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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第七章 同盟国の裏切り
35/113

三五 戦艦『大和』咆哮す



 一九四二年一月一二日、午前六時。

 この時点で、英国海軍東洋艦隊は度重なる帝国海軍の嫌がらせともいえる攻撃を受けて、その戦力を大きく落としていた。


 具体的に東洋艦隊の残存艦艇を列挙すると以下のようになる。

 戦艦……『プリンス・オブ・ウェールズ』『マレーヤ』

 巡洋戦艦……『レパルス』

 重巡……『ドーセットシャー』

 軽巡……二隻

 駆逐艦……四隻

 輸送船……五隻


 無論、ただ数が減っているだけではない。

 ほとんど、というより全ての艦艇の対空火器はズタボロの状態であり、特に『マレーヤ』は二本の航空魚雷を受けて速力が一五ノットに低下し、『レパルス』にいたっては六門ある主砲のうち四門が使用不能になっている。

 普通なら引き上げるところだが、それぞれの艦長はそれを拒否した。

 彼等はその理由をあえて言わなかったが、東洋艦隊司令長官のトーマス・フィリップス海軍大将もあえて問わなかった。

 このような状況に陥ってしまった以上、たとえルソン島にたどり着くことが出来たとしても、無事にシンガポールに帰れる保証はどこにもない。

 『レパルス』と『マレーヤ』はもしも攻撃を受けたときに、自ら前進して被害担当艦になるつもりだった。フィリップスはそんな艦長達の無言の覚悟を感じとったのだ。

 とは言え、フィリップスはある程度の希望を持っていた。

 目的地であるルソン島のキャビテ軍港まではあと八〇キロ程であり、三時間もあれば到達出来るのだ。

 懸念されていた潜水艦による夜間襲撃にあうこともなく、前日の帝国海軍第一航空艦隊による空襲も、第六次攻撃隊が去ってからは何も無い。

 冬の夜は長く、南シナ海の空はようやく明るくなったというところだ。

 状況が非常に悪いことに変わりはないが、少なくとも絶望的ではないのだ。

 「……これは行けるぞ」

 フィリップスはつぶやいた。

 キャビテ軍港には必死で重油を取り除き、輸送船が何とか入れるだけの隙間を作った友軍が、東洋艦隊の到着をいまかいまかと待ち望んでいる。

 彼等のためにもこのまま進撃を続けなければならない。



 しかし帝国海軍は、指をくわえて東洋艦隊がフィリピンに到着するのを、ただ傍観するなどということをしたりはしなかった。

 このとき、角田覚治海軍少将率いる第三艦隊第一部隊所属の第四航空戦隊からは、すでに零戦四〇、彗星四〇、九六艦攻四〇の、戦爆雷合計一二〇機の攻撃隊が東洋艦隊を目指して南シナ海上空を進撃していた。

 また、西村祥治海軍少将率いる第三艦隊第二部隊はルパング島の西側を北上し、東洋艦隊まで直線距離にして六〇キロの位置につけていた。

 一方で、夜間に手負いの艦艇を抱え、ノロノロと進む東洋艦隊がなぜ潜水艦の襲撃を受けなかったのかと言えば、『潜水艦がいない』からであった。

 ただしこれには語弊がある。

 正確には『その海域に対艦攻撃部隊所属の潜水艦がいない』というところだ。

 帝国海軍における潜水艦部隊である第四艦隊は、この時点では五個潜水戦隊からなっていた。

 第四艦隊の主任務は史実とは違い、偵察と通商破壊であり敵艦隊に接近して魚雷をぶちこむ、といった任務はよほどのことがないかぎりはしない。

 ただし、最新型の伊号九型潜水艦九隻からなる第二潜水戦隊だけは例外で、この部隊のみは敵艦隊に対して積極攻撃を行うためにそれに特化した訓練をしていた。

 そしてその成果は、マーシャル沖の航空戦に破れ、引き上げるハルゼー艦隊に対しておおいに発揮された。

 しかしその第二潜水戦隊は今、内地で休養中であり、突然の英国参戦により南シナ海に急遽配置された第四潜水戦隊は、伊号と呂号を合わせて一八隻もの潜水艦を持っているが、艦隊に対する攻撃訓練などはあまりしていない。

 そこを考慮した第四艦隊司令長官の清水光美海軍中将は、これらの潜水艦を偵察と待ち伏せ攻撃に活用することにした。

 つまり、電探を取り付けた伊号潜水艦に東洋艦隊を追尾させ、残りの潜水艦でシンガポールに帰ってくる艦艇に待ち伏せるというわけだ。

 だから『進撃中』の艦隊が攻撃を受けることはないのだ。



 「よし、そろそろ水偵を上げよう。それから攻撃体制をとるように」

 「了解しました。艦橋より飛行。観測機発進せよ! ……合戦準備、昼間砲戦に備え!」

 第三艦隊第二部隊の旗艦である、帝国海軍の最新鋭戦艦『大和』の羅針艦橋から、艦長の高柳儀八海軍大佐の命令が各部に伝わると、艦内の空気が一変し乗組員達は途端に忙しくなった。

 艦尾にある水上機整備甲板に二つあるカタパルトに載せられた、二機の零式水上観測機はすでにエンジンが回され暖機運転も済んでいたが、発進準備の命令を受けて整備兵達が最後の点検作業を開始する。

 「通信より艦橋。第二三戦隊から通信! 敵軽快艦艇を駆逐すべく、敵艦隊への突撃の許可を求む」

 「……いや、敵の軽快艦艇の始末は航空機に任せよう……すぐに返電してくれ」

 「了解です」

 第二三戦隊は酸素魚雷を装備した朝潮型駆逐艦を八隻持つが、水雷戦隊ではなくどちらかといえば護衛戦隊である。一方で朝潮型も専用の護衛艦の数が揃うまでの繋ぎ的な存在という、なんとも微妙な存在なのだ。

 「観測機射出準備完了! ……射出します!」

 二機の零観は油圧カタパルトから勢い良く射出されると、艦隊上空を周回しながら高度を上げ、東洋艦隊に向かって一直線に飛んで行った。


 「主砲射撃指揮所より、一式徹甲弾装填完了、照準なり次第いつでも撃てます!」

 「電測より艦橋。対空電探に感有り! 一〇〇機以上の編隊接近、方位三〇〇、距離九〇海里、速力一七〇ノット、四航戦と思われる!」

 「こいつは調度良いな」

 『大和』艦長、高柳儀八海軍大佐はそう言いながら、戦闘を指揮するべく羅針艦橋を出て昼戦艦橋に向かった。

 「後は任せたぞ」

 戦闘には特に関与しないことにしていた西村が敬礼しながら見送る。

 「対水上電探に感有り! 三隻の大型艦探知しました! 一時の方向、距離三万八〇〇〇、速力一五ノットです!」

 「こちら防空指揮所、敵艦隊視認しました!」

 西村の見送りを受け、高柳が文字通り風のように走って昼戦艦橋にたどり着くと、伝声管を通して東洋艦隊についての情報が次々と入ってきていた。

 「砲術より艦橋。敵艦隊との距離三万七〇〇〇!」

 「大和一番より通信! 友軍航空隊敵艦隊に向け突撃開始。三隻の敵戦艦はキング型を先頭に進み右に舵を切りつつあり」

 「『武蔵』より通信! 敵艦隊はすでに射程内に入っており、主砲射撃の許可を求む」

 「いや、まだ待て」

 高柳は双眼鏡を覗きながら口を開いた。

 「『武蔵』に伝えてくれ。敵戦艦との距離が二万ちょうどになってから砲撃開始だ」

 「……近すぎませんか?」

 たまらず副官が尋ねる。

 「この艦が就役してから日が浅い事を忘れてはならん。いやむしろ浅すぎるのだ。乗員の中には他の戦艦から応援に来た者もいるが……ここは防御力に頼って出来るだけ接近しよう」



 高柳が慎重な作戦を選択していた頃、東洋艦隊は艦載機の空襲を受けて大変なことになっていた。

 まず突っ込んで来た四〇機の零戦は『戦闘』する必要性がないため、落下増槽ではなく二発の六〇キロ爆弾を吊していた。

 そしてこれを特に狙いを定めることもなく、適当にばらまいたのだ。

 しかし八〇発もの『雨』に降られた東洋艦隊は、実害は少ないにしろ少なからず混乱した。

 そこへすかさず五〇〇キロ爆弾を抱えた彗星が次々と急降下し、航空魚雷を抱えた九六艦攻はプロペラで海面を叩かんばかりに高度を下げて、東洋艦隊に飢えた野獣のように襲いかかった。

 反撃のしようがない東洋艦隊の艦艇群は次々に被弾し、目的地を目前にして南シナ海に沈んでいった。

 反撃を受けないだけに第四航空戦隊の攻撃はあっという間に終わり、悠々と編隊を組み直すと、わざわざ『大和』以下第二部隊の上空を一回だけ旋回してから北西の彼方に去って行った。

 「まったく、角田さんもやってくれるなぁ。綺麗に軽快艦艇と輸送船だけ沈めて行きおった」

 第四航空戦隊の艦載機群に向かって帽子を振りながら、高柳は思わず苦笑した。

 つまり、三隻の戦艦は例によって無事? なのである。

 「電測より艦橋。敵戦艦部隊が右に回頭した模様、このまま行くと我が艦隊と反航します」

 「敵先頭艦との距離三万」

 「後は我々の仕事だ」

 そして高柳は、自分にいい聞かせるように静かに言った。


 「敵先頭艦との距離……二万六〇〇〇です!」

 「電測より艦橋。敵戦艦部隊単縦陣のまま右に回頭します!」

 「観測機より通信、敵戦艦部隊速度変わらず、針路二三〇」

 「丁字戦法……でしょうか」

 「おそらくな。速度そのまま、戦隊針路二三〇。同航戦でいくぞ!」

 「取舵一杯! 針路二三〇!」

 航海長が腹の底から声を張り上げる。そして間髪入れずに操舵室で舵が勢い良く左に回される。

 あまりに巨大すぎる『大和』の舵の反応は恐ろしく悪いが、しばらくして艦首を震わせながら左に急回頭を始める。後続する『武蔵』も状況は似たようなものだ。

 「敵艦隊と同航します!」

 「距離は!?」

 「二万三〇〇〇です!」

 「敵一番艦と二番艦増速します!」

 一五ノットで進んでいた三隻の英国戦艦の内、『プリンス・オブ・ウェールズ』と『レパルス』が艦尾に白い泡を盛大に吹き出しながら加速していく。

 「敵さんも非情だな。……まぁ、致し方ないことなのだろうが」

 高柳がつぶやく。被雷した影響から一五ノットが精一杯の『マレーヤ』は味方の戦艦からも置いていかれていくのだ。

 「それにしても……敵の二番艦はどうしたというのでしょう」

 巡洋戦艦『レパルス』の艦橋前に設置された二基の砲塔は見るも無残に破壊され、かろうじて艦橋後ろの一基の砲塔だけが『大和』の方向を向いていた。

 「おおかた、航空機にやられたのだろうな。……敵さんも必死だ。艦長より機関、速力二七、回転制定」

 「了解、速力二七、回転制定」

 『大和』の艦橋前後に二基ずつ設置された四基の四一センチ三連装砲塔は、すでに旋回して砲身をもたげている。

 「艦長より砲術、準備は良いか?」

 「こちら射撃指揮所、あと一分ください!」

 「敵先頭艦より発砲閃光!」

 攻撃開始は東洋艦隊の方が一足早かった。『プリンス・オブ・ウェールズ』の艦橋前後に設置された、三基の四〇,六センチ三連装砲塔のそれぞれ一番砲から火炎が噴きあがる。

 「敵二番艦より発砲閃光!」 

 「こちら射撃指揮所、主砲射撃用意良し!」

 待望の報告が来た瞬間、『大和』の右斜め前五〇〇メートルに三本の巨大な水柱がそそり立った。

 「照準が甘いな……艦長より砲術、砲撃始め!」

 「了解、撃ち方始めッ!」

 砲術長がそう命令を下すと、即座に『大和』の四基の主砲塔のそれぞれ一番砲が唸りを上げ、四発の砲弾が『プリンス・オブ・ウェールズ』目がけて飛び出していった。そして約一〇秒遅れて、後方の『武蔵』も『レパルス』に向かって砲撃を開始した。



 『大和』が砲撃を開始してから約五分。敵味方あわせて五隻の戦艦の艦長たちはそれぞれ焦っていた。

 理由は簡単なもので、要するに命中弾どころか至近弾さえ出ないからであった。

 『大和』と『武蔵』の弾が当たらない理由は、ただ単に乗組員の練度が竣工したてであるがために、たいしたことが無いからであった。いくら帝国海軍の威信を掛けて造り上げた最新鋭戦艦とはいえ、あくまでも使うのは人間である。

 一方で『プリンス・オブ・ウェールズ』と『レパルス』の弾が当たらない理由は、今までに受けた度重なる空襲によって、レーダーや測距儀、観測機等があらかた破壊されており、照準すらままならないからであった。

 ちなみに『マレーヤ』は砲撃戦に参加していない。なぜなら射程外に置いていかれてしまったからである。


 「何と言うことだ……これが帝国海軍と英国海軍の戦艦同士の撃ち合いなのか」

 こめかみに汗をにじませながら、高柳がつぶやいた。

 「こちらの弾着は一回ごとに正確さを増しています! 後数回の射撃で敵艦を捉えられる筈です!」

 傍らの副官が叫ぶ。

 「ならいい……やったか!」

 そのとき、『プリンス・オブ・ウェールズ』の両側にあざやかな真紅の水柱が噴きあがった。遂に『大和』は何回にも及ぶ交互撃ち方の末、狭叉弾を得たのだ。

 「次より一斉撃ち方!」

 砲術長の威勢の良い声が伝声管から響いてくる。

 しばらくして『大和』の一二門の四一センチ砲が凄まじい轟音と共に一斉に火を噴き、一二発の巨弾を撃ち出した。

 数一〇秒の時を経て、『プリンス・オブ・ウェールズ』の周囲を囲むようにいくつもの水柱が吹き上がり、その向こう側に閃光がはしる様子が認められた。

 「後部見張りより艦橋。『武蔵』一斉撃ち方!」 

 良い知らせが立て続けに『大和』の昼戦艦橋に飛び込み、高柳はその顔面に喜色を浮かべた。

 その顔を、『大和』の第二斉射に伴う爆炎が赤く照らし出していた。



 「被害状況報せ!」

 「……予備射撃指揮所全滅! 及び艦尾に被弾!」

 「敵二番艦発砲! 全門射撃です!」

 『プリンス・オブ・ウェールズ』の戦闘艦橋に次々と、悲観的な報告が飛び込んでくる。

 二隻の敵戦艦が両者とも斉射に移行したのに対し、東洋艦隊側はまだ狭叉弾すら得ていない。

 三基ある四〇,六センチ三連装主砲塔は無事でも、レーダーや測距儀、観測機が無い状態では当たり前なのかもしれないが、これは決して英国海軍の最新鋭戦艦のとるべき姿ではない。

 そんなことをフィリップスが一人考えていると、砲撃戦が始まってから三度目となる弾着の衝撃が『プリンス・オブ・ウェールズ』の艦体を大きく揺さぶり、これまでに無い衝撃がフィリップスを襲った。

 「射撃指揮所より報告! 第三主砲塔被弾! 射撃不能です!」

 「『レパルス』より信号! 『我、戦闘不能』」

 二つの報告が戦闘艦橋に響いたとき、フィリップスは自身の頭に一瞬、『降伏』の文字を浮かべ、すぐにそれを打ち消した。

 東洋艦隊はもはや壊滅したと言って良い。

 だが、その東洋艦隊司令長官としてここで生き残るわけにはいかない。

 彼は長官用の椅子に座り直し、静かに目を閉じた。


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