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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第一一章 帝国の解答ー帝国陸海軍、西へ
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六二 ラングーン空爆



 「二機艦司令部より通信『我、攻撃隊出撃の準備が完了せり。出撃の許可を求む』以上です」

 「小澤君も律義なことだな」

 帝国海軍第二艦隊旗艦、司令部巡洋艦『仁淀』の羅針艦橋で、通信参謀からの報告を受けた司令長官の南雲忠一海軍中将はそう言って苦笑した。

 第二機動艦隊司令長官の小澤治三郎海軍中将にすれば、この陽動部隊の先任指揮官である南雲の許可をとることは当たり前なのかもしれないが、その南雲に言わせれば水雷畑が長く航空関係にはやや疎い自分に、わざわざ航空関係の事案について許可を求める必要は無い。事前に決められた作戦通りに事を進めてくれれば構わない、ということになる。

 もっともそんなことを言えるわけは無いのだが、南雲は素直に許可を出した。

 今回の主役はあくまでも本隊と二機艦なのであり、自分はあくまでも裏方だ。と南雲自身が思い込んでいたふしもあるが、まさか自分が主役になることになっているとは、彼には想像もつかないことだろう。



 「東洋艦隊がトリンコマリーから姿を消しただと!? 潜水艦は何をしておったのだ?」

 第二機動艦隊の空母から艦載機が発進し終えた頃、帝国海軍第一艦隊旗艦、司令部巡洋艦『熊野』の羅針艦橋に、司令長官の高須四郎海軍中将の寝起きのためかいささか不機嫌な声が響いた。

 時刻は現地時間で午前四時。

 高須は文字通り叩き起こされたのである。

 「昨夜のセイロン島周辺の気象は、雨こそ降りませんでしたが海はかなり荒れていたようです。東洋艦隊は高波を隠れ蓑に出港したものと思われます」

 首席参謀の柳沢蔵之助海軍大佐がそう言うと、高須は続けて幕僚達に問いかけた。

 「それで、どこに行ったのか分からなくなったというわけなのかね?」

 「そういうことになります」

 柳沢が弱々しく答えると高須はまた口を開いたが、高須の思いが言葉になる前に艦橋に一人の通信兵が飛び込んできて、通信参謀の井口兼夫海軍少佐に電文の綴りを手渡した。

 「……『呂六三潜』からの報告です。読みます『我、敵艦隊見ゆ。戦艦五、空母三、巡洋艦四、駆逐艦多数。位置、トリンコマリーより方位〇度、距離一五〇海里。敵艦隊針路、方位〇度、速力二〇ノット』以上です」

 「ふむ、ポーク海峡の入口ですね。敵は後退するつもりなのでしょうか?」

 参謀長の小林兼五海軍少将が思案顔でそう言うと、情報参謀の白馬渉海軍中佐がつないだ。

 「現時点では何とも言えませんね。発見された部隊は東洋艦隊の戦闘艦を総動員しているようですが」

 「しかしとりあえず位置は分かったのですから、索敵機を飛ばしてまた見失うようなことがないようにしなければなりません。幸い、各母艦航空隊には新型の暁雲艦偵装備の偵察小隊が配備されていますので、比較的楽なことと考えます」

 航空参謀の鈴木栄二郎海軍中佐が意見を具申すると、眠気が完全にとんだのか機嫌がもとに戻った高須が応える。

 「それが良いだろう。今回の作戦の最優先課題は東洋艦隊の撃滅であって、通商破壊等は二の次だからな。通信参謀、至急一機艦司令部に今のことを伝えてくれ」

 暁雲は増槽を抱えれば、その作戦半径内に東洋艦隊の現在地を簡単に収めることが出来る。

 またこの時期、東洋艦隊がいるベンガル湾の西側に雨が降ることはほとんど無いから見失うことはまずあり得ない。

 なぜなら、インド半島やビルマ等に雨季をもたらすモンスーンと呼ばれる、湿気を大量に含んだ季節風は西から東へインド半島を越える際、湿気を雨として放出してしまうからだ。

 冬の東京に雨が降らないのと、ほほ同じ原理である。

 「皆も分かっているとは思うが、今後の行動は東洋艦隊の動きに大きく左右されることになる。もし敵がポーク海峡を抜けて西進した場合には、セイロンの航空兵力を潰したうえで追撃せねばならないし、反対に立ち向かってきた場合には、セイロンの航空兵力に注意を払いつつ受けて立たねばならん」

 井口が艦橋から出て行くと、高須は自分自身に言い聞かせるように言い、そして小林が意見を具申した。

 「立ち向かってくるとするならば、全体的な兵力の劣勢を少しでも補うために、空軍部隊と連携して攻撃をかけてくるはずです。敵がどう動いたとしても、まずセイロンの飛行場を潰すのが肝要かと思います」



 「日高一番より全機へ。三時及び一一時方向より敵機接近! 四七戦隊は三時目標、六四戦隊は一一時目標を迎撃せよ! 三一五空は爆撃機を守れ!」

 増槽を抱えた暁雲が『蒼龍』の飛行甲板を蹴って大空に舞い上がった頃、タイ王国領内の飛行場から出撃した帝国陸軍第三航空軍と帝国海軍第三航空艦隊の混合部隊は、爆撃目標であるラングーン手前のマルタバン湾上空三〇〇〇メートルで、英国空軍戦闘機隊の迎撃を受けようとしていた。

 今回動員された部隊は、第三航空軍所属の飛行第七戦隊の呑龍六〇機、飛行第七五戦隊の九九式双発軽爆撃機四〇機、飛行第四七戦隊の一式単戦鍾馗五二機、そして飛行第六四戦隊の一〇〇式戦隼五二機の合計二〇四機。

 第三航空艦隊からは第三一五航空隊の雷電四八機、第七二一航空隊の泰山三六機の合計八四機。

 そんな三〇〇機近い航空機の大集団から、総指揮官兼飛行第七戦隊長の日高憲広陸軍中佐の命令に従い、四七及び六四戦隊の隼と鍾馗が翼を翻してまだ黒い点にしか見えない敵戦闘機に立ち向かい、三一五空の雷電が密集陣形を組んだ爆撃機の編隊に取り付く。


 「加藤一番より全機へ。一一時目標は六〇機程度のハリケーン及びブレニム混合部隊と認む。我、これより突撃す」

 「川瀬一番より全機へ。三時目標は七〇機程度のハリケーンと認む。我、これより突撃す」

 二人の戦隊長の報告が立て続けに無線機から響くと、朝日を受けてキラキラと光るマルタバン湾の上空で、壮烈な空中戦が開始された。

 英国空軍の主力戦闘機であるスピットファイアに比べれば、やや旧式で見劣りするハリケーンであるが、全金属製でないが故の打たれ強さを持ち決して侮れる相手ではなく、双発機のブレニムも鈍重ではあるが強力な火力と防弾性能を誇っている。

 これらの機体を相手に一〇四名の帝国陸軍の戦闘機乗り達は、爆撃機を守るため、そして近いうちに消える運命にある陸軍航空隊の名を後世に残すため、必死に愛機を操り直径一二,七ミリの弾丸を敵機に撃ち込んでいく。

 しかし日本側も無傷で済むわけはなく、ハリケーンからシャワーのように撃ち出される細い火箭や、ブレニムから重々しく撃ち出される太い火箭が隼や鍾馗を絡めとり、マルタバン湾に叩きつけていく。

 時間が経つにつれ、空中戦が繰り広げられている二ヶ所の空域は爆撃機隊を押し出すように迫ってくる。

 爆撃機に張り付いている雷電の搭乗員達や、爆撃機自身の旋回機銃を操作する搭乗員達が、自分達の出番が迫っていることを悟ったとき、唐突にそれは起きた。

 「日高一番より全機へ! 一時方向より新たな敵機接近!」

 「井上一番より三一五空全機へ。一及び二中隊は一時目標へ突撃せよ!」

 日高が絶叫し三一五空飛行隊長の井上一彦海軍大尉が即座に命令を下すと、三二機の雷電がフルスロットルの雄叫びを上げて爆撃機の周りを離れて行く。

 爆撃目標のラングーンは、すでに爆撃機の搭乗員達の視界に入っているが、これを阻止せんとする英国空軍戦闘機隊の迎撃は凄まじく周到だ。

 敗れたとは言え、バトル・オブ・ブリテンで培われた優秀な迎撃ノウハウは健在なのだ。

 「井上一番より全機へ! 一時目標は五〇機程度のスピットファイアと認む!」

 そして井上の悲鳴じみた報告に、爆撃機の搭乗員達の体が一斉に強ばった。

 英国空軍はここにきて、切り札を切ってきたのである。

 五〇機のスピットファイアを前にして、三二機の雷電の壁はお世辞にも厚いとは言えない。

 爆撃機の行く手を阻むかのように、敵機は三方向からジリジリと迫ってくる。

 やがて、日本軍の戦闘機隊の迎撃をかわした敵機が爆撃機に機首を向ける。

 それに対して残された一六機の雷電が突撃し、爆撃機の旋回機銃が敵機に指向されたとき、爆撃機の機内に後部機銃座を担当する搭乗員の歓喜に満ちた声が異口同音に響いた。

 「左後方より友軍戦闘機隊接近します!」


 「制空隊突撃せよッ!」

 第二機動艦隊の六隻の空母から発艦した、二〇四機のラングーン攻撃隊の搭乗員達の左耳に、第三航空戦隊の空母を母艦とする第六八一海軍航空隊艦戦隊長にして、第二機動艦隊に所属する航空隊の艦戦部隊の先任指揮官でもある森茂海軍少佐の命令が鋭く響く。

 レーダーにかからないように低空を飛行していた大編隊が徐々に高度を上げていくなか、制空隊である四個中隊六四機の零戦が、栄エンジンの爆音を轟かせながら編隊から次々と飛び出していく。

 低空飛行によるレーダー回避は成功したらしく、指揮所からの命令を受けての集団による反撃は無い。

 独自の判断で立ち向かってくる敵機もいるが、即座に鮮やかな藍色に塗られた機体からやはり鮮やかな火箭が放たれ、それが突き刺さった瞬間、その敵機は見事に空中分解を起こす。

 上昇性能に優れる零戦は、文字通り駆け上がるように高度を上げて爆撃機の真後ろにつく。

 「森一番より制空隊全機へ。飛龍隊は一一時方向、翔龍隊は一時方向、飛鷹隊は三時方向にそれぞれ突撃せよ。隼鷹隊は爆撃機の直掩だ。かかれッ!」

 「高橋一番より爆撃及び直掩隊全機へ。今が好機だ。各機速力上げ、ラングーンに突撃せよ!」

 森の新たな指示に従い零戦が戦場に斬り込みをかけると同時に、その約一〇〇〇メートル下を飛ぶ、ラングーン攻撃隊総指揮官の高橋赫一海軍少佐が率いる一四〇機の艦載機が、邪魔が入らないうちに攻撃をかけるべく速力を上げる。


 この時点で戦況は日本側に有利なものとなっていた。

 当初は二〇〇機に迫らんという数の戦闘機を、タイ方面から侵攻してくる日本軍航空部隊に的確に誘導していた英国空軍の司令部も、ある程度予想されてはいたとは言え、乱戦中突然現れた新たな大編隊に対処する方法を持ってはいなかったのだ。

 理由は簡単で、まとまった数の戦闘機がもう無いのである。

 他の基地に連絡を飛ばしたところで間に合うはずもない。

 「高橋一番より爆撃隊へ。全機、突撃せよッ!」

 総指揮官として攻撃隊の先頭を行く高橋は、ラングーンの市街地が完全に視界に入った時点で叩き付けるように命令を発した。

 その声はすぐさま搭乗員達の左耳に飛び込み、続けて様々な電波が行き交い始める。

 「阿部一番より六二一空艦攻隊全機へ。飛鷹隊目標、飛行場滑走路。隼鷹隊目標、飛行場施設」

 「坂本一番より六八一空艦爆隊全機へ。飛龍隊目標、港湾施設。翔龍隊目標、在泊艦艇」

 「飯田一番より六二三空艦戦隊全機へ。穂高隊目標、飛行場に駐機中の敵機。乗鞍隊は新たな敵機の出現に備えよ」

 これ以上書くとくどくなるので止めるが、敵戦闘機による妨害が無いという好条件のもと、各指揮官に率いられた部隊はそれぞれの目標に、まるで吸い込まれるようにして迫っていく。

 そして数が少ないためか密度の低い高射砲の弾幕の中を悠然と進み、そしてあやまたず爆弾を与えられた目標に叩き付ける。


 ラングーンの至る所から黒煙が立ち上ぼり、やることを済ませた艦載機の一群は高度を上げつつ編隊を組み直していく。

 「高橋一番より爆撃隊全機へ。攻撃終了、これより帰投する」

 「飯田一番より直掩隊全機へ。穂高隊は直掩、乗鞍隊はあの敵機を追い払え!」

 第六二三海軍航空隊艦戦隊長の飯田房太海軍大尉のその言葉に従い、これまで一発の弾も撃っていない一六機の零戦が、もうすぐそこまで迫った大規模な空中戦に参戦すべく翼を振る。

 凄まじい迎撃を受けた双発機の群れは、いくらか数を減らしているようだったが、英国空軍の戦闘機の消耗ぶりはその上をいっているようだった。

 一六機の零戦がそんな英国空軍に止めを刺すために突撃し、一〇〇機近い爆撃機がラングーンに止めを刺すために各々の爆撃目標に機首を向ける。

 「日高一番より全機へ。攻撃始めッ!」




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