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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第一章 変わりゆく帝国
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五 二・二六事件


 一九三二年二月二六日未明。

 大日本帝国の首都東京は一部を除いて眠りについていた。

 慌ただしくうごいているのは銀座や築地くらいである。

 そんななか、本来なら静かに眠っているはずなのに、この日に限ってやけに慌ただしく動いているものがあった。

 厳密にはそこは東京ではなく埼玉の朝霞だった。

 帝国陸軍朝霞駐屯地。

 今ここには第一師団の一部と第一機動輸送連隊の二つの部隊が駐屯している。

 その内眠らずにいるのは第一師団のほうであった。

 なぜか武装した彼らは、やがて誰もいない東上鉄道の線路を池袋に向かって走り出した。

 他にも帝国海軍横須賀鎮守府や帝国陸軍市ヶ谷駐屯地などから、やはり武装した一団が闇夜に紛れてどこかへ消えていった。


 同日早朝、永田町の陸軍省大臣執務室。

 会議が長引き日付が変わったため、公邸に帰るのが億劫になった宇垣一成陸軍大臣が仮眠をとっていた。

 そこへ彼の秘書官が血相を変えて走ってきて執務室の扉をぶち破るほどに叩いた。

 突然の大音響に宇垣の目は一瞬にして冴え、慌てて扉を開けると秘書官が叫んだ。

 「たっ大変です! 総理官邸が第一師団の一部の部隊に襲撃された模様です!」



 「よし! 次は海軍大臣公邸だ、急げ!」

 「我々は各省庁を占拠する。皆ついてこい!」

 『反乱軍』は陸海軍合わせて三〇〇〇人もの兵力を抱えていた。

 無論そのうち大多数の兵はただ上官の命令に従っているだけだが、その上官……特に青年将校……が厄介だった。

 この青年将校達は政府が天皇の軍隊を勝手に削減し、なおかつ制限を求めたと信じこんでいた。


 統帥権を侵す輩は断じて許すことは出来ない。ならば逆賊達を殺して天皇陛下のもと軍事独裁政権を樹立して日本を建て直す。


 激しくばかげた思想だが、信じきっているのだからどうしようもない。

 また政府の財政に不満を持った農村部の青年団や社会主義者も関わっていて、文字通り『クーデター』を決行しようとしていた。



 「海軍大臣公邸が襲撃されました!」

 連絡役の陸軍将校が、警官隊によって囲まれた陸軍省内の会議室に飛び込んでくる。

 「ふう、危なかったですな財部大臣」

 「いやいや、あそこで宇垣大臣から電話がかかってこなかったら、私は今頃あの世ですから。ありがとうございました」

 「まぁその話は置いておいて、いま我々がなすことはあの連中をどうするか、これを早急に決めることです」

 宇垣は毅然とした口調で言った。

 「彼らは今や帝国の首相を銃撃した反乱軍です。早く叩きませんと今度は何をしでかすか分かりません」

 と内務省が占拠されてしまいここに来るしかなかった安藤謙蔵内務大臣が言う。

 「私も内務大臣の意見に賛成です。それに彼らの裏には社会主義者がいる、との情報があります。彼らが何と言おうと、断固とした態度でのぞまなければなりません。」


 以上のように政府の基本方針は決まった。

 問題は彼ら反乱軍が武器は機関銃程度とはいえ、三〇〇〇人の歩兵戦力を持っていることである。

 まさか帝都である東京で市街戦をやらかすわけにはいかない。

 だからいきなり軍隊を投入するわけにはいかないのである。

 そこで宇垣はと財部と語らい一計をめぐらせた。


 まず、外出禁止令と戒厳令を東京市一円にしく。

 次いで第一師団の残存部隊と憲兵隊、警官隊をもって市外に伸びる道路や鉄道、港を封鎖する。

 そして高崎や佐倉に駐屯している第一師団の隸下部隊を呼び寄せ、近衛師団、横須賀海軍陸戦隊と共に反乱軍を包囲する。これらの部隊は宇垣が一括して指揮をとる。

 この間、財部は横須賀の第一艦隊に臨戦体制をとらせつつ、宮中に参内して陛下の勅書を賜る。内容はもちろん、鎮圧命令である。



 二月二七日、早朝。

 「偵察機からの報告です。『反乱軍はすでに日比谷から三宅坂を占領し、反乱軍主力は日比谷公園と山王ホテルに集結している模様』以上です」

 ちなみにここは陸軍省ではなく旧江戸城北の丸にある近衛師団司令部である。

 すでに陸軍省や参謀本部は反乱軍の手中にある。

 また本来鎮圧部隊の指揮をとるはずたった宇垣も不運なことに、陸軍省に軟禁状態にあり反乱軍に説得されていた。

 我々を支援し、クーデター成功の折りには首相になってもらいたい、という説得である。

 無論お飾りであり彼は受けるつもりはまったくなかった。かといって何か出来るというわけでもない。

 結果的に鎮圧部隊の指揮は、近衛師団長の鎌田弥彦陸軍中将がとることになった。


 午後二時。

 東京湾を航行中の第一艦隊第二航空戦隊所属の空母『橋立』から一三式艦攻が五機飛び立った。

 五機の艦攻はV字型の編隊を組んで一路日比谷公園を目指した。

 財部の特命で編成されたこの艦攻隊は、大量のビラを積んでいた。

 内容は史実のそれと同じであり、反乱軍の戦意喪失を狙っていた。

 そしてこの作戦は見事に当たり、ただ上官の命令に従っているだけの兵士達は激しく動揺した。

 さらに時同じくして近衛師団を主力とする鎮圧部隊が一万五〇〇〇の大兵力で占領地域を囲んだため、投降する兵士が相次ぎ、反乱軍の兵力は山王ホテルに集まっているわずか二〇〇人になってしまった。

 鎮圧部隊は直ちに山王ホテルを戦車を先頭にして囲み、陸軍省等の救出に向かった。

 二〇〇人の反乱軍は最初こそ抗戦する構えだったが、勅命がくだっていることが知れると、さすがに銃をおいて投降した。



 後に『二・二六事件』と呼ばれたこのクーデター未遂事件は、日本中に衝撃を与えた。

 いくら未遂に終わったとはいえ、彼らは二日に渡って日本の中枢を占拠したのである。

 しかも警備の警官と戦闘になり互いに死傷者をだしたうえに、時の総理大臣である後藤を暗殺している。

 国民は特にこの後藤総理の暗殺に衝撃を受けた。

 なにしろ一国の実質的な最高指導者が殺されたのである。


 反乱軍の青年将校や活動家達には死刑を筆頭に厳罰がくだされ、またこの事件を契機に国家の姿勢も極端な反共主義に変わっていくことになる。

 また後藤内閣の後を継いだ立憲民政党を主体とする榊原輝彦新内閣は、クーデターの火種をなくすために、次第に地方優先の政策に傾き、男女平等の新普通選挙法を制定したことにより、榊原内閣は高支持率を維持し、国内産業を一層活発にするために様々な開発事業を推進した。

 これは東京オリンピックの開催が決まると一層進み、日本の工業力や技術力は史実のそれよりも格段に上を行くものとなった。




 一九三三年四月二八日。

 日本中で明日に迫った『天長節』、つまり天皇誕生日を祝う様々な祝賀行事の準備に日本中がおわれていた。

 そんなとき、ラジオから異例の放送が流れた。

 「明日正午、恐れおおくも天皇陛下直々の御放送があります。国民の皆様は必ずお聞き下さい。繰り返します。明日……」


 同日、東京愛宕山の日本放送協会。

 「異常ないな?」

 「はい、異常ありません」

 作業服を着た職員がそう答えると、背広姿の老紳士が目で合図を出す。

 職員はうなずき部下に目配せする。

 部下は録音機からレコードを慎重に取り出すと、それを桐の箱に納めゆっくりと運び出した。

 老紳士はそれを見届けると部屋のすみにいる男達のもとへ歩いて行った。

 「今のところ異常はありません。録音板は明日の午前一一時まで、倉庫の中の軽金庫に入れておきます」

 「軽金庫……ですか?」

 「ええ、万が一情報が漏れてもまさかそんなところにあるとは誰も思わんでしょう」

 「なるほど、考えましたな会長」

 「いやいや、それにしても総理、陛下は本気で?」

 「無論本気だろう。陛下は軍に相当の不信感を抱いておられますからな。……特に後藤さんがお亡くなりになったのが堪えたのでしょう」

 「陸軍内では未だに統帥権を犯した政府はけしからん、と言い張っている者がいます」

 「困ったことだ」

 「まったくです。しかし陛下の御決断を聞けば連中も静まるでしょう」


 「ただいまから天皇陛下直々の御放送が始まります。国民の皆様は御起立下さい」

 一九三三年四月二九日、午前一一時五九分。

 『君が代』の演奏と共にアナウンサーがこう宣告した。

 さらに君が代のBGMが止みしばしの静寂が日本中に訪れた。


 そして正午を向かえた。



 「終わりました」

 老紳士がそう一言言うと職員がラジオのスイッチを切った。

 同時に張り詰めていたいた空気が一気に緩んだ。

 「とりあえず成功ですな」

 「ええ、でも問題はここからですよ」


 ラジオで陛下がおっしゃったこと、それは『統帥権』の放棄だった。

 そもそも統帥権というものは明治の遺物である。

 これがあるおかげで軍部は幅をきかせることが出来、内閣は政党政治が確立された今でも軍部に大きなことは言えない。

 おまけに軍令、つまり実動部隊に対する命令に内閣は指一本触れることは出来ない。

 本来そのようなことは政府が一括管理するのが望ましい。


 少なくとも軍部、特に陸軍は衝撃を受けたようだった。

 あの放送は実は陛下ではなく別の人間がやったのでは、といったばかげた話まで出てくる始末だ。

 もっとも陛下の声を聞いたことがあるという人間は、ほんの一握りに過ぎないのだから仕方がないといえば仕方ないが。


 さて天皇陛下がこの決断をなさった理由に軍の暴走がある。

 最高司令官に何の断りもなく、しかも非道なことをした軍に陛下は大きな不信感を抱いていた。

 満州事変は結果的に丸くおさまったから良いものの、先の二・二六事件はもはや話にならない。

 一国の軍は一国の政府に服従するのが良い。そのためには統帥権を政府に渡せば良い……とお考えになったようだ。

 これは後に当時侍従だった人物が執筆した本にも書かれている。



 一九三三年九月一五日。

 この日憲法改正の勅令が発せられ、軍の統帥権は正式に政府の手に渡った。

 同時に関連する法律の改正も行われ、軍の組織や権限も大きく変わった。

 具体的には、参謀本部と軍令部がそれぞれ陸軍省と海軍省の傘下に入り、それに伴う組織改変が行われた。

 また陸海軍各大臣はそれぞれ陸海軍の総司令官を兼ねることになり、参謀総長と軍令部総長の地位は有事の時に限り第二位と決められた。ちなみに平時においては次官が第二位になる。

 師団長の権限も天皇直属でなくなったため、今までに比べかなり制限された。


 後に『昭和八年の政変』という名前がつくほどの重大事件も、天皇絶対の体制であるためにこれといった混乱もなく終わった。



 さて一九三三年といえば、例の建艦制限はすでに切れている。

 といってもこの一年間に建造されたのは駆逐艦以下の小型艦艇で、しかも竣工した艦はまだ少数だった。

 帝国海軍の近代化はこれからである。


 すでに新型艦艇の設計図は描かれ……細かいところは既存の艦艇や竣工したばかりの実験艦の実験データ待ちだが……各地の造船所は起工を今か今かと心待ちにしていた。

 これから建造される艦艇は電気溶接を多用し、リベットは極力使わないことになっていた。

 そのほうが重量が軽減され、その分を他の装備に回せるからである。

 さらに工場で部品をある程度組み立てから建造するブロック工法を多用することにより、工期の短縮や建造費用の削減が可能になった。

 三年間研究や実験を繰り返してきたからこんなことが出来る。


 少なくともこの時点での日本の技術力は史実のそれより、良いことは間違いない。

 東京には地下鉄が……史実もらしいが……何本もひかれ、神奈川県の日吉には大防空壕と共に連合艦隊総司令部が建設されている。

 鎮守府や基地航空隊まで監督範囲を拡げた連合艦隊の総司令部は、いくらなんでも戦艦『信濃』には載りきらないのである。



 さてそんな中、中華民国にばらまいてあるスパイ達から良からぬ情報が入ってきていた。


 『満州侵攻作戦』を実行するらしい……という情報である。



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