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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第一〇章 南太平洋海戦
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五五 攻撃隊突撃せよ



 一九四二年六月七日、午前一〇時の少し前。

 トラック環礁の夏島の地下にある帝国海軍南東方面艦隊司令部に、第三艦隊からの戦果報告が届いていた。

 「読みます。『四航戦よりの第一次攻撃隊は敵空母一を撃破す。帰還機数は艦戦二六、艦爆八なり』以上です」

 「……四航戦は確か、艦戦と艦爆を二個中隊ずつ出したのではなかったのかね?」

 南東方面艦隊司令長官の片桐英吉海軍大将が、何ともか細い声で尋ねた。

 「そのはずですが……」

 参謀長の吉良俊一海軍少将が同じように答える。

 帝国海軍航空隊は基本的に、艦戦部隊は一六機で一個中隊、艦爆部隊は九機で一個中隊を編成している。

 要するに艦爆だけを考えればその損耗率は五割を超えるのだ。

 艦戦の損耗率から考えると、戦闘機による迎撃でやられたと言うより、対空砲火にやられたとするのが自然だろう。

 「今頃は四航戦よりの第二次攻撃隊と、一航艦よりの第一次攻撃隊が敵艦隊に向かって進撃しているでしょう。今からでも対空砲火に気をつけるよう注意を発したほうが良いのでは?」

 航空参謀が少し慌てながらそう言う。

 「そうしてくれ。しかしまぁ、空母を最低一隻撃破するという作戦目標は達成されたわけだな」

 片桐は少し苦々しく言った。

 六五一空の中でも特に優秀な搭乗員と、敵艦隊に向かって空母を突撃させて帰路を短縮する、という荒業を組み合わせて行われた前代未聞の長距離攻撃は、戦果を見る限りでは成功したとして良いだろう。

 そして、アルミ箔の薄片によって電探を一時的に使用不能にさせるという、まだ日英同盟が存続していた頃にイギリスから仕入れたアイデアを初めて採用したり、彗星にあえて二五〇キロ爆弾を搭載させて速力を少しでも上げさせる等の努力も、それなりに実を結んだのだろう。

 しかし状況は文字通り、前途多難である。



 「対空レーダーに感有り。六時の方向より五〇機程の編隊が接近中です」

 「陸軍か。今頃来やがって」

 『ホーネット』の艦橋でレーダー室からの報告を受けた第二一任務部隊司令官、ウィリアム・B・ハルゼー海軍中将は吐き捨てるように言った。

 時刻はすでに午前一〇時を過ぎている。

 まるで第二一任務部隊が空襲を受けた、という知らせを聞いてから出撃準備にとりかかったかのようだ。ハルゼーが怒るのも無理はない。

 「連中がいれば『トレントン』も無事だったかもしれんと言うのに!」

 ハルゼーは怒鳴り声を上げ続けた。

 その『トレントン』は先程の空襲で五発もの二五〇キロ爆弾が命中し、沈没の恐れこそないものの飛行甲板が完璧に破壊され格納庫もえらいことになってしまったため、二隻の駆逐艦に守られながらラバウルに引き返している。

 こちらも空母戦力の三分の一を失ってしまったのだ。

 もっとも、居並ぶ参謀達に言わせれば、『トレントン』の戦線離脱は決して陸軍のせいだけではない。

 まず日本軍は五〇〇海里という、とてつもない長距離を飛んできたということだ。双発機や四発機ならともかく、単発機にそんなことをさせるなど誰が予想できようか?

 さらに超低空を飛んで来た四機のジュディ……彗星のコードネーム……が艦隊のすぐ手前で急上昇し、艦隊の上空を高速で通過しながらアルミ箔のようなものをばら蒔いたため、レーダーが一時的に使用不能になり、戦闘機を日本軍の編隊に誘導出来ないまま、彼等に艦隊への接近を許してしまったのだ。

 だがむやみに司令官を刺激する必要はない。このことを口にするのは帰還してからだ、と全ての参謀が思ったとき、艦隊上空に五〇機の陸軍戦闘機P−40が飛来し旋回を始めた。

 ちなみにこのうち一二機がマーリンエンジンを搭載し、武装も一二,七ミリ機銃六挺と強化され名称もウォーホークとなったF型だったが、怒りに震えるハルゼーの知ったことではなかった。


 「ジャップとの距離はまだ縮まらんのか!?」

 当初はラバウルから北に三〇〇キロ辺りの海域を遊弋し続ける予定だったのだが、空襲を機にハルゼーは北上を命じていた。

 しかし、その速度は二〇ノット。つまり進んだ距離は約四〇海里。縮んだうちには入らない。

 もっとも、一方の小松艦隊は三〇ノットで爆走し続けているので、この時点での彼我の距離はおよそ三四〇海里といったところである。

 「はぁ、今のところ索敵機からも潜水艦からも連絡がありません……」

 「友軍潜水艦より入電!」

 「おぉ! 待っていたぞ!」

 通信士官が電文を片手に艦橋に飛び込んでくると、ハルゼーは喚くように言った。

 「よ、読みます。『我、日本艦隊視認。位置、ラバウルより方位〇度、距離五四〇海里。針路一八〇度、速度』ここで切れました」

 「航海参謀! 我が艦隊とジャップとの距離はいくつだ!?」

 「さ、三四〇海里です!」

 「よろしい。ただちに攻撃隊を発進させよ。それからラバウルの陸軍極東空軍司令部に緊急連絡だ!」

 「し、しかし司令官」

 参謀長のマイルズ・ブローニング海軍大佐が食い下がる。

 「まだ距離は縮まり切っていません。この距離ではドーントレスを出せません!」

 「それは我が艦隊がこの海域に止まった場合の話であろう、参謀長。いますぐ敵艦隊に向かって最大戦速で突っ走れば、航続距離の問題は解決されると思うが」

 ハルゼーは力強く言った。これ以上の反論は許さぬ、という意味を含めて。

 「私は司令官の意見に賛成します」

 航空参謀が言う。

 「敵の第一次攻撃隊が襲来してからすでに二時間以上経過しています。このままぐずぐずしていては、飛行甲板に攻撃隊を待機させたまま敵の空襲を受けることになります」

 ハルゼーがその通りだとうなずく脇で、ブローニングはなおも食い下がろうとした。レーダーに敵影が写ってからでも遅くはない。と。

 「対空レーダーに感! 零時の方向に敵機の大編隊探知! 艦隊上空に到達するまで後、二〇分強です!」

 だが、ブローニングが口を開く前にレーダー室からの報告が届いてしまった。

 「攻撃隊は直ちに発艦せよ! 上空の陸軍部隊にも緊急連絡だ、急げ!」

 ハルゼーが顔を真っ赤にして叫ぶと、ブローニングはもはや反論の余地が無いことを悟った。

 今回が初陣となる搭乗員が圧倒的多数を占める攻撃隊が、これほどの長距離を飛んでどれだけの戦果を上げるのかは分からない。

 しかし今すべきことは、彼等の帰還場所を何が何でも守り通すことだ。

 ブローニングの表情は参謀長のそれに戻った。



 「入佐一番より車谷一番」

 「こちら車谷一番。感度良好どうぞ」

 その頃、第七五一海軍航空隊の飛行隊長であり、第一航空艦隊よりの第一次攻撃隊の総指揮を任された入佐俊家海軍少佐が、第四航空戦隊よりの第二次攻撃隊の総指揮を任された車谷啓司海軍大尉を呼び出した。

 「そっちには敵の対空砲火に関する情報は入ったか?」

 「えぇ、ついさっき。むやみに突撃すると、えらいことになるとも聞きました」

 「ちょうど今、そちらの後ろについたのだがね」

 入佐はのんびりと言った。

 その発言に車谷は九六艦攻の操縦桿を握ったまま、首をねじ曲げて後ろを振り返った。

 なるほど、多数の双発機の姿が確認出来る。


 ちなみに第四航空戦隊よりの第二次攻撃隊は、零戦六四、彗星三六、九六艦攻三六の合わせて一三六機からなっている。

 零戦の数が妙に多いが、これは敵艦隊がラバウルに展開する敵戦闘機の行動圏内にいるため、相当数の敵戦闘機の迎撃を受けると予想されているからである。

 そして元々、第四航空戦隊は迎撃が主任務であるため零戦の搭載数が多い。

 その上第一次攻撃隊が出撃した後、昨日脱落した『雲鷹』の艦載機をトラックの飛行場経由で受け入れたのだ。

 とは言え、これは第一次攻撃隊と合わせて六五一空が持つ艦載機のほぼ全てだ。

 第一航空艦隊の戦闘機隊が、第三艦隊の防空を肩代わりしているからこそ出来ることである。

 そして、第一航空艦隊よりの第一次攻撃隊は七五一空の泰山七二機と、三四三空所属で、特大の増槽を抱え機体からアンテナをはやした早期警戒型の九六艦攻三機からなっている。

 しかし、トラックと敵艦隊はいくらなんでも離れ過ぎているため、戦闘機の護衛はない。


 「このままいくと、我々は六五一空を追い抜いてしまう。そこで速度を落とそうと思うのだが」

 「はぁ」

 入佐の発言はいまいち要領を得ていない。と言うか、何を言いたいのか良く分からない。

 車谷は車谷で、生返事しか返せない。

 「我々の獲物はあくまでも空母だが、それだけに気をとられていると護衛艦艇の餌食になってしまう」

 ここまできて車谷はようやく入佐の言いたいことが掴めてきた。もっと接続詞を勉強したほうが良いのでは、とも思ったが、それは口に出さず別のことを言った。

 「要するに攻撃目標を部隊ごとに取り決める、ということですか?」

 「そういうことだ。基本的に雷撃隊は空母を仕留めてもらいたいのだが、艦爆隊には護衛艦艇を仕留めてもらいたいのだ」

 「……車谷一番より岩井一番。今の話聞いていたか?」

 「こちら岩井一番。全て了解です」

 と、艦爆隊を率いる岩井勇治海軍大尉が苦笑しながら言う。

 「任せたぞ。そう、それからだね……」

 「伊藤一番より各隊一番へ」

 すると入佐の発言を遮って、各々のヘッドホンに伊藤暁子海軍大尉の女性特有のかん高い声が響いた。

 「零時の方向に敵艦隊及び敵戦闘機の編隊を探知。敵艦隊までの距離一〇海里。敵編隊までの距離六海里、高度四〇。また敵艦隊上空にも反応有り」

 「大藪一番より伊藤一番。敵戦闘機の数は分かりますか?」

 零戦隊を率いる大藪拓士海軍大尉が尋ねる。

 「およそ五〇で……敵が速度を上げました! まっすぐ向かって来ます!」

 「車谷一番より大藪一番。制空隊は敵編隊に突撃せよ」

 「大藪一番了解。制空隊突撃しますッ!」

 大藪の叫び声がヘッドホンに響くと同時に、六四機の零戦から一斉に増槽が切り離され、零戦隊は次々と機体を踊らせて雲の中にいるのか姿が見えない敵編隊に向かって、突撃を開始する。


 「た、隊長! 下を見てください!」

 さて我々も、とスロットルレバーに手をかけた車谷の耳に、偵察員の寺尾広志海軍一等飛行兵曹の慌てた声が届いた。

 その声に反応して車谷が下を除くと、そこには自分達とは逆方向に向かって飛ぶ多数の単発機の姿があった。

 「車谷一番より入佐一番。直下を米軍の攻撃隊が進撃中です」

 車谷はとりあえず階級が上の入佐に報告した。

 「入佐一番了解。こちらでも確認したがどうしようもあるまい。我々がすべきは連中の帰還場所を破壊することだ」

 入佐は言った。口調は相変わらず穏やかだが、敵艦隊を目前にして幾分闘志が沸き起こっているように車谷は感じた。

 「車谷一番了解。三艦隊司令部に通信。『我、進撃中の敵艦上機と遭遇するも敵艦隊接近中につきこれより突撃す。一〇二四』」

 通信員の早谷正明海軍二等飛行兵曹が復唱し電鍵を叩いた。


 「車谷一番より各機へ。突撃隊形作れ」

 「伊藤一番より、一時退避します」

 「大藪一番より、これより戦闘開始します」

 様々な電波が行き交うなか、機体に日の丸を描いた泰山、彗星、九六艦攻は敵戦闘機の妨害を受けることなく、隊形を整えながら着実に敵艦隊に接近して行く。

 「車谷一番より敵艦隊視認。各隊突撃用意」

 「岩井一番より艦爆隊へ。二中隊は手前、四中隊は右奥、五中隊は左奥の巡洋艦を叩け。六中隊は前衛のデカイ巡洋艦だ」

 すぐに岩井が入佐の発案通りに指示を与える。

 「車谷一番より艦攻隊へ。一、二中隊は手前の、三、四中隊は奥の空母だ。奇数隊は左舷、偶数隊は右舷から突っ込め」

 続けるように車谷が指示を与えると、最後に入佐が指示を与え始めたが、低空に舞い降り始め機首の栄エンジンに盛大に爆音を轟かせ、とにかく重い航空魚雷を抱えた機体を、駆逐艦の間に巧くもっていくことに集中している車谷の耳には入らない。

 駆逐艦の艦砲が火を噴いたことなど、彼の知ったことではなかった。




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