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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第一章 変わりゆく帝国
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四 ロンドン海軍軍縮会議


 「それにしても、意外な話でしたな」

 宮城内のとある待機室で、ちょうど今天皇陛下に拝謁してきた宇垣一成陸軍大臣が、ボソッと呟くように言った。

 「確かに」

 財部彪海軍大臣が答える。

 「しかし、これはこれで良かったのでは? おそらくもうこの件に反対するような者はいないでしょうから」

 と案内役を務めた侍従武官の今村信次郎海軍少将がつなぐ。

 「侍従武官の言う通りだ。恐れおおくも陛下のお言葉を受けたからには、早急に手を打たなければならない」

 総理大臣の後藤新一郎が言うと、あとの三人は小さくうなずいた。


 さて宮中で何があったのか。

 少し話を戻す。


 突然呼び出しを受けた三人は、何事かと疑問に思いながらそれぞれ車に乗り込んで宮中へ向かった。

 この疑問は宮中についてから、そして陛下の拝謁を受けてその第一声を聞いてもまだわからなかった。

 三人の謎を解いたのは、陛下がおっしゃられたこの言葉だった。

 「朕は戦争ほど帝国を誤らせ、荒廃させるものはないと考えている。しかし最近の、特にこのあいだの満州派遣軍の一件、軍部は少し強大化し過ぎているのではないか?」

 確かにこの時点の帝国陸軍は二一個師団を抱え、帝国海軍は一四隻の戦艦と八隻の空母を抱えている。

 「そこで三人とも、我が帝国もそろそろ抜本的な軍縮の時期にきているのではないか?」

 ここで三人は非常に驚き、ほんの一瞬陛下の御前であるにもかかわらず、固まってしまった。

 なにしろ陛下自らそんなことをおっしゃるとは、普通想像もつかない。

 確かに政府としては余分な軍備を削減して、浮いた資金を世界恐慌にはまった日本経済を建て直すために使いたいと思っていた。

 しかし『統帥権』を掲げて軍部が猛反対してくるのは目にみえているため、政府も言い出せずにいた。

 ところが、その『統帥権』の保持者である陛下自ら軍縮を行うようにと発言したからには、政府も何の心配もせずにすむ。

 後藤、宇垣、財部の三人は急いで総理官邸に戻って軍部のお偉方に至急集まるよう電報を発した。

 集まった関係者……参謀総長や第一艦隊司令長官等……は後藤から陛下のお言葉を聞くと、やはりまず驚いた。

 しかし彼らに反抗する権限はない。

 例の今原繁陸軍中将でさえ、勅書を送られ叱責されると萎縮してしまっている。

 ちなみに彼は陸軍軍法会議にかけられ、一年後に終身刑を言い渡されている。


 五日に及ぶ長い議論の末、ある程度の結論が出た。

 これ等の情報は政府の方針で早速翌日の朝刊に載った。

 ところで、なぜ日本政府がこうも情報を一般に公開するのかというと、始まりは『日比谷焼打事件』までさかのぼる。

 つまり日露戦争のおり、観戦武官にはともかく国内に対する情報公開の不徹底さから、国民に講和条約の内容に不満を持たせてしまった経験があるわけである。

 ……閑話休題


 さて新聞に載った軍縮の暫定計画の内容はというと、

 帝国陸軍は師団数を極力減らし一六個師団(内二個師団は朝鮮人部隊、二個師団は航空師団)とする。そして今まで歩兵一個師団あたり四個あった歩兵連隊を三個に減らして、なおいっそうの人員削減を図る。ただし、いざという時のためにいわゆる“職業軍人”である下士官や士官は減らさずに、平時編成は指揮官過剰な編成とする。

 帝国海軍は旧式艦の破棄、向こう三年間の艦艇の建造を凍結。

 という内容だった。

 しかし相変わらず政府も全てを公表したわけではなかった。

 いや正確には発表しなかったというべきか。

 実は帝国陸軍は、ただ減らすだけではなく新しい部隊をひっそりと誕生させていたのだ。

 まず戦車第一旅団。

 文字通り帝国陸軍初の戦車等の機甲兵器を主兵装とする部隊である。

 次に機動歩兵第一旅団。

 これは装甲車や装甲トラックを保有し機関銃を大量に装備した機械化部隊である。

 ちなみに三年後上記の二部隊は統合して、二個の機甲師団を編成している。

 他にも第一強襲上陸連隊や機動輸送連隊など、後々活躍することになる近代的な部隊が世界に先駆けて設立された。

 また兵器の開発も行われ、これは後に史実よりも性能が遥かに良い戦車等の誕生につながることになる。


 帝国海軍は艦艇の建造は中止されたが、航空機はじめその他の兵器の開発は自由である。

 この三年間に海軍航空隊はちまちまとその規模を拡大させ、後の帝国空軍設立の礎をきづいている。

 またそ、の他にも空母用カタパルトの研究やエンジン、対空兵器、無線設備、新型艦艇等の研究にいそしんでいる。

 あの大和型戦艦の設計図もこの頃描かれ、一〇年近い歳月をかけて成熟されることになる。

 さてその大和型戦艦。

 この物語では一九四二年に竣工する艦の設計図が、なぜもう描かれているのかというと、帝国海軍の当初の予定では一九三五~三六年にかけて、大和型戦艦二隻と改飛龍型空母二隻を竣工させるはずだったのだ。

 しかしこの計画が潰れる出来事が起こった。

 “ロンドン海軍軍縮会議”である。



 一九三一年四月二九日。イギリス、ロンドン。

 ここに米、英、日、仏、伊という俗に“世界五大海軍国”と呼ばれる国々の海軍関係者や外務省職員が集まっていた。

 会議の議長国イギリスは、ある危機感を抱きながらこの会議を主催している。

 すなわち、太陽の沈まない大英帝国の栄光はどこえやら、植民地の多さこそ世界一で現実問題太陽は沈まないの、だがその植民地を支える世界最強の大海軍として“ロイヤルネイビー”と呼ばれた英国海軍は、少なくとも最強ではなくなっている。

 特に合衆国海軍のダニエルズ・プラン、いわゆる三年艦隊計画が悩みの種である。

 巡洋戦艦が六隻、戦艦が一〇隻の新造……という計画だったダニエルズ・プランだが、いつのまにやら一二隻ずつの大計画と化していたのだ。

 さすがに空母や巡洋艦、駆逐艦といったほうは建造が追いついていないが、いずれ追いつくことは目に見えていた。 

 ……アメリカにこれ以上海軍を拡張されては英国海軍の権威は地に落ちてしまう。そうだ、軍縮だ、それがいいな。早速呼び出そうじゃないか……という具合である。

 そんなアメリカもバカではない。むしろ頭が切れるといったほうが適切である。英国海軍の目的は察してはいる。かといって出ない訳にはいかない。いくら合衆国海軍の規模が世界一で有ろうとも、第二位と第三位は英国海軍とその弟子の帝国海軍である。

 さすがにいっぺんにこの二つの海軍を敵には回せない。

  といった前提のもと、

 財務省は、「軍縮万歳! いくらなんでも軍事費が多すぎる。この不景気の時代だからこそ軍事費を抑え、民生面に回すべきだ」

 海軍省は、「何を言うか! 今は無理でもいずれ英国海軍と帝国海軍が束になってかかってきても勝てる海軍を造るのだ! その時こそ我が合衆国が世界の覇権を握る時だ!」

 というふうに二つに別れて争っていた。

 しかし時の大統領ハーヴァード・フーバーは結局、ロンドン軍縮会議に代表団を派遣した。

 本当は海軍をもっと拡張したい大統領であっても、未曾有の不景気にあってこの“消費のない生産”をこれ以上続ける訳にはいかなかった。

 まだ恐慌から立ち直っていないし、彼自身の政策で世界経済はさらにおかしくなっているのだから、削れるところは全て削らなければならない。


 そんな訳で会議は始まった。

 まずはいたって事務的なことから始まった。戦艦や巡洋艦といった艦種の定義を正式に定めたのである。

 一部の国では巡洋艦のつもりだった艦が戦艦になったりと色々あったが、とりあえず平和に終わった。が、問題はここからである。


 英国海軍が主張したのは、主力艦の保有枠である。

 具体的には英国海軍の総保有枠を五(基準排水量合計六〇万トン)としたときの他の国の比率である。

 米:英:日:仏:伊の順番で五:五:五:二:二という比率を英国は主張し、日本もそれにならった。

 仏伊の二国は少なくとも反対はしなかった。

 なぜなら、伊国海軍は地中海の覇権を握れればそれで良いという考えだから、二四万トンあれば英国海軍や仏国海軍の地中海艦隊に充分対抗出来る。

 仏国海軍はドイツ海軍が貧弱である今、やはり地中海艦隊を強化すれば良いし、植民地海軍の主力は巡洋艦で充分という考えだから問題無い。

 帝国海軍は合衆国海軍に対抗する都合上、大艦隊を保有しなければならないが、ツーパワー・スタンダード……世界第二位と三位の海軍を合わせた大きさの海軍を保有する……を何とか維持したい英国海軍の苦肉の策によって、六〇万トンという国力無視の破格の保有枠を得たが、前にも述べた通り大和型戦艦の起工は……どちらかというと予算の都合上と帝国海軍内の派閥争いで延期された。

 英国海軍は先の大戦で、ドイツ飛行船部隊にロンドンを空襲されるなど、相当の打撃を被ったため、財政難からN3型戦艦やG3型巡洋戦艦が建造中止になるなど戦後建造された主力艦は少ない。

 しかしそれでも新設計のネルソン級を始め、リヴェンジ、クイーン・エリザベス各級戦艦計一二隻や「レパルス」「レナウン」「フッド」「タイガー」、ライオン級三隻の七隻の巡洋戦艦、「カレイジャス」や「イーグル」といった空母六隻を保有している。

 とは言え無論六〇万トンの枠内には収まりきらないから、結果的に巡洋戦艦四隻が廃艦処分になっている。

 さて問題の合衆国海軍は、最初この案は蹴るつもりだった。

 この時点の合衆国海軍の空母陣には、合衆国初の空母である「ラングレイ」に、レキシントン級航空母艦が無い代わりに名前を先取りしたヨークタウン級が四隻と、五隻の艦しかいなかった。

 無論この五隻は外せない……いくら大鑑巨砲主義でも帝国海軍の空母増産計画には対抗しなければならない……から戦艦を削ることになる。

 そんな話を受け入れられるはずがない。

 しかし、合衆国海軍省も財政難には勝てなかった。

 結局、合衆国海軍が保有し続けることが認められたのは、先の空母五隻とテネシー級戦艦二隻、コロラド級戦艦四隻、レキシントン級巡洋戦艦六隻、サウスダコタ級戦艦から「サウスカロライナ」ただ一隻、というものであり何とも悲しい結果になってしまった。


 ところで、イギリスはこの段階で条約を締結して、お開きにするつもりだった。

 ところが、ここで待ったを入れてきた国があった。

 イギリスの同盟国、大日本帝国である。

 日本が主張したのは、補助艦にも保有枠を設けるという件だった。

 当然アメリカは猛反対した。補助艦まで削られてはえらいことになる。

 しかしイギリスが消極的賛成の立場に、仏伊も積極的賛成の立場になった為アメリカも結局同意せざるを得なくなった。

 内容は米:英:日:仏:伊の順番で、まず重巡洋艦の保有比率が一〇:一〇:一〇:七:五、ただし一五万トンを一〇とする。

 軽巡洋艦が一〇:一二:九:九:七、ただし二〇万トンを一〇とする。

 駆逐艦が一二:一二:一〇:八:七、ただし一五万トンを一〇とする。

 潜水艦が一〇:一〇:一〇:七:四、ただし五万トンを一〇とする。

 という具合である。ただしそれぞれ、旧式艦の廃棄に伴う代艦建造は、他国への事前通告を条件に許可されている。


 そして五月二三日。

 約一ヶ月に及んだ軍縮会議もこの日、各国全権が条約にサインして終了した。

 このロンドン海軍軍縮条約の期限は一〇年と決められた。つまり一九四一年までである。

 それ以前に戦争状態に入っていた英仏伊はともかく、日米はこのあいだ長い“海軍休日”に入ることになる。

 この条約に対して、帝国海軍内からは史実のような反対運動は起こらなかった。

 なぜなら、保有枠が米英とほぼ同等であることに加え、八八艦隊計画が白紙になったときに当時の海軍大臣であった加藤友三郎海軍大将が、決戦兵器を揃える前に人材を揃えそして補助兵器を揃えよ、という海軍史に残る演説をしていたからである。



 そんな海軍軍縮条約が締結された頃、財政政策だけ立憲政友会の政策を踏襲した立憲民政党政権である後藤内閣の財政再建政策は軌道に乗りつつあった。

 中でも特筆される政策として、“朝鮮自治政府”の設立がある。

 そもそも朝鮮半島は大陸進出のための基地としての役割を持っていたが、満州国が誕生したことによりその目標もほぼ達成されたと日本政府は見ていた。

 ならば激しい独立運動を抑える為に膨大な資金を注ぎ込むより、あくまで日本の勢力下に置いたうえで独立させたほうが良いということである。

 これにともない、日本から朝鮮の王族が帰国し五年後の“大韓帝国”樹立にむけて動きだした。

 またこの時、帝国陸軍の朝鮮人部隊である第二一及び二二師団が朝鮮自治政府に移管され、朝鮮陸上警備軍第一及び第二師団になっている。

 その他にも帝国海軍の朝鮮駐在艦隊が朝鮮海上警備軍第一艦隊になり、日本の政府機関も次々に朝鮮自治政府にその権限を移管していった。

 さらに満州事変の折に重要かつ余計な役割をはたした帝国陸軍朝鮮軍は規模を縮小し、朝鮮駐屯軍……実質は一個師団……になった。


 無論このような後藤内閣の政策に反対する者もいる。

 政権与党である立憲民政党は、どちらかというと都市に住まう者達が支持基盤であるが、それ故に優先順位の下げられる地方……農村出身の陸軍青年将校や農村部の青年活動家達といった、良く言えば理想に燃えた、悪く言えば身勝手な連中の不満を呼び覚ますのだ。

 後に彼らは後藤内閣、つまり日本政府に対して反乱を起こすことになる。



 ―ロンドン海軍軍縮条約下における世界五大海軍国の保有主力艦一覧―

 ・アメリカ合衆国海軍

  ・レキシントン級巡洋戦艦:六隻……「レキシントン」「サラトガ」「コンステレーション」「レンジャー」「コンスティテューション」「ユナイテッド・ステーツ」

  ・テネシー級戦艦:二隻……「テネシー」「カリフォルニア」

  ・コロラド級戦艦:四隻……「コロラド」「メリーランド 」「ウェストバージニア」「ワシントン」

  ・サウスダコタ級戦艦:一隻……「サウスカロライナ」

  ・ラングレイ級航空母艦:一隻……「ラングレイ」

  ・ヨークタウン級航空母艦:……「ヨークタウン」「エンタープライズ」「ホーネット」「トレントン」

 ・大英帝国海軍

  ・レナウン級巡洋戦艦:二隻……「レナウン」「リパルス」

  ・フッド級巡洋戦艦:一隻……「フッド」

  ・クイーン・エリザベス級戦艦:五隻……「クイーン・エリザベス」「ウォースパイト」「バーラム」「ヴァリアント」「マレーヤ」

  ・リヴェンジ級戦艦:五隻……「リヴェンジ」「レゾリューション」「ラミリーズ」「ロイヤル・サブリン」「ロイヤル・オーク」

  ・ネルソン級戦艦:二隻……「ネルソン」「ロドニー」

  ・アーガス級航空母艦:一隻……「アーガス」

  ・フューリアス級航空母艦:一隻……「フューリアス」

  ・グローリアス級航空母艦:二隻……「グローリアス」「カレイジャス」

  ・イーグル級航空母艦:一隻……「イーグル」

  ・ハーミーズ級航空母艦:一隻……「ハーミーズ」

 ・大日本帝国海軍

  ・天城型戦艦:四隻……「天城」「日高」「阿蘇」「丹沢」

  ・信濃型戦艦:四隻……「信濃」「三河」「出雲」「越前」

  ・伊勢型戦艦:「伊勢」「日向」

  ・鳳翔型航空母艦:一隻……「鳳翔」

  ・翔鶴型航空母艦:二隻……「翔鶴」「瑞鶴」

  ・松島型航空母艦:三隻……「松島」「橋立」「厳島」

  ・飛龍型航空母艦:二隻……「飛龍」「翔龍」

 ・フランス共和国海軍

  ・プロヴァンス級戦艦:三隻……「プロヴァンス」「ブルターニュ」「ロレーヌ」

  ・ノルマンディー級戦艦:五隻……「ノルマンディー」「ラングドック」「フランドル」「ガスコーニュ」「ベアルン」

 ・イタリア王国海軍

  ・コンテ・ディ・カブール級戦艦:三隻……「コンテ・ディ・カブール」「カイオ・ジュリオ・チェザーレ」「レオナルド・ダ・ヴィンチ」

  ・カイオ・ドゥイリオ級戦艦:二隻……「カイオ・ドゥイリオ」「アンドレア・ドリア」


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