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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第一三章 帝国海軍、ハワイへ
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七九 第二艦隊を襲う災厄


 「電測より艦橋。敵編隊の現在位置、本艦より方位一五〇、距離三〇海里」

 「通信より艦橋。『日進』直衛隊長機より報告。『敵四発重爆編隊、上昇を開始せり。高高度に避退せる模様。当隊はこのまま追撃す』以上です」

 「砲術より艦橋。対空戦闘用意良し!」

 「了解した……しかし、本当に来るとはな。流石は米軍だ」

 帝国海軍の主力艦隊にして一九四二年一二月現在では世界最強の艦隊である第二艦隊は、ハワイ諸島のオアフ島に対し放った第一次攻撃隊がほぼ奇襲に近い形で攻撃を敢行し、その後当たり前だが強襲の形になった第二次攻撃隊による空襲を行なった結果、オアフ島の主要飛行場のほとんどを使用不能に追い込んでいた。

 そのため、オアフ島まで二〇〇海里程度の距離しかないような海域に展開しているにも関わらず、第二艦隊はある種の楽観的な空気に支配されていた。

 しかしその空気は、第二次攻撃隊の帰還機を空母に収容している最中に、帝国海軍の艦艇の中で最も高い艦橋と高性能な対空電探を装備している、戦艦「大和」からの「敵機襲来」の報告により綺麗さっぱり吹き飛んだ。

 「ですが敵機はどこから来たのでしょう? オアフ島はあり得ないですが」

 「航海長。確かにオアフ島は潰したかもしれんが、我々の前に横たわっているのはハワイ“諸島”だ。そこを忘れてはいかん」

 第二艦隊の次席指揮官でもある五藤存知海軍中将が率いる、第六戦隊に所属する重巡洋艦「愛宕」の昼戦艦橋に、艦長の酒井秀造海軍大佐の声が響いた。

 「オアフ島以外の島々に航空機が展開していることなど、不思議な事でも何でもない……もっとも、連合艦隊総司令部は不思議な事と思っているようだがな」

 敵を過小評価することは即ち敗戦に繋がる。と、ある意味信じきっている酒井にすれば、オアフ島を潰したことに安心してしまっていた部下達の言動、そしてオアフ島を潰すことを強調し過ぎている作戦計画書は、彼を苛つかせるもの以外の何物でもなかった。

 だが、敵機が迫りつつあるなかでそんなことを考えていても仕方がない。

 酒井は表情を空母を直衛する重巡の艦長のそれに戻すと、昼戦艦橋の防弾ガラスの向こうにある、対空射撃にむいているとはお世辞にも言えないが、それでも砲身に目一杯仰角をかけている二基の二〇,三センチ連装主砲塔に視線を向けた。

 海軍兵学校卒業後、尉官時代はともかく佐官になってからは、その経歴のほとんどを駆逐艦関係の役職でうめてきた酒井にとって、「貴官を重巡洋艦『愛宕』艦長に任ず」との辞令を受け取ったときには、喜ぶ以前に戸惑いが心を支配していた。

 確かに、当時最新鋭駆逐艦として建造されていた陽炎型駆逐艦の二番艦「不知火」艦長として、対米戦争が始まる前には遥か大西洋にまで赴き、その後第二水雷戦隊の僚艦と共にマカッサル海峡海戦とウェーク島沖海戦に参陣し、南太平洋海戦とベンガル湾海戦には同戦隊隷下の第八駆逐隊の司令として参陣したといった、ここ最近の彼の実績は、抜擢人事の対象になるには充分なものだ。

 しかし、連合艦隊の編成換えによって誕生した新生の第二艦隊に配属された第六戦隊の任務は、あくまでも空母の護衛であって敵艦隊へ向かっての突撃ではない。

 これまでとまるで違う任務は、受け取った辞令以上に酒井を戸惑わせたが、結局命じられたままに動くのが軍人の宿命だと開き直り、「愛宕」が空母の直衛艦として立派に戦えるよう訓練や対空射撃の研究を重ね、またあまり縁の無かった航空機に関しても積極的に文献を読み、第六戦隊の航空参謀や「愛宕」に搭載されている水上機の搭乗員等からも、聞けるだけの話を聞いた。


 「見張りより艦橋。左八〇度、敵四発重爆大編隊。高度八〇……友軍戦闘機隊離れます!」

 そして、その技量を試される時がついに訪れた。

 対空戦闘自体はこれまでに経験しているし、四発重爆を相手に戦ったこともあるが、「愛宕」艦長としては初めてだ。

 一方で、直衛隊が知らせてきた敵機の数は約七〇機。

 いくら直衛隊が艦隊の手前で迎撃を開始したとは言え、零式艦上戦闘機の放つ一二,七ミリ機銃弾はB17やB24といった機体に対しあまり有効ではないうえに、零戦が、と言うより栄エンジンが苦手とする高高度に避退されたため、その数が減っているとは思えない。

 命中率の悪い高高度からの水平爆撃も、数撃てば当たることもある。油断は出来ない。

 「見張りより艦橋。『出雲』撃ち方始めました! 続けて『越前』!」

 「一戦隊、『大和』『武蔵』撃ち方始めました!」

 「二戦隊、『信濃』『三河』撃ち方始めました!」


 さて、第二艦隊はこの時、四つの航空戦隊を中核に四つの輪形陣を組んでいた。

 まず、海軍中将塚原二四三司令長官が直率する第一航空戦隊の蒼龍型空母二隻と艦隊旗艦「矢矧」を中心に据え、周囲を第一戦隊の大和型戦艦二隻、第九戦隊の鳥海型重巡洋艦二隻、第一二戦隊の夕張型防空巡洋艦二隻と秋月型護衛艦一〇隻が取り囲んだ第二艦隊第一部隊が、指揮官先頭の言葉通りに艦隊を先導している。

 その後ろには、草鹿龍之介海軍少将が司令官を務める第六航空戦隊の千歳型軽空母四隻を中心に、周囲を艦隊二番艦の第六戦隊の重巡洋艦「古鷹」、第一一戦隊の利根型軽巡洋艦二隻と駆逐艦六隻が取り囲んだ第四部隊が続行している。

 そして、さらにその右後ろには、山口多聞海軍中将が司令官を務める第二航空戦隊の松島型空母三隻を中心に、第二戦隊の信濃型戦艦二隻、第六戦隊の重巡洋艦「高雄」、第一水雷戦隊の利根型軽巡洋艦「利根」と駆逐艦一二隻が取り囲んだ第二部隊が、左後ろには吉良俊一海軍少将が司令官を務める第三航空戦隊の飛龍型空母二隻を中心に、第三戦隊の信濃型戦艦二隻、第六戦隊の重巡洋艦「愛宕」、第二水雷戦隊の利根型軽巡洋艦「筑摩」と駆逐艦一二隻が取り囲んだ第三部隊が、それぞれ続いている。


 この四つの輪形陣を上空から見れば、あたかもYの字が南西に向けて動いているかのように見えるだろう。

 そのYの字を崩そうと迫る重爆に向け、六隻の戦艦の四一センチ主砲から相次いで放たれた合計七二発の二式通常弾は、凄まじい飛翔音を後に残しながら大気を切り裂き、巨大かつ物騒な花火を重爆隊の周辺に開かせた。

 「対空戦闘用意、始め!」

 「主砲撃ち方始めッ!」

 B17かB24かは分からないが、二式通常弾の炸裂を受けて撃墜された機体が落下し始めたその時、酒井は駆逐艦時代と変わらぬ大音声でそう命じた。

 間髪入れずに砲術長の号令と主砲発射を告げるブザーが響き、「愛宕」は八門の主砲から直径二〇,三センチの二式通常弾を敵重爆の大編隊目がけて撃ち出した。

 「『利根』『高雄』『筑摩』撃ち方始めました!」

 「九戦隊、『足柄』『那智』撃ち方始めました!」

 「一三戦隊、『最上』『川内』撃ち方始めました!」

 六隻の巨艦や「愛宕」に遅れまじと、四つの輪形陣にそれぞれ配置された軽巡以上の戦闘艦艇は、各々の主砲から次々に二式通常弾を高空に向けて発射する。

 敵重爆隊の周辺には絶え間無くどす黒い花火が開き、そのたびに米国が誇る重爆は一機、また一機と墜落していく。

 もっとも、見方によっては散弾の化物とも言える二式通常弾を、対空砲弾として使用するにあたって期待された、敵機を“一網打尽”に撃墜することは、敵機がすでに散会してしまったために不可能だ。

 しかし、逆に考えれば統制のとれた爆撃を受けずに済む。ということであり、どのみち良いことに変わりはない。

 「……よし。高角砲、撃ち方始めッ!」

 「愛宕」は第二艦隊の中でも進行方向左側によっている第三部隊の、さらに左前部に位置しているため、敵機との直線距離は全艦艇の中で一番短い。

 事前の打ち合わせで、高角砲や対空機銃は敵機をギリギリまで引き付けてから撃つと決められていたが、酒井は自身の勘に従いその制限を外した。

 左舷中央部に三基が設置されている、九六式五〇口径一二,七センチ連装高角砲が六つの火炎と砲弾を吐き出し、主砲弾に比べ規模は小さいが発射間隔が格段に短いためにより濃密な弾幕を張る。

 「『千代田』直衛隊長機より報告。敵重爆、投弾開始!」

 「取舵一杯!」

 そして、太鼓を連打するような高角砲の発射音に混じって飛び込んだ新たな報告に対し、酒井は即座に回避運動を命じた。

 三〇ノット以上の高速で突っ走っている艦体は舵輪が回された後も、しばらく直進を続けていたが、八〇〇〇メートルの高みから投下された爆弾が半端ない高さの水柱を吹き上げた時、おもむろに艦首を左に振り始めた。

 第三部隊の僚艦も高角砲を撃ち続けながら、陣形を維持しつつ巧みに左へと回頭していく。

 回頭により、「愛宕」の右舷側の高角砲も敵編隊を射程に収めたらしく、次々と発射炎を噴き上げる。

 敵重爆の面前側面を問わずに砲弾は炸裂し、焼夷榴散弾や破砕弾丸を叩き付けていく。

 ある機体は燃料タンクを切り裂かれたのか炎に包まれながら墜落を始め、またある機体はエンジンをやられたのか編隊から遅れ始め、高度が下がったところで零戦の集中射撃を受けてやはり墜落していく。

 敵重爆が墜落する度に「愛宕」の艦橋は歓声に包まれ、高角砲は間断無く射撃を続ける。

 しかも高高度から投弾される爆弾は、まったくもって当たる気配すら見せない。

 何だかんだ言って余裕ではないか。と、大多数の人間が思ったとき、それはきた。

 「通信より艦橋。『武蔵』より緊急信! 『敵の新たな編隊、本艦より方位一六〇、一五海里。急速接近中』以上です!」

 「何だと!?」

 明らかに優勢な戦況の中、不意に飛び込んできた報告に酒井は一瞬固まった。

 「『信濃』より緊急信! 『敵の新たな編隊、本艦より方位五〇、一二海里。急速接近中』」

 「電測より艦橋。新たな敵編隊探知。本艦より方位七〇、一三海里。急速接近中!」

 (まさか! 貴様達は囮だったと言うのか!?)

 そして相次いで届く凶報に、酒井は心の中で、いつの間にか離脱を図ろうとしている敵重爆に向かってそう呻いた。

 「『矢矧』より入電。『艦隊針路八〇度。敵重爆は無視せよ』以上です」

 「戻せ! 舵中央!」

 「高角砲射撃一時中止! 主砲及び機銃射撃用意! 急げ!」

 「見張りより艦橋。直衛隊急降下します!」

 「愛宕」の艦内は、突然現れた敵機に対応するために一時的に混乱をきたしていた。

 怒号や復唱が交錯するなか、敵機は着実に近づいてくる。

 「電測より艦橋。一七〇度方向の目標、高度を上げつつあります。また機体は単発機と思われ数は三〇機程度です」

 「電測、他の編隊の高度はどうか?」

 「変化ありません。ひたすら低空を飛び続けています……なお、直衛隊はまだ敵機を捕捉出来ていません」

 「そうか、分かった」

 そう言って艦内電話を置いた酒井は心の中で舌打ちした。

 低空飛行で電探の目を逃れた敵機は、すでに視界に入ろうとしているが、第二艦隊はそれに対する備えを完了してはいないのだ。

 「見張りより艦橋。敵機視認! 各隊共第一及び第二部隊方面に向かいます!」

 (こっちには来ないのか)

 酒井は「愛宕」艦長として安心しつつも、叩き付けるように新たな命令を発した。

 「主砲及び高角砲、撃ち方始めッ! 目標は任せる。狙い易い奴を狙え!」

 「愛宕」は第二艦隊の僚艦を守るべく砲撃を再開したが、戦果よりも被害が先に出た。

 「後部見張りより艦橋! 『厳島』に急降下!」

 「電測より艦橋。敵艦攻、第一部隊内に突入!」

 「敵双発機編隊第二部隊内に突入!」

 「同じく敵双発機編隊第一部隊内に突入!」

 「駄目か!」

 酒井は、今度は声に出して呻いた。

 敵機に「愛宕」等第三部隊に向かって来る気配は無い。

 かといって、敵機が狙っている第一部隊と第二部隊との間には距離があり、懸命の援護射撃もほとんど効果をあげていない。

 「後部見張りより艦橋! 第二部隊内に火柱確認!」

 「見張りより艦橋! 第一部隊内に火柱確認!」

 報告を受けるまでもなく、酒井の目には二つの輪形陣の中から噴き上げる火炎と黒煙が、一瞬のうちに焼き付いていた。

 だが、それがいったいどの艦のものなのかは、まだ分からなかった。


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