下令した。

 「目標、吊光弾直下。測的良し!」

 「方位盤良し!」

 「主砲、射撃準備良し!」

 「よし。撃ち方始めッ!」

 やがて、きびきびとした報告が射撃指揮所内を駆け巡り、そして主砲発射を告げるブザーを鳴らしながら、佐久間の口からその号令が飛び出した刹那、四基の主砲塔のそれぞれ一番砲が火を噴き、四発の二式通常弾を吊光弾の直下、海軍施設としては一級品揃いで合衆国海軍が全世界に誇る真珠湾工廠めがけて弾き出した。

 号令を発した佐久間が首から下げた双眼鏡を通して見ている真珠湾工廠周辺は、吊光弾の放つ光が一際眩しく見える程の漆黒の闇に包まれている。

 彼等日本戦艦の目的を正確に察知した米軍は、軍施設だけでなくホノルル等の市街地にまで厳重な灯火管制を敷いているようだが、夜目をこれでもかという程に鍛え上げた、零式水上観測機の搭乗員達には無意味であろう。

 と、佐久間が再び物思いにふけっていると、ストップウォッチを手にした水兵の「用意、だんちゃーく!」という声が響き渡り、次の瞬間、吊光弾の光とは比較にならない輝きを放ちながら一斉に花開いた四つの花火が、オアフ島の投影を浮かび上がらせ、何かは分からないが建造物に火災を起こさせる様子が確認された。

 『信濃』が第一射から有効弾を得たことに、佐久間が一人ほくそ笑んでいる間にも、海軍入隊以来ずっと『信濃』乗組を通しているようなベテラン下士官達は、先の弾着位置や観測機からの報告をもとに、『信濃』の巨大な主砲塔を僅かに旋回させ長く太い主砲身の仰角を微調整していく。

 そして「調整終わり!」の報告に、半ば反射的に佐久間がブザーを押すと、方位盤を担当する超ベテランの海軍特務少尉が落ち着いて引き金を引く。

 今度は『信濃』の二番砲が火を噴き、次に三番砲、その次にまた一番砲、という具合に、『信濃』はある意味悠々とオアフ島に向けて交互撃ち方を続けていく。

 そして、二式通常弾を用いての交互撃ち方を五回続けたところで、観測機から「工廠設備への命中を確認」の一報が飛び込んだ。

 すると佐久間は、待ってましたとばかりに大音声で新たな命令を発した。

 「一斉撃ち方! 弾種を徹甲弾に変更!」

 「一斉撃ち方了解」

 「一分隊長より砲術長。次より一式徹甲弾を装填します」

 方位盤担当の特務少尉と、佐久間の配下の三人の分隊長の内、主砲担当の第一分隊長からのベテラン故の落ち着いた復唱を受け、佐久間は一瞬で興奮状態になってしまった自分を戒めた。

 いくら敵の反撃が無いとは言え、軽はずみに過ぎる。

 だが例によって、物思いにふける時間も無い。

 「装填終わり!」の報告が第一分隊長が上がり、我に返った佐久間は、昼間と夕方の対空戦闘時を除いて六回目となる主砲発射のブザーを鳴らした。

 直後、一二門の主砲が一斉に唸りを上げ、単純計算でこれまでの三倍の衝撃を後に残して弾を吐き出す。

 佐久間が弾着を待つ間に、後檣の予備射撃指揮所に詰めている高角砲担当の第二分隊長から、『三河』も斉射に移行したことが報告され、一呼吸置いて強烈な発射音が彼の両耳に響く。

 もっとも、この時発射されたのは工廠施設を破壊するための一式徹甲弾ではなく、これまでと同じ二式通常弾だ。

 と言うのも、弾種変更の命令を出す以前に斉射三回分の二式通常弾が装填機や揚弾機にあったためで、これを撃ち尽くさない限りは徹甲弾を撃つことは出来ない。

 焼夷榴散弾を撒き散らす散弾の化物である二式通常弾では、本来の目標である工廠施設を破壊することは出来ないが、その他一般の建造物には悪魔的な威力を発揮するはずだから、これはこれで充分に意味のあることではある。

 「一分隊長より砲術長。一式徹甲弾装填終わり!」

 やがて、装填されていた二式通常弾を撃ち尽くし、新たに一式徹甲弾を装填した第一分隊長からの報告が上がり、佐久間は一際力を込めてブザーを鳴らした。

 次の瞬間、二式通常弾を用いての斉射とは比較にならない衝撃が射撃指揮所を揺さぶり、『信濃』は翔号作戦が始まって以来初となる、一式徹甲弾による砲撃を開始した。

 「やはりきついな。強装薬の衝撃は」

 何か固いものが頭を直撃したような感覚に、佐久間は苦笑いを浮かべながらつぶやいた。

 その名の通り、敵艦の装甲板をぶち抜くことが求められる徹甲弾は、着弾時の運動エネルギーを強大なものとするために、発射時に可能な限り初速を稼がなければならなず、必然的に弾丸を弾き出す装薬もより強力なものが使われているのだ。

 ストップウォッチを手にした水兵の弾着報告も幾分早く、一方で二式通常弾に比べると弾の内部に仕込まれている炸薬の量がごく僅かであるため、視覚的にはむしろ、大した戦果が上げられていないようにも見える。

 しかし実際には、これまで飛び散る焼夷榴散弾にしぶとく耐えてきた工廠の鉄鋼が一撃で叩き折られ、巨大なクレーンが轟音をたてて倒壊する。

 真珠湾に落下した砲弾は海底の泥を大量に含んだ水柱を高々と噴き上げ、直撃を受けたドックには大穴が開き、無数のひび割れが走る。

 『信濃』は使用弾を一式徹甲弾に切り換えてから六回の斉射を実行したが、同時に一八ノットの速さで前進しているため、時間が経てば経つほど真珠湾からは離れていく。

 そのため、第一挺身隊の指揮を執る第二戦隊司令官阿部嘉輔海軍中将の「砲撃一時中止。二戦隊、右一斉回頭。右砲戦」の命令が入ったところで、佐久間は砲撃をいったん止めさせた。

 当初の計画通りなら、『信濃』の現在位置はワイキキ・ビーチの東、ダイヤモンド・ヘッドの沖合約一万六〇〇〇メートル。

 米軍が反撃してくるとするならば、まさに今だ。

 そんな佐久間の心配をよそに、『信濃』はおもむろに艦首を右に振り、これまで左舷側を向いていた主砲塔もゆっくりと右舷側に旋回していく。

 そして、『信濃』の艦尾がちょうどオアフ島の方向に向いた時、佐久間の懸念は現実のものとなった。

 「ダイヤモンド・ヘッド中腹に発射炎多数!」

 「真珠湾口にも発射炎!」

 といった絶叫が後部見張り所や予備射撃指揮所から発せられ、不気味な飛翔音が迫ってきたかと思うと、『信濃』の周囲に次々と弾着の水柱が噴き上がった。

 「艦橋より砲術。本艦目標、真珠湾口の敵要塞!」

 「主砲目標、真珠湾口の敵要塞! 発射炎を狙え!」

 「了解。測的始めます!」

 林立する水柱の中で『信濃』が回頭を終えると、即座に矢野からの命令が入り佐久間は直ちに目標の変更を指示すると、予備射撃指揮所から歓喜に満ちた報告が舞い込んだ。

 「三戦隊、『出雲』と『越前』撃ち方始めました!」

 『信濃』が新たな目標に対して照準を定めている間に、それまでダイヤモンド・ヘッドの沖合二万メートルの海面をただ遊弋していた第二挺身隊の戦艦が、『信濃』と『三河』を狙う要塞砲を粉砕すべく砲撃を開始したのだ。

 第一挺身隊がオアフ島の北方海面で空襲を受ける前に、それを避けるかのように別経路を通ってオアフ島に接近し、午前中の航空攻撃においては無視したカネオヘ、ベローズ両飛行場に艦砲射撃を浴びせ、完全に使用不能に追い込んだという妙な活躍をした二隻の戦艦が、ここにきて沈黙を破り、先程とは違い全力で僚艦の援護に徹している。

 「目標、真珠湾口の敵要塞。測的良し!」

 「方位盤良し!」

 「主砲、射撃準備良し!」

 「撃ち方始めッ!」

 しばらくして、状況の変化にまったく動じていない下士官達の報告が射撃指揮所内を駆け巡り、佐久間はブザーを鳴らしながらこの日四回目となる命令を発した。

 目標を変更したため、交互撃ち方に戻しての砲撃だ。

 四門の主砲から発射炎が猛然と噴き出し、一式徹甲弾を音速を遥かに上回る初速で弾き出す。

 数秒遅れて、一斉回頭により『信濃』の前方を占位した『三河』からも発射炎がほとばしる。

 だが、砲撃戦は明らかに米軍側に有利に展開していた。

 四〇,六センチ砲弾の直撃こそ無いものの、それよりも口径の小さい砲弾の直撃は手数が多いせいか早々と受けている。

 これらの砲弾に主砲塔や主要防御区画を射抜く力は無いが、高角砲塔ぐらいなら余裕で吹き飛ばし装甲の薄い構造物を破壊する力は充分にあるのだ。

 対して『信濃』以下の日本戦艦群は、未だに要塞に対してこれといった打撃与えられていない。

 そして、佐久間の額に冷や汗が浮かんだ時、突如巨大な火炎がオアフ島を照らし出し、同時に『信濃』をこれまでに無い衝撃が襲った。

 日米両軍はお互いに命中弾を得たわけだが、その勝敗はまだ誰にも分からなかった。



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