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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第一章 変わりゆく帝国
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六 忍び寄る戦争の足音


 『満州侵攻作戦』

 日本はともかく、国家が成立してからまだ五年位しかたっていない満州帝国にとってみれば超重大問題である。

 まだ国土の開発は始まったばかりだし、未だに正式な人口は明らかになっていない。

 学校制度もまだ全国には広まっていない。

 一応一三個師団を有する陸軍はあるが、それでも中華民国が攻めてきたらひとたまりもない。

 装備も工場から出るそばから配備しているが、人員増加に追いついていないのだ。

 そもそも、兵士達に『愛国心』があるかどうかというとんでもない問題があるのである。


 さて、満州帝国は大日本帝国との間に『日満同盟』『日満安保』の二つの条約を結んでいる。

 日本軍がやって来れば何とかなる……満州帝国軍の幹部達はそう思っていた。

 しかし帝国陸軍は軍縮を押し進めているから、あまり大軍は望めない。

 帝国海軍も中華民国海軍が貧弱である以上、航空隊を派遣出来るくらいである。


 そこで満州帝国外務省は別な手をうった。

 あくまでも水面下の話に留めながら、中国共産党と手を組もうとしたのである。

 無論満州帝国はれっきとした資本主義国家だから、これは軍事同盟的な意味合いが強かった。

 中国国民党が満州を狙えば共産党が背後をひっかきまわし、逆に共産党を狙えば満州帝国が威圧行動をする。


 この作戦は存外上手くいき、蒋介石は満州に大々的に攻めこむわけにもいかず、かといって共産党を大々的に弾圧することも出来ず、中国には一時的に平和が訪れていた。

 ちなみにそんなわけで、共産党の『長征』は行われなかった。



 さてその頃欧州ではちゃんと独裁者三人衆、すなわちヒトラー、スターリン、ムッソリーニがそれぞれの国で権力を掌握していた。

 イギリスはマクドナルド。

 フランスはルブラン。

 アメリカはルーズベルト。

 というふうに史実通りの人物が政権のトップに居座っていた。

 しかし、日本ではそうはいかない。

 なぜなら軍事政権がないからで、榊原輝彦首相の次は近衛文麿ではないかと朝日新聞は語っている。

 近衛文麿貴族院議長。

 言うまでもなく五摂家の一つである近衛家の当主であり、元老西園寺公望が目をかけているだけあってその可能性は高い。


 対して毎日新聞は若槻礼次郎の名前をあげた。

 近衛と違ってこれといった特長はないが、東京帝大を主席で卒業しただけあってとんでもない秀才である。

 組閣経験がある上に事務能力に秀でており平時の総理としては問題なかった。


 結局、憲政の常道に基づいて立憲民政党の若槻に組閣命令が出た。ちなみに史実と違い近衛が総理になることはなかった。


 第二次若槻内閣は一九三五年の四月に成立、約四年間続くがその間これといったことはおこらなかった。

 中華民国は相変わらず満州に野心を持っていたようだか、背後に共産党がいるため身動きがとれない状況にあった。

 ソ連も粛正の嵐が吹き荒れているから、ソ連が攻めてくることはないだろうというのが日満両政府の見解だった。

 事実、名のある将軍達はみなスターリンの粛正を受けていてとても軍事行動を起こせるような状況ではなかった。


 そんなわけで第二次若槻内閣の時代はまさに平和そのものだった。

 日本経済は順調に発展を続け、その技術力や工業力も欧米の水準に着実に近づいていた。


 一九三六年には新型空母が三隻……大鷹型航空母艦『大鷹』『雲鷹』『沖鷹』……相次いで竣工した。

 飛龍型の縮小版で搭載機は予備も含めて七二機を積み、可能な限り軽量化したため基準排水量は一万八五〇〇トンに収まった。最高速度は三四ノットである。

 また四年前におきた空母『厳島』の弾薬庫爆発事件を教訓に、弾薬庫や航空機用燃料タンクは徹底的に守られ、格納庫は解放式に改められた。


 さらに一九三八年。今度は飛龍型の拡大版空母二隻……飛鷹型航空母艦『飛鷹』『隼鷹』……が連合艦隊の一員となった。

 基準排水量二万八〇〇〇トン、三四ノットを発揮し搭載機数は九六機に及ぶ巨大空母である。

 しかしこのとき、主力艦保有制限の都合上、鳳翔型と翔鶴型航空母艦が練習空母に格下げになっている。


 これで帝国海軍が抱える正規空母は何と一〇隻に達した。

 英国海軍は六隻、合衆国海軍も五隻……『ラングレイ』を練習空母に格下げ、代わりに『ワスプ』を建造……だから圧倒的な戦力差である。

 しかしまだ各国海軍は『戦艦』こそ最強という考えから抜け出していないので、むしろ巡洋戦艦上がりを含んで一〇隻の戦艦しか持たない帝国海軍にたいして、英国海軍も合衆国海軍も余裕すら持っていた。

 英国海軍は巡洋戦艦を含めて一七隻、合衆国海軍は同じく一三隻も保有している。

 何でまた妙なものをわんさかと作っているんだ? という心境だっただろう。



 さて日本をはじめアジアは……中国を除く……平和でも欧州はそうはいかなかった。

 一九三五年に再軍備宣言をしたヒトラー率いるナチス・ドイツはあっという間に強大な国家に成長し、周辺国を切り取り始めていた。

 ムッソリーニ率いるイタリアもエチオピアを苦戦のすえに奪い、地中海帝国建設を着々と押し進めていた。


 日本政府はこの二国に重大な関心を寄せていた。

 特にスペイン内戦に参加したドイツ義勇軍、『コンドル軍団』の強さには日本のみならず世界各国が目を見張っていた。

 第二次若槻内閣はドイツとの防共協定の締結に踏み切り、大量の技術者や軍関係者を送り込み優れた技術の習得に努めた。

 特にエンジンや潜水艦の技術は喉から手が出るほど欲しい。

 反対にドイツにしてみても、イギリスという仮想敵国の存在があるため海軍力の増強という急務があり、また航続距離が長いと言われる日本機の技術も必要なのであった。


 一九三七年に行われた新英国国王、ジョージ六世戴冠記念観艦式に帝国海軍は戦艦『伊勢』と空母『松島』を派遣していた。

 『松島』はそのあとドイツのキール軍港に入り、積んでいた九六式艦上戦闘機、九六式艦上爆撃機、九六式艦上攻撃機(史実の九七式一号)をヒトラーの謁見を受けながら次々と発艦させた。

 ひととおり飛ぶと半数はそのまま着艦し、もう半分は近くの飛行場に着陸した。

 言うまでもなくドイツに譲渡するためである。

 それからもドイツ空軍機との模擬空戦や爆撃、雷撃訓練を実施した。

 特に模擬空戦では、一撃離脱戦法をとった機体に関しては、九六艦戦に撃墜判定が出ることもあった。しかし九六艦戦との格闘戦をやったドイツ空軍機には全てに撃墜判定が出た。

 メッサーシュミットの技術者達は皆その光景を唖然としながら見ていた。

 今まで極東のチッポケな島国だと思っていた日本の航空機の性能に驚いたのである。


 そんなこんなで五日後、『松島』はキールを出港した。

 格納庫には分解したドイツ製の戦闘機や爆撃機、エンジン、工作機械、またその設計図といったものが積み込まれていた。

 他にも同行する二隻の補給艦のうち一隻には戦車などの分解した装甲車両が、もう一隻には分解したUボートとSボートと呼ばれる魚雷艇が積まれていた。

 無論もらうだけではない。

 日本からドイツに譲渡したものは、先の艦載機のほかに分解した九六式陸上攻撃機や伊勢型戦艦、松島型空母の設計図、各種エンジンの中で日本が唯一世界に誇れる艦載用の大型タービンエンジンの設計図等があった。


 この日独の交流は、それぞれの兵器に少なからず影響を与え、それぞれの歴史をも大きく変えていくことになる。



 一九三九年八月。

 第二次若槻内閣は退陣し、後継には一〇年近くに渡って大蔵大臣を務めてきた中村祐二が就任した。


 内閣成立から一週間後の閣議の席に、ある意味喜ばしい情報が飛び込んできた。

 それは満州帝国からの情報で、黒龍河省に大油田が見つかったという情報だった。

 直ちに調査団が羽田を飛び出し、福岡、旅順と飛行機を乗り換えてハルビンに着くとこれまた直ぐに満鉄に乗り換えて現場に向かった。


 一ヶ月後、超巨大油田の存在が正式に明らかになった。

 ちょうど満州帝国が国際的に認められてから一〇周年にあたる年に見つかったため後に『大慶油田』と呼ばれることになるこの油田は、油質が重く航空機には使えそうもないし精製にも苦労するだろうが、少なくとも量は確保したのである。


 再び閣議の席。

 「商工省としてはこの油田の開発を最優先事項にしたいと考えております」

 商工大臣の吉野信次が言う。

 「規模はどのくらいなのですか?」

 「現在確認しているだけでも最初に発見された地点より半径五〇キロに及んでいます。おそらくさらに遠い所までも存在しているものと思われます」

 「ふむ、それで我々がその石油を使えるようになるのはいつになるのかね?」

 「はぁなにぶん油質が重いため精製に手間、つまりそのぶん設備が必要になります。しかし満州帝国と共同で五年以内には生産を開始したいと考えております。さらに迅速に輸送ために現地からのパイプラインの建設をすでに始めております」

 「なるほど、これで我が国は少なくとも石油に関しては困ることはなくなりましたな」

 「確かに、樺太油田もあることですしね」


 樺太油田……史実では一九二五年の日ソ基本条約でその採掘権は持っていたが、この世界ではシベリアから早期に撤兵した代わりに北樺太に居座り、半ば強引に領土ごとかっぱらったのである。

 しかし、領土に極度にこだわるスターリンはすきあらば取り返そうとしていた。

 そのため、軍縮の嵐が吹き荒れるなかでもここの兵力は削られることはなく、今でも二万の兵力と五〇機ずつの戦闘機と攻撃機を擁する海軍航空隊が駐屯している。

 ……閑話休題


 「うむ、そうなればもう石油を輸入する必要はなくなるな」

 中村は愉快そうにうなずきながら言った。



 しかし良いことがあれば悪いことが起こるのである。

 例の蒋介石率いる中華民国の様子がまた怪しくなってきたのである。

 すでにスパイ達からアメリカが中華民国に軍事、財政の両面で支援を行なっているという情報が入っていた。


 アメリカの魂胆はいたって単純明快だ。

 ルーズベルト大統領が押し進めている経済復興政策、いわゆるニューディール政策には巨大な消費があって始めて完遂される。

 巨大な消費とは戦争であったり自らの影響下にある広大な土地、つまり巨大な市場であったりする。

 それがヨーロッパであり中国なのである。

 とは言えヨーロッパは問題ない。

 あそこはもはやアメリカ資本無しではやっていけない。

 問題は中国のほうである。

 満州には日本系列の国家……しかも見た目正当な……が出来ていて、その他の地域は国民党と共産党が小競り合いに明け暮れている。

 共産党を支援する気にはなれないが、国民党ならよい。

 あわよくば国民党に共産党……満州帝国までいけば最高だが……を滅ぼさせれば中国に親アメリカの国家が誕生する。


 日本にしてみればすぐ隣に親アメリカ国家が出来るなど悪夢でしかない。

 時が経てば日本、というより日本の経済圏自体がアメリカの経済圏に組み込まれる。すなわちドルに支配されてしまうだろう。


 「そんなことになってたまりますか。外務大臣、中華民国の状況はどうなっている?」

 中村がふてくされた? ように広田弘毅外務大臣に尋ねた。 

 「経済などは正直ひどいものです。アメリカが財政支援をしているようですが、その資金も軍事費と幹部の懐に消えているみたいですから」

 「国家としては成り立っていないというわけだな。しかしその軍事力は侮ってはならないな」


 事実、中国国民党陸軍の兵力、特にドイツ、アメリカ、ソ連等から輸入した機甲戦力が日に日に充実しつつあった。

 それは航空戦力も同じことであるし、歩兵戦力は文字通り大量にある。


 対して満州帝国は一三個の歩兵師団を作りあげたが、機甲、航空はまだ心もとない。

 帝国陸軍は経済が好調なせいもあって機甲師団が三個になり、歩兵師団も二個増設、帝国海軍航空隊も増強しているから負けることはないだろう。

 しかし"長引く"と色々問題が起こる。

 史実の日中戦争のように泥沼にでもなればえらいことになる。



 蒋介石よ、お願いだから大人しくしていてくれ。


 そんな日本政府の密やかな願いを知ってか知らずか、無情にも蒋介石は大軍を発した。



 後に『満中戦争』と呼ばれる戦いの始まりである。



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