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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第一〇章 南太平洋海戦
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五八 南太平洋艦隊決戦



 「電測より艦橋。対水上電探に感有り! 方位一八〇、距離三万二〇〇〇に大型艦探知。数は二、小型艦の反応はありません」

 「伊勢二番より通信『我、敵艦隊見ゆ。位置、三艦隊より方位一八〇、距離七万五〇〇〇。敵艦隊は戦艦一、駆逐艦二よりなる。なお敵戦艦は停止しており沈みつつある模様。敵戦艦はサウスダコタ型と認む』以上です」

 「日向一番より通信『我、敵艦隊見ゆ。位置、三艦隊より方位一八〇、距離三万二〇〇〇。戦艦二隻以外に艦影無し。敵戦艦はレキシントン型及びノースカロライナ型と認む。敵艦隊の針路は〇度、速力は一五ノット』以上です」

 電測室や通信室から矢継ぎ早に報告が上げられると、帝国海軍第三艦隊司令長官、小松輝久海軍中将は旗艦である『日向』の夜戦艦橋に仁王立ちになって、静かにその口を開いた。

 「四戦隊は砲戦用意。二水戦は突撃開始」

 「四航戦より通信『第三次攻撃隊収容完了。我、これより後退す』以上です」

 「了解」

 小松はそう簡潔に応えると、じっと真っ正面を見据えた。

 雲量が多いのためか月や星の光は一切無く、辺りは文字通りの漆黒の闇であるため、電探を使わない限り敵戦艦の姿はまったく見えない。

 しかし、確かに目の前には七〇七空の雷撃を受けて損傷しながらも、第三艦隊に立ち向かって来る敵戦艦がいるのである。

 しかも、まさか自分がその場にいることはないだろう、と思っていた戦艦同士の砲撃戦が今まさに起きようとしている。

 小松は自身の心拍数が、普段に比べて多くなっていることを感じていた。



 「お疲れ様です」

 第四航空戦隊航空参謀の奥宮正武海軍少佐は、司令官の角田覚治海軍少将と共に『大鷹』の飛行甲板に直結する搭乗員待機室で、第三次攻撃を終えて帰還した二人の士官搭乗員……総指揮官の志賀淑雄海軍大尉と艦爆隊指揮官の三枝夕治海軍大尉を出迎えた。

 「第三次攻撃隊艦爆隊戦果、敵駆逐艦四撃沈確実です!」

 三枝が角田の前に立って報告すると、志賀も一歩前に出て口を開く。

 「艦戦隊は敵戦闘機による迎撃が一切なかったため、敵戦艦に対して機銃掃射をかけました。しかし、細かい戦果は不明です」

 「うむ。ご苦労だった。搭乗員達にはゆっくり休むように伝えてくれ」

 角田は妙に威厳のある声で労うと、後は任せた、と言わんばかりに奥宮の肩を叩き搭乗員達の敬礼に見送られながら、待機室から出ていった。

 奥宮は、搭乗員達の無事を喜ぶ気持ちをあえて外に出すまいとしていた角田を苦笑いを浮かべて見送ると、志賀と三枝の方を向いて再び口を開いた。

 「それにしても、喪失機が一機もないとはある意味快挙ですね。しかも薄暮攻撃と夜間の帰投の両方をこなしたうえで」

 「いやそれは敵の対空砲火が陸攻ばかりを狙ったせいです。それにあんな状況では夜間帰投とは言えません」

 志賀が言うと、三枝が後を受けて続ける。

 「陸攻隊の犠牲があっての全機帰還ですから、あまり喜べませんよ。もっとも、『大鷹』からいきなり光芒が伸びたときには素直に喜びましたけどね」

 ベテランでも難しい夜間の帰投を彼等が難無くこなした理由は、彼等の技量が高いということもさることながら、『大鷹』に搭載された探照灯を点灯させ、闇夜をその光芒で切り裂くと共に飛行甲板をも明るく照らし出させるという、何とも大胆な角田の指示によるところが大きい。

 いくら二隻ずつの軽巡と護衛艦が張り付いて、周囲を警戒しているとは言え敵の潜水艦がこの光景を見れば、勇んで魚雷を撃ち込んでくることは間違いないのだ。

 何しろ、私はここだ、さぁ魚雷を撃ちたまえ。と言っているようなものなのである。普通なら絶対にしない危険な行為であることは間違い無い。

 しかし、これが周囲から闘将と呼ばれる角田覚治という提督の戦い方なのである。



 その頃、旗艦『鬼怒』を先頭に、護衛のいない二隻のアメリカ戦艦に向かって第二水雷戦隊が突撃を開始していた。

 ところで第二水雷戦隊と言えば帝国海軍最強の水雷戦隊であり、元々は第二艦隊の指揮下にあって、攻め寄せてくるアメリカ太平洋艦隊に最初の一撃を加えることを期待された精鋭部隊である。

 今は所属こそ違えど、構成艦、そして任務にこれといった変化は無い。

 必殺の酸素魚雷を敵戦艦の横っ腹にぶち込むべく、三六ノットの速さで突き進んで行く。


 「後部見張りより艦橋。四戦隊撃ち方始めました!」

 一二隻の駆逐艦の先頭を行く第八駆逐隊旗艦『陽炎』の見張り員が叫ぶと、艦橋にいた者は皆咄嗟に左後ろを振り返った。

 するとそこには、各砲塔の一番砲から噴き出した火炎によって、明々と照らし出された二隻の戦艦の姿があった。

 「負けぬぞ、四戦隊」

 四一センチ砲の発射音が届くなか、第八駆逐隊司令官の酒井秀造海軍大佐はそう一人ごちた。

 「旗艦より入電『八駆及び一五駆は敵一番艦。一六駆及び一八駆は敵二番艦をそれぞれ攻撃せよ。なお、雷撃距離は四〇から四五とす』以上です!」

 「あと……八分程ですか」

 『陽炎』の航海長が時間を計算してつぶやく。

 「敵戦艦一番艦、続けて二番艦、撃ち方始めました!」

 見張り員による報告は続き、水偵が投下した吊光弾の淡い光の中に浮かび上がっている二隻の敵戦艦から、合わせて七つの火炎が噴きあがる様子が見える。

 「敵一番艦右舷、二番艦左舷にそれぞれ水柱を確認!」

 その声に反応して酒井は双眼鏡をかまえた。

 そのレンズの中の様子を見る限りでは、『伊勢』と『日向』の初弾は、それぞれやや期待外れの海面に落下したように酒井には思えた。

 しかし、夜間の砲撃戦で初弾命中など起こるはずはない。『伊勢』と『日向』の弾が敵戦艦を捉えるのは、あくまでも時間の問題なのだ。

 かといって、戦艦同士の撃ち合いをただ黙って観戦しているわけにもいかない。

 第四戦隊の将兵達には悪いが、あの戦艦は我が第二水雷戦隊が沈めてみせる、と酒井は改めて思った。


 「敵との距離、八〇!」

 「観測機からの報告を受信しました『敵一番艦への挟叉弾を確認』以上です」

 通信室からの連絡に、酒井は心の中で『日向』に喝采を送ると共にますます闘志を燃やした。

 そんななか、突然『陽炎』の左前方に水柱が噴き上がった。

 「まさか……」

 酒井はそう言いながら、背中に寒気が走るのを感じた。

 そして、酒井の予想を裏付けるように通信室からの報告が立て続けに届く。

 「観測機より入電『敵戦艦、副砲撃ち方開始した模様』」

 「旗艦より入電『二水戦砲撃始め。目標は雷撃と同様とす』以上です!」

 「八駆砲撃始め! 目標、敵一番艦!」

 「撃ち方始めッ! 目標、敵一番艦!」

 艦長の有本輝美智海軍中佐が間髪入れずに命令を下すと、艦橋前の第一砲塔は左に、艦尾の第二、三砲塔は右に旋回し砲身に軽く仰角をかけて狙いをつける。

 「砲術より艦長、撃ち方始めます!」

 射撃指揮所に詰めている砲術長からの報告が届くのとほぼ同時に、三基の九六式五〇口径一二,七センチ連装高角砲の一番砲が唸りを上げた。

 高角砲にはあまり似合わない徹甲弾が撃ち出された際の振動が収まりきらない内に、速射性能に優れる高角砲は二番砲から発射炎を噴き出した。

 「後部見張りより艦橋。後続する全艦、撃ち方始めました」

 見張り員の報告通り『陽炎』の後方からは一一隻の駆逐艦が、主砲を文字通り連射していることを示す、太鼓を猛烈な速さで叩いているような音が聞こえてくる。

 前方でも旗艦の『鬼怒』が、近いうちに取り外されることが決まっている、一四センチ単装砲を振りかざしている。

 もっとも戦艦のような艦を、この程度の小口径砲で撃沈することなどまず無理なことだが、第二水雷戦隊を狙う副砲を破壊することぐらいなら何とかなるし、自身が搭載する主砲の射撃に耐えられると言われる装甲板も、艦全体を覆っているわけではない。

 敵戦艦も無事ではいられないはずだ。


 「敵二番艦に命中弾多数! 火災が発生した模様!」

 「『伊勢』挟叉された模様です!」

 「『日向』に命中弾!」

 「遅いな……」

 酒井はつぶやいた。

 「確かにいくらなんでもアメリカの戦艦が、有効弾を得るのにこれほどの時間をかけるとは異常ですね」

 有本も同じ疑問を口にする。

 「おそらくは、電探や測距儀に何かしらの被害を受けて照準が困難になっているのではないでしょうか?」

 航海長が意見を具申すると、酒井と有本はなるほどな、とうなづいた。

 「敵との距離、四五!」

 「水雷長、準備は良いか?」

 彼等がうなづいたところに見張り員の報告が飛び込み、それを聞いた有本は表情をさっと変え、魚雷の発射をつかさどる水雷長を呼び出した。

 「こちら水雷長。異常ありません。いつでもいけます!」

 有本が握る受話器から威勢の良い返事が響き、続けて通信室からも報告があげられる。

 「旗艦より入電『戦隊針路二七〇』」

 「八駆針路二七〇度!」

 「面舵、針路二七〇度!」

 酒井、有本、航海長の順に命令が伝えられ最後に舵輪を握る操舵士が舵輪を右に回す。

 「敵との距離、四四」

 「旗艦より入電! 『二水戦、魚雷発射始め』」

 「八駆目標、左同航の敵一番艦! 魚雷発射始め!」

 「魚雷発射始めッ!」

 再び命令のリレーが行われ、『陽炎』に二基積まれた四連装発射管から圧縮空気によって、八本の九三式六一センチ魚雷が一斉に放たれる。

 魚雷が海中に飛び込んでからすぐに、そのエンジンに送られる気体が空気から純粋な酸素に切り替わり、魚雷の群れは航跡をほとんど残すことなく四八ノットで爆走を開始する。

 「命中まで三分!」

 水雷長が声を張り上げると、通信室からも次々と報告が届き始めた。

 「『不知火』より入電『我、魚雷発射完了』、『黒潮』からも同文入電」

 「『雪風』より入電『一五駆、魚雷発射完了』」

 「『親潮』より入電『一六駆、魚雷発射完了』」

 「『浦風』より入電『一八駆、魚雷発射完了』」

 「旗艦より入電『我、魚雷発射完了。二水戦砲撃止め、戦隊針路二四〇』」

 「八駆砲撃止め、針路二四〇度!」

 「砲撃止め、面舵一杯、針路二四〇度! 次発装填急げ!」

 合計一〇〇本もの魚雷が海中を疾走するなか、『陽炎』は前を行く『鬼怒』の白い航跡をたどるように右に転舵していく。

 「後部見張りより艦橋。敵一番艦大火災、戦闘不能の模様」

 「何だと!?」

 酒井は思わず叫び双眼鏡をかまえた。

 敵一番艦……『ネヴァダ』は『日向』から交互撃ち方九回、一斉撃ち方六回の合わせて八四発の砲弾を撃ち込まれ、内一五発あった命中弾によって三つある砲塔を全て吹き飛ばされ、さらに数え切れない程の一四センチ砲弾や一二,七センチ砲弾を喰らい、上部構造物等の非装甲部の被害は文字通り凄まじいものとなっている。

 「敵二番艦大火災、行き足止まります!」

 「四戦隊撃ち方止めました」

 敵二番艦……『レキシントン』は巡洋戦艦であるため装甲板が必然的に薄く、『伊勢』から撃ち出される四一センチ砲弾を跳ね返すことは出来なかったようだ。

 おそらくは装甲板を突き破った砲弾が、機関室にまで達して炸裂したのだろうが、酒井はその光景を見てながら苦笑いを浮かべていた。

 周りの将兵達は先を越された悔しさからか、地団駄を踏んでいるが、酒井の心には不思議と悔しさは込み上げてこなかった。

 彼は海軍兵学校を卒業して以来水雷一筋に生きてきたが、駆逐艦乗りの夢である敵戦艦の撃沈はすでにウェーク冲で達成しているし、軍人は一つのことにとらわれすぎないべきだ、という固すぎる信念というかこだわりを持っているため、むしろ味方の戦艦に向かって心の中から拍手喝采を送っていた。

 それに二隻の敵戦艦は戦闘不能になっただけで沈んだわけではなく、沈めるのはあくまでも魚雷である。

 「じかーんッ!」

 ストップウォッチを手にした肺活量自慢の水兵が、とんでもなく大きな声で叫び声をあげた。

 そしてそれから約一〇秒後、いくつもの巨大な水柱が、二隻の敵戦艦を覆い隠すように、一斉に噴き上がった。




 長々と、本当に長々とした二日間がようやく終わりました。

 いったいこの話はいつ完結するのか、作者にも見当がつきません……

 とは言え、途中で投げ出すことはまずあり得ないと、これだけは断言出来るのでのんびりとお付き合い頂ければ幸いです。


 第一〇話から第一二話まで加筆訂正しました。

 評価、感想お待ちしております。

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