八一 角田機動部隊急進す
「全軍突撃せよ!」
一九四二年一二月一四日、午後一四時三〇分(現地時間)。
ハワイ諸島の中でも最大の面積を誇るハワイ島の北東部、レレイヴィ岬にあるヒロ航空基地に、機体に鮮やかな日の丸を描いた艦載機が、フルスロットルの爆音を轟かせながら多数接近していた。
この艦載機の大軍は、総指揮官の第六八一海軍航空隊飛行隊長の村田重治海軍少佐の命令と共に散会し、一斉にヒロ航空基地に向かって突撃を開始した。
文字通り予想外の米軍の反撃を受け、歴戦の空母一隻と艦隊司令部及び塚原二四三司令長官以下の幕僚全てを失うという大損害を受けた帝国海軍第二艦隊だったが、航空隊の指揮権を継承した第二航空戦隊司令官の山口多聞海軍中将は、そのようなことに動揺することなくあえてオアフ島を無視し、米軍の反撃拠点となっていると思われるハワイ島の飛行場を叩くべく、同島に向けて第三次攻撃隊を出撃させた。
大小一一隻の空母を抱える第二艦隊であったが、『厳島』を失い『雲龍』の飛行甲板が破壊されてしまったため、現在使える艦は残る九隻。
さらに搭載機のほとんどを戦闘機が占めている第六航空戦隊の四隻の千歳型空母は、艦隊の防空に専念するために第三次攻撃隊には搭載機を参加させていない。
そして、オアフ島を目標にして行われた第一次及び二次攻撃に参加した機体の中には、当然ながら未帰還になったものや損傷がひどく再出撃に耐えられないと判断されたものも含まれるため、第三次攻撃隊に参加している機体数は全部で二七二機だ。
この内、村田が率いるヒロ攻撃隊は零戦五九機、彗星四一機、爆装の九六艦攻三七機の戦爆連合一三七機。
また、ハワイ島南西部に位置するコナ航空基地の攻撃を担当する部隊は、村田と海軍兵学校の同期で第六四一海軍航空隊飛行隊長の江草隆繁海軍少佐が率いる零戦六四機、彗星三七機、爆装の九六艦攻三四機の戦爆連合一三五機。
わずか二つの飛行場を叩くには過剰な戦力にも見えるが、何しろよほどのことが無い限り無視する予定だった飛行場であるため、事前に集めた情報も少なく、はたしてどれだけの規模があるのかは、命令を出した山口自身でさえ良く分かっていないのが実状だ。
しかし、そのよほどのことが現実に起きてしまった以上、中途半端な真似は出来ない。どうせやるなら徹底的にやろう。というわけである。
「坂本一番より村田一番。『飛龍』艦爆隊は全機対空砲陣地を攻撃します」
「山口一番より村田一番。『橋立』艦爆隊は全機駐機場を潰します」
「了解。村田一番より市原一番。『蒼龍』艦攻隊は全機飛行場施設を潰せ」
「市原一番了解。『蒼龍』艦攻隊は飛行場施設を潰します」
「村田一番より『飛龍』艦攻隊全機へ。目標は滑走路だ。全機俺に続け!」
第二艦隊よりの第三次攻撃隊は、参加部隊を航空隊ごとではなく母艦ごとに二つの目標に振り分けていたが、それ以上の目標は決められておらず、早い話行き当たりばったりで攻撃目標を選ぶことになっていた。
計画に無かったこととは言え恐ろしく適当な作戦だが、結果論を述べてしまえばハワイ島に配置されていた戦闘機の数にしろ、対空砲陣地の数にしろ、総勢二七二機の攻撃隊を追い返すには不充分に過ぎていた。
レーダーと無線で誘導する暇が無かったらしく、陸軍航空軍や海兵隊航空部隊の戦闘機隊はそれぞれの飛行場の上空に舞っていたのだが、零戦と勝負になるようなP38ライトニングやP40トマホーク、F4Fワイルドキャットといった機体は一二〇機以上いる零戦を食い止めるには数が少な過ぎ、一部混じっていたP36ホークやP39エアコブラ、F2Aバッファロー等は、旧式であったり運動性能が著しく劣るなどしたため、そもそも勝負にならない。
第一次及び二次攻撃隊に参加していた零戦パイロットは疲れを感じさせない動きで敵機を翻弄し、予備隊として参加していなかった者は勇んで敵機や対空砲陣地に突撃する。
戦闘機同士のほぼ一方的な戦いの脇をすり抜けながら、彗星と九六艦攻は護衛の零戦と共に、ついさっき決定した各々の目標に向かって直進する。
飛行場周辺の対空砲陣地が弾幕を張って迎え撃つが、前述の通り絶対数が少なく、機銃座を担当する下士官や兵は零戦の機銃掃射によって薙ぎ倒され、高射砲は彗星が投弾した五〇〇キロ爆弾によって跡形も無く粉砕されていく。
対空砲陣地を爆撃した彗星が急上昇すると、入れ違いに駐機場を爆撃する彗星が急降下に入り、九六艦攻は整然とした隊形を維持したまま目標の上空で一斉に爆弾を切り離す。
彗星が投弾した五〇〇キロ爆弾が駐機場を抉り、退避が間に合わず駐機されたままになっていた機体を吹き飛ばしたかと思えば、九六艦攻が一機あたり二発投弾した二五〇キロ爆弾が滑走路に大穴を空け、格納庫を潰し管制塔を叩き折る。
ある意味奇跡的にハワイ島のコナ航空基地に展開していたうえに、第二艦隊に対する反撃の際に囮の役割を見事に果たした多数のB24リベレーターも、地上に停止していては何の役にもたたず、江草が直率する『松島』艦爆隊による急降下爆撃の餌食になっていくだけだ。
「市原一番より村田一番。『蒼龍』艦攻隊投弾完了しました」
「山口一番より村田一番。同じく『橋立』艦爆隊投弾完了しました」
「江草一番より村田一番。コナは大方終わったぞ。そっちはどうだ?」
そんななか、江草の陽気な声が左耳に飛び込んだとき、村田は自身が投弾した爆弾がヒロ航空基地の滑走路に吸い込まれていく様子を冷静に見つめていた。
そしてそれがあやまたず滑走路に命中したことを確認するや、私生活ではほとんど見せないような笑みを浮かべながら同期生に返事を返し、指揮下の搭乗員達に命令を発した。
「こっちも終わったぞ……村田一番より全機へ。艦爆隊及び艦攻隊は直ちに戦場空域より離脱せよ。制空隊は切りの良いところで引き上げろ」
村田はそう言い終えると、雷撃の腕は帝国海軍航空隊随一と言われる『飛龍』艦攻隊の列機を従えながら、身軽になった九六艦攻を軽く右旋回させて、帝国最高峰の新高山をも上回る高さをもつマウナ・ケアの山麓をかすめつつ、針路を真北にとった。
『飛龍』艦攻隊の周囲には他艦の艦攻隊や艦爆隊、さらにこれらの護衛を担当する制空隊が集まり再び大きな編隊を組み上げられていく。
右下に見えるヒロ飛行場からは多数の黒煙が立ち上ぼり、その上空では戦闘機同士の空中戦が終息に向かいつつある。
首をねじ曲げて後ろを見れば、マウナ・ケアの向こう側からも黒煙が多数噴き上がっている様子や、村田隊に追い付くべく飛んでいる江草隊の様子が視認出来る。
その様子をしっかりと確認した村田は、改良に改良を重ねた結果操縦席周りを取り巻いている最新の機器の中で、制式採用時から変わらず搭載され続けている機内通話用の伝声管に向かって口を開いた。
「二航戦司令部宛て報告。『第三次攻撃隊村田隊、攻撃終了。“ヒロ飛行場”を爆撃。効果甚大と認む。我、今より帰投す。〇九五六』以上だ」
「嶋崎一番より入電。『集合完了。これより進撃を開始す』以上です」
第二艦隊よりの第三次攻撃隊がハワイ島に別れを告げている頃、それとは反対に第六艦隊よりの第一次攻撃隊はハワイ諸島に向けての進撃を開始した。
この攻撃隊の総指揮官は、第六五一海軍航空隊飛行隊長の嶋崎重和海軍少佐であり、参加機数は零戦四八機、彗星二七機、爆装の九六艦攻二七機の合計一〇二機。
これまで第二艦隊が放ってきた攻撃隊に比べれば遥かに小さな規模だが、そもそもこの海域……オアフ島より方位二七〇度、距離三三〇海里……に展開している空母は第四航空戦隊に属する『大鷹』『冲鷹』『雲鷹』の三隻だけであり、むしろ搭載機の半分を一気に出撃させているのだ。
では残りの三隻、第六艦隊司令部直率の第五航空戦隊の『飛鷹』『穂高』『乗鞍』の三隻はどこへ行ってしまったのかというと、艦隊旗艦の『酒匂』に率いられながら、第二艦隊と合流すべく北東方向に向かっているのである。
「しかし、本当に大丈夫ですかね?」
東の空に溶け込むように消えつつある攻撃隊を見送りながら、『大鷹』の羅針艦橋で第四航空戦隊の艦載機部隊である、第六五一海軍航空隊飛行長の崎長嘉郎海軍中佐はそうぼやいた。
「飛行長は不安なのかね? 一〇〇機程度の攻撃隊を単独でオアフに送り込むことが」
第四航空戦隊及び六五一空の司令官であり、便宜上第三挺身隊と名付けられた第六艦隊の別動隊の先任指揮官の角田覚治海軍中将が問いかける。
「はぁ、いくら第二艦隊が六〇〇機の攻撃隊を二波に分けて送り込んだとは言え、それはもう八時間程前の話です。米軍の力をもってすれば、全てとはいかなくても滑走路に空いた穴を埋め戻して、使用可能になっている飛行場が必ずあるはずですから」
「私も飛行長の意見は的を得ていると思います。第三次攻撃隊をハワイ島に差し向けただけでなく、『厳島』を失い、『雲龍』が使えなくなった第二艦隊は、もう本日中の再度の航空攻撃は出来ないでしょうから、敵の反撃は全て六五一空に向かいます」
首席参謀の小田切政徳海軍中佐が崎長に同調すると、角田は微笑を浮かべながら明快に彼等の懸念を否定した。
「それは小澤長官や私も充分に承知している。承知したうえで攻撃隊を出したのだ」
「滑走路が修復されても、戦闘機がなければ迎撃は出来ません。事前の調査によれば、オアフに展開している戦闘機は四〇〇ないし四五〇機程度ですが、第二艦隊よりの一次及び二次攻撃隊は、空中戦において合わせて一〇〇機程度の敵戦闘機の撃墜を報告しています。さらに二次攻撃隊は駐機場の敵機や格納庫、掩体壕まで徹底的に叩いたとのことですから、在オアフの健在な敵戦闘機の数はかなり少ないはずです」
航空参謀の奥宮正武海軍少佐が角田に続いてそう指摘すると、崎長と小田切は押し黙り視線を合わせて苦笑した。
元々、自分達の司令官は帝国海軍の提督達の中でも特に勇猛な方であるから、懸念を示すだけ無駄だった。第三挺身隊が第六艦隊から分離した時点で、こうなることは決まっていたようなものなのだから。
二人の視線の間で、以上のようなやり取りが行われているとは気付かない角田その人は、砲術畑出身の彼が最も信頼する部下の一人である奥宮と共に、艦橋の窓際に立って、静かさの中に荒々しさを秘めた太平洋の波間を見つめていた。
時間の都合上、さすがに第二次攻撃隊を出すわけにはいかないが、それでも三隻の空母は第八戦隊の鳥海型重巡三隻に軽巡一隻、駆逐艦七隻の護衛艦艇を従えて三〇ノットの高速で進撃している。
南太平洋海戦の時と同様、攻撃隊の往路が長くなってしまう代わりに、復路を短くしようとする角田の指示によるものだ。
奥宮はそんな角田のことを、将来帝国海軍を背負って立つであろう提督として、頼もしげに見上げていた。
「隊長、前方に友軍艦隊です!」
母艦を発艦してからおよそ二時間。
嶋崎率いる一〇二機の攻撃隊は右斜め前ににオアフ島を、そして前方に第二艦隊の別動隊である第一及び第二挺身隊の姿をはっきりと視認していた。
「『信濃』より嶋崎一番。貴隊の援護を感謝する」
すると突然、距離の割にいささかノイズの混じった声が嶋崎の左耳に飛び込んだ。
それに対し嶋崎は、「周波数がずれとるぞ」と言いたいところをじっと堪えながら、一番気になっていたことを尋ねた。
「嶋崎一番より『信濃』。貴艦の対空電探に感有りや?」
「……『信濃』電測室より。オアフ島中央部上空に反応有り。単発機の場合、数は五〇。ただしこれは三挺隊に対する攻撃隊と思われる」
「嶋崎一番了解。感謝する」
嶋崎は簡単に用件を済ませると、左耳からぶら下がっている隊内無線用のマイクに向かって怒鳴り込んだ。
「嶋崎一番より全機へ。作戦案『ロ』。繰り返す、作戦案『ロ』。全軍突撃せよ!」
四隻の巨艦を中心とする艦隊を眼科に眺めていた第六艦隊よりの第一次攻撃隊は、鮮やかな夕日が背後から右側に来るように機体を旋回させながら、嶋崎の声に弾かれるようにして、オアフ島南岸の目標に向かって突撃を開始した。