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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第一三章 帝国海軍、ハワイへ
76/113

七六 新高山登れ一二一五


 「……見えるか?」

 「えぇ、見えますね」

 「……艦長より電測。電探及び逆探の感報せ」

 一九四二年一二月一四日。

 所は夜明けを迎えつつある太平洋上。もう少し正確に言えば、ハワイ諸島とミッドウェイ諸島の中間海域である。

 翔号作戦の一貫として、帝国海軍の潜水艦部隊である第四艦隊が、ハワイ諸島周辺に文字通りばら蒔いたように配置している潜水艦の一隻、『伊号第二〇潜水艦』の司令塔のてっぺんで、双眼鏡を覗いていた艦長の木梨鷹一海軍中佐は、見張り員の確認をとった上で伝声管に向かってそう言った。

 「……電測より艦長。電探及び逆探共に感ありません」

 「まだこちらは見つかっていないのか……しかし油断は禁物だ。艦長より通信。僚艦宛て発信。『我、空母らしき艦影視認。三三潜は迎撃用意』旗艦宛て……」

 「電測より艦長! 逆探感有り! 波長一〇センチ!」

 「急速潜航!」

 まだ第三三潜水隊旗艦宛ての通信文を口にしていなかったが、電測室からの報告に木梨は何の迷いも見せずに新たな命令を発した。 木梨と共に司令塔にいた三人の見張り員が、次々と艦内に滑り込んでいき木梨もそれに続く。

 ハッチを閉めてそのハンドルを回し、梯子の脇にある二本の金属棒を掴みながら司令塔の真下にある発令所に向かって一気に滑り降りる。という、訓練や実戦で幾度と無く繰り返してきた動作を、木梨はまさに教科書通りにこなしていく。

 彼が発令所に自身の両足をつけた時、『伊二〇潜』はその動力源を、騒音を撒き散らすディーゼルエンジンから静寂な電気モーターに切り換え、艦体を前のめりにして海中に潜り始めていた。

 「深さ一七ッ!」

 「懸吊始め! 艦内無音!」

 やがて艦が潜望鏡深度に達すると、木梨はついさっき動かしたばかりのモーターを止めさせ、艦を海中に静止させた。

 「こんな所に敵の空母が現れたということは、やはり行き先はミッドウェイでしょうか?」

 駆逐艦等のパッシブ・ソナーに探知されるのを防ぐために一切の空調を切り、乗組員の誰一人として余計な音を出すまいとして気を配っているなか、航海長の河崎忠重海軍大尉が囁くようにそう言った。

 「今のところは何とも言えんが、米軍が第六艦隊の次の狙いをミッドウェイと想定しているなら、航海長の考えは当たっているだろうな。おそらく戦闘機を増援する気だろう」

 「すると米軍は、まだ翔号作戦に関する我が軍の動きに気付いていないということですか?」

 「分からん。ただ確かなことは、翔号作戦の要である第二艦隊はまだ敵に発見されていないし、第六艦隊の針路も特定されておらんということだ。そうでないなら、わざわざ戦闘機を他の拠点に移動させたりはせんからな」

 河崎と同じ様に副長の端谷文隆海軍大尉と木梨が会話を交わしていると、海軍一等水兵の階級章をつけた水兵が、足音を忍ばせながら発令所の中に入り、木梨のもとに近づくなり口を開いた。

 「伝令。水測より艦長。本艦より方位一一〇、距離八〇から九〇に中型艦二ないし三、小型艦七ないし八。針路三〇〇、一八ノット。以上です」

 「分かった。以後も報告を絶やさないよう伝えてくれ」

 「了解しました」

 水測長の長井藤雄海軍大尉がよこしたその伝令が発令所から姿を消すと、河崎と端谷が木梨に向かってうなづき、木梨は一呼吸置き宣言するようにあくまでも小さな声で言った。

 「……全ては訓練通りに行う。だが本艦は敵の電探に一度捕まっているし、さっきの通信波も捉えられただろう。よって決して無理はせず、僚艦の支援に徹する」


 帝国海軍第四艦隊が翔号作戦に合わせてハワイ諸島周辺に配置した潜水艦は、戦時急造の中型潜水艦の数が揃ってきたこともあり一〇〇隻を超える数なのだが、この内『伊二〇潜』が所属する第三潜水戦隊は、伊号潜水艦の中でも最新型に属する伊一八型潜水艦四隻と、量産型潜水艦として大量生産が行われている呂一〇一型潜水艦一二隻の合計一六隻からなっており、一隻の伊号につき三隻の呂号を配して一個潜水隊を編成している。

 そして、ハワイ諸島とミッドウェイ諸島の中間海域に配置された第三潜水戦隊に与えられた任務は、両諸島間の海上交通の遮断である。

 その戦法は、潜水隊の司令艦を務める伊号は海上にあって、電探と磁探を駆使することにより敵艦を早期に発見し、戦闘が勃発した際には囮の役割を担い、敵艦が伊号にかまけている隙に潜望鏡と通信アンテナ、シュノーケルだけを海上に突き出して海中に待機していた呂号が、敵艦に必殺の酸素魚雷を見舞うというものだ。


 「伝令。水測より艦長。敵小型艦二、本艦より方位一二〇、距離一〇。敵小型艦一、本艦より方位一六〇、距離一五。速力は共に一五ノット」

 「迫ってきましたな」

 「あぁ。だが今は耐えるしかない。我々が耐えれば、半年前の再現が可能になるかもしれないからな」

 苦笑を浮かべながら言った河崎に対し、木梨は希望を込めた声色で返した。

 半年前、『伊二〇潜』はトラック方面に配置されており、哨戒中に偶然出くわした米空母『トレントン』を、一隻の呂号潜水艦の犠牲と引き換えに撃沈するという快挙を成し遂げている。

 もっとも帝国海軍の潜水艦は、ごく一部の部隊を除けば対艦攻撃をしようとはしない。優先順位が低く、訓練をあまり受けていないからだ。

 そういうこともあるために『伊二〇潜』の活躍は特に第四艦隊の面々を喜ばせ、米本土とハワイを結ぶ航路の次に交通量が多いと見られ、太平洋艦隊が第六艦隊の陽動に引っかかればほぼ確実に増援艦隊が通るであろうこの海域に、『伊二〇潜』が配置される一因となったと言われている。

 (だからこそ逃すわけにはいかん)

 木梨がそう心の中でつぶやいたとき、『伊二〇潜』の艦内に潜水艦乗りにとってもっとも忌まわしい音の一つ、金属棒を三角形の形にした楽器であるトライアングルが出すような音が、突き刺すように鳴り響いた。

 「敵さん探信音を打ってきましたな」

 端谷が小言でそう言うと、木梨は自身の背中に寒気が走るのを感じた。

 『伊二〇潜』は今、深さ一七メートルの海中で静止しているのである。一度探知されたら逃げる術はもうない。

 かといって、今から逃げるわけにもいかない。スクリューを回して、自分から音を出しては元も子もないのだ。

 空調が完全に止まっているため恐ろしく蒸し暑い艦内で、止めどなく吹き出てくる汗を拭うのも忘れて、木梨は発令所の天井を見つめていた。

 そして、『伊二〇潜』に近づいてくる三隻の敵駆逐艦が探信音を打ち始めてから一分後、怖れていたものがついにきた。

 探信音が艦体を叩いたときに生じる、鈍い金属的な音が響いたのだ。

 次の瞬間、これまで微かにしか聞こえなかった敵駆逐艦のスクリュー音が一気に大きくなり、水測室からの報告を待つまでもなく、敵駆逐艦が急接近してきていることをうかがわせた。

 発令所に詰めている乗組員達は、皆不安そうに木梨の顔を見つめたが、その木梨の様子に変化は無い。ただじっとして天井を見つめている。

 「本艦直上海面に着水音!」

 「急速潜航! 深さ五〇!」

 まるで何かに押し潰されるような静寂は、長井の絶叫によって破られた。

 その絶叫に木梨は瞬時に同じく絶叫で返し、直上から爆雷が沈降してくるなか『伊二〇潜』は勢い良く海水を呑み込みながら、さらなる深みに向かった。

 深度計の針が四〇メートルを越えた頃、『伊二〇潜』の頭上から鈍い爆発音が、艦内に立て続けに響いた。

 しかし、上方で爆発した爆雷などは何の驚異にもならない。その爆発エネルギーは全て真上に行ってしまうからだ。

 「面舵一杯! 本艦針路二一〇度! 両舷前進強速!」

 「水測より艦長。三隻の敵艦が一斉に回頭した模様。それぞれ方位にして三〇度、距離にして〇二前後開いています」

 「波状攻撃、ですかね?」

 「おそらくな……下げ舵一杯! 深度八〇!」

 「本艦直上に着水音!」

 「取舵一杯! 本艦針路一七〇度!」

 「……本艦より方位一〇、距離〇三に敵艦一。同じく方位三四〇、距離〇四に敵艦一。それぞれ速力は二〇ノット前後」

 「取舵一杯、本艦針路三五〇度! 上げ舵一杯、深さ四〇!」

 『伊二〇潜』の艦内に響く長井の報告、それに対する木梨の命令、及び操舵士の復唱は、つい先程まで艦全体を支配していた静寂が、まるで夢であったかのように感じられる程のものだ。

 アクティブ・ソナーの探信音は絶えず『伊二〇潜』の艦体を叩き続け、三隻の駆逐艦は『伊二〇潜』の位置を正確につかんでいるはずなのだが、木梨の操艦術は巧みに艦を爆雷攻撃から守り続けている。

 そして『伊二〇潜』の死闘が始まってから約一〇分後。

 『伊二〇潜』の艦内に強烈な爆発音が二度続けて響いた。

 「……水測より艦長。本艦より方位一四〇、距離八〇付近に我が軍の魚雷の命中音を確認。被雷せる敵艦は三隻。内二隻は中型艦……ちょっとお待ちください……本艦を攻撃していた駆逐艦が離れていきます!」

 「やりましたね艦長!」

 長井の報告に河崎がまず始めに歓喜の声を上げると、『伊二〇潜』の艦内は乗組員の歓声で溢れかえった。

 彼等は見事なまでに、囮の役割を果たしたのである。

 「艦長より総員。皆良くやった! その功にむくいてこのまま浮上したいところだが、そういうわけにもいかん。本艦はこのまま三〇分程懸吊状態で待機し、敵の様子を見る。その後安全の確認がとれ次第浮上する。本当に御苦労だった!」


 「通信より艦長。『呂一〇七潜』より通信。『我、敵空母二、駆逐艦一を撃沈す。敵艦隊は北方に遁走せり』以上です」

 「……旗艦及び四艦隊司令部宛て通信。『我、敵小型空母二、小型駆逐艦一を撃沈す。我に損害無し。〇二二三』以上だ」

 第三三潜水隊に属する大小四隻の潜水艦同士で、様々な電波が飛び交わされるなか、『伊二〇潜』のアンテナからは、一際強い電波が輝かしい戦果を乗せて飛ばされた。

 空母一隻は取り逃がしたが、今頃オアフ島は大変なことになっているだろう。

 木梨が一人そう考えていると、通信室からのある意味重たい報告が発令所に響いた。

 「通信より艦長。連合艦隊総司令部よりの命令電受信。『ニイタカヤマノボレ。一二一五。フジサンニイジョウナシ』以上です」

 「……現状では予定通りということなのかな。少なくとも、現状では」

 木梨は発令所にいる乗組員の多くが怪訝な表情を浮かべているなか、戦闘後の静けさを象徴するような口調でそう言った。



 一九四二年一二月一五日。

 所は、現地時間で一四日午前四時四五分を迎えた、オアフ島の真北約二七〇海里。

 一〇日前に択捉島の単冠湾を出撃して以来、厳重な無線封鎖のもと奇跡的に誰の目にも触れることなくまた燃料補給にも成功しつつ、荒れる北太平洋を踏破してきた帝国海軍第二艦隊は、攻撃隊の出撃地点に近づきつつあった。

 そんななか、漆黒の太平洋上に突然、航空機のエンジン音が鳴り響いた。

 第一航空戦隊の「蒼龍」「雲龍」の飛行甲板上には、零戦三二機、彗星一八機、爆装の九六艦攻一八機。

 第二航空戦隊の「松島」「橋立」「厳島』の飛行甲板上には、零戦四八機、彗星二七機、爆装の九六艦攻一八機と雷装の九六艦攻九機。

 第三航空戦隊の「飛龍」「翔龍」の飛行甲板上には、零戦三二機、彗星一八機、雷装の九六艦攻一八機。

 第六航空戦隊の「千歳」「千代田」「瑞穂」「日進」の飛行甲板上には零戦六四機。

 アメリカ合衆国に予想外の多大な損害を与えて、この望まぬ戦争に終止符を打つ。

 合衆国海軍太平洋艦隊の根拠地であるオアフ島真珠湾、及び周辺飛行場を徹底的に叩くことにより、上記の目的を達成するために第二艦隊が用意した第一次攻撃隊、合計三〇二機の艦上機は、手慣れた様子で飛行甲板上を駆け回る整備員達によって、入念に暖気運転と最後の点検が施されていく。

 やがて第二艦隊旗艦の「矢矧」や各航空戦隊の旗艦のマストに、およそ一年前のウェーク島沖海戦以来となる“Z旗”が掲げられ、「搭乗員整列!」の号令が一一隻の空母に鋭く響き渡った。


 ―帝国海軍艦隊編成図―

 

 第二艦隊 司令長官:塚原二四三海軍中将

  旗艦:「矢矧」

  第一戦隊:「大和」「武蔵」

  第二戦隊:「信濃」「三河」

  第三戦隊:「出雲」「越前」

  第六戦隊:「古鷹」「高雄」「愛宕」

  第九戦隊:「足柄」「那智」

  第一航空戦隊:「蒼龍」「雲龍」

  第二航空戦隊:「松島」「厳島」「橋立」

  第三航空戦隊:「飛龍」「翔龍」

  第六航空戦隊:「千歳」「千代田」「瑞穂」「日進」

  第一一戦隊:「最上」「川内」

        第三駆逐隊:「初春」「子日」「若葉」

        第二七駆逐隊:「初霜」「有明」「夕暮」

  第一二戦隊:第一護衛隊:「夕張」「秋月」「照月」「涼月」「初月」「新月」

        第二護衛隊:「黒部」「若月」「霜月」「冬月」「春月」「宵月」

  第一水雷戦隊:「利根」

         第九駆逐隊:「浜風」「舞風」「朝潮」「大潮」

         第二八駆逐隊:「満潮」「荒潮」「山雲」「夏雲」

         第三五駆逐隊:「朝雲」「峯雲」「霰」「霞」

  第二水雷戦隊:「筑摩」 司令官:田中頼三海軍少将

         第八駆逐隊:「陽炎」「不知火」「黒潮」

         第一五駆逐隊:「雪風」「初風」「親潮」

         第一六駆逐隊:「天津風」「嵐」「谷風」

         第一八駆逐隊:「浦風」「磯風」「時津風」


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