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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第一一章 帝国の解答ー帝国陸海軍、西へ
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六五 南雲艦隊猛進す



 そこは何とも表現し難い、不思議な空間だった。

 窓の一切無い巨大な部屋の中心部に、精巧に作られたと思われる巨大な太平洋の地図が、蛍光灯の光に照らされながら文字通り鎮座している。

 近寄って良く見てみると、地図上には帝国陸海軍の部隊の配置を示す様々な駒が置かれており、小さな字で部隊名や規模等が書かれた旗が刺さっている。

 またハワイやミッドウェー、ラバウル等の地点には、米軍の拠点であることを示す星条旗が刺してある。

 だが、このとんでもなく重要な地図の周りに人はいない。脇を通り過ぎる者もただ忙しく通り過ぎるだけだ。

 帝国海軍連合艦隊総司令部、と言えばさぞ凄い所であるかのように聞こえるが、その作戦室に関してはかなり陰気な空気が漂っていた。

 少なくとも、初めてこの空間に足を踏み入れた者はそう感じるだろう。

 「君が佐脇君かね?」

 そんななか、この作戦室に新任の参謀として配属されたある海軍士官は、想像とあまりに違うこの異様な空気に呑まれていたが、突然自らの名前をどこか不機嫌そうな声色で呼ばれて我に返り、慌ててその士官の方に体を向けた。

 「私は連合艦隊参謀長の宇垣だ。お初にお目にかかる」

 「はッ、私は……」

 「そう慌てるな。細かい自己紹介は後にして、まずこっちに来て貰おう」

 宇垣はそう言うとさっさと背を向けて、一〇メートル程離れた位置にやはり鎮座しているもう一つの巨大な地図に向かって歩き出した。

 新任の参謀は宇垣の妙な態度に拍子抜けしながらも、その後を追う。

 その地図の周りには多数の海軍士官が立っており、ある者は指示棒を背中の後ろで細かく振り、ある者は地図上の駒を凝視し、またある者は地図の隣にある衝立のようなものに貼り出されている表や、色々なことが書かれている黒板を見つめていた。


 「長官、例の者が」

 地図で言うと北側に立って、悠然と全体を眺めていた将官に宇垣がそっと耳打ちする。

 すると、その将官はじろりと視線を新任の参謀に向けた。

 そして、あたかもそれが合図であったかのようにその他の士官達が顔を上げた。

 「か、海軍少佐、佐脇悠大は、本日付けをもって連合艦隊兵站参謀の任を命ぜられ、ただいま着任致しました!」

 「まぁそう緊張するな。私が司令長官の山本だ。これからよろしく頼む」

 「はッ、こちらこそ」

 新任の参謀である佐脇はぎこちなく言った。

 「さて、細かいことは後にして、現段階におけるインド洋の状況をまとめてみよう」

 緊張しきりの佐脇の様子に苦笑しながら、連合艦隊司令長官の山本五十六海軍大将は、情報参謀の早乙女勝弘海軍中佐に向かってうなづいた。

 「まず、今回のい号作戦は英国海軍東洋艦隊の撃滅を図り、合わせてインド洋において通商破壊を行い、沿岸基地及び飛行場に展開する敵空軍部隊を撃破することを目的としていましたが……」

 早乙女は山本に向かってうなづき返すと、むしろ佐脇に説明するように喋り始めた。

 「東洋艦隊の根拠地であるセイロン島に対する攻撃には一艦隊と一機艦が、ベンガル湾東岸の拠点に対する攻撃には二艦隊と二機艦がそれぞれ向かい、特に前者には東洋艦隊の撃滅という任務を課しました。ですが、問題の東洋艦隊はこちらの索敵網をことごとく突破し、おそらくカルカッタに集結していたと思われる敵空軍の残存部隊と共同して、二艦隊と二機艦に空襲をかけてきました。一応撃退したようですが、細かい報告はまだ届いておりません。またセイロン……」

 早乙女が指示棒を振るいながら説明を続けるなか、佐脇はその先にある合わせて五つの駒を見つめた。

 内二つが味方の艦隊を示す駒であり、もう二つが敵の航空部隊を示す駒、そして残りが東洋艦隊を示す駒だ。

 味方の艦隊と東洋艦隊との距離があまりにも近い。一〇〇海里あるか無いかだ。

 そんな別の意味でひどい戦況に佐脇が半ば呆れていると、一人の通信士が隣にあって入り口が開放されている通信室から走り出てきて、早乙女に一枚の電文を手渡した。

 「……二艦隊司令部より、先の空襲による艦艇の被害状況の報告です。かいつまんで申し上げますと……大破、『隼鷹』『若葉』、中破、『飛鷹』『風雲』、小破、『天城』『妙高』『夕雲』、以上です」

 「……五航戦をやられた、ということですか」

 航空参謀の樋端久利雄海軍中佐が呻いた。

 「しかし不幸中の幸いと言っては何ですが、六二一空の大部分は今頃チッタゴンから帰ってきているところです。『飛鷹』の甲板がやられているなら話は別ですが、他の母艦が協力すれば艦載機の収容は可能でしょう」

 作戦参謀の山本祐二海軍中佐がそう言うと、おもむろにもう一人の山本が口を開いた。

 「どのみち、五航戦には撤退を命ぜねばなるまい。二機艦の戦力は弱体化するが、一機艦が救援に急げば何とかなるだろう」

 「一機艦はセイロンに対する二次攻撃の必要性を訴えていますから、ここは二戦隊と三戦隊、二航戦、それから三水戦を差し向ければ良いでしょう」

 と、宇垣が衝立に貼られた艦艇の一覧表を見ながら具申する。

 「よろしい。早速その旨を一艦隊司令部に伝えたまえ。指揮官は、阿部君だな」

 山本が結論を出すと、幕僚達はそれぞれ自分の仕事をするために動き始めた。

 通信参謀は通信室に駆け込み、航空参謀と作戦参謀は艦艇一覧表に歩み寄る。情報参謀は手にした紙に何かを書き留め、参謀長は首席参謀と何か話をしている。

 この光景をただ呆然と見ていた佐脇のもとに、政務参謀の藤原康之海軍中佐が苦笑しながら近づいて来た。

 「今の内に彼等の動きを良く見ておくんだ。戦闘中の主役は彼等だが、その直後の主役は君なのだから。くれぐれも準備を怠らないようにな」

 その忠告に、佐脇はただうなづくことしか出来なかった。



 「まったく、まったくどうしたものか」

 一方、帝国海軍に対してほぼ奇襲と言っても過言ではない攻撃を成功させた、東洋艦隊司令長官のジェイムズ・サマーヴィル海軍大将は、旗艦である戦艦『ウォースパイト』の羅針艦橋でそうつぶやいた。

 彼の視線の先には、艦載機を着艦させるために艦隊から遠ざかるように進む三隻の空母、『フォーミダブル』『ヴィクトリアス』『イーグル』があり、それぞれの飛行甲板に艦載機が次々と滑り込んできている。

 攻撃隊の指揮官が帰還途中に送ってきた報告によると、失われた機体は複座戦闘機であるフルマーが三六機中一一機、複葉雷撃機であるソードフィッシュが二四機中一五機、急降下爆撃機であるスクアが一五機中八機、アメリカから供与された雷撃機ターポン(アベンジャー)が二〇機中一五機。

 これが事実とするならば、もはや空母や艦載機の出番は無い。

 すでに分かっていたことではあるが、彼等の艦載機は旧式過ぎたのである。

 空軍と共同して数量的にはかなりの数を揃えたのだが、性能の差は歴然としている。無理に第二次攻撃隊を出したところで、今度は空軍の支援が無いから全滅するかも分からない。

 もっとも、これらの戦力で二隻の大型空母の着艦能力を奪ったのだから充分ではないか、とも言えるかもしれない。

 「長官、空母部隊は予定通り離脱させますか?」

 そんな彼の思考は、参謀長の発言によって打ち切られた。

 「……うむ。そうしてくれ」

 「了解しました」

 「……さて、これからが正念場だな」

 参謀長に指示を出すと、サマーヴィルはそう一人ごちた。

 彼の作戦は、航空攻撃によって敵艦隊を混乱させ、そこへ戦艦五隻を主力とする砲戦部隊を突入させて蹴散らし、その後可能であるならばひたすらにインド洋を南下するというものだ。

 しかしこの場合、空母は足手まといとなる。

 だから前もって離脱させようというわけだが、満足な護衛は付けられないから万が一敵艦隊に捕捉されるとえらいことになる。また、主力部隊は航空機の傘を失うことにもなる。

 それに、たとえ蹴散らすことに成功しても、セイロンを攻撃したもう一つの日本艦隊に遭遇すれば終わりだ。

 まさに薄氷を踏むような作戦だが、これ以外に強大な日本海軍に一泡吹かせることは困難なのだ。逃げるなど問題外である。

 「だが、やるしかあるまい」

 サマーヴィルはどこまでも広がる大海原を見渡しながら、そう静かに決意した。

 彼の目の前に見える二基の連装砲塔が、妙に頼もしげなオーラを放っていた。



 「二機艦司令部より入電。『我、第三次及び第四次攻撃隊の編成を完了す。出撃完了は三次が一四五五、四次が一五二〇と予測す』以上です」

 「あと、一〇分ですか」

 第二艦隊参謀長の白石万隆海軍少将が、羅針艦橋の掛け時計を見ながらつぶやいた。


 現在彼等は、空母機動部隊である第二機動艦隊を、重巡と水雷戦隊を基幹とする第二艦隊が取り囲むような輪形陣を組んで、陸地から遠ざかるように針路を南にとっている。

 だが、第五航空戦隊を編成する空母『飛鷹』と『隼鷹』の姿はすでに無い。

 先の空襲でその巨体故に狙われる運命に陥った両艦だが、まず『隼鷹』には三発の五〇〇ポンド爆弾と二本の魚雷が命中し、発着艦不能及び左舷側機関室全滅という被害を被り、『飛鷹』も魚雷こそ回避したものの四発の爆弾を受けてとても空母として使える状況にはない。

 二隻ともすでにシンガポールに向かって引き上げ始めており、第二機動艦隊は抱える航空機の四割以上を搭載する貴重な戦力を失ったことになる。

 しかしその一方で彼等は、敵の艦載機に大打撃を与えている。

 英国海軍にしろ英国空軍にしろ、その戦闘機は軒並み速力が遅くまた鈍重であったため、機敏に動け海上戦闘に慣れている零戦の敵ではなく、爆撃機も一部に米軍の新型艦攻が混ざっていたことを除けば旧式機揃いで、猛烈な対空弾幕や零戦の突撃の前に、魚雷を抱えた複葉機はともかく次々と脱落していく姿が確認されている。

 その複葉機にしてもおそらく布張りの翼は穴だらけであろうと予測され、英国海軍の母艦兵力からもこれ以上の攻撃を不可能にさせるだけの被害を与えたのだ。


 「三次の攻撃隊の戦果に関わらず、敵の主力は間違い無く突っ込んでくるでしょう。長官、いかがなさいますか?」

 と、白石が先程から一言も口をきかない司令長官の南雲忠一海軍中将に尋ねる。

 「……無論、こちらからも突撃するのみだ。高須長官や塚原が応援を差し向けたそうだが、そのようなものに頼る必要はまったくない。我が第二艦隊の強さを知らしめるのだ」

 「承知しました!」


 第二艦隊の現有戦力が戦艦二、重巡六、軽巡三、駆逐艦二四であるのに対し、戦闘機に邪魔されることなく悠々と偵察した索敵機が知らせてきた東洋艦隊本隊の戦力は戦艦五、重巡一、軽巡二、駆逐艦一〇だ。

 真っ向から撃ち合っては勝ちようが無いが、南雲の得意技である雷撃戦に持ち込めば充分勝機はある。何しろいったん航空攻撃をかけた後に突撃するのだから、巡洋艦以下の戦力差はさらに開いているだろう。


 「二艦隊針路三三〇度、二機艦針路、一三五度。なおこれから先、二機艦は独自に行動せよ」

 そして南雲は決戦に向けての最初の命令を発した。

 第二機動艦隊は後方に下げ、第二艦隊を敵艦隊に突っ込ませる形だ。

 「二機艦司令部より入電。『一二戦隊を貴艦隊の指揮下に入れる』以上です」

 「そうか、ありがたい」

 南雲はつぶやいた。

 元々、第二機動艦隊指揮下にあった第一二戦隊は、利根型軽巡の『川内』『那珂』『神通』の三隻からなる部隊である。

 過去、一時的に海上護衛総隊の指揮下にあったとは言え、ウェーク沖海戦時には第二艦隊の隷下部隊として僚艦の『天龍』を失いながらも奮闘したという経歴を持つ、非常に頼もしい存在だ。

 「後部見張りより艦橋。二機艦各母艦より艦載機が発艦を始めます」

 「了解」

 見張り員からの報告に南雲は簡潔に返事を返す。

 東洋艦隊本隊を目指す戦爆雷連合三四機が大空に舞い上がり、第二艦隊を飛び越すように進撃を開始する。

 その様子を一瞬見上げると、南雲は新たな命令を発した。

 「全艦に通信。我が目標、東洋艦隊本隊。最大戦速!」




 第二〇話、第二一話を加筆訂正しました。

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