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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第一〇章 南太平洋海戦
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五七 南東方面艦隊の追撃



 「ジャップに関する情報はまだないのか?」

 「はぁ、未だに……」

 「南下を続けているということは確かなようです。ただ、先のB−17の空襲で空母一隻が被弾炎上したということ以外、艦隊の編成がどう変わったのかも分かっておりません」

 「しかし、唯一分かっていることは戦艦の数ではこちらが勝っているということです。昼間はともかく、航空機が飛べない夜間に艦隊決戦を行えば、航空戦の仇を返すことが出来ます」

 筋金入りの大艦巨砲主義者である第二二任務部隊の参謀長がそう力説すると、筋金入りの航空主兵論者である第二一任務部隊司令官のウィリアム・ハルゼー海軍中将は、あからさまに不機嫌な表情を作った。

 どちらでもないうえに、事情はともあれ二つの任務部隊司令部が同居している状況にあり、指揮順位はハルゼーより低い位置にある第二二任務部隊司令官のトーマス・キンケード海軍少将は、少し戸惑った表情を浮かべながらも自分の考えを口にした。

 「ここはいったん引き上げるべきです。確かに艦隊決戦となれば、我が方に有利でしょう。しかし、陸軍のトラック空襲作戦はほぼ失敗しています。我々海軍がこれ以上作戦を続けてもあまり意味はありません」

 「ですが司令官。もしジャップの戦艦を二隻とも撃沈してしまえば、我が海軍の発言力は回復し、これからの戦争を海軍主導で行うことが出来ます」

 と、参謀長が食い下がったが、キンケードはそれには応えずハルゼーに話しかけた。

 「もはや航空戦での勝利はあり得ません。これからどう行動するのか、司令官のお考えをお聞かせください」

 ハルゼーはすぐには返事をしなかった。

 そして一分が経ち、ハルゼーは決定をくだした。

 その内容は先程自らが口にしたことを、いくらか消極的にしたものだった。



 「長官、六五一空よりの第二次攻撃隊の帰還機数の集計が出ました」

 六月七日、午後一時前。

 第三艦隊旗艦『日向』の羅針艦橋で航空参謀が司令長官の小松輝久海軍中将の横に立って口を開いた。

 「艦戦、出撃六四機中帰還五〇機。艦爆、出撃三六機中帰還二二機。艦攻、出撃三六機中帰還二一機。出撃総数一三六機中、帰還九三機です」

 全体の損耗率は約三割。痛いことに変わりはないがそれでも許容範囲だ。

 「また、B−17を迎撃するために出撃した艦戦は全機帰還していますが……」

 航空参謀はいったん言葉を切り、書類をめくった。

 「『沖鷹』が着艦不能になったため、これら全ての機体を『大鷹』に収容することは出来ませんでした。四航戦司令部からの報告では、『大鷹』艦内にあって再出撃が可能な機体は、艦戦三三機、艦爆一六機、艦攻八機、艦偵四機の合わせて六一機です」

 つまり残りは不時着水して搭乗員だけ救出するか、損傷が激しいため着艦後に投棄されたのだ。

 「……分かった。敵艦隊について新しい情報はないか?」

 「潜水艦からの最新の情報では、敵艦隊は二つに別れたようです。沈没艦の乗員を乗せていると思われ、ラバウル方面に後退していく駆逐艦隊と、我が艦隊の追撃を防ぐために北上を続ける主力艦隊にです」

 「敵は我が艦隊に艦隊決戦を仕掛けてきているのではないでしょうか?」

 「だとするならば、悔しいが受けるわけにはいかん。我が艦隊は戦艦の数で劣っているし、性能もたいして違わない。長官、そろそろ潮時ではないでしょうか?」

 我々はもう充分に役目を果たしました、と参謀長の矢野志加三海軍少将が言う。

 「それは相手の出方によるだろう。もし、我々の追撃を食い止めるためならば無理に攻撃することはない。首席参謀の言うように艦隊決戦を挑んでくるならば、一航艦の全面的な支援を受けつつ迎え撃つしかあるまい」

 小松がぼやくように言うと、電文の綴りを手にした通信士が羅針艦橋の中に入り、通信参謀にその綴りを手渡した。

 「……方面艦隊司令部から命令です」

 通信参謀はここでいったんつばをゴクリと飲み込んだ。

 小松以下第三艦隊の幕僚達や、艦長の松田千秋海軍大佐以下『日向』の幹部達が、「今度は一体何だ?」という表情をして彼を睨んでいる。

 通信参謀が電文を読み終えると、小松はあからさまにため息をついた。



 「第三次攻撃隊編成、艦戦一六機、艦爆一二機用意!」

 時刻は午後四時。所はトラック環礁の南約七五〇キロ。

 南東方面艦隊の命令に従い、律儀に南下し続けている第三艦隊に残された唯一の空母『大鷹』の艦内に、第四航空戦隊司令官兼第六五一海軍航空隊司令官の角田覚治海軍少将の声が響いた。

 「攻撃隊全体及び艦戦隊の指揮は志賀大尉、艦爆隊の指揮は三枝大尉でお願いします」

 飛行長の崎長嘉郎海軍少佐が、第三次攻撃隊に参加する搭乗員を自ら選んでいく脇で、航空参謀の奥宮正武海軍少佐は二人の士官搭乗員を前にしてそう言った。

 二人共、第一次攻撃隊の指揮官であり、とてつもない長距離を飛んでいるため疲労の度合いは相当なものなのだが、この時点で『大鷹』の艦内にいる搭乗員の中から選べと言われれば、彼等しかいないのである。

 「敵艦隊の現在地はトラックの南約五二〇海里、つまり我が艦隊の南約一二〇海里です」

 「随分と近いですね」

 志賀が驚きの声を上げる。

 「このまま進めばあと二時間で敵艦隊に遭遇します。それまでに我が艦隊は持てる航空兵力を出来る限り敵艦隊にぶつけ、その戦力をけずらなければなりません」

 奥宮がうなずきながらそう言うと、三枝が口を開く。

 「分かっています。我々の狙いは巡洋艦か駆逐艦でよろしいですね?」

 元々明るい性格の三枝は、疲れを感じさせない笑顔で応じた。

 「第二次の連中が撃ち漏らした奴をみんな沈めて、奴等に墜とされた部下達の仇をとってやりますよ」

 「そうすると、我々の役目はなんでしょう? 敵艦隊の空母は全滅しましたが、やはり陸軍機ですか?」

 志賀が尋ねると奥宮はかぶりを振った。

 「第二次攻撃の後、我が艦隊や一航艦の偵察機が常に張りついていますが、戦闘機に襲われたという通信はありません。戦闘機隊には艦の上部構造物を破壊してもらいたいのです」

 「了解です。今回は艦隊決戦の援護ということですね」

 志賀は苦笑いを浮かべてそう言った。

 空母こそ帝国海軍の主役だと思っている戦闘機乗りにすれば、あまり気分の良い任務ではない。

 「ところで航空参謀。今から出撃となりますと、帰還は夜になりますが……」

 三枝が思い出したようにそう言うと、志賀も少し不安そうな表情を作った。

 一般的に、母艦航空隊に配属される搭乗員は海軍航空隊の精鋭から選ばれる。なぜなら、陸上の基地に比べればはるかに狭く、おまけに揺れる空母から発艦しそして着艦出来るだけの高度な技量を求められるからだ。

 そんな精鋭達でも夜間の着艦はかなりの難事だ。昼間ならなんでもないようなちょっとしたミスが、大きな事故に繋がってしまうこともある。

 それに、漆黒の海上に空母を見つけることもまた難事だ。

 「そのことは一応司令官に具申したのですが、心配するな、の一言でした」

 奥宮そう言うと苦笑した。そもそも、あの角田がここで攻撃を控えるはずがない。

 「分かりました。司令官にも何か考えがあるのでしょう」

 志賀がそう言うと、搭乗員待機室に栄エンジンや金星エンジンの爆音が響いてきた。どうやら航空機の準備は順調らしい。

 「搭乗員整列!」

 そして、いつの間にか選抜を終えた崎長の声が響く。

 志賀と三枝は奥宮に対して軽く敬礼すると、他の三八人の搭乗員と共に飛行甲板に向かって走り出した。



 「林原一番より全機。敵艦隊発見、突撃隊形作れ!」

 第七〇七海軍航空隊の飛行隊長にして第一航空艦隊よりの第二次攻撃隊の指揮官である林原恵司海軍少佐は、高度五〇〇〇メートルを飛行する泰山の操縦桿を握りながらそう叫んだ。

 「戦艦か。上等じゃないか」

 叫び終わると林原は、隊内通信用の無線機の送信ボタンから手を離してつぶやいた。

 未だかつて、航空機が戦艦を損傷させたことはあっても撃沈したことはない。

 大艦巨砲主義者達は戦艦が航空機に沈められるはずはないと主張し、航空主兵論者が多数を占めている帝国海軍も、確証が無いため積極的に航空機を戦艦にぶつけようとはしなかったのだ。

 そんなわけで林原が率いる七二機の泰山の群れは、帝国海軍が始まって以来初めて、攻撃目標を戦艦に指定された航空隊ということになる。

 「一、二中隊目標、敵戦艦一番艦。三、四中隊目標、敵戦艦二番艦。五、六中隊目標、敵戦艦三番艦。七中隊目標、敵巡洋艦一番艦。八中隊目標、敵巡洋艦二番艦。……全機突撃せよ!」

 爆弾倉に一本ずつの航空魚雷を搭載した泰山の群れは各々加速しつつ、機首を下げて中隊ごとに散会していく。

 「全機突撃せよ!」

 その間に、途中で合流した第四航空戦隊よりの第三次攻撃隊の指揮官である志賀淑雄海軍大尉の声が機内に響く。

 一応それぞれの隊内無線の周波数は違うのだが、発信源があまりにも近すぎるため混信を引き起こしているようだ。

 降下を続ける林原機の脇をすり抜けるように飛ぶ一二機の彗星は、二機一組で六つのグループを形成して飛行している。

 「様子が少し変ですね」

 隣に座る副操縦員の大谷育郎海軍飛行兵曹長がちらりと横を見てつぶやく。

 そうだな、と林原が言おうとすると突然機体が揺さぶられ、ハンマーか何かで叩かれたような不気味な音が響いた。

 敵艦隊が対空射撃を開始し、七〇七空の各機はその弾幕の中に突っ込んだらしい。

 林原は咄嗟に左右のエンジンを見たが幸い異常は無いようだ。

 「艦爆隊急降下します!」

 安心するのも束の間、機体上部に設置された二〇ミリ旋回機銃を担当する梶野昌業海軍二等飛行兵曹が叫んだ。

 すると、林原の目に見なれない光景が飛び込んできた。

 普通、と言うより彼等が知っている急降下爆撃の方法というのは、指揮官機を先頭にその部下達が操る機体が一列になって、順番に急降下していくというものだ。

 しかし、一〇機余りの彗星は一列になるどころか一斉に機首を押し下げ、文字通りバラバラの目標に向かって急降下を始めたのである。

 事前に取り決められた役割分担によれば、艦爆隊の目標は全部で六隻いる駆逐艦だ。

 艦爆隊の指揮官は駆逐艦一隻につき二機程度の機体を割り振れば、効果は充分だと考えたのかもしれない。

 「三番機被弾! つ、墜落します!」

 林原が一人考えていると突然、機体後部の旋回機銃座に座る木下房義海軍二等飛行兵曹が悲鳴じみた声を上げた。

 「五中隊長機被弾!」

 今度は梶野が悲鳴を上げる。

 その声、そして光景に七〇七空の搭乗員達は、トラックを出撃する前に七五一空の搭乗員達が口にしていた、対空砲火の熾烈さを身に染みて感じていた。

 四ヶ月以上前に戦った英国海軍東洋艦隊のそれとは、その密度からして比較にならない。

 「三中隊長機被弾!」

 「七番機被弾! ら、落伍します!」

 次々と聞きたくはない報告が林原の耳に突き刺さる。

 陸攻のような機体に雷撃をさせるのは危険過ぎるのではないか、という考えが彼の頭をよぎったが、そうこうするうちに機体はかなりの低空に舞い降りていたため操縦桿を引いて機体を水平にし、雷撃に集中するために余計な考えを頭から追い出した。

 「艦爆隊離脱開始します!」

 「敵駆逐艦に命中弾! 四隻炎上中!」

 「了解!」

 部下達の報告に林原は極めて簡潔に答えた。

 目標とする戦艦は盛大に発射炎を噴き上げ、魚雷を避けるために回頭しているが、すでに林原は機体を敵戦艦の未来位置に向けていた。

 林原の視界いっぱいに、水飛沫をまきちらす巨大な鋼鉄の塊が広がる。

 「用意……てッ!」

 林原が下令すると爆撃手席に座る桧原永一海軍一等飛行兵曹が投下レバーを力一杯引いた。

 ガコンという音と共に魚雷が機体から離れ、まっすぐ海中を疾走していく。

 その魚雷の航跡が、右旋回をかけて離脱を開始した林原の視界から消えた瞬間、木下が弾んだ声で叫んだ。

 「敵戦艦に水柱確認! 命中です!」




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