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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第一〇章 南太平洋海戦
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五〇 トラック沖の稲妻



 「指揮所より福山一番。応答せよ」

 「こちら福山一番、感度良好どうぞ」

 「夏島より方位一八〇、距離四〇海里を北上中の機影を電探が捉えた。ラバウルからの偵察の可能性が高い。至急迎撃を頼む」

 「敵の位置、夏島より方位一八〇、距離四〇海里、了解です」


 一九四二年六月四日、正午。

 トラックの南約五〇キロの地点で、第三四三海軍航空隊第一〇小隊長の福山和樹海軍飛行兵曹長は、夏島の電探が捉えた敵機の情報を復唱すると、後ろに着いて来ている部下達に、チャートを見ながら指示を与えた。

 「こいつにとって見れば今回が初陣だな」

 一通りの作業を終えた福山はスロットルを軽く開いて、つい三日前に受け取ったばかりの愛機を加速させながらそうつぶやいた。

 彼が当時操縦練習生と呼ばれていた操縦士養成課程を修了し、練習航空隊を経て松山の三四三空に配属されて以来、九六艦戦、零戦、雷電と常に帝国海軍の最新鋭戦闘機を操ってきたが、今回で四機種目の最新鋭戦闘機に乗っていることになる。

 ちなみに、なぜトラックに四機しかないこの戦闘機が彼の小隊に回されたのかというと、彼等の雷電が定期検査のために整備兵達にバラバラに分解され、手持ちぶさたになっていたからだ。


 「福山三番から福山一番。小隊長、大丈夫ですかねこいつは」

 すると、福山の左耳についている耳掛け式のマイク付ヘッドホンから、彼の部下の一人であり第二分隊長の浅野誠司海軍一等飛行兵曹の声が響く。

 彼等の戦闘機には、指揮所等と交信するための無線機と、すぐそばの味方機と交信するための小型軽量の無線機の二種類の無線機が搭載されており、後者のそれにこのヘッドホンがついている。

 「確かにまだこいつの癖を把握出来てはいないが、相手は多分偵察のB公かコンソリだ。普段通りにいこう」

 「了解、小隊長がそう言うならついていきますよ」

 この二人は帝国海軍の戦闘機隊がまだ三機で一個小隊を編成していたころからの付き合いで、その時は小隊の二番機が福山で三番機が浅野だった。

 その後、福山が小隊長になると浅野も福山の小隊の分隊長となり、彼等は様々な場所で確実に戦果を積み上げていき今に至る。

 「大丈夫。見た目は零戦のように華奢だが、防弾性能も機体強度も、そして何より攻撃力も格段に上がっている。それでいて雷電に比べて視界も良いし、機体の反応もまた良い。油だって上質なやつだ。負けるはずがないさ」

 福山は自らに言い聞かせるようにそう言った。


 「指揮所より福山一番。友軍潜水艦からの情報によれば、敵は機種不明なれど少数の四発機と双発機からなる模様。なお、第一三小隊が応援に回る。以上」

 「福山一番了解」

 「双発機……ですか」

 ヘッドホンから福山直率の第一分隊の二番機に乗る、岩谷昌文海軍二等飛行兵曹のつぶやきが響いてくる。

 今まで米軍の双発機がトラック近辺にやってきたことは一度も無い。まさに未知なる敵機だ。

 「もしかして零式陸偵みたいななやつかもしれないですな」

 と第二分隊の二番機に乗る藤城崇弘海軍二等飛行兵曹。

 「これは少し慎重にいったほうがいいかもしれないな」

 そう福山が言った途端、大きいほうの無線機が震えた。

 「指揮所より福山一番。まもなく敵機が視界に入る。状況を知らせよ、どうぞ」

 「こちら福山一番……見えました! 敵機視認につきこれから攻撃に移ります」

 「了解、貴隊の武運を祈る」


 福山は飛行眼鏡を掛け直し、機体をバンクさせながら、後ろの部下達に敵機発見及び攻撃開始を知らせる。

 「福山一番より各機へ。敵は太陽を背にやって来ている。よっていったん下をくぐり抜け後ろから突っ込む!」

 叫ぶと同時に福山はエンジンのスロットルをフルに開いた。

 目の前の春嵐エンジンが、馴れ親しんだ火星エンジンのそれとはまた違う爆音を轟かせながら、猛烈な勢いでプロペラを回す。

 一五〇〇馬力の推進力を与えられた機体は一気に加速され、速度計の針も勢い良く回り始める。

 四機の戦闘機はまるで剣士が振り下ろす刀のように空気を切り裂いて突き進んで行く。

 「紫電一閃とはまさにこのことですね」

 岩谷の上擦った声が響く。

 「一閃? 何のことだ?」

 浅野が呑気な声で尋ねる。どうやら彼には難し過ぎる表現のようである。

 「紫電一閃とは振り下ろされた刀が発する鋭い光のことですよ、分隊長。こいつの名前のことじゃありません」


 福山はそんな部下達の会話に苦笑いを浮かべながら、隊内無線用の送信スイッチを入れてこう言った。

 「お前達。国語の勉強は兵舎の中でやれ」

 「了解です小隊長。でも今はそんなこと言ってる場合じゃありませんよ」

 「……お前が言うな浅野」

 福山は送信スイッチを切ったうえで言った。

 その瞬間、福山は何か嫌な殺気を覚え、考えるより先に操縦桿を右に倒し右フットバーを踏み込んだ。

 彼が乗る帝国海軍の最新鋭局地戦闘機、紫電一一型は彼の動作に瞬時に反応し左の主翼が上を向き、紫電は右に旋回しながら急降下を始めた。

 「小隊長! 戦闘機です!」

 浅野の絶叫が響く。

 急速に高度を落としながらも右旋回を続ける福山の目には、言われなくても凄まじい速さで急降下していく二機の双発機と、自分と同じように攻撃をかわした岩谷の紫電の姿が写っていた。

 「双発機はこいつらか!」

 福山は下唇を噛みながら部下達に向かって叫んだ。

 「福山一番より各機へ、四発機は後回しだ! 双発戦闘機に警戒せよ!」

 叫び終わるや福山は機体を水平に戻して、周囲をぐるりと見回して敵味方の様子を観察した。

 すると、驚いたことにさらに二機の双発戦闘機が第二分隊めがけて急降下している。

 浅野と藤城は難なくかわしたが、もしこれ以上の戦闘機が出現すれば、四機しかいない第一〇小隊はかなり不利な状況に追い込まれてしまう。

 しかし、幸運なことにこれ以上の戦闘機が現れる様子はなく、福山は周囲を警戒しつつも大きいほうの無線機の送信スイッチを入れた。

 「福山一番より指揮所。我、敵戦闘機と交戦中。敵戦闘機は未知の双発双胴機なり」

 報告を終えると、福山は前を見据えて操縦桿を握り直した。


 さて、敵味方とも二機ずつに分かれて飛行しているが、第一〇小隊は北に向かって飛ぶ米軍機の後方につけている。

 とは言え、ある程度距離が有るうえに、お互いの速度にほとんど違いが無いため縮まりもしない。つまり何も出来ないということである。

 すると第一分隊の前を行く敵機が、突然左に旋回しながら急上昇を開始した。

 だが双発機ということもありその旋回半径は相当大きい。

 単発機の紫電と格闘戦は戦えないと察したのか、先程のように上空からの一撃離脱を狙っているようだ。

 しかし岩谷はともかく、福山はすでにベテランの域に達した戦闘機乗りである。

 敵の意図を察知するとかなり小さな旋回半径を描きながら、操縦桿を手前に引いてこちらも急上昇に入った。

 上昇性能にも大した違いは無いようだが、旋回したせいでいくらか距離が縮まったようだ。もっとも、射程外であることに変わりはない。

 お互いの距離が縮まらない間にも、高度計の針はぐんぐん回っている。

 五〇〇〇メートルまで上昇したところで、二機の紫電の追跡を振り払うように、敵機は機首を真上に向け、そのまま宙返りを開始した。

 「逃がすかッ!」

 福山もほぼ同時に操縦桿を引いて宙返りに入る。

 距離は再び縮まったようだがまだそれでも遠い。

 そのまま二回目の宙返りに入り、さらに三回目に入ろうか……というところで敵機は急降下を開始した。

 福山と岩谷も負けじとその後を追う。

 ところが、八〇〇メートル程降下したところで、敵機は機体を起こし今度は急上昇を始めた。

 「何なんだこいつらは!?」

 操縦桿を引きながら福山はあることに気が付いた。

 ―前を行く敵機の目的は我々を撃墜することではなく、我々を振りきることなのではないか、だからこぎざみに針路を変えるのだ……ならこちらにも考えがある―

 「岩谷! しっかり着いてこいよ!」

 福山はそう叫ぶと、操縦桿を倒して急降下を始めた。しかもスロットルレバーを絞って速力を落としたのだ。

 これを、敵機が見逃すはずはない。

 案の定、敵機は一回宙返りをうつと福山達めがけて急降下を開始した。

 「かかったな!」

 福山は一人叫ぶと操縦桿を力一杯引いて宙返りを開始した。

 機体が背面になったところで真上を見ると、真っ赤な火箭が紺碧の海面をバックに流れ、その後を追うように敵機が急降下していく光景が目に写る。

 刹那、福山はスロットルレバーを押し込んで、先程と同じように敵機の後を追いかける体勢に入った。

 しかし距離はかなり縮まっており、照準器の環を通して見える敵機はかなり大きくなっている。

 敵機はそれでも上下左右に機体を滑らせ、果てにはそれまで一緒に飛んでいた仲間とも別れて、必死に紫電の追跡を振り切ろうとしている。

 福山は別れた別の敵機の処理を岩谷に任せ、右手と両足で機体を器用に操りながら敵機を追いかけ続けた。

 そして敵機が急上昇しようと機首を上に向けた瞬間、福山はバックミラーを視界に入れつつ左手で発射把柄を握った。

 紫電の両翼から四条の太い火箭が重々しい連射音と共に伸び、敵機に向かって殺到した。

 爆薬を仕込んだ二〇ミリ弾は見事に敵機の左エンジンに命中しこれを爆砕したが、敵機の操縦士が即座に燃料の供給を止めたのか火は噴かなかった。

 福山は左フットバーを踏んで機体を横転させながら、いったん敵機との距離を開けた。

 周囲を確認しながらも、福山は再び左エンジンから煙を吐いている敵機の後ろにつくべく紫電を操る。

 一方の敵機は墜落の危険性は無いものの、出力が半減したため速力はがた落ちになっている。

 「我々を振り切っても、ラバウルまではもたんだろうな」

 福山はつぶやきながらも左手を発射把柄にかけ、不安定な片肺飛行を続けながら何とか逃げようともがいている敵機を照準器に捉えた。

 「……悪く思うなよな」

 福山が発射把柄を握ると、再び重々しい連射音と共に二〇ミリ弾が撃ち出されていく。

 それらの弾は敵機の主翼の右側を襲い、主翼をひきちぎった。

 バランスが悪いうえに揚力までも失ってしまった敵機は、そのまま煙を吐きながら真っ逆さまに墜ちていった。

 「撃墜確実、だな」

 福山はそう言うと、スロットルレバーを絞った。


 「福山一番より各機へ、状況を知らせよ」

 「福山三番より、二機とも撃墜確実です」

 「福山二番より、同じく撃墜確実です」

 「福山一番了解、皆よくやった。いったん集まれ」

 部下達を労うと福山は夏島の指揮所に報告を入れた。

 「福山一番より指揮所へ。我、敵を撃滅す。我に被害無し」

 「指揮所了解、ご苦労だった。第一〇小隊は帰還せよ。なお四発機は第一三小隊が迎撃中なり」

 「福山一番了解、これより帰還します」


 「それにしても、この機能は便利ですね」

 夏島への帰路の途中、四人は雑談に終始していたが藤城が紫電に関する話題を持ち出した。

 「あぁ、あの敵機は格闘戦には弱かったからな。このフラップには助けられたよ。小隊長達は使いました?」

 浅野が同調し、福山達に話を振る。

 「いやぁ、それが格闘戦になんなかったんで使わなかったのですよ」

 そんな岩谷の発言に福山は焦った。

 部下達が何の話をしているのかさっぱり分からないのである。

 「で小隊長はどうです?」

 「あ、いや、そのまぁ俺も使わなかったよ」

 「そうですか、それは残念だなぁ。ところで…」

 浅野はそれ以上突っ込むことなく話題を変えた。

 それから福山は夏島までの飛行中、雑談にあまり加わらずに部下達の言う『フラップ』について延々と考えていた。


 もうお分かりだと思うが、これは『自動空戦フラップ』のことである。

 ちなみに夏島に帰ってもまだ分からなかった福山は、佐脇悠子海軍一等整備曹長に『フラップ』について尋ね、そして笑われたという。





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