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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第一三章 帝国海軍、ハワイへ
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七五 ウェーク島を襲う災厄



 ウェーク島は敵機襲来を告げるサイレンに、文字通り包み込まれていた。

 それと共に、基地のあちこちに設置されている対空機銃座に兵士が飛び付き、高射砲陣地の高射砲群はその砲身を天に向けてもたげる。

 在泊していた艦艇は大慌てで錨を巻き上げ、煙突から黒煙をもうもうと噴き上げながら出港しようとしている。

 そして、ウェーク島防衛の要である合衆国海兵隊の航空部隊は、侵攻してくる帝国海軍の航空部隊を迎え撃つべく、戦闘機を矢継ぎ早に離陸させていた。

 だが、その絶対数はあまりにも少過ぎた。

 この時ウェーク島に配置されていた航空機は八七機であり、戦闘機に限れば四八機でしかない。

 最前線の基地とはとても思えない貧弱ぶりだが、ラバウルに戦力を集中させている合衆国陸軍航空軍が応援をよこすはずはなく、海兵隊自身も太平洋艦隊の再建まではハワイ防衛が最優先事項であるため、ウェークの守りを固める余裕は持っていないというのが実状だった。

 また日本軍自体、開戦直後に攻撃をかけてきて以降は、偵察機を二、三日に一回程度飛ばしてくるだけになっており、その気になれば赤子の手をひねるが如く潰せるはずのウェーク島に、まるで関心を示していなかったのだ。

 帝国陸軍はともかく、帝国海軍の戦略は元来防御が主軸であり、めったなことが無い限り自ら侵攻してくることはない。

 そんな明確な根拠の無い一種の思い込みが、ウェーク島の貧弱な兵力に現れていた。


 「コントロールよりタイガー。目標は貴隊の正面だ。距離はもうほとんど無い!」

 “タイガー”の呼び出し符合で呼ばれる、在ウェークの海兵隊戦闘機隊の第三中隊を率いるピーター・バーガー海軍大尉のレシーバーに、司令部のレーダールームの担当士官の絶叫にも近い指示が飛び込んだ。

 「タイガー7より各機! 敵機右上方!」

 「タイガー1よりタイガー及びウルフ各機へ。全機突撃開始! 撃墜にこだわらず、極力爆撃を妨害しろ!」

 続けて飛び込んだ部下の報告に、バーガーは訓練時とまるで変わらぬ声色で、第三中隊の一一人の部下と行動を共にしている“ウルフ”の呼び出し符合を持つ第四中隊の一二人の搭乗員に命令を発した。

 そして次の瞬間、彼の操るF4Fワイルドキャットは、機首のツインワスプエンジンが弾き出す一二〇〇馬力の力に引っ張られるように上昇を開始した。

 マーシャル諸島からやって来たと思われる敵機の数は、接触したカタリナ飛行艇からの情報によれば一〇〇機を優に超えているという。

 わずか二四機のF4Fだけで阻止出来るとはとても思えないが、東からやって来る単発の艦上機に比べれば、双発機の群れのほうがまだ与し易い。バーガーはそう思っていた。

 だが、双発機の群れが段々と近くなるに連れて、バーガーは当初予想もしていなかった事態に直面した。

 双発機、と言うのだから敵機は当然、開戦以来戦術戦略を問わず爆撃を敢行し、時には航空魚雷を抱えて対艦攻撃もする日本軍の標準爆撃機である、ベティ(泰山を意味する連合国のコードネーム)ばかりだと思っていたのだが、よく見ると双発機であることに変わりは無いが、ベティよりも明らかに小さな機体が混じっているのである。

 (ニックか? いや、あれは対重爆の迎撃戦闘機のはずだ……それにシルエットが微妙に違う)

 バーガーはまずこの未知の機体の正体を、ラバウルの陸軍航空軍が常日頃悩まされているという月光かと考えたが、すぐにそれを否定した。

 「タイガー1より各機へ。敵に未知の双発機が含まれている。各々注意……!」

 バーガーはそこまで言ったところで思わず絶句した。

 未知の双発機の妙に図太い胴体が観音扉のように開いたかと思うと、バラバラと黒い塊が投下され始め、次の瞬間機首を押し下げて急降下の体勢に入ったのだ。

 「ジャップの新鋭戦闘機だ! 気をつけろ!」

 「タイガー1よりコントロール。敵は新鋭双発戦闘機を含む! タイガー及びウルフはこれより突撃する!」

 バーガーは未知の双発機……天風の正体をある程度正確に掴むなり、叩き付けるように命令と報告を発し、目の前に迫る敵機に全神経を集中させた。

 しかし、彼の目標は戦闘爆撃機などではなく、その向こうにいる正真正銘の爆撃機だ。

 逆落としに急降下してくる敵機の動きをじっと見つめ、頃合いを見計らって操縦桿とフットバーを巧みに操作する。

 バーガーの操るF4Fは上昇を続けながらも、左右に小刻みに機体を振って敵機の機首から噴き伸びる四条の太い火箭をかわしていく。

 合計三機の敵機とすれ違ったバーガーは、なおも急降下してくる敵機を避けるように機体を左に旋回させ、直率する小隊の部下を引き連れながら目指すベティの編隊からいったん距離をおき、実際は回り込むように針路をとった。

 だが敵機はバーガーの動きを見逃さない。

 ベティの編隊に張り付いていた新鋭戦闘機が機体を翻し、バーガー及び彼の後ろを飛ぶ彼の部下が乗るF4Fめがけて突っ込んでくる。

 うまくすれ違ってやり過ごせば何とかなる。そう考えたバーガーは敵機と向き合うと再び全神経を敵機に集中させた。敵機の搭乗員が機銃を発射する寸前を見計らってよけるつもりなのだ。

 時速にして一〇〇〇キロを超える相対速度があるためにお互いの距離は急速に縮まり、バーガーは操縦桿を握る手に力を込めた。

 ところが、敵機の機首から火箭がほとばしることはなく、代わりに左右の主翼の下から白煙があがり、何か妙な物体がやはり白煙を噴き出しながら自分に向かって迫ってくるのを彼は認めた。

 「ロケット弾かッ!」

 バーガーはその物体の正体を瞬時に掴むと機体を横転させた。

 機銃弾とは違い、一発でもまとも喰らえば機体は木っ端微塵に砕け散るだろうが、反対に避けるのはまだ簡単だ。

 だが、そのロケット弾はただのロケット弾ではなかった。

 バーガーは素早い反応により避けるには避けたのだが、どういうわけかそのロケット弾は突然機体のすぐ近くで爆発したのだ。

 爆風に煽られ多数の破片が突き刺さったF4Fは火さえ噴かなかったが、かといって機体の姿勢を立て直すこともせず、プロペラが回り続けている機首を下にして真っ逆さまに太平洋に向かって墜ちていった。



 ハワイはオアフ島の真珠湾を見下ろす位置に建つ、合衆国海軍太平洋艦隊総司令部の長官公室で、司令長官のチェスター・ニミッツ海軍大将は苦り切っていた。

 当然のことながら、ニミッツをそういう状態にした原因は、約一時間前に一切の連絡が不通になったウェーク島にある。

 一年程前にそのウェーク島の近海で生起したウェーク島沖海戦、そして半年程前に生起したラバウル北方海戦に敗北して以来、戦艦や正規空母といった主力艦の不在から満足な艦隊を組める状況に無い合衆国海軍は、予算がいくら膨れ上がろうと知ったことではない。日本海軍を叩き潰さない限り合衆国に勝利は無いのだ。と言わんばかりに、当初の予定を大幅に上回るハイペースで艦艇の建造を進めている。

 一方で太平洋艦隊にはその根拠地であるハワイ諸島の死守を命じ、海兵隊の航空部隊を増派してきた。

 結果、現時点においてハワイ諸島に配備されている基地航空隊は、陸軍航空軍の分も合わせて九七二機に及び、他にも真珠湾に入泊している護衛空母の艦上機や、空母は無いが建前上母艦航空隊を名乗っている部隊もいる。

 また、陸上兵力は陸軍が五個師団、海兵隊が二個師団配置されており、海上兵力がほとんど無いことを除けば、ハワイは難攻不落の要塞と化していた。

 とは言え、ハワイ諸島以外の拠点にハワイ並みの兵力を置くことは、アメリカの巨大過ぎる国力をもってしても非現実的を通り越して不可能である。

 つまり、ハワイの守りが鉄壁になるの代わりに、ウェーク島やミッドウェイ諸島、ジョンストン島、そしてアリューシャン列島の守りは貧弱なままだったという、見方によってはとんでもない状況があったわけだが、現実には、と言うより日本海軍が攻めてこない限りはそれで良かったのだ。


 「いったいどういうわけなのだ? あの日本海軍が今頃になって攻勢に出てくるとは」

 「しかし現実の問題として、ウェーク島は陥落したと見るべきでしょう。ウェーク島から途切れ途切れに発せられた報告電から推察する限り、日本海軍はマーシャルより一〇〇機以上のベティと未知の新鋭双発戦闘機の混成部隊を、さらにウェークの東方海上に展開していた機動部隊より規模は不明ですが攻撃隊を出撃させています。同島に展開する海兵隊航空部隊だけでは、とても防げたものではありません」

 ぼやくように言ったニミッツに対し、航空主任参謀のデニス・スタンプ海軍中佐がそう指摘すると、情報主任参謀のエドウィン・レイトン海軍中佐が口を開いた。

 「問題は日本海軍の機動部隊の動向です。不幸なことに我が艦隊の潜水艦部隊の多くは、損耗した分を補充するために基地に帰還しており、太平洋に網を張れる潜水艦の数は限られています。ある程度の位置は絞られてるとは言っても、早急に正確な位置を特定する必要があります」

 「貴官の言うことはもっともだが、太平洋はあまりにも広い。限られた潜水艦で効果的に網を張るためには、敵機動部隊の針路を予想せねばならん。貴官達はどう思う?」

 ニミッツは自身の執務机の上に広げられた地図を見ながら、居並ぶ幕僚達にそう尋ねた。

 「彼等がウェーク島を潰したことに満足して、マーシャルに引き上げるのならばそれに越したことはありませんが、そうではなく進撃を続けた場合、その目標はミッドウェイ諸島もしくはジョンストン島以外には考えられません」

 「ですがジョンストンはミッドウェイよりもハワイに近く、陸軍航空軍のB17やB24の爆撃を受けやすいと言えます。四発の重爆が動き回る艦隊に対して有効であるとは思いませんが、ラバウル北方海戦の際にB17が投下した爆弾が日本海軍の空母に運良く命中したこともありますから、日本海軍としてはある意味ミッドウェイの方が安全ということになります」

 「すると貴官達は、日本海軍の次なる目標はミッドウェイであると予想するのかね?」

 ニミッツはスタンプとレイトンの顔を、交互に見やりながら言った。

 「その通りです」

 と、スタンプは明確に言い切った。

 「しかし現状の兵力では、ミッドウェイにしろジョンストンにしろ、航空機の数が乏しいため守り抜くことは不可能です」

 作戦主任参謀のマグナ・クレメント海軍中佐がそう意見を具申すると、スタンプがまたもや口を開いた。

 「私は日本海軍の今回の目的を、我が太平洋艦隊の撹乱にあると考えます。彼等はハワイ以外の拠点の防衛能力が低いことを何らかの手段で掴み、我が軍を混乱させ負担をかけようとしているのではないでしょうか?」

 「ふむ。貴官の推理が正しければ、彼等がここハワイにやって来ることはない、ということになるから、急ぎミッドウェイに増援を送った方が良いということになるな」

 ニミッツはそう言うと長官用の椅子から立ち上がり、窓辺に歩み寄って眼下に広がる真珠湾に視線を向けた。

 この時点で真珠湾には、航空機の輸送や対潜哨戒を主任務とするいわゆる護衛空母が六隻停泊していた。

 「……今から海兵隊の戦闘機隊を運んだとして、日本海軍の攻撃に間に合うかね? 確か昨日入港した三隻は、機体を載せたままだったな?」

 思いついたように言ったニミッツに対し、スタンプは一呼吸入れたうえで返答を返した。

 「日本艦隊が最大戦速で飛ばさない限り、大丈夫だと考えます。あまりのんびりともしていられませんが」

 「昨日入港した三隻の空母は合計で七二機のF4Fを搭載していますから、在来の兵力と合わせればミッドウェーは三桁の数の戦闘機に守られることになります」

 もう猶予はありません。と、レイトンも続く。

 「そうか。となると日本海軍は少なくとも、第一次攻撃を失敗するだろうな……」

 「ではミッドウェイに戦闘機隊を増援する。ということでよろしいでしょうか?」

 クレメントの問い掛けに、ニミッツは黙ってうなづいた。



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