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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第二章 満洲帝国と中国国民政府
8/113

八 中国国民政府軍の誤算

 中国国民政府軍満州方面軍司令官、張学良は焦っていた。

 二〇数万の大軍を率いて満州帝国領内に攻め込んだのは良いとして、遅々として進撃出来ずにいるのだ。

 南京にいる国民政府主席の蒋介石からは毎日のように、まだかまだかと催促の電報が届いている。

 その蒋介石にしてみても予想外だったに違いない。

 今年中に少なくとも奉天まで進むという作戦をたてて臨んだというのに、その手前の錦州すら突破出来ない。別動隊などは国境線ギリギリにある熱河すら突破出来ていないのである。

 こんなことをしている間にまたいつ何時、いったんは押さえ付けた共産党が息を吹き返すかも分からない。

 どれもこれもあいつのせいだ! 蒋介石や張学良は心の中で怒鳴っていた。

 あの日本とかいう列島国家があるからこんなにも苦労しなければならないんだ!

 ……と、そんなふうに思われているとは夢にも思っていないし思う気も無い日本政府は後に戦争最高指導部となる“帝国総合作戦本部”の前身たる“帝国総合戦略会議”というものを帝都東京に開いていた。

 有事の時に開催されるとされた機関で、天皇陛下が統帥権を内閣に委任された以上、これまでのように“大本営”というのもおかしいということから生まれたものである。

 構成メンバーは内閣総理大臣を筆頭に陸軍、海軍、外務、内務、大蔵、商工、農林等の各大臣に参謀総長と軍令部総長が基本であり、時と場合によっては実戦部隊の司令官や軍に関係する民間人も出席が可能だった。

 「とりあえず現状報告からお願いいたします」

 温和で正に“議長”という役職にぴったりののほほんとした性格の持ち主である、海軍大臣の米内光政海軍大将が口火を切った。

 「陸軍としては満州陸軍や航空隊の活躍により、被害は予想よりもはるかに軽微なものです。引き続き錦州、及び熱河で持久し航空隊による攻撃に専念したいと思います」

 参謀次長の永田鉄山陸軍中将が簡潔な報告を言い終えると、今度は軍令部次長の塚原二四三海軍中将が立ち上がった。

 「海軍は唐山に対する爆撃作戦で予想外の被害を受け、また機動部隊の艦上機部隊も消耗してきていますので現在航空隊の再編作業を行なっています。その間の繋ぎとして、先日天津港を艦砲射撃によりほぼ壊滅状態にしました第五艦隊を編成換えし、海上より沿岸部に展開している国民政府軍主力に脅威を与え続けていく予定であります」

 二人の報告の後、これといって重大な案件も無かったためにその後は事務的な話題に終始し、最後に諸々の効率向上のため陸海軍航空隊で同一の機種を使用する問題について初めての公式議論が行われた。

 結果から言うと、関係者達のそれこそ血の滲むような非公式会議と重役達の公式会議の末に、政党内閣に予算を握られ大臣が単独辞職しても意味の無い制度の下、この共通の問題を抱え仲が少しばかり良くなっていた帝国陸軍と帝国海軍は、この航空機統一問題についても比較的気軽に歩み寄りを見せた。

 そして、遂に帝国陸軍は帝国海軍の命を受けて三菱重工業が開発中の一二試艦上戦闘機、後の零式艦上戦闘機の開発に川崎航空機を引き連れて参加することになる。


 一九三九年一〇月三一日。

 陸軍部隊同士の戦いが硬直状態に陥っているなか、支那方面艦隊隷下の第五艦隊は根拠地としている旅順港を出撃した。

 しかし、その姿は二〇日前のそれとは随分と違うものだった。

 まず目をはるのが戦艦の数が倍になっていることである。

 それも伊勢型戦艦ではない。

 大改装を施された信濃型戦艦四姉妹であった。

 「いやそれにしても、変われば変わるものですな」

 第五艦隊の旗艦として、マストに中将旗をはためかせている「信濃」の昼戦艦橋で、参謀長を務めている草鹿仁一海軍少将が感嘆の声を上げた。

 彼は改装前の「出雲」に乗っていた経験があるためにあまりの変わり具合にただただ感動しているのだが、四隻の信濃型戦艦が旅順に来て以来、八日間連続で同じようなことことを言っているために他の参謀達から変な目で見られているということにはなぜか気が付いてはいなかった。

 草鹿がこのようになっていしまったごくごく単純な理由は、第一に艦橋から見下ろす位置に鎮座する二基の主砲塔にあった。

 元々信濃型戦艦の主砲は、四五口径四一センチ連装砲塔が二基と同三連装砲塔が二基も合計一〇門という何とも妙なものだったのだが、これを厚さ五六〇ミリというこのクラスの戦艦にしては破格の防御力を持つ新設計の三連装の砲塔に、やはり新設計の長砲身四一センチ五〇口径砲を計一二門収めている。

 それに伴い艦幅の拡大や艦尾の延長に機関の換装、艦首には抵抗軽減のためのバルバス・バウが取り付けられ、艦橋こそ見た目そのままであるが細かく改装され、現在試験運用中である各種電波探信儀を搭載するスペースも設けられている。

 さらに特筆すべきことはケースメイト式の一四センチ副砲がすべて取り外され、代わりに九六式五〇口径一二,七センチ連装高角砲や九六式六五口径二五ミリ連装機銃が整然と設置されたことである。

 ただし、主砲塔の正面防盾に代表されるように全体的な防御力も高めたことにより、基準排水量は素直に五万六〇〇〇トンにまで増大し、ロンドン海軍軍縮条約に定められた主力艦の保有トン制限も思いっきりオーバーしている。

 しかしすでに欧州の地に於いて第二次世界大戦は始まっており、もはや軍縮条約は有名無実化していた。

 唯一平和なアメリカでさえ、あくまでも名目は旧式戦艦の代艦としてだが、まだまだ充分使え改装工事までしている艦の代わりというあまり隠す気の無さげなからくりによって保有量、主砲門数共に制限を越えようとしていた。

 ……閑話休題

 さて四隻の信濃型戦艦の後に続いたのは、わずか二個駆逐隊の八隻の駆逐艦のみだった。

 というのも今回の作戦は純粋に対地攻撃が目的なので、ささやかな護衛がいればそれでいいのである。


 「司令官、南京の主席閣下から電報です」

 「またか……」

 張学良は普段とまったく同じ内容の……違いといえば発信時刻くらい……電文を見て殊更にうんざりした。

 「『早急に奉天を攻めとるべし』か,まったく、言われなくても分かっている。出来ればその方法を教えて欲しいものだね」

 張は日頃溜まり続けた鬱憤が溜まり過ぎたのか、不機嫌さ丸出しの様子で電文を床に叩きつけた。

 「連日のように敵の爆撃機がやって来ては、鉄道や道路、陣地を爆撃してきます。補給拠点の唐山も毎日爆撃に見舞われその機能を発揮出来ていません」

 陸攻部隊が国民政府軍の戦闘機にこてんぱんにやられてから帝国海軍も驚いたと言うより焦ったのか、至極単純な対症療法として護衛戦闘機の数を増やしていた。

 最初だけ大活躍したとは言え、根本的に連度が低く機体の補充もままならない国民政府軍の戦闘機隊は、防御力の増した帝国海軍航空隊に対し有効な反撃を加えることも出来ずにいた。

 「私には敵の海軍の動向が気になります。先日天津を砲撃して以来、どこに行ったのかまだ分かっていません」

 参謀の一人が不安そうな顔色でそう言ったその時、何か得体の知れない不気味な塊が空を圧するような音がしたかと思うと、あちらこちらの小屋が盛大に吹き飛んだり、人間から大砲、車両といったありとあらゆるものが一斉に宙に舞った。

 「……なっ、何事だ!」

 張が叫んでから数秒後、ようやく陣地の至る所から、どのような敵かも分からないままとりあえず「敵襲!」という声が聞こえてきた。

 「司令官! ご無事ですか!?」

 「どうやら敵の砲撃を受けているようです。あちこちに大穴が出来ていますから」

 「それにしても今まで敵はこんなに大きな大砲を使ったことは……私が幼少の頃見た旅順の二八センチ砲の弾痕よりも大きな穴です」

 そこへまた何かに潰されるような良く分からない、それでいて明らかに自分達の方に向かってくるような音が一同の耳に響く。

 「危ない!」

 偶然隣にいた参謀がとっさの判断で張を突き飛ばすとすぐ近くに巨弾が着弾し、派手に土砂を吹き上げ彼らのすぐ上を鋭利な金属片が飛び抜けていく。

 「いやありがとう。……どうやら君が言った不安が当たったようだな」

 「……艦砲射撃、ですか?」

 「そうだ、その証拠に見たまえ。敵の観測機がやって来たぞ。こちらの戦闘機はいないというのに」

 空を見上げると確かに、フロートをぶら下げ機体に日の丸を描いた水上偵察機が旋回している。

 「対空戦闘!」

 遅ればせなから生き残っている野戦高射砲が水偵目がけて撃ちだす。

 観測機に見事に観測され、数分後に狙い澄まされた四一センチ砲弾が飛んでくることも知らずに。


 「それにしても、この『信濃』が初めて攻撃した相手が敵艦ではなく陸上にある敵陣地とは……時代が変わったのでしょうか?」

 「信濃」艦長であり大艦巨砲主義者でもある福留繁海軍大佐がそう気の抜けたような声色で言うと、かたわらにいた第五艦隊司令長官の及川古志朗海軍中将がおもむろに口を開いた。

 「この艦から副砲が全て降ろされたことからも分かる。我が海軍は航空主兵論に傾いているということがね」

 「主役は空母ということですか……」

 「いや、まったくそういうわけでもあるまい。確かに戦艦や巡洋艦は海軍の花形ではなくなるだろうが、まだまだ必要とされている。でなければ巨額の予算を投じてまでこの艦の主砲を強化したりはせん」

 「確かに長官のおっしゃる通りですね。そ……」

 「通信より艦橋。信濃二番機より入電! 『双発機を含む敵航空隊およそ二〇機、我が艦隊方面に向かう模様』以上です」

 「やれやれ、おいでなすったか」

 「観測機に返電、双発機についてもっと詳しい情報が欲しい。魚雷を積んでいるかどうか確認させろ」

 「了解!」

 しかし、及川のまるで教科書丸暗記のような指示に反して、観測機からの返信ではなく追加の報告はすぐさま入って来た。観測機の機長に言わせれば、わざわざ長官御自ら言うことでもあるまいに、といった所だろうか。

 「二本目来ました。『双発機のうち五機は魚雷、五機は爆弾を搭載せり。一〇機は爆装の複葉機。敵機接近につき我これより撤退す』以上です」

 「うーむ、意外と反撃が早いな……一、二戦隊撃ち方止め! 艦隊速力二九ノット、各艦対空戦闘用意!」

 「艦長より砲術。主砲撃ち方止め! 対空戦闘用意!」

 「了解しました。艦長、あれを使いますか?」

 「あれか、呉の技官が誇らしげに説明をしていたが……よし、使おう」


 「……彼らは戦果をあげるでしょうか?」

 たった今自分達の頭上を通過して行ったドイツ製のHe111とソ連製のI-153の編隊を見上げながら参謀の一人が言った。

 「確かにいくら彼らの腕前が良くても対艦攻撃の経験はありませんし、基地に魚雷があっただけでも奇跡です。それに航空機の攻撃だけでで戦艦が沈むのでしょうか?」

 「しかし何もしないわけにはいかない。だいぶ総統が金をかけた連中らしいがな」

 「外国人傭兵パイロット、ですか」


 「対空戦闘用意良しッ!」

 「よし、帝国海軍始まって以来初めての対空戦闘だ。各員気を引き締めてかかれ」

 「艦長、南方約四〇海里キロに展開中の一航戦と連絡がとれました。戦闘機をよこしてくれるそうです」

 「そうか、しかし友軍機が来るまでは我々で対処しなければならんな」

 ちなみにこの間、及川以下艦隊司令部要員は特に何もしていない。戦いになったら彼らは手を引くのだ。


 「左四〇度、敵影視認! 距離三万五〇〇〇!」

 防空指揮所から連絡が入る。

 まだ“対空電探”なるものは試験段階だから随分近付いてからでないと見えない。しかし人間の視力としては脅威的である。

 「二万五〇〇〇になったら主砲発射だ。きつい一発をお見舞いしてやれ」

 福留がそう言う間に四一センチ砲が旋回して敵影を睨んだ。新型の三連装砲塔は最大仰角六〇度。対空射撃もお手の物だ。

 「二万七〇〇〇……六五〇〇……六〇〇〇……五五〇〇……五〇〇〇!」

 伝声管を通じて距離が読まれると、砲術長が叫んだ。

 「撃ッ!」

 四隻合わせて四八門の四一センチ砲が唸りをあげ、“呉の技官”ご自慢の砲弾が敵機目指して飛び出した。


 「おいスティーブ、この任務どう思う?」

 魚雷を抱えた一機のHe111のパイロットであるアルバート・ウォーレス空軍中尉が爆撃手という相棒のフランク・スティーブ空軍少尉に尋ねた。

 「どうって何がです?」

 ちなみに二人とも、そして他に乗っている三人もアメリカ人である。

 「こうしてドイツ製の機体に乗って、猿どもの戦いに参加することだよ」

 「あぁ、まぁ金をもらった以上精一杯任務をこなすのが俺達傭兵の仕事ですよ。そういう話は無しにしましょうや」

 「それもそうだな。所でお前、対艦攻撃なんてものしたことあるのか?」

 「あるわけないだろうでしょう。第一いかにジャップとは言え相手は戦艦ですよ」

 「うーん、確かに相手が日本の猿とはいえ連中の海軍は相当強力だぞ。たったこれだけの戦力で何をしろというんだ」

 「艦砲射撃もすごかったからなぁ。きっと対空放火も凄まじいぞ」

 ちょうどこの時、距離が二万五〇〇〇になり例の砲弾が彼ら目指して飛んで来た。

 「ん? 発砲したか……」

 この瞬間、彼らは消えた。あまりに呆気なく、ただ消えた。


 「敵残存機、六機と認む」

 防空指揮所から連絡が入る。

 「ほう、四八発で一四機も墜としたか。結構結構」

 「中々優れ物でしたな」

 「これで制式採用も決定ですね」

 なんだかんだ言って生き残った機体は、必死になって近付いて来る。西洋人の意地と言うべきか、はたまた判断力を失ったのかは分からないが、帝国海軍にも東洋人の意地がある。

 もはや主砲の出番は終わり、爆風を避けるために引っ込んでいた下士官兵達が飛び出して対空兵器に飛び付いた。

 「撃ち方始め!」

 新たな号令が駆け巡り各艦とも盛大な対空弾幕を張って、敵機を迎え撃った。

 結果五機が落とされ一機が辛くも逃れた。

 こうなっては第一航空戦隊……「飛龍」「翔龍」……がよこした戦闘機の出る幕はなく、彼等はどこか恨めしげに翼を振って帰って行った。

 「通信より艦橋。全艦被害無しです」

 電信室から連絡が入ると、「信濃」の艦橋から歓声が沸き起こった。

 「やりましたね艦長!」

 「あぁ、皆よくやった!」

 この後、所定の弾を射撃をし終えると、第五艦隊は悠々と帰路についた。


 「……司令官、我が航空隊は二〇機中一九機を失いました」

 「……」

 航空参謀の報告に張以下幕僚は皆絶句した。どう考えても損耗率が異常である。生還率五パーセント。全滅と言った方が早い。

 「そろそろ冬です。雪が降れば敵も今まで通りにはいかないでしょう。春が来るまでに戦力を回復しなければなりません」

 そして負傷者の呻き声が耳に響き続ける中、参謀の一人がしぼりだすように言った。

 「……その通りだ。至急南京にその旨伝えるように」

 「敵機来襲!」

 そんななか、恒例となっている九七式重重爆撃機の編隊がやって来て、悠然と爆弾を投下していく。

 しかし高射砲や対空機銃座はあらかた戦艦の巨弾によって破壊されているからやられ放題である。

 護衛に来るだけ意味の無かった九七式戦闘機が仕上げの機銃掃射をして引き上げて行く様を、張達はただ黙って見守ることしか出来なかった。

 彼等にとって幸いなのは、日満連合軍が持久作戦をとっていることだけだ。

 しかし彼らは知らなかった。

 この硬直状態を打破するために、日満連合軍が雪が溶けるのを合図に国民政府軍に攻めかかろうとしていることを。

 そして蒋介石が思わぬ補給をもってこれに対抗しようとしていることを。


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