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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第七章 同盟国の裏切り
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三四 戦艦『大和』進撃す



 「山西一番より長峰一番。貴隊の武運を祈る」

 英国海軍東洋艦隊が壮烈な対空戦闘を繰り広げている頃、フィリピンのレイテ島の北東約一〇〇キロの地点で、長峰義郎海軍大尉率いる第三四三海軍航空隊第二戦闘隊は、第三艦隊第二部隊の上空直衛任務に就いていた同航空隊第三戦闘隊からその任務を引き継いだ。

 「感謝する」

 長峰は自分達にかわってレイテ島に向かう第三戦闘隊の隊長、山西真司海軍大尉に返事をしながら、自らが操る雷電の機体を右に傾けて自身の真下に広がる光景をまじまじと見つめた。

 「こりゃ秘密にしたくもなるわなぁ」

 と、一人つぶやく長峰。

 一見すると馬鹿みたいだが、この場合は仕方ないだろう。

 二隻の防空巡洋艦と八隻の駆逐艦に囲まれながら堂々と海上を突き進む二隻の巨艦。

 帝国海軍の最新鋭戦艦、『大和』と『武蔵』である。

 長峰はしばらく二隻の戦艦に見とれていたが、しばらくして本来の任務である上空直衛をするべく機体を操り、器用に艦隊の上空で旋回を始めた。

 「何ていう大きさだ……」

 少し離れた所で、福山和樹海軍一等飛行兵曹はつぶやいた。

 仮にも、というより何でなれたのか良く分からないが、小隊長を務めている彼は三機の部下を後ろに従えながらも、先程までの長峰と同じように機体を傾けて真下を見つめていた。


 ちなみにこの世界の帝国海軍航空隊の戦闘機隊は基本的に、戦闘機が二機で区隊、二個区隊で小隊、四個小隊で中隊、二個中隊で戦闘隊という編成をしている。

 三四三空の場合、三個の戦闘隊からなっており、現時点では九六機の雷電で一個の飛行隊を編成している。

 無論これには例外もあり、中には戦闘隊を編成せずいくつかの中隊だけで飛行隊を編成しているものや、母艦航空隊のように別の機種からなる中隊をまとめて一つの飛行隊を編成するというものもある。


 (信濃型と比べて……どうだろう、少し大きいか。……にしてもやっぱり戦艦の主砲はでかい)

 この物語の世界の大和型戦艦は、『改信濃型』と呼ばれているように、四六センチ砲を積んでいたりはしない。

 というわけで、その主砲は五〇口径四一センチ三連装砲が四基一二門というものである。

 副砲はまったく無く、五〇口径一二,七センチ連装高角砲を片舷九基の合計一八基三六門、三〇ミリ連装対空機銃はそれこそ数え切れないほど設置されている。

 また先代の信濃型のようにその防御力は優秀で、一部には四六センチ砲弾にも耐え得る装甲や、史実の大和型とほぼ同じ規模の巨大なバルジを持っている。

 その代償として排水量は必然的に増して満載ともなれば六万トンは優に越えてしまうが、これも最新型の二〇万馬力以上の出力を発揮するタービンエンジンを積むことで、その最高速度は三一ノットを誇っている。

 一式高射装置や対水上電探に代表される最新機器を搭載し、まさに帝国海軍が持てる技術を総動員して建造した、この時点での世界最大最強戦艦である。


 さて、ここで少し話をそらすが、『最新鋭戦艦には四六センチ主砲を!』という声は無かったのか? ……無論あった。それも関係者のほとんどはそう考えていた。なぜなら『パナマ運河の幅に縛られている米国戦艦の主砲は一六インチ、すなわち四一センチ級が限界だ』という事実は史実通りだからである。

 そんなわけで、最初に描かれた新型戦艦の設計図には四六センチ三連装砲が主砲として採用されていた。

 しかしこの設計図は、ロンドン海軍軍縮条約の締結によりいったん没となる。

 これは前にも述べたがこの条約により、合衆国海軍の戦艦の数が一三隻に抑えられたため、この時期『航空主兵論』に傾きつつあった帝国海軍は、空母の増産を決定した。

 この後建造された大鷹型と飛鷹型の五隻の空母は、ちょうどこれにあたる。

 そして満中戦争の三ヶ月程前から軍縮条約の期限切れに備えて、新たな海軍増強計画が海軍省内で検討され始める。

 アメリカを始めとする列強は、なぜこの戦争を口実に日本が条約を破棄しなかったのか不思議がっていたようだが、理由は単純で建艦計画がまだ整っておらず、大急ぎでまとめたときには戦争は終わっていたのだ。

 もっとも、このおかげかは分からないがこの計画はさらに熟成され、一九三九年八月に『昭和一四年度海軍増強計画』として実行にうつされた。

 大和型戦艦は、蒼龍型空母と並んで計画の目玉とされたが、その姿は当初のものからすると大きく異なるものだった。

 具体的には、当初の大和型は艦隊決戦において圧倒的な強さを発揮することに主眼をおいていたが、この計画における大和型は、時期的にも空母機動部隊が海軍の中心的地位を占めるようになっていたため、何よりも汎用性を求められた。

 すなわち、空母と同伴出来るだけの高速力、艦隊を守る強力な防空能力、敵戦艦と撃ち合える砲撃力、そして防御力……

 大概、このように色々なものを欲しがると失敗するものだが、帝国の威信に賭けて設計した結果、上記のように要求をそれなりに満たした戦艦が出来上がったと言えるだろう。



 話をもとに戻そう。

 三二機の雷電に頭上を守られながら、第三艦隊第二部隊がフィリピンを横切って南シナ海方面に向かおうとしている頃、英国海軍東洋艦隊を襲った帝国海軍の攻撃隊は爆弾や魚雷を使い果たし帰路についていた。

 東洋艦隊司令長官のトーマス・フィリップス海軍大将は、旗艦である戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』の将官艦橋から、北と東に向かって去って行く日本機の群を、悔しそうに見つめていた。

 そんな日本軍の航空機は、ほとんどその数を減らしていない……実際の日本側の喪失、艦戦四、艦爆二、艦攻三、陸攻四……ように見える。

 それに対して、味方の被害は甚大であった。

 まず、虎の子とも言える二隻の空母……『ハーミーズ』と『インドミタブル』……が、それぞれ大量の爆弾と魚雷を受けて沈没してしまった。

 いくら飛行甲板を装甲化しても、魚雷を集中的に喰らってしまえば意味が無いのだ。

 その他の損害は駆逐艦三隻と輸送船三隻が撃沈、重巡『エクゼター』と駆逐艦二隻が大破、戦艦『マレーヤ』が中破、巡洋戦艦『レパルス』と軽巡一隻、輸送船二隻が小破、というものだ。


 「……参謀長、艦隊を再編して被害の大きい艦を引き上げさせよう。そう、沈没艦の乗員も忘れずにな」

 沈痛の面持ちでフィリップスは言う。

 「了解です。……しかし長官、まだ日没まで時間があります。艦載機部隊は、数からして日本艦隊の全力であると思われますが、基地航空隊の方はまだ余力を充分に残しているのでは?」

 「……だから何だね?」

 フィリップスはそっけなく尋ねた。

 「……ですから、ここはシンガポールに引き上げるべきかと」

 「馬鹿な事を言うな。我々がここで引き上げたらフィリピンの友軍はどうなるのだ。第一ここで逃げ出したら、我が東洋艦隊、いや大英帝国の名誉はどうなるのだ!?」

 フィリップスは怒鳴った。

 「……しか……」

 「対空レーダーに感有り! 方位八〇、距離一一〇海里に敵味方不明機探知! 規模は三〇機程度と認む!」

 参謀長は何か言い返そうとしたが、レーダー室からの報告がそれを阻んだ。

 「どうやら君とこれ以上、論議を続ける必要は無くなったようだな。艦隊針路六〇度! 対空戦闘をしつつ針路をルソン島に向けろ!」

 「……長官」


 一〇機ずつの零戦、爆装の泰山、雷装の泰山という合わせて三〇機の第三次攻撃隊は、狙いを前衛を務めている二隻ずつの軽巡と駆逐艦に絞って攻撃を開始した。

 東洋艦隊の各艦艇は先ほどの空襲により、持てる対空火器の数が激減していたが、フィリップスの闘志が乗り移ったかのように必死に弾幕を張って、日本軍機を迎え撃った。

 この反撃により、雷撃体制に入った二機の泰山が相次いで撃墜されたが、零戦隊の正確な機銃掃射を受けて対空火器の数がじわじわと減ってゆき、遂に八機の泰山から魚雷が投下された。

 さらに高度四〇〇〇メートルを悠々と飛んでいた爆装隊からも、合わせて六〇発もの二五〇キロ爆弾が投下された。

 日頃の猛訓練のおかげでそれぞれのタイミングはぴったりで、横からは魚雷、上からは爆弾、どこへ逃げろと!? という世にも恐ろしい同時攻撃である。

 

 結果的に狙われた四隻は全て南シナ海に消えた。

 東洋艦隊はこの事態に、進撃を一時中止して海に投げ出された乗員の救助と、艦隊の再編を大急ぎで開始した。

 どういうわけか攻撃を受けない……流れ弾が二発、至近弾になっただけ……『プリンス・オブ・ウェールズ』の後ろを進む巡洋戦艦『レパルス』の操舵艦橋で、テナント艦長は妙な不安にさいなまれていた。

 「艦長、本艦の被害状況がまとまりましたのでご報告します」

 副長の声にもあまり反応しない。だが副長は構わず話始めた。

 「まず左舷後方に至近弾二発です。また敵戦闘機の機銃掃射により、艦尾の対空機銃やポムポム砲は軒並み使用不能となりました。しかし戦闘航海に問題はありません」

 「……そうか、分かった」

 艦長はそれだけ言うと目をつぶり腕を組んだ。

 彼の不安の種は、例によって帝国海軍の不可解な行動である。

 といっても、第一航空艦隊からの第二次と第三次攻撃隊が行った双発機による雷撃、といったことではない。

 (初めの空襲で空母に総攻撃をかけたことは理解出来る。……しかし今回の目的は何なのだ? なぜ軽巡と駆逐艦を狙ったのだ?)

 この世界の海軍関係者の大多数が考えているように、彼も停泊中ならともかく戦闘行動中の戦艦を航空攻撃のみで沈めることは不可能であると思っている。

 しかし、損傷を与えることなら出来るはずだ。

 (日本軍は我々がフィリピンに物資を届けることを何が何でも防ぎたいはず……だったら艦隊の中心である戦艦に手傷を負わせて、艦隊そのものを引き上げさせるのが妥当な作戦ではないか?)

 それがウェーク島沖海戦の影響で、手持ちの戦艦を出撃させることの出来ない帝国海軍にとって、最善の策であるはずだ。

 (それに艦載機部隊は数からして全力出撃だったのだろうが、基地航空隊はどうして三〇機ずつなのだ? もっと航空機を持っているはずなのだから……)

 「対空レーダーに感有り!」

 (……また来たか。……今度は何機だ?)


 やがてテナント艦長がかまえた双眼鏡には、二機の単発の水上機が写った。

 (偵察か……爆撃を受けるよりましだが、これを妨害出来ないとは情けない……)

 「……さらに感有り! 敵機の数は…およそ一〇機」


 第一航空艦隊からの第四次攻撃隊……一二機の九八式艦上爆撃機は二五〇キロ爆弾を抱えて、停滞している東洋艦隊めがけて急降下を開始せんとしていた。

 この九八式は帝国海軍の主力艦爆の座を、はるかに優秀な性能を持つ彗星に譲ったものの、その彗星の生産があらゆる新機軸が災いしたのか追い付かず、基地航空隊所属の急降下爆撃機としての活躍に活路を見い出していた。

 また艦爆を操る搭乗員も、本心としてはやはり空母に乗りたいのであって、母艦航空隊に異動するためには手柄をたてることが一番手っ取り早いと思ったのか、目標に……今回は特に指定は無かった……巡洋戦艦の『レパルス』を選ぶと、指揮官機を先頭に次々とダイブして行った。

 対空火器の多くが使用不能になっている『レパルス』は、狙われていることを悟ると遅ればせながらエンジンをフル回転させたが、いかんせん行動が遅すぎた。

 彼等はテナント艦長の必死の操艦によって、四発目までは『レパルス』に避けられたが、その後立て続けに八発の二五〇キロ爆弾を命中させた。

 さすがに致命傷を与えることは出来なかったが、一番、二番主砲塔を使用不能に追い込み、その攻撃力を大きく削いだ。


 以上のようにすでに東洋艦隊は、フィリピンから散発的にやって来ては攻撃していく第一航空艦隊を防ぐ有効な手段を喪失し、もはや、ただやられるだけになっていた。

 しかしそれでもフィリップスは、参謀長の提案……シンガポールへの退却……を退け続け、ただひたすらに進撃を命じた。

 彼が何を考えていたのかは誰にも分からないが、『ここまで来たのだから……たとえ損をしてもやっちまえ』という、史実の音速旅客機の開発者達のような心境だったのだろう。

 他にも、時間的に日没が迫っており、夜間の間にだいぶ進むことが出来るという考えもあっただろう。

 しかし夜間には潜水艦という脅威がある。

 彼がどのような損得勘定をしてこの行動をとったのか?

 前にも言ったように、こればかりは誰にも分からないことではある。


 しかし少なくとも、帝国海軍の誇る最新鋭戦艦が二隻、東洋艦隊を南から突き上げるべく進撃しているという事実を、彼がどこかしらから得ていたならば、彼は別の行動をとっていた可能性は大きい。


 だが、彼は知らないのだ。

 自ら破滅への路に歩を進めていることを。


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