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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第七章 同盟国の裏切り
33/113

三三 英国東洋艦隊北上す



 一九四二年一月一一日、正午過ぎ。

 北東の方角へ進んでいた英国海軍東洋艦隊は、英領ボルネオ島のブルネイの北約二五〇キロの地点で、フィリピンのミンドロ島から出撃し哨戒活動に従事していた帝国海軍の一式大型飛行艇に捕捉された。

 ちなみにこの世界における一式大型飛行艇……以下一式大艇……は史実における二式大艇のようなものであり、史実との違いは開発時期だけで性能的にはほとんど同じものだ。

 『我、敵艦隊見ゆ。戦艦三、空母二、重巡二、軽巡二、駆逐艦六からなり針路四五、速力一五ノット、位置はミンドロ島より方位二二五、距離五〇〇海里』

 一式大艇は東洋艦隊の情報を四方八方に向けて飛ばしつつ、大型飛行艇にあるまじき四六〇キロという高速を発揮しながらさらに飛んだ。

 すると先ほどの艦隊の少し後ろを、別の艦隊が進んでいるのを視認した。

 『敵別動艦隊発見。軽巡二、駆逐艦六、輸送船らしきもの一二、位置は敵主力艦隊の後方約七海里』


 「直ちに出撃準備にかかるように。出撃は二時間後だ」

 台湾の高雄軍港に停泊している帝国海軍第三艦隊の旗艦、軽巡『榛名』の羅針艦橋で、一式大艇からの報告を受けた司令長官の古賀峯一海軍中将は静かに命令を発した。

 目的はただ一つ、英国海軍東洋艦隊の撃滅である。

 「戦艦が三隻ですか。連合艦隊総司令部からの情報では最新鋭の戦艦に旧式の戦艦と巡洋戦艦が一隻ずつということですが……第二部隊が合流するまでは非常な脅威ですね」

 参謀長の矢野志加三海軍少将がつぶやく。

 「あぁ、合流するまでは距離をとりながら航空攻撃に専念すべきだろうな」

 「そうですね」

 「それから、第一航空艦隊司令部と連絡を絶やさないようにしておくように」

 「承知しています」

 通信参謀が答える。

 すると、一人の通信士官が電文を持ってやって来た。

 「……長官、その一航艦からですが、どうやら我が艦隊の予定航路上に、敵の潜水艦が潜んでいるようです。いかがいたしましょうか?」

 「それは退散願うしかないだろう。駆逐艦に警告を入れておいてくれ。それから一航艦に対潜哨戒機をもっと飛ばしてもらうよう、要請もしておいてくれないか」



 「発見されたか」

 一方、英国海軍東洋艦隊の旗艦『プリンス・オブ・ウェールズ』の将官艦橋で、参謀長が双眼鏡を覗きながら言った。

 「後部見張りより報告! 敵飛行艇、後方より再接近します!」

 「張り付かれると色々と面倒だ。至急迎撃させろ」

 英国海軍東洋艦隊司令長官、トーマス・フィリップス海軍大将はやや投げやり的な口調でめいれいを下した。

 「フルマー戦闘機隊、迎撃体制に入ります!」

 フィリップスの命令に従い、艦隊の上空直衛任務についていた四機の艦上戦闘機のフルマーが、例の一式大艇に群がるように接近していく。

 フルマーの武装はこの時期の英国戦闘機らしく、七,七ミリ機銃を八挺という一発あたりの威力はともかく、短時間に多数の弾丸を目標に当てるこてが出来るものだ。

 しかし海上航法の負担軽減という目的があるとは言え、単発復座の戦闘機という形状は明らかに色物であり、その分重くなった機体は速力や機動力を失わざるを得なかった。

 具体的に言えば、このフルマーの最高時速は四〇〇キロちょっと……これが何を意味するのか、答えは簡単で滑稽なものだ。

 「……参謀長、あれはどういうことなのかな?」

 「……はぁ」

 「まさか四機そろってエンジンの調子が悪くなったわけではあるまい……先が思いやられるな」

 フルマーの得意技は、言うまでもなく急降下による一撃離脱戦法である。

 この戦法を実際に使うためには相手よりも高い位置をとらなければならないのだが、一式大艇のほうも高度と速度を上げて振りきろうと、必死になって四基の火星エンジンを回している。

 すると何が起きるのか……戦闘機であるはずのフルマーが、四発の大型飛行艇である一式大艇に置いていかれる、というおかしな光景が出現したのだ。

 「もうよい。とりあえず追い払ったのだからな」

 フィリップスは首を左右に力無く振り、ため息をつきながらそう言った。

 しかし、一式大艇からの発信された電波は各地の飛行場や哨戒中の偵察機に届いており、二〇分後には最高速度が六〇〇キロを優に超える零式陸上偵察機……一〇〇式司令部偵察機の海軍版……が飛来し、フルマーの必死の追跡をまるで相手にせずに東洋艦隊に張り付いた。

 ちなみに、まさか日英間に戦争が起こるなどと考えていた者は当たり前だがおらず、東洋艦隊がの空母が搭載している戦闘機は悲しいことに、この旧式のフルマーだけである。



 翌日、古賀が率いる第三艦隊第一部隊は南シナ海に予定通りに入り、二〇ノットの艦隊速力で南下していた。

 東洋艦隊がルソン海峡に配置した八隻の潜水艦は、海峡を突破しようとする第三艦隊の正解な情報を発信することに成功したが、その代償として五隻の潜水艦が第一航空艦隊所属の対潜哨戒機にあぶり出され、駆逐艦の爆雷攻撃で沈められた。

 とは言え、空母三隻、軽空母四隻、重巡三隻、軽巡六隻、駆逐艦一二隻という情報はフィリップス以下東洋艦隊の幹部達を安心させた。


 「ふむ、やはり戦艦はいないようですね」

 「あぁ、ウェーク島沖でアメリカ戦艦を撃ち負かしたとはいっても、皆ドック入りが必要な損傷は受けているはずたからな。……空母は大小合わせて七隻か。昨日フルマーがいかに時代遅れなのかを、まざまざと見せつけられたからな。いささか不安だ。どう思う参謀長?」

 フィリップスは、砲戦力では大きく勝るが航空戦力において劣る自軍のことをあえて尋ねた。

 「はぁ、やはり空襲に備えて後方の輸送隊を本隊に組み入れたほうが良いのではないでしょうか? そのほうが対空火力はより強力になります」

 「しかしその場合、敵はこの艦を含む戦艦を集中的に狙いはしないか? まさか沈むことはないだろうが、被害状況によっては撤退せざるを得なくなるかもしれないぞ」

 「……確かにその懸念はありますが……先のウェーク島沖海戦で沈んだ戦艦の内、航空機の攻撃を受けて沈んだものはありませんし、日本海軍機も積極的に狙わなかったそうですから……」

 参謀長の口調はいささか歯切れの悪いものになっていく。だが、フィリップスは続けた。

 「だが、よってたかって攻撃をかけられたら……敵にはフィリピンの基地航空隊もあるぞ」

 「そこは問題なしとみます」

 すると突然、二人の会話に艦長のジョン・リーチ海軍大佐が割り込んできた。

 「どういうことだね?」

 と、訝しげにフィリップスが問いかけた。

 「シンガポールからフィリピンに関する情報がたった今入りまして、それによるとフィリピンに進出している日本海軍の航空隊は、戦闘機部隊と双発の爆撃機部隊が中心らしいのです」

 「なるほど……確かに双発機はあまり対艦攻撃に適しているとは思わんが……それだけで楽観してよいのだろうか?」

 「第一、戦艦が航空機の攻撃だけで沈むわけがないではありませんか。それに本艦は我が大英帝国が威信をかけて建造した最新鋭戦艦です。日本海軍機の猛攻をはねのけ、さらにその先の日本艦隊も撃破出来るものと本職は信じております」

 リーチは大鑑巨砲主義者の誰もが口にする言葉を楽天的に発した。

 しかしフィリップスの表情は、なぜかさえることはなかった。



 それから約一時間後、一月一二日午前一〇時。

 フィリピンはレイテ島の帝国海軍のレイテ飛行場。

 もっともまだ建設途中で、有るものと言えばただ整地しただけの小さな駐機場に戦闘機用と爆撃機用の滑走路が一本ずつ。

 それからどこからどう見ても粗末な兵舎と司令部、燃料タンク、倉庫、そして今にも崩れそうな管制塔のみという、何とも悲しい雰囲気の漂う飛行場である。

 そんな粗末な司令部で、第三四三海軍航空隊第二戦闘隊隊長の長峰義郎海軍大尉は一通の暗号電文を受け取った。

 「至急解読しろ」

 長峰は当然のことながらまったく意味の分からない電文を通信兵に渡し、慌ただしく解読を命じた。

 なぜならこの暗号電文の中身は、未だに知らされていない作戦内容そのものである以外考えられないからだ。

 彼はこの知らせをよほど心待ちにしていたのか、まだ解読作業が終わってもいないのに、搭乗員には司令部前庭への集合を、整備兵には機体をすぐに飛び立てる状態にするように、それぞれ立て続けに指令を発した。


 そんなこんなで、長峰は何を話すのかも分からないまま、前庭に設置されている台の上に飛び乗った。

 その台の前に整列している搭乗員達でさえも、この時の長峰の表情はあまりお目にかかったことは無いというほど、彼の表情は輝いていた。

 唯一問題なのは、これから何を話すのか、という一番重要なことを本人が分かっていないということだが、タイミング良く通信兵が解読作業が完了した電文を持って走って来たので、彼の名誉は一応保たれた。

 さて、そんな長峰は電文を流し読みすると、さらに目の輝きを増して話し始めた。

 「諸君、遂に我々に新たな命令が下された。その内容を簡潔に述べると、本日……そう今から約二時間後にこのレイテ島沖を通過する、第三艦隊第二部隊の上空直衛である。……今は別の戦闘隊がその任にあたっているが、その交代として我々は出撃する。つまり出撃まであまり時間は無い。三〇分後には編隊を組んで北西の方角に向かって飛んでいてもらいたい。以上だ!」

 彼はそこまで言うと台から飛び降り、我先にと愛機の元へ駆け寄って行った。



 そして午後一時。

 東経一一五度の線上を真っ直ぐ北上していた東洋艦隊のレーダーが、真東、つまりミンドロ島方面から一直線に飛んでくる機影を捉えた。

 「対空レーダーに感! 方位九〇より敵機来襲! 距離七万ヤード!」

 「敵の規模は?」

 「およそ三〇機程の編隊です。そのうち約半分は双発機クラスの大きさです!」

 「……来たか」

 フィリップスはそうつぶやくと、まだ姿は見えないが低空飛行から急上昇をかけているであろう敵機のいる方角に向けて、首にかけていた双眼鏡を覗いた。

 東洋艦隊の上空には緊急発進したものを含めて、一三機のフルマーが舞っている。

 対して、迫ってくる日本軍航空隊はほぼ同数の戦闘機を前方に出しているように思われる。

 東洋艦隊の各艦艇に搭載された対空兵器が皆空を睨み東の空に小さな豆粒のようなものが見え始めた頃、一三機のフルマーは決死の突撃を開始した。

 対する日本軍……第一航空艦隊が放った第一次攻撃隊に属する一六機の零戦も、同じように突っ込んで行く。

 こうして北上を続ける東洋艦隊の右舷側上空で、壮烈な空中戦が開始された。


 さて、特に問題無く戦時体制への移行を進めている日本だが、いきなり何もかもが出来るようになるわけではない。

 例えばこの零戦にしてみても、後継機の烈風や局戦の雷電のように、設計段階から大量生産ということに関してははあまり考慮されておらず、工業製品というよりも工芸品的な要素を持った機体であり、多少そのあたりを考慮している最新型も、機動部隊に優先配備されているため、今まさに戦おうとしている零戦の多くはやや性能の落ちる初期型であった。

 しかしそれでも、フルマーが相手である以上は何の問題もなかった。

 時速にして一〇〇キロ以上の速度差と、比較するのもアホらしい運動能力を遺憾無く発揮し、次々にフルマーの背後をとっては一二,七ミリ弾を撃ち込んでいく。


 「くそっ!」

 あまりに一方的な光景にフィリップスは思わず叫んだ。

 「方位二〇より敵機来襲! 距離三〇海里、数は……一〇〇以上です!」

 「何だと!?」

 そんななか北北東の空に計ったように……実際に計っているが……第四航空戦隊が放ったおよそ一五〇機の艦載機の群が現れ、真っ直ぐ東洋艦隊に向かって来た。

 例によって前に出ている四八機の零戦隊は、東洋艦隊の上空に達するやいなや、直衛戦闘機が全て撃墜されていることを確認し、急降下して対空放火を妨害するために艦艇に向かって機銃掃射を加えていく。

 続いて五〇〇キロ爆弾を抱えた彗星が急降下、魚雷を抱えた九六艦攻は再び低空に舞い降りる。

 相変わらず空母を狙う日本軍機に向けて、東洋艦隊の艦艇に搭載されたあらゆる対空兵器が火を吹く。

 しかし英国海軍の艦載機とは比べ物にならない速度を発揮する日本軍機に、ただでさえ連射性能に問題のある両用砲や、弾が真っ直ぐ飛ばずよく壊れるポムポム砲から発射される砲弾は、ほとんど当たらなかった。


 「また故障か!?」

 フィリップスは自艦のポムポム砲の何度目か分からない故障の報告を聞き再び叫んだ。

 「こ、後部見張りより報告! 『ハーミーズ』爆沈!」

 そんなフィリップスの声を掻き消して、見張り員の絶叫が艦橋に響く。

 少なくとも一〇発もの五〇〇キロ爆弾の直撃を立て続けに受けた英国初の正規空母『ハーミーズ』は、凄まじい炎を吹き上げ、乗員達が脱出する暇も与えずに沈んでしまった。

 「『マレーヤ』右舷に水柱! 被雷した模様!」

 続けて、鈍速の老齢戦艦の左舷中央部に二本の水柱が吹き上がる。

 「レーダーに感! 東から新たな敵編隊接近します!」

 「……基地航空隊か」

 フィリップスは呟きなぜか低空飛行をする双発機……泰山を見つめていた。そして彼にとっては信じられない光景が目に飛び込んできた。

 「雷撃だと!?」


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