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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第一〇章 南太平洋海戦
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五六 B17の意地



 「司令官、残念ですが本艦はもう無理です」

 と、『ホーネット』艦長のマーク・ミッチャー海軍大佐は、目の前に立っている、いや転ぶまいと海図台にしがみついている、第二一任務部隊司令官のウィリアム・B・ハルゼー海軍中将に向かって、無念そうに言った。

 「……ご苦労だった。旗艦を『インディアナ』に移す」

 「駆逐艦が接舷態勢に入りました。お急ぎください!」

 「分かった……『ワスプ』はどうだ?」

 ハルゼーの問いに、参謀長のマイルズ・ブローニング海軍大佐は首をゆっくりと左右に振った。

 「そうか」

 ハルゼーはうなずくと、額の汗を拭い顔をしかめた。

 彼等は結局、攻撃隊の帰還場所を守り通せなかったのだ。


 さて、戦いはまず艦爆隊の突入から始まった。

 五〇〇キロ徹甲爆弾を爆弾倉に搭載した彗星が中隊長機を先頭に一本棒となって、空母には見向きもせずにその脇を固める巡洋艦目がけて急降下する。

 空母の直衛を務めるアトランタ級軽巡、『アトランタ』『ジュノー』『サンティエゴ』や、第二二任務部隊所属の重巡『アストリア』は狙われた、と悟ると、盛大に火炎を噴き出しながら空母を尻目に回避運動を行ったが、少し遅すぎた。

 まず『ホーネット』を護衛していた『アトランタ』と『ジュノー』は、八基ずつ積んだ一二,七センチ連装両用砲を振りかざして合わせて七機の彗星を撃墜したが、それぞれ三発ずつの五〇〇キロ徹甲爆弾が命中してしまった。

 『アトランタ』に命中した内の一発は、前部甲板の第二砲塔を突き破って炸裂したため大量の砲弾が誘爆を起こし、また『ジュノー』は、アメリカの巡洋艦としては珍しく積んだ魚雷発射管に一発が命中して、四本の魚雷が一気に誘爆を起こし、両艦ともしぶとく浮いてはいるがすでに総員退艦命令がでている。

 一方、『ワスプ』の護衛をしていた『サンティエゴ』と『アストリア』は合わせて六機の彗星を撃墜する代わりにそれぞれ二発が命中し、沈没の恐れこそないものの命中部分から黒煙をもうもうと吹き上げている。


 艦爆隊が巡洋艦に爆弾を叩きつけている間に、陸攻隊は高度四〇〇〇メートルを悠々と飛びながら、艦隊の外周にいる駆逐艦目がけて、ある機体は八〇〇キロ徹甲爆弾を一発、またある機体は五〇〇キロ徹甲爆弾を三発、もしくは二五〇キロ徹甲爆弾を六発ずつ一斉に投下した。

 ただでさえ小さい上に、激しく回避運動をしている駆逐艦に対して、水平爆撃という手法はあまり有効ではないが、七二機の陸攻という物量は決して少ない物量ではない。

 結果的に四隻の駆逐艦が爆発轟沈し、二隻の駆逐艦が大火災を起こして停止している。被害を受けていない駆逐艦は九隻と全体の半分でしかない。

 また、『インディアナ』にも五〇〇キロ徹甲爆弾が一発命中し、前部甲板の非装甲部分に大穴を空けたが、そこは戦艦だけあって戦闘航海に影響を与えるような状況にはなっていない。


 そして、最後に突入した艦攻隊は三六機全てが八〇〇キロ航空魚雷を抱えており、中隊ごと九機ずつに別れた彼等はそれぞれの中隊長機を先頭に、空母の周りに取り巻いている護衛艦艇の間をすり抜けながら、対空砲火を避けるために海面すれすれを飛び、ひたすらに空母を目指した。

 艦爆隊や陸攻隊の活躍によって対空砲火の勢いは多少弱くなっていたが、だからといって無事にすんだわけではない。

 戦艦や駆逐艦、そして空母自身からの射弾が艦攻隊を迎え撃ち、各中隊とも魚雷を放つ前に海面に叩きつけられる機体が続出してしまった。

 しかしそれでも艦攻隊は動じることなく、空母に接近し魚雷を投下した。

 搭乗員同士の阿吽の呼吸により絶妙のタイミングで放たれた魚雷は、あやまたず二隻の空母目がけて海中を疾走した。

 『ホーネット』には右舷に三本、左舷に二本が命中し盛大に水柱を吹き上げた。

 しかも内一本が艦首に命中し、三三ノットで爆走していた『ホーネット』の隔壁は次々と海水によって打ち破られ、艦体はみるみる前のめりになっていった。

 合衆国海軍ご自慢のダメージコントロールに期待をかけ、ミッチャーはすぐさまエンジンを止めると共に応急修理に取り掛からせたが、応急修理の指揮をとる副長からの報告は見事にその期待を裏切った。

 五つもの大穴から流れ込んでくる海水は容赦なく隔壁を破り、五ヵ所の現場に振り向けられ人数が少な目の応急修理班の手では、もはやどうしようもない状態だったのだ。

 機関室もいくつか水没し、高温の水蒸気や煙が艦全体に広がっていく。

 そして、場面は冒頭に戻る。


 「司令官、攻撃隊はどうしましょう? このままでは……」

 さっきまで攻撃隊の出撃を強く主張していた航空参謀が、うって変わって弱気に言った。

 しかし、彼の懸念はもっともなことだ。

 なぜなら事実上もう空母はないのである。

 『ホーネット』も『ワスプ』も魚雷が多数命中したことにより、ずぶずぶと沈みつつある。

 仮にこのまま進んだとしても、艦隊が前進することを前提に出撃したドーントレス隊は、艦隊が前進出来る状況にない以上、帰りの燃料がもたないだろう。

 増槽を抱えたワイルドキャットや新型艦攻のアベンジャーは大丈夫かもしれないが、どのみち不時着水させて搭乗員だけを救出する方法をとらねばならない。

 だが、日本艦隊の反復攻撃を受ける可能性がある以上は、やはり危険過ぎるのだ。

 逆に、今ならラバウルまでの燃料が持つのである。今すぐ反転命令を出せば、少なくとも母艦航空隊は救われる。

 「致し方ないな。航空隊に反転命令を出せ。ラバウル基地に向かうように、とな」

 ハルゼーが苦渋の表情で決定を告げる間にも、総員退艦命令を受けた『ホーネット』の乗組員や搭乗員達が身を踊らせて海に飛び込んでいく。

 「司令官、急いで!」

 ハルゼー以下幕僚達は、急かされるように駆逐艦に乗り移って行く。

 幹部達を全員乗せたその駆逐艦は、そのまま新たな旗艦に指名された戦艦『インディアナ』を目指した。

 その途中、ハルゼーは新たな命令を発して参謀達を戸惑わせ、また別の報告を受けて不気味な笑みを浮かべた。



 「『大鷹』指揮所より新郷一番。三艦隊より方位一八〇、距離七〇海里、高度六〇に敵編隊探知。直ちに迎撃せよ」

 ハルゼー達が『インディアナ』に移り、攻撃を終えた帝国海軍の航空機が引き上げていく頃、第三艦隊旗艦の『日向』の電探が南方からやってくる機影を捉えた。

 「新郷一番了解。敵の数等は分かりますか?」

 「『大鷹』指揮所より、敵はB−17級の大型機で数は八〇機程度だ」

 「了解です。二五一空これより突撃します」

 「武運を祈る。なお一航艦司令部に応援部隊の要請を出した。また六五一空の戦闘機隊も至急出撃させる」


 第一航空艦隊隸下の第二五一海軍航空隊飛行隊長の新郷英城海軍少佐は、無線機の向こう側にいる第三艦隊の参謀の最後の発言には応えずに、一人つぶやいた

 「いくらなんでも無茶だろう……」

 何がと言えば、零戦でB−17を攻撃することだ。

 彼の愛機である零式艦上戦闘機五二型の武装は、帝国陸軍が開発した九九式一二,七ミリ航空機銃四挺である。

 弾道の直進性能や装弾数も申し分なく、海軍の搭乗員達を驚かせたものだが、B−17が相手ではやはり非力なのだ。

 その非力さを少しでも解消するために、一二,七ミリの炸裂弾が今度は帝国海軍の手によって開発されたのだが、まだ生産が軌道にのっていないためその多くが雷電装備部隊に回されている。

 昨日の戦闘後にその雷電装備部隊の連中の話を聞く限りでは、その炸裂弾でもB−17は中々墜ちないらしい。

 炸裂しないただの金属の塊を撃ち込んだところで、効果があるとは思えなかった。せいぜいへこむか、ただ穴が出来るぐらいだ。

 「新郷一番より全機へ。これより突撃する。敵はB−17だが無理に撃墜しようとするな。爆撃を断念させればそれで良い」

 しかし彼等には第三艦隊を守るという任務がある。たとえ無理でもやらなければならない。

 新郷は深呼吸を一回すると、スロットルレバーを押し込んだ。



 「対空戦闘用意! 配置につけ!」

 「取舵一杯! 針路九〇!」

 二〇分後、第三艦隊の各艦では艦長がこう叫び、それに反応した乗組員達が慌ただしく艦内を駆け抜けいた。

 「やはり無理かな」

 第三艦隊旗艦『日向』の羅針艦橋で、司令長官の小松輝久海軍中将はそうひとりごちた。

 双眼鏡で見る限り、B−17の悌団に取り付いている零戦が期待したほどの戦果をあげているとは思えない。

 今回に限っては、零戦を頼るより各艦の艦長と砲術長の腕を頼ったほうが良さそうである。

 「高角砲、機銃配置良し!」

 「主砲射撃用意良し!」

 「対空戦闘用意良し!」

 そうこうする間に、『日向』の準備は整った。

 B−17は四つの悌団を形成しており、四つの悌団は横一線に並んでいる。

 そして、向かって左側の二つには零戦が取り付いている。

 「主砲目標、敵丙悌団。測距始めッ!」

 『日向』の砲術長が叫ぶ。

 彼等は便宜上、悌団に名前をつけていた。すなわち向かって左から甲、乙……という具合だ。

 「『伊勢』より通信、『我、敵丁悌団を目標とす』」

 「艦長より各部。まもなく主砲を撃つ。衝撃に備えよ」

 艦長が律儀に言う。

 そして唐突に主砲発射を知らせるブザーが鳴り響いたかと思うと、進行方向右側を向き砲身をもたげていた八門の四一センチ主砲が一斉に火を噴いた。

 誰かに殴られたような衝撃に耐えながら、小松はB−17の悌団を見つめた。

 輪形陣の中心にいる空母を挟んで後続する『伊勢』の主砲が咆哮した瞬間、B−17の周囲に黒々とした花火が八つ開いた。

 よほど至近距離で炸裂したのか三機のB−17が文字通り粉微塵になって消え去り、四機が高度を落とし始めている。

 小松が戦果を確認していると、またもやブザーが鳴った。

 大改装を施した際に搭載した砲塔の揚弾装置の調子は、相変わらず良好なようだ。


 「右舷高角砲撃ち方用意、始めッ!」

 『日向』の主砲が再び咆哮すると、右舷に設置された八基の九六式五〇口径一二,七センチ連装高角砲が、鋭い発射音を発しながら弾を一斉に放つ。

 艦隊の外周を行く駆逐艦やその内側を行く軽巡、空母に張り付く護衛艦、そして空母自身からも弾丸が飛び出し弾幕を張る。

 一機、また一機とB−17が墜ちていくものの、彼等は空母目指してひたひたと進んでくる。

 そして最悪なことは甲と乙には零戦が取り付いているため、その正面に弾幕を張ることが出来ないということだ。

 それに加え、こちらのB−17はあまり数が減っているようには見えない。

 「零戦隊散会します!」

 「主砲目標変更! 目標敵甲悌団!」

 見張り員の報告に砲術長が慌てて命令を下す。

 「後部見張りより艦橋、敵丁悌団の爆弾倉が開き……今投下しました!」

 小松は反射的に後ろ上空に視線を向けた。

 まるで黒胡麻のような小さな粒がばらばらと落下している。

 その向かう先は、明らかに空母だ。

 そうそう当たるものではないがしかし確率は零では無い。

 「敵乙悌団投下しました!」

 「敵甲悌団投下しました!」

 「後部見張りより四航戦及び三護隊取舵に転舵します!」

 「機銃撃ち方始めッ!」

 最後に聞こえた声に小松は仰天した。B−17にそんなものを撃ったところで意味は無い。

 しかし、目標は落下してくる爆弾であった。こちらも命中する確率は零では無いということなのだろう。

 「敵丙悌団投下しました!」

 「左舷高角砲撃ち方用意ッ! 目標敵丙悌団! 逃がすな、撃てッ!」

 砲術長の威勢の良い命令が『日向』の艦内を駆け抜けると、左舷に設置された八基の連装砲塔がわずかに動き、一六門の高角砲が次々に火を噴いた。

 「後部見張りより艦橋、四航戦及び三護隊取舵続けま……『沖鷹』がひ、光りました!」

 「何だとッ!?」

 小松は思わず声を出した。

 そして次の瞬間、まるで落雷のような爆発音が響き、『沖鷹』から火柱が凄まじい勢いで噴き上がった。





 第七話から第九話まで加筆訂正しました。


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