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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第一三章 帝国海軍、ハワイへ
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七七 オアフを舞う日の丸



 「現在位置、オアフ島より方位〇度、距離五〇海里」

 「……今にいたるも迎撃は無し。か」

 一九四二年一二月一五日。

 アメリカ合衆国ハワイ準州の中核であるオアフ島の北方約二七〇海里の地点から出撃した、帝国海軍第二艦隊よりの第一次攻撃隊戦爆雷連合三〇二機の大編隊は、米軍の対空レーダーに探知されにくいように、高度二〇〇メートルという低空を、凄まじい轟音を周囲に撒き散らしながら南に向かって進撃していた。

 しかし、いくらなんでも平和過ぎる。

 第六〇一海軍航空隊の艦爆隊長にして、第一次攻撃隊に参加している六三機の艦爆隊の指揮官を任された関衛海軍少佐は、愛機の彗星の操縦桿を握りながらそう思った。

 七〇隻近い艦艇を擁する第二艦隊自体が、未だに見つけられていないことも不可解の極みだが、約八ヶ月前に帝都が空襲されそうになって以来、厳重な哨戒態勢を各地に敷くようになった帝国海軍の軍人から見ると、米軍の哨戒態勢はとんでもなく粗いのだ。

 「後続機は皆ちゃんとついてきているか?」

 「はい、今のところ落伍機はありません。制空隊や艦攻隊も私の視界内は大丈夫です」

 「了解」

 このまま行けばオアフ島までおよそ二〇分。

 米軍の粗い哨戒態勢に疑問を持ち続けながらも、関は後部座席に座っている相棒の小嶋治義海軍上等飛行兵曹の報告を受け、艦爆隊長としてひとまず胸を撫で下ろした。

 すると、前を行く水平爆撃隊の九六艦攻が少しばかり速度を上げた。

 第二艦隊に属する四個航空隊の総飛行隊長であり、また第一次攻撃隊の総指揮官として、垂直尾翼を真っ赤に塗った六〇一空水平爆撃隊の一番機に乗る淵田美津雄海軍中佐は、敵の迎撃を受けそうにもないこの状況下においても、やはり一秒でも早くオアフ島に取り付きたいようだ。

 六〇一空水平爆撃隊一八機の動きに合わせるように、北島一良海軍少佐率いる第六四一海軍航空隊水平爆撃隊一八機、そして彼等の両脇を固める六〇一空飛行隊長の板谷茂海軍少佐率いる六〇一空制空隊の三二機の零戦が速力を上げると、その後ろを飛んでいる関は、彼等に遅れをとらないように愛機のスロットルレバーを軽く押し込んだ。

 機首の金星エンジンの爆音が少しだけ大きくなり、爆弾倉に五〇〇キロ爆弾を積んだ機体が加速する。

 関が直率する六〇一空艦爆隊一七機がまず関に倣って機体を加速させ、小林道雄海軍少佐率いる六四一空艦爆隊二七機、坂本明海軍少佐率いる第六八一海軍航空隊艦爆隊一八機もその後に続く。

 さらに六八一空飛行隊長の村田重治海軍少佐率いる六八一空雷撃隊一八機、友永丈市海軍少佐率いる六四一空雷撃隊九機、白根斐夫海軍少佐率いる六四一空制空隊四八機、森茂海軍少佐率いる六八一空制空隊三二機、第六〇三海軍航空隊飛行隊長の二階堂易海軍少佐率いる六〇三空制空隊六四機と、第一次攻撃隊に属する各隊は次々と速度を上げていく。


 「隊長、オアフ島まで後二〇海里です」

 そんな中、この異常なまでに平和過ぎる状況が破られたのは、一〇分と経たぬ間にオアフ島に達することを意味する小嶋の報告が、伝声管を通して関の耳に飛び込んだときだった。

 機体上面を鮮やかな藍色に塗装し、制空隊長機であることを示す二本の黄色の帯を胴体に巻き、また飛行隊長機であることを示す黄色の二本線を垂直尾翼に引いた板谷機が、機体をバンクさせながら急上昇に移り、後続する三一機の零戦も板谷機の後を追うように機首を持ち上げたのだ。

 「淵田一番より全機! 無線封鎖解除。敵機左上方! 作戦案『丙』。繰り返す、作戦案『丙』。全軍突撃せよ!」

 間髪入れずに淵田の命令が左耳に引っ掛けられたヘッドホンから響くと、関は反射的にスロットルレバーを押し込み敵機がいるという左上方に視線を向けた。

 距離があるために機種の判別はつかないが、二〇機程度の単発機がこちらに向かって急降下してきている。

 「小林一番より全機! 新たな敵機右上方!」

 そしてオアフ島の姿が視界に入ったとき、新たな敵機の一群が姿を現した。

 例によって機種の判別はつかないが、数は六〇一空制空隊が食い止めている一群のそれよりは若干多い。

 この新たな一群を迎え撃つべく、六四一空制空隊が栄エンジンの爆音を轟かせながら一斉に急上昇に移る。

 関自身もこんな所で艦爆隊に被害を被らせるわけにもいかないため、出し得る最高速度を発揮しながら上昇を開始した。

 今のところは六三機の彗星や、空中の盾として艦爆隊に張り付いている六〇三空の『千歳』制空隊及び『瑞穂』制空隊の三二機の零戦に、敵機が襲いかかってくる気配は無い。

 だが、油断は禁物である。

 単発の艦上爆撃機としては卓越した高速性能と運動性を発揮する彗星と言えども、重たい爆弾を抱えた状態で戦闘機に襲われようものなら、これに対抗する術はほとんど無いのだ。

 そのため、彗星と零戦に乗っている一五八人の搭乗員達は、各々の首と眼球を四方八方にめまぐるしく回転させ、敵戦闘機の早期発見に努めた。

 しかし幸運なことに、敵戦闘機はいつになっても艦爆隊に立ち向かってはこない。

 はっきりとした理由は不明だが、中途半端な迎撃しか現状では行えていない米軍には、一〇〇機近い編隊に仕掛ける余裕など無いのであろう。

 (だとするならば、この勝負もらった)

 編隊がオアフ島西端のカエナ岬上空に達した時、関は一瞬ほくそ笑むと、隊内無線用の小型マイクに向かってけしかけるように命令を発した。

 「関一番より艦爆隊全機へ! 全軍突撃せよ!」

 「小林一番より関一番。六四一空艦爆隊、ホイラー飛行場に向かいます!」

 わざわざ報告するのももどかしい。そんな気持ちがこもった小林の報告が入り、次の瞬間、編隊から二七機の彗星と援護の零戦一六機が離れていく。

 オアフ島にいくつかある飛行場の中で、最も規模が大きいと思われるホイラー陸軍航空基地を潰すことは、オアフ島の制空権を握る上でも非常に価値がある。

 とは言え、いくら帝国海軍最強の艦爆隊と言われている六四一空艦爆隊でも、第一次攻撃隊に参加している二七機の彗星だけではその攻撃力に不安が残るし、アメリカの工業力を考えれば、一回や二回の航空攻撃で基地機能を奪うことは非現実的かもしれない。

 関は一人そう考えながらも、三五機に減った部下の彗星と援護の零戦一六機を引き連れながら、オアフ島の西岸を南に向かって駆け抜けていく。


 先程淵田が宣言した作戦案『丙』に従えば、第一次攻撃隊の役割は敵航空戦力の撃滅であり、六〇一空艦爆隊の目標はオアフ島南西部に位置するバーバースポイント海軍航空基地、六八一空艦爆隊の目標はそのすぐ近くにあるエヴァ海兵隊航空基地だ。

 両航空基地は共に、艦艇にとって最も脅威となる単発の艦爆や艦攻が多数展開していることが、事前の調査により判明している。

 世界最強の機動部隊である第二艦隊、第二艦隊に次ぐ戦力を持つ第六艦隊、そして自らの母艦を守るためには何があっても潰さなければならない飛行場なのだ。

 ところで、六四一空艦爆隊と『千歳』制空隊が編隊から離脱したカエナ岬から、目標の両航空基地まで直線距離を測るとおよそ三〇キロ余りでしかない。

 五〇〇キロの重量物をぶら下げていても、フルスロットルで突っ走っているから所要時間は五分ちょっとだ。

 たちまちに両航空基地が視界に入り始め、関は高揚する気持ちを抑えつつ高度を三〇〇〇メートルにとり、落ち着いて機首ををハーバースポイントに向けた。

 一六機の彗星、つまり一六発の五〇〇キロ爆弾に出来ることなど高が知れているため、目標は厳密に選ばなければならないが、とりあえず使用不能にするためには、まず滑走路に穴を穿つことが最も近道である。

 「坂本一番より関一番。六八一空艦爆隊、エヴァ飛行場に向かい……」

 「藤田一番より関一番! エヴァ飛行場滑走路に敵機視認。『瑞穂』制空隊突撃します!」

 六八一空艦爆隊が編隊から離れ、関が艦爆隊長として目標を見定めているなか、『瑞穂』制空隊長の藤田怡与蔵海軍大尉の報告が唐突に飛び込み、それまで三六機の彗星に張り付いていた一六機の零戦が一斉に急降下に移った。

 当初はまるで、無防備にも思える哨戒態勢を敷いていたオアフ島の各航空基地は、ここにきてようやく本来の迎撃態勢を整えようとしていた。

 合衆国海兵隊航空部隊の主力戦闘機、F4Fワイルドキャットが連なるようにエヴァ海兵隊航空基地の誘導路を滑走路に向かい、周辺に設けられた対空砲陣地から発射炎が次々に噴き上がる。

 高射砲弾が炸裂して弾片を撒き散らし、機銃弾の火箭が幾重にも飛び交う中を、藤田率いる『瑞穂』制空隊は臆すること無く突っ込み、一呼吸置いて坂本率いる六八一空艦爆隊がいっぺんに機首を押し下げる。

 「山田一番より関一番! ハーバースポイント飛行場滑走路に敵機視認!」

 「何だと!?」

 さぁ、俺達も。

 六〇一空艦爆隊の一翼を担う『雲龍』艦爆隊長の山田昌平海軍大尉による、ある意味悲劇的な報告は、関が急降下に移ろうと思ったまさにその瞬間に飛び込んだ。

 関は前に押し込もうとしていた操縦桿を咄嗟に右に傾け、機体を右に横転させて眼下に広がるハーバースポイント海軍航空基地を、まじまじと見つめた。

 なるほど、明らかにF4Fと分かる単発機が続々と滑走路に進入し、今にも飛び立ちそうな様子である。

 しかしだからと言って、艦爆隊を援護する制空隊が一機もいない以上、彼等はどうすることも出来ない。

 多数のF4Fが離陸する前に滑走路を潰す他に道は無い。そう咄嗟に考えた関は、落ち着いて滑走路を主翼の左の付け根に重ね、スロットルレバーを引いて操縦桿を倒し、ダイブブレーキを開いて急降下を開始した。

 だがここで、思わぬ応援が現れた。

 「板谷一番より関一番。『蒼龍』制空隊はこれより貴隊を援護する!」

 「関一番より板谷一番。隊長、ありがとうございます!」

 オアフ島の手前で迎撃してきた敵戦闘機を蹴散らした後、最大速度で友軍艦爆隊を助けに来た板谷率いる『蒼龍』制空隊の零戦は、先の空中戦で機数を一三機に減らしていたが、彼等は速度を緩めること無く低空から進入し、離陸したばかりで速度が上がらない敵機、滑走路を滑走中の敵機、そして誘導路で順番待ちをしている敵機に対し、辺り構わず直径一二,七ミリの弾丸を撃ち込んでいく。

 燃料タンクに被弾した機体は瞬時に燃え上がり、コックピットに被弾した機体は原形を留めたまま力尽きる。

 「……一二……一〇……〇八……〇六!」

 「てッ!」

 米軍にすれば予想外の邪魔が入ったことにより、対空砲火はともかく戦闘機には妨害されることなく急降下を続けていた関の彗星は、高度六〇〇メートルでここまで運んできた弾を切り離し、次いで急上昇に移った。

 関が追いかけるように飛んでくる機銃弾や至近で炸裂する高射砲弾に注意を払っていると、行きがけの駄賃とばかりに地上を掃射していた小嶋の声が、爆発音と共に機内に響いた。

 「……隊長! 命中です! 滑走路のど真ん中!」



 関等六〇一空艦爆隊が投弾を終え、オアフ島上空から離脱しようとしている頃には、六四一空艦爆隊が攻撃したホイラー陸軍航空基地、六〇一空水平爆撃隊が攻撃したヒッカム陸軍航空基地、六四一空水平爆撃隊が攻撃したフォード島海軍航空基地からも黒煙が立ち上っている。

 また彗星や九六艦攻を援護してきた零戦は、一部が離脱する機体に付き添い、また一部は何とか飛行場が使えなくなる前に離陸に成功したものや、手付かずのカネオフ、ベローズ、ハレイワ各飛行場から離陸した戦闘機と空中戦を繰り広げている。

 「隊長! 右前方に味方の大編隊です!」

 ひとまず第一次攻撃は成功したとは言え、新たな敵戦闘機の出現に備えていた所に、小嶋の歓声のような報告が入り関は顔をほころばせた。

 彼とは海兵同期という関係にある、六四一空飛行隊長の江草隆繁海軍少佐率いる第二次攻撃隊戦爆連合三〇六機……零戦一四四機、彗星八一機、爆装の九六艦攻八一機……が、オアフ島の北方上空に姿を見せつつあった。



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