表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第一三章 帝国海軍、ハワイへ
82/113

八二 オアフ近海の戦艦群


 「オアフ島カフク岬沖六〇海里を敵艦隊が南下中。敵艦隊は戦艦四隻を伴う」

 「オアフ島北西方向より敵機来襲。機数はおよそ一〇〇機。敵機到達まで後二〇分」

 という二件の報告が真珠湾岸の合衆国海軍太平洋艦隊司令部に飛び込んだとき、司令部の主たるチェスター・ニミッツ海軍大将はそこにいなかった。

 索敵のために出撃したPBYカタリナ飛行艇からの通報により存在が確認された、空母三隻を基幹とする機動部隊……オアフ島の西方約三三〇海里を東に向かって急進中の艦隊を攻撃すべく、オアフ島東岸のモカプ半島にあるカネオヘ海軍航空基地で編成された攻撃隊を見送るため、同航空基地に出向いていたのだ。

 「一〇〇機か。まぁ予想通りだが、問題は艦隊の方だ」

 報告を受けたニミッツがカネオヘ航空基地の司令室でそうつぶやくと、太平洋艦隊の幕僚達の中で唯一ニミッツに同行している航空主任参謀のデニス・スタンプ海軍中佐が口を開いた。

 「攻撃隊の目標を変更されてはいかがでしょう? 目下、驚異なのは空母よりも戦艦です」

 「そうだな……」

 スタンプの具申にニミッツは即答せず、司令室の窓際に歩み寄って空を見上げた。

 二波に渡って来襲した日本海軍の攻撃隊が完全に無視していったカネオヘ航空基地は、それだけ規模が小さく重要な飛行場というわけでもない。

 しかし、陸軍航空軍所管のものはともかく、オアフ島にある太平洋艦隊指揮下の飛行場の中で、まったくの無傷を保っているのはここだけである。

 もっとも、その他の飛行場も合衆国海軍ご自慢の海軍設営隊が必死になって復旧作業にあたっているが、真珠湾に浮かぶフォード島の飛行場は駐機していた機体や格納庫を片っ端からやられ、ハーバースポイント海軍航空基地もまた然りであるため、飛行場が使えるようになったとしてもあまり意味は無い。

 残るエヴァ海兵隊航空基地には、空襲を生き延びた戦闘機と艦爆が合わせて四〇機程度即時出撃体制をとっていたが、今頃は戦闘機隊が決死の迎撃戦に向かい、艦爆隊は大慌てで空中退避をしているであろう。

 「……君は合計三七機の艦爆と艦攻で、四隻の戦艦を食い止めることが可能だと思うのかね?」

 「もちろん、撃沈は難しいでしょうが、一隻に攻撃を集中すれば損傷を与えることは可能ですし、エヴァの艦爆隊も攻撃に参加させれば、撃沈出来る確率も高くなります」

 「潜水艦の報告では、西の艦隊に配属されている戦艦はイセ・タイプだ。残る日本軍の戦艦の内、アマギ・タイプは日本本土に留まっているようだから、北の艦隊に配属されていて今オアフに接近している戦艦はヤマト・タイプかシナノ・タイプだ。両タイプとも、我が合衆国海軍や英国海軍の新鋭戦艦と撃ち合い、その結果勝利を得ている。たとえ一隻を撃破してもそのような戦艦が三隻もいれば、このオアフは地獄と化すだろう……が」

 ニミッツはいったん言葉を切り、自嘲的な笑みを浮かべて再び口を開いた。

 「三隻だろうと四隻だろうと大した違いは無い。要するに、どちらを狙った方が太平洋艦隊の名誉の失墜を抑えられるか。それが最大の問題なのだからな」

 太平洋艦隊の根拠地であり、ここが無ければ対日戦争など戦えたものではないと言っても過言ではない。というようなハワイ諸島をこのような状態にしてしまった以上、合衆国海軍におけるニミッツの立場は失われたも同然だ。

 しかし彼は、彼自身が太平洋艦隊司令長官の地位にある限り、ハワイを巡る戦況がどのようになろうとも、沖合に日本艦隊が居座りそして爆撃機が一機でもいる以上は、断固として反撃を続ける決意を固めていた。

 無論、それは自身の保身のためではない。あくまでも、開戦以来負け続けている太平洋艦隊のためであった。

 「……開戦以来、我が合衆国海軍は二隻の日本戦艦を砲撃戦において撃沈していますが、こと航空戦に関してはさっぱりです。何しろ、五時間前の航空攻撃での戦果が開戦以来初となる航空機による艦艇の撃沈なのですから」

 「なるほど、確かにそうだ。まったく、今回の戦争はいったいどうなっとるんだ」

 おずおずとしたスタンプの指摘に対し、ニミッツはひきつった笑みを浮かべると、胸の奥に溜まっていた鬱憤をほんの少しだけ吐き出した。

 本当はもっとおおっぴらにぶちまけたいのだが、今ここで万全の備えが出来ていなかったにも関わらず、半ば強引に対日戦争を始めた大統領や、航空戦力においては圧倒的に劣勢だったのにも関わらず、水上砲戦力の優勢を頼みに遮二無二突っ込み、その結果太平洋艦隊にほぼ壊滅的な被害を被らせた一年前の太平洋艦隊司令部に対して、不満を爆発させたところで何の益も無いのだ。

 「長官。すでに攻撃隊は進撃中です。目標を変更されるのでしたら、早いご決断を」

 それてしまった話をスタンプが元に戻して決断を求めると、ニミッツは少し考えてからしっかりとした口調で決定を告げた。

 「……よし。攻撃隊の目標を敵戦艦部隊に変更する。それからエヴァの艦爆隊をいったんマウイに降ろし、爆弾を積ませて直ちに出撃させよ」

 「了解しました。直ちに命令を出します」



 「電測より艦橋。敵『甲編隊』針路変更。真っ直ぐこちらに突っ込んで来ます」

 「来たか。合戦準備、対空戦に備え!」

 「対空戦闘用意、急げ!」

 「電測より艦橋。本艦より方位一八〇度、距離七〇海里付近に新たな敵編隊を探知。どこかに移動する様子はありません」

 「迎撃戦闘機だな。全艦宛て通信。新たな敵編隊を『乙編隊』と呼称す。それから六五一空にも合わせて伝えよ」

 第二艦隊より分派された第一挺身隊と呼ばれる別動隊の旗艦、戦艦『信濃』の羅針艦橋に電側室からの報告が飛び込むと、司令官の阿部嘉輔海軍中将と艦長の矢野英雄海軍少将は立て続けに命令を発した。

 命令と復唱、下士官や兵達の靴音が巨大な艦内に響き渡り、突然の出来事に『信濃』は一時騒然としたが、そこはベテラン揃い。無駄の無い素早い動きで各々の持ち場に飛び込み、配置完了の報告を上へ上へと上げていく。

 その結果、訓練でもそうは出ないであろう好タイムで、配置を完了させた『信濃』の高角砲と機銃を担当する乗員達は、次いで砲身や銃身に軽い仰角をかけて敵機を待ち受ける。

 そして、『信濃』自体も速力をこれまでの二五ノットから最大速力の二九ノットに押し上げると共に、艦橋前後の四基の主砲塔を旋回させ太く長い主砲身をゆっくりと持ち上げていく。

 「砲術より艦橋。本艦対空戦闘用意良し!」

 「後部見張りより艦橋。二挺隊各艦取舵に転舵。我が隊より離れていきます。針路一三〇」

 「了解。一挺隊針路二二〇度。『出雲』宛て通信。『貴隊の健闘を祈る』」

 羅針艦橋から夜戦艦橋に移動して来た阿部は、まず一言目にそう静かに言った。

 信濃型戦艦二隻に鳥海型重巡一隻、他に軽巡一隻に駆逐艦七隻という、阿部率いる第一挺身隊とまったく同じ編成がされている第二挺身隊の司令官は、第三戦隊司令官の金沢正夫海軍中将が務めており、二人は海軍兵学校三九期生として共に学んだ仲だ。

 平時であろうと戦時であろうとお構い無しに、異常なまでに厳格な年功序列制度が敷かれている帝国海軍において、海軍兵学校の先輩はもちろんのこと、同期生に対してもよほどのことが無い限りは要請ならともかく“命令”を発することは許されないし、お伺いをたてる必要も基本的に無い。

 よって、ただ作戦通りに動いているだけとは言え、一隻の空母も伴っていない第一挺身隊を預かる身としては、同じ編成の第二挺身隊が勝手に離れていくのを黙って見ているのはある意味辛いものがあるが、だからと言ってどうすることも出来はしない。

 その点、つい先程挺身隊の上空をかすめて行った、第六艦隊よりの第一次攻撃隊の戦闘機隊に直衛の任を要請することは……指揮系統が違うためあくまでも命令は出来ない……まだ可能ではあるが、阿部はあえてそうしようとはしなかった。

 攻撃隊の正確な編成は分からないが、防御思想の強い帝国海軍の航空隊は攻撃隊を編成する際、その半数を戦闘機で占めるのが基本であるから、一〇〇機前後とみられる攻撃隊の内、戦闘機は約五〇機。

 第一挺身隊司令部が『乙編隊』と名付けた、オアフ島のホイラー飛行場付近の上空で旋回しながら待機している敵機の一団は、まるで移動する気配を見せないことから考えると、攻撃隊を迎撃するための戦闘機であると思われるから、彼等の任務を成功させるためにも余計な要請はするべきではない。阿部はそう考え、指揮下の各艦の艦長と砲術長の腕に賭けることに決めたのである。

 「見張りより艦橋。右一〇度、敵戦爆連合。高度四〇!」

 そうこうしている間に、当初は西の第六艦隊方面に向かうかと思われた『甲編隊』が、『信濃』の見張り員の視界内に入り込んで来た。

 「艦橋より見張り。敵機の数は分かるか?」

 「約五〇機。距離は三万」

 「了解。艦橋より砲術。距離二万で主砲撃ち方始め。高角砲の発砲の開始は任せる」

 「距離二万で主砲撃ち方始め。高角砲はこちらで判断します」

 矢野は艦橋トップの射撃指揮所に詰めている砲術長の佐久間肇海軍中佐に簡潔に指示を与えると、首から下げていた双眼鏡を構えて、まだ黒い点の集まりにしか見えない敵機を見つめた。

 ウェーク島沖海戦で米新鋭戦艦と撃ち合った身からすれば、五〇機程度の、爆撃機に絞れば三〇機程度であろうの敵機に、艦齢は二〇年に迫ろうとも未だに世界最大級の戦艦として、世界にその名を轟かせている信濃型戦艦が負けるとは思えない。

 問題は米軍の執念だ。

 帝国海軍にはハワイ諸島を占領する気などこれっぽっちも無いため、オアフ島の制空権を握るために第二艦隊から出撃した計六〇八機の攻撃隊は、真珠湾に在泊していた艦艇を攻撃した雷撃隊や、一般市民を装ってオアフ島で生活しつつ太平洋艦隊を中心とする米軍の動向を探っている、帝国海軍の諜報機関の一つの“J機関”が前もって入念に調べあげた真珠湾の重油タンクの破壊を請け負った艦爆隊を除けば、徹底的に飛行場を掃討したのだ。

 その結果、オアフ島の飛行場は一時沈黙していたが、米軍はハワイ島から反撃部隊を第二艦隊に差し向け、あろうことか第二艦隊の旗艦を司令部もろとも海中に叩き込んでしまった。

 この反撃に対する反撃として、第二艦隊がハワイ島に送った第三次攻撃隊は、同島の飛行場も司令部の仇とばかりに使用不能に追い込んだ。

 そして、米軍の戦意を立ち直ることが不可能になるまで叩き折るために、四隻の信濃型戦艦による艦砲射撃をオアフ島に仕掛けようとする帝国海軍に対して、米軍はなおも抵抗を試みているのだ。

 はたして翔号作戦の最終目的である、米国国民に厭戦気分を沸き起こさせ、そのまま講話に持ち込むことなど本当に可能なのだろうか。翔号作戦の発案者である山本長官や作戦計画書を書き上げた黒島参謀は、確たる確証を持っているのだろうか。

 そう矢野が物思いにふけっていると、不意に主砲発射を告げるブザーが『信濃』の艦内に鳴り渡り、一呼吸置いて一二門の主砲から一斉に発射炎がほとばしった。

 「後部見張りより艦橋。『三河』及び『足柄』、撃ち方始めました」

 「見張りより艦橋。敵機散会します!」

 二隻の巨艦の艦上に突然噴き出した火炎が意味するところを正確に悟ったのか、米軍機の群れはそれまで綿密に組んでいた編隊をバラバラに崩した。

 その直後に炸裂した大小三四発の二式通常弾は、敵機が散会などしないという前提に立って時計信管が設定されていたため、派手に弾丸を撒き散らした割には大した戦果は上げられなかった。

 思わぬ結果に矢野が軽く舌打ちすると、再びブザーが鳴り渡り主砲が咆哮を上げる。

 佐久間はギリギリまで主砲による迎撃を続けるつもりのようだが、速射性に欠ける主砲は、目標の位置が目まぐるしく変わる対空戦闘にはそもそも向いていない。

 結局、『信濃』を守るのは高角砲と機銃、そして矢野の操艦技術だ。

 そう開き直った矢野は夜戦艦橋に仁王立ちになって、転舵のタイミングを測るために迫り来る敵機をじっと見つめた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ