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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第八章 其々の思惑、帝都を襲う脅威
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四四 帝国総合航空本部

 一九四二年四月七日。

 帝都東京の南部、東京湾に面した羽田飛行場の隣に鉄筋コンクリート製の五階建てのビルが建っていた。

 そのビルを囲う塀の上部には鉄条網が張られ、入り口にはを東京憲兵隊所属の憲兵が四名、周囲にどこか近寄りがたい雰囲気を振りまきながら立っており、敷地内には海軍陸戦隊の塗装を施された装甲車両が何台か止まっていて、ちょっと見ただけで超重要な施設と分かる。

 そしてそこから、わずかに二〇〇メートル程離れた所に建つ似たような建物から、三台の黒塗りの四輪自動車が走って来て、厳重な警備が敷かれている入り口の前でいったん停止した。

 すると憲兵達は何の躊躇も無く門を開け、敬礼して三台の車を見送った。

 三台目の車が門内に入ると、すぐに門は閉められ、詰所の中にいた憲兵は電話を手にとり口を開いた。

 「井上特空軍長官以下一一名、ただいま到着されました」

 “本土防空特別航空軍司令部”から二〇〇メートル離れた所にあるこの施設。門の脇に掲げられた看板には“帝国総合航空本部”とあった。



 「さて、皆さんお集まりのようですな」

 航空本部内のとある会議室に於いて、会議に参加すべく集まった面々を前に、本部長を務める沢本頼雄海軍中将が口火を切った。


 “帝国総合航空本部”は満中戦争直後に設立された“陸海軍共同航空本部”を改編し、その権限を強化し大日本帝国軍のトップである“帝国総合作戦本部”の直轄組織である。

 ここで補足説明を一つ。事実上内閣が統帥権を持つこの世界において、帝国陸海軍は内閣総理大臣の指揮下にある。

 ただしそれは平和な時の話。戦時中では陸海軍省の上にこの“作戦本部”が置かれ、全軍を統轄するシステムになっている。

 もっとも、内閣総理大臣と作戦本部長は原則、同一人物ではあるが。

 さて“航空本部”は文字通り、帝国陸軍航空隊と帝国海軍航空隊を監督し、両航空隊の編成や教育等、帝国陸海軍の航空行政全てに関わっている。

 ちなみに、後々この組織が基となって“帝国空軍省”になるのだが、まだこの時点では“作戦本部”直轄の地位に位置しているとは言え、何ら命令を下す権利は持っていない。だから命令を下すのはあくまでも陸海軍省である。


 「いまさら言うまでもないことだが、今日わざわざお集まり頂いたのは一昨日の帝都防空戦について、また開戦から五ヶ月が経とうとしていますが、これまでに数多くの問題点が出ていると思います。それをこれから繰り返すわけにはいきませんので、それらについてご意見等を思う存分言って頂きたい」

 今回の会議の議長役でもある沢本が発言する。

 ちなみにこの会議の参加者は陸海軍の前線における指揮官、その他行政機関、民間を問わず多数にのぼっている。

 具体的にその一部あげると、

 帝国陸軍からは南方作戦において作戦行動中の陸軍航空隊の内、フィリピン方面担当の航空第三師団長の菅原道大陸軍中将やマレー、インドネシア方面担当航空第五師団長の小畑英良陸軍中将、実戦部隊から飛行第六二戦隊長の大西洋陸軍中佐や飛行第六四戦隊長の加藤建夫陸軍中佐、その他にも各地の工場の責任者や補給、整備の責任者等が招集されている。

 帝国海軍からは本土防空特別航空軍司令長官の井上成美海軍中将を始め、第二航空艦隊司令長官の草鹿仁一海軍中将、第二機動艦隊司令長官の小澤治三郎海軍中将、第二航空戦隊司令官の山口多聞海軍少将等、実戦部隊から第六〇一海軍航空隊飛行隊長の淵田美津雄海軍中佐や、第三四三海軍航空隊飛行隊長の長峰義郎海軍少佐、そしてやはり工場や補給、整備の責任者達。

 その他の行政機関からは商工省や企画院の役人達。

 民間からは三菱重工業や中島飛行機、愛知航空機、川西航空機、川崎航空機、城北航空機等の軍用機製造会社の技術者達である。


 「ではまず、私から始めさせて頂きます」

 そう言って立ち上がったのは本土防空特別航空軍司令長官として、実戦を指揮したばかりの井上が立ち上がった。

 一昨日、帝都東京を米軍爆撃機から守った張本人である。

 「今回の本土防空戦において、我が軍が勝利出来た理由はやはり戦闘機部隊を的確に目標に誘導出来たから、であると思います。ですから陸上に展開する電探を装備する対空監視部隊と、電探を搭載した哨戒機、それからそれらを統率する指令所を各地の拠点に大至急配備すべきです」

 「しかし、今回は敵が鈍重な爆撃機だけだったから良かったものの、高速高機動の戦闘機を敵が繰り出してきた場合、電探や磁探等の電子機器を大量に積んだ一式大艇では、その速度からして相当の損害が出てしまうのでは?」

 井上の発言に対しこう言った菅原の発言には、この会議のために東京に飛んで帰ってきただけの妙な説得力があった。

 なぜなら彼は、マレー半島において高速の航空部隊を率いてイギリス陸空軍を翻弄していたからで、逆に航空機による奇襲攻撃に敏感になっていたのだ。

 「とは言え、現時点の我が軍には一式大艇以外に、このような任務をこなせる機体はないのではないですか? 特に陸軍には」

 緒戦のマーシャル沖の航空戦以来、まるで出番の無い草鹿が痛い所をつく。

 「……確かに我が陸軍はそのような大型機を持っていませんし、開発計画もありません。……ここだけの話、陸軍上層部は陸軍航空隊を地上作戦の支援目的以外に使う気がないのです」

 半ば自嘲気味に菅原は言った。

 ……基本的に、帝国陸軍は“戦術陸軍”である。

 つまり戦争において重要なことは“個々の戦場で勝利を得ること”とされており、戦略的にどうであるなどということにこれと言った関心が無いのだ。

 満中戦争では、敵軍の物資の集積拠点であった唐山や、主要都市である北京に戦略的な空襲をしたことはあるが、あれはあくまでも帝国海軍の作戦にひきずられてやったのであり、陸軍自身が率先してやろうとしたわけではなかった。

 当たり前だがこの発想はそのまま航空機の開発にも当てはめられ、陸軍航空本部は戦略的な任務を持った航空機を開発しようとはしなかった。

 陸海軍が同一機種を使うこの世界でもこの点に代わりは無く、適当な例をあげるなら、双発でどちらかと言えば戦術的な、一式重爆撃機“呑龍”及び陸上攻撃機“泰山”の後継機の開発は陸海軍共同だが、四発の戦略爆撃機は今の所海軍の単独開発になっている。

 「それについてですが先日、陸軍航空隊の塔乗員の養成について陸軍省に出向いたのですが、にべもなく断られてしまいました」

 と苦笑いを浮かべながら言ったのは議長役の沢本であった。


 帝国海軍は約三年程前から対米戦とそれに伴う総力戦を意識し、また空母機動部隊の大拡充に備えるため、従来の塔乗員養成システムを改めていた。

 具体的にはまず、実戦部隊の指揮官となる尉官クラスの塔乗員を育てる“海軍航空学校”の設立があげられる。

 海軍兵学校を卒業し海軍少尉に任官した新米士官達は、“海軍砲術学校普通科”と“海軍水雷学校普通科”にそれぞれ半年ずつ計一年間在籍し、その後実戦部隊や別の術科学校に入学することになっていたが、新たに士官搭乗員を目指す者に対応するため“海軍航空学校”が設立され、彼等はさらに一年間ここで学ぶこととなる。

 航空学校に入学した生徒はまず最初の七ヶ月の間に、中間練習機をそれなりに操れるだけの技能と、実戦の空に於ける指揮官としての心構え、その他士官搭乗員として必要かつ兵学校ではやっていない座学をみっちりと叩き込まれ、残りの五ヶ月は戦闘機や攻撃機、偵察機等を選んでさらに専門的な知識と技能を身に付けていく。

 その後各地の練習航空隊に身を移してさらに技能を磨き、航空隊毎に行われる操縦試験を突破した者から、晴れて実戦部隊へと配属が決まっていく。……当然、希望する機種や母艦航空隊か基地航空隊のどちらを目指すかによってその期間は変わってくる。

 このいわゆる“普通科”の他にも、中堅士官……大尉、少佐級……を対象とした“高等科”や、下士官搭乗員を養成する“予科”、航空隊の裏方である航空機整備術を学ぶ整備科がある。

 “高等科”は海軍大学校への入学が叶わなかった者のスキルアップを図り、少なくともここを修了しないと航空参謀や飛行隊長にはなれないシステムになっている。

 “予科”はさらに“予科甲種”“予科乙種”に分けられ、前者は“海軍飛行予科練習生甲種”と“同乙種”を統合したものであり、後者は“海軍操縦練習生”を改編したものだ。

 “整備科”もまた、整備兵からの叩き上げと海軍予備学生を対象とし、整備科の下士官を養成する“甲種”と整備兵を一から養成する“乙種”に分けられる。

 ……当たり前だが、“海軍航空学校”は帝国海軍の術科学校の中でも随一の規模を誇る巨大組織となり、千葉県成田町に新設された海軍成田飛行場に隣接する本校だけでは、“予科”と“整備科”全てをさばくことなど出来るはずも無く、各地に分校が設立されている。

 それに合わせて航空学校や各地の練習航空隊には、機体の色が橙色であるため赤とんぼと呼ばれる、九三式中間練習機や九〇式機上作業練習機の追加生産や、零戦を副座にした零式戦闘練習機の生産が開始されていた。

 また、練習航空隊にはその他にも一世代前の機体ということで旧式化し前線から退いた、九六式艦上戦闘機や九八式艦上爆撃機、九六式艦上爆撃機、九六式陸上攻撃機、九四式水上偵察機、九一式飛行艇といった機体が配置され、一世代前の九二式艦上攻撃機が古すぎるために練習航空隊向けの九六式艦上攻撃機の生産も始まっていた。

 そしてこれだけの人数の塔乗員をいっぺんに養成するために、帝国海軍はそれまでの一人の教官に数人の生徒がつく少数精鋭主義を捨てて、一人の教官に数一〇人の生徒をつける方式を採用した。

 いざ実戦となったとき、抜群の技量を持つ一〇人と、ある程度平均的な技量を持つ一〇〇人のどちらが良いか、答えは明らかだろう。


 さて、話を戻そう。

 沢本が帝国陸軍に提案したことを一言で要約すると「陸軍も海軍のような塔乗員養成法を採用しませんか?」ということになる。

 ところが、そんな提案に対する陸軍の返事はいたって簡潔なものだった。曰く「陸軍航空隊のことは陸軍で決める」

 ここから分かるように、総合航空本部の弱点は最終的な決定権を持たない点であろう。

 「……おまけに陸軍航空本部長の土肥原大将には面会も出来ない始末でして……まぁ彼がフィリピンの視察に出向いてしまった時に訪ねた我々のタイミングが悪かっただけですが」

 「それは本当ですか?」

 どこか自嘲的にそう言った沢本に対し、小畑が当惑の表情を浮かべながら尋ねる。

 「……え、えぇ」

 「そ、そんなはずはありません! なぜなら私は二時間前にフィリピンから着いたばかり、つまりつい先程まで当地にいたのです。しかし土肥原大将がフィリピンにいるなどという話はありませんでした。無論、聞いたこともありません」

 「それが事実とすれば……」

 「いえ、事実に違いありません!」

 山口の発言を大胆にも遮って、中島飛行機の技師である小山悌が立ち上がる。

 「なぜなら、私達はこの会議が終わり次第、陸軍省に出向いて土肥原大将に面会することになっていましたので……」

 「その通りです。それに今日この日を指定してきたのも土肥原大将本人です」

 明らかに動揺した声色で、川崎航空機の土井武夫技師が繋ぐ。

 「……間違いありませんか?」

 「はい、航空機搭載の七,七ミリ機銃について話し合うことになっていました」

 史実では、航空機銃の口径はたとえその数値が同じでも、陸海軍間で弾薬の相互使用が出来ないという、何とも不可解な事態が起きていた。

 この物語の世界の軍用機に広く採用されている九九式一二,七ミリ機銃は帝国陸軍のオリジナルであるため、一二,七ミリに関しては問題無かったが、それ以前の七,七ミリに関しては相変わらず相互使用は出来ず、補給の面で大きな問題を起こしていたのだ。

 「と、とりあえず落ち着きましょう」

 騒ぎの発端である沢本が呼びかける。

 「土肥原大将が居留守という行動に出た理由を検証するのは、作戦本部の監察官達にに任せるとして、本来すべき議論を続けましょう」


 そう議論することは山ほどあるのだ。全てを書くことは不可能なので、代表的なものをあげる。

 冒頭に出てきて忘れかけられているが、まず対空監視電探や電探装備の哨戒機を基幹とする、早期警戒システムの確立について。

 機上電探のサイズの問題から、哨戒機にはいささか鈍重な一式大型飛行艇を使い続けなければならないが、エンジンの馬力を強化することにより当面は乗り切ることになった。

 次に燃料の問題。同じガソリンも陸海軍でそのオクタン価に微妙な違いがある。無論、無理に統一する必要はないが、補給の面からはやはり統一したほうが良いという意見が大勢を占めた。

 そして陸海軍機それぞれの操縦方法の違いについて。一例をあげるとエンジンをふかすとき、フランスを手本にした陸軍機はスロットルレバーを手前に引き、イギリスを手本にした海軍機は前に押す。工場側から早期に統一することが求められた。

 工場や生産ラインによって、機体の仕上がりが微妙に違うという問題には、現場の整備担当者が苦言を呈した。史実のように前線でヤスリがけをしてサイズを合わせたり、三菱が開発した零戦を生産を請け負った中島が勝手に改造したり……といったことは幸いにも起きていなかったが、それに近いようなことは起きていた。航空機会社や陸海軍の工場の責任者達は、設計図に忠実に機体を作ることを改めて確認した。

 新型機の開発について。この世界では史実に比べて誉エンジンや排気タービンの開発がかなり早く進んでおり、それらを使った新型機の開発状況等を話す技術者達の話に、前線の塔乗員達は皆身を乗り出して聞きいった。

 最後に商工省や企画院の役人達から、南方からの物資の輸送、配分計画の案が示され、会議はお開きとなった。


 「……ところで本部長。土肥原大将の代わりに誰とお会いになったのですか?」

 参加者達が退室するなか、ある意味どうでも良い疑問を解決すべく、小澤が沢本に尋ねた。

 「あぁ、参謀総長の、東条英機大将だよ」


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