表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第五章 帝国、太平洋の嵐へ
24/113

二四 見捨てられた島



 「……なぜだ? ……なぜここに来ないのだ!?」

 一九四一年一二月一二日早朝、フィリピンのマニラ湾に浮かぶコレヒドール島のアメリカ合衆国陸軍極東軍総司令部。

 トレードマークのコーンパイプを噛み砕かんばかりにして、司令官のダグラス・マッカーサー陸軍中将は怒鳴った。

 無論これには訳がある。


 まず、一昨日の深夜。

 フィリピンに接近する日本輸送船団を迎撃するために、マカッサル海峡を北上してきた米蘭艦隊は、南雲忠一海軍中将率いる帝国海軍第二艦隊によってほぼ全滅に近い損害を受けて後退してしまった。

 そして、昨日。

 一切の邪魔はなくなった、と判断した帝国陸軍南方方面軍総司令官の寺内寿一陸軍大将は、フィリピンミンダナオ島の東の海上で待機していた堀井富太郎陸軍少将率いる第一海上機動旅団に作戦の開始を命じた。


 海上機動旅団は帝国陸軍における上陸作戦専門部隊であり、近衛師団と同様に各地の部隊から選抜された兵員で構成され、優れた海上輸送能力を持っている。

 彼等はミンダナオ島の重要都市であるダバオの東二〇〇キロの海上にあって、帝国海軍第一輸送戦隊の第一号型揚陸艦三隻と第一〇一号型揚陸艦一二隻に分乗していたが、命令を受けるやいなやマニラを空襲した後にこの海域にまでやって来た伊勢型戦艦二隻と蒼龍型空母二隻、その他護衛艦艇二五隻と共に西に向かって進撃を開始した。


 ところで、第一号型揚陸艦と第一〇一号型揚陸艦というのは帝国陸海軍が上陸作戦のために共同開発したもので、前者は上陸用舟艇である大発を二七隻及びその分の完全武装した兵員を運ぶことが出来、後者は一〇両程度の車両を甲板上に搭載してそのまま海岸に乗り上げて発進させることが可能であった。

 また第一号型は、特設空母としての一面を持ち、小型機であれば発着艦も可能なのだが、今回の作戦では正規空母の護衛付きということもあり、戦闘車両や積荷を満載したトラックでうめつくされている。

 第一号型揚陸艦は基準排水量が八〇〇〇トンを超えるため数を揃えるのは難しいが、第一〇一号型揚陸艦は二〇〇〇トンにも満たないため早速大増産体制に入っている。


 さて話を戻そう。

 三二機の零戦に頭上を守られた上陸部隊は、何の妨害も受けずにミンダナオ島のダバオ湾に侵入した。

 元々日本軍が上陸するとは考えられておらず、また民間人の活動に支障が出るために機雷などは敷設されてもいないのだ。

 さらに根拠は今一つ分からないが日本軍はルソン島に来る、と信じきっていたマッカーサーによって、ミンダナオ島の兵力は極限までに減っていた。

 ダバオ守備隊がわずか一個歩兵大隊程度であったことからも、アメリカから見捨てられたミンダナオ島の悲しい状況が分かる。


 そんなわけで上陸作戦の始まりを告げた伊勢型戦艦による艦砲射撃は、わずか交互撃ち方五回で終わってしまった。

 空母から飛び立った艦載機部隊も戦爆連合五〇機という数で、その攻撃も一回きりで終わってしまった。

 わざわざ戦艦や最新鋭空母を使う必要はなかったのではないか? と後に言われる程、これらの攻撃がパッとしなかった理由はただ一つ。目標が無いのだ。

 開戦前に集めた情報や二四時間体制で偵察した結果、とりあえずの防御陣地はあるものの、それほど脅威ではないことは分かっていた。

 せっかく米軍が金をかけた陣地なのだから、抵抗してこない限りは大事にとって置いて、上陸後ありがたく使わせていただこう。という具合である。

 はっきり言って戦力過剰であり、そもそもダバオ守備隊は戦意に乏しかった。

 上からは見捨てられ、なおかつ目の前にどう考えても勝てそうもないほどの大兵力が展開しているのだから、このことに関してはあまり責められない。

 またわずか交互撃ち方五回の砲撃、と言っても、実に四〇発の四一センチ砲弾が飛んできているのだ。

 戦意を持ち続けろ、というほうが無理かもしれない。


 そんなわけで、第一海上機動旅団はこれといった妨害を受けることなく上陸を開始した。

 第一号型揚陸艦は世界で初めて艦内に上陸用舟艇を格納し、船尾から次々と兵員を満載した舟艇を出撃させる機能を持った艦であり、従来のクレーンか何かで舟艇を海上に浮かべ、縄ばしご等を使って兵員が乗り込むという方式に比べ、その作業の迅速さは比べ物にならなかった。

 第一波一八〇〇名を乗せた三〇隻の大発が、横一列になって海岸目指して進んでいく。

 かろうじて生き残っていた機関銃座や迫撃砲がなけなしの反撃をしてきたが、数が少ない上に発砲の際に出る炎が上空からは丸見えで、あたりを哨戒していた、というよりやることが無くてウロウロしていた零戦の機銃掃射で潰されてしまった。

 第一波の大発群は被害を受けることなく砂浜に乗り上げ、兵員を降ろすとすぐさまスクリューを逆回転させて後退していく。

 そして入れ替わるようにして今度は、四隻の第一〇一号型輸送艦がやって来て砂浜に乗り上げた。

 乗り上げると同時に艦首の扉を開くと、搭載されていた戦闘車両がそのまま発進してきたため、第一海上機動旅団は無事に二〇台ずつの九八式中戦車と一式装甲車を揚陸することに成功した。


 ちなみに『一式装甲車』は騎兵科が開発したため『装甲車』ではあるが、歩兵科や機甲科に言わせれば『軽戦車』である。機関銃程度の弾丸なら跳ね返せるだけの装甲を持ち、主砲には本来対空用に開発された長砲身の三〇ミリ機関砲を採用している。

 この機関砲は三七ミリ戦車砲に比べれば一発あたりの威力は劣る面もあるが、元々が対空機関砲であるため初速が速く、速射性能も優秀である。そして何より、弾薬が海軍艦艇に搭載されている三〇ミリ機銃や、陸軍の三〇ミリ対空機関砲に使われているものと共通であるということがこの機関砲の強みでもある。


 これらの装甲車両を先頭にたてて日本軍はダバオ市街に向けて進撃を始めた。

 といっても敵の兵力は非常に少ない。

 一ヶ所……要するに駐屯地……に集まっていた守備隊は最初こそ抗戦するかまえだったが、遠距離から五七ミリ戦車砲と三〇ミリ機関砲の射撃を受けて今度こそ戦意を喪失したのか、白旗をあげて降伏した。


 こうして安々とダバオを落とした第一機動旅団はひとまず行動を停止して、市街の治安維持につとめた。

 ダバオはフィリピンの中でも特に日本人の数が多く、二万人近い日本人が暮らしていたが、彼等の中には強制収容所に送られた者もいて、日本人とそれ以外の民族との間には大きな溝があった。


 この時ダバオ陥落の報告を受けた帝国陸軍第一軍……史実なら第一四軍だが日中戦争をしていないため、必然的にこうなる……司令官、本間雅晴陸軍中将はその他の部隊にも上陸を命じた。

 その第一軍の所属部隊は二個歩兵師団と一個機甲師団、そして一個航空師団、一個海上機動旅団、一個補給旅団であり、その兵力は……塔乗員や整備兵等を含む……約七万五〇〇〇である。



 ここで場面はコレヒドール島の米軍司令部に戻る。

 「申し上げていますように、現段階でダバオとサンボアンガがジャップの手に落ちました。フィリピンの沖合にはまだジャップの機動部隊が居座っていますので、ミンダナオ島が陥落するのは時間の問題かと思われます」

 「私の質問に答えたまえ。なぜこのルソン島を素通りしたのかね!?」

 マッカーサーが珍しく怒鳴る。

 「……必要性がない、と判断したのではないでしょうか」

 フィリピンの航空隊がほぼ壊滅し、面目丸潰れとなった極東航空軍司令官のルイス・ブレリトン陸軍少将が言う。

 「どういうことだね?」

 「はぁ、そもそも戦略上、フィリピンの最大の価値はこの『位置』にあります。どの方面に進出するにしても、その根拠地として十分なものです。……しかしだからといって、フィリピン全土を占領する必要はありません」

 「無用な血を流す必要もないということか……」

 「……しかしそうだとしたら、なぜ奴らはミンダナオ島を選んだのでしょう? 奴らの目的がこのフィリピンの制空権を得ることなら、他のもっと小さな島でもよいのでは?」

 「それはそうですが……何か他に企んでいることがあるのではないでしょうか?」

 「まぁそのことはこれでよしとしよう。それで君達は敵がすぐそこにいるにも関わらず、何も出来ないこの状況についてどう思う? 何か打開策はあるかね?」

 マッカーサーは何も無い事をある程度分かりつつ、微かな希望を胸に幕僚達に質問した。

 「……残念ながら今のところは何もありません」

 予想していた答えとはいえ、マッカーサーは軽く失望した。

 「……何も出来ませんが、だからこそポジティブにいこうじゃありませんか。太平洋艦隊が勝利をおさめればこの状況は打開されますし、敵が攻撃してこないということは逆に考えれば戦う必要がないということです。その分、血が流れることはありません」

 「救援が来るまでとにかくずっと防空壕にもぐっていろ、ということかね?」

 皮肉をこめてマッカーサーが言う。またそれは日本の航空機がやって来ても、何一つ対策を打つことが出来なくなった極東航空軍に対する叱責でもあった。

 「敵機襲来!」

 そして突然、基地中に空襲警報が鳴り響いた。

 「対空戦闘用意!」

 マッカーサー達がいる司令官室からも高射砲や対空機銃座に飛び付く兵士達の姿が見える。

 しかし明らかに絶対数が少なかった。

 「敵機とやらはどこから来たのかね?」

 マッカーサーが独り言のようにつぶやく。もちろんこの場に答えられる者はいない。

 「そんなことより早く避難してください!」


 九日に日本軍が初めてフィリピンを空爆してから四日。

 フィリピンに対する爆撃は連日行われているが、大規模なものは初日以来である。

 この日やって来たのは台湾から帝国海軍の泰山が一三〇機、帝国陸軍の呑龍が六〇機、ルソン島の東側に回った機動部隊から戦爆連合二七〇機の合わせて四六〇機である。

 ところでこの時機動部隊からは、一〇八機もの搭載機を持つ蒼龍型空母二隻がミンダナオ島への上陸支援のために抜けており、二七〇機も出したからには当然第二次攻撃隊のことは考えていない。

 また全体に占める戦闘機の割合も、制空権重視の日本軍にしてはかなり低い。

 もっとも、もはや極東航空軍にまともな戦闘機はほとんど残っていないから、あまりたいしたことではない。

 陸軍重爆隊はコレヒドール島及びバターン半島を、海軍陸攻隊はルソン島にある他の軍事基地をまんべんなく、海軍機動部隊はルソン島以外の島々を一通り爆撃すると、例によって風のように去って行った。


 日本機が去ったことが確認され、防空壕から出てきたマッカーサーが見たのは、見るも無惨に破壊された司令部の姿だった。

 さっきまで自分がいたあたりを見つめて、呆然とするマッカーサーの元にあらゆる報告があがって来る。


 『バターン半島の要塞線の被害は許容範囲内』

 『ルソン島の軍用飛行場は全て壊滅状態』

 『海軍基地及び所属艦艇も壊滅状態で、島と島との連絡に非常な困難を要している』

 『日本軍爆撃隊の第二派来襲の気配無し』……


 一時間後、マッカーサーはいざというときのために作っておいた地下司令部にいた。

 「緊急の報告です! ミンダナオ島の我が軍の司令官が日本軍に降伏した模様です」

 「なにっ!? 勝手なことをしおって……」

 その場にいた参謀の一人が怒りを発する。

 「少し落ち着けたまえ、見苦しいではないか」

 マッカーサーが諭す。

 「し、しかし……」

 「ミンダナオ島に残したのは総合してもわずか一個連隊だ。徹底抗戦したところで、何の意味もなさない」

 「では司令官はこれからどうなさるおつもりなのですか?」

 「……状況は非常に悪い。どうやら敵にはルソン島を占領する意思などないのだろう。敵は台湾に極めて強力な航空戦力を置いている。またそのうちミンダナオ島に進出してくるだろう。そうなれば我々は連日、日本軍の爆撃を受けなければならず補給を受けることも困難になるだろう。……正直、大きなアクションを起こすことは不可能だ」



 ここで話は大きく、クリスマスイブの日まで飛ぶ。

 「大統領、クリスマスプレゼントを持ってきました」

 ホワイトハウスの大統領執務室に海軍作戦部長のハロルド・スターク海軍大将がそう言いながら入ってきた。

 「ありがとう……どこにあるのだね?」

 スタークは手ぶらだった。

 「いえいえ物ではありません。太平洋艦隊の出撃準備が完了したのです」

 「それは本当かね!」

 「はい。もっとも本土から出撃する海兵隊との兼ね合いがありますので、攻撃開始は来年になります。申し訳ありません」

 「いやいや、謝ることはない。君、早速ラジオ放送の手配をしてくれたまえ! このプレゼントを早く国民にも知らせねば」

 秘書官が慌てて部屋を飛び出して行く。

 「それにしても素晴らしいプレゼントだ。作戦部長、この調子で新年のプレゼントも期待しているぞ」

 「はい、そのうちお持ち致します…それでは私は作戦の細かい詰めがありますのでこれで……」

 「あぁ! 精一杯頑張ってくれたまえ!」

 「……失礼します」

 えらく上機嫌なルーズベルトに見送られたスタークの顔はどこか不安げだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ