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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第五章 帝国、太平洋の嵐へ
23/113

二三 誤算に次ぐ誤算



 「さて、どうするか……」

 マカッサル海峡を北上する米蘭連合艦隊の旗艦、重巡『ヒューストン』の艦橋で司令官のトーマス・ハート海軍大将は一人つぶやいた。

 彼の腹積もりでは、潜水艦からの報告でその存在をつかんだミンダナオ島に向かっている日本の輸送船団に、夜の闇に乗じて奇襲攻撃をかけ、その後その高速性をいかして逃走する予定だった。

 しかしその目論見は、帝国海軍の艦載機に見つけられた時点ではやくも崩れた。


 「司令官、オランダ艦隊から撤退の意見具申がきています」

 電文の綴りを手にした通信士官が言う。

 「艦長、君はどう思う?」

 と、ハートは傍らに立っている艦長のアルバート・ルックス海軍大佐に問いかけた。

 「無論、突撃あるのみです。もし今が昼間なら、撤退も考慮の内ですが今は夜です。敵も航空機はあげられません。おそらく敵の護衛は軽巡や駆逐艦が主体ですから、作戦が成功する確率は高いと思います」

 「他に艦隊がいなければの話だがな、それは」

 「……重巡や戦艦を含む艦隊ですか?」

 何をおっしゃる、といった口調でルックスが言うとハートはうなずいた。

 「そうだ、もしそんな艦隊に遭遇したら目も当てられん結果になるぞ」

 「……まさか、ジャップの連中も太平洋艦隊にそなえて今頃猛訓練に明け暮れているでしょう。こんな最前線にまでは出てきていないと考えますが……」

 「そう願いたいものだ」

 ハートはしばらく星を眺めると、後ろに控えていた通信士官に言った。

 「……ドールマン少将に伝えてくれ。作戦通り撤退はしない。ただし我々よりも有力な艦隊に遭遇した場合を除く、とな」



 同じ頃、米蘭艦隊の北西約六〇〇キロ。

 北上してくる米蘭艦隊を迎撃すべく、南雲忠一海軍中将率いる第二艦隊は、艦隊決戦用の単縦陣を組んで一八ノットの速さで南下していた。

 ちなみに『太平洋艦隊が来るまでに各地の米英軍を、可能な限り潰しておく』という方針のもと、帝国海軍の諸部隊は各地に振り向けられており、この時点での『第二艦隊』は『重巡及び水雷戦隊主体の前衛部隊』という訳ではない。

 軽巡に関しては、八隻の防空巡洋艦を含めて三二隻を保有する帝国海軍であるが、その一方で重巡の数は一三隻で新たな建造計画もない。

 とてもではないが、一つの艦隊に集中配備など出来ないのだ。


 そんなわけで、この時点での第二艦隊の構成部隊は、

 第五戦隊……戦艦『阿蘇』『丹沢』

 第八戦隊……重巡『鳥海』『妙高』『摩耶』

 第四航空戦隊……空母『大鷹』『冲鷹』『雲鷹』

 第一四戦隊……軽巡『吉野』『天塩』

 第二水雷戦隊……軽巡『鬼怒』、陽炎型駆逐艦一二隻

 第二三戦隊……防空巡洋艦『阿賀野』『阿武隈』、朝潮型駆逐艦八隻


 このうち空母部隊は第二三戦隊と共にサンギヘ諸島付近に居残っている。

 最強の艦艇が重巡ただ一隻という米蘭艦隊にとってすれば、すぐにでも撤退すべき艦隊であるが、幸か不幸かそんなことはハート以下誰も知らない。



 さらに同じ頃、東京の羽田飛行場。

 本来は民間専用なのだが、その民間航空会社の機体はそのほとんどが輸送機として軍に徴用され、事実上民間の便は日本の空を飛ぶことは出来ない状態にあり、民間専用飛行場の存在意義はなくなっている。

 そんな羽田飛行場は、陸海軍共用の帝都防空の要としての巨大航空基地となるため、急ピッチで大拡張工事が行われている。

 民間の建設会社だけでなく、マーシャル諸島の要塞化に活躍した陸軍工兵隊等も、東京オリンピックの準備のために輸入した建設機械やそれを国産化したものを駆使して工事に参加していた。

 一部埋め立ての場所もあるが、基本的に内陸に向かって拡張されていく予定で、その予定地では立ち退きもある程度順調に進んでいる。穴守稲荷神社もすでに移転済みである。

 戦争が終われば世界有数の空港になる。一部ではそんな声も聞かれている。おそらくこの物語の世界では『成田空港』は誕生しないだろう。

 話がそれた。

 そんな羽田飛行場の隅にある格納庫の中に、二機ずつの単発機と双発機の合わせて四機が駐機されていた。

 それぞれの機体は、軍の関係者や民間の技術者達による調査を受けていた。


 「良い結果が出ると良いのですが……」

 機体や技術者達から少し離れたところで様子を見守っていた丸山忠義海軍中佐が呟いた。

 「君も見ただろう。あの機体が華麗に空を飛ぶ様子を。悪い結果などでるものか」

 と言ったのは、井上成美海軍中将。

 史実なら彼は第四艦隊の司令長官を務めているところだが、この世界の第四艦隊は『潜水艦隊』であり、トラック諸島等の防衛部隊は一時的に南雲中将の第二艦隊の指揮下に入っている。

 代わりに彼が就いた役職は『本土防空特別航空軍司令長官』という長ったらしい肩書きをもつものだ。

 部隊の任務は読んで字のごとくだが、この部隊の最大の特徴は陸海軍の共同部隊であるということだ。


 そして井上以下、航空軍の幹部達やその他航空関係者達が夜分わざわざ羽田飛行場に集まっている理由は、無論彼等の前に止められている四機の航空機に関係している。

 単発機の名称は『一式単座試験機』、そして双発機の名称は『一式複座試験機』……似ているが別物だ。


 機上無線機や機載電探、エンジン等の新型機材を載せ、最新のシステムを採用したこれらの試験機によって導き出された結果が出るのは、おそらく年内であると思われるが、その結果が実用機に反映されるのはまだ先のことであろう。



 ここで再び場面は夜の南太平洋に戻る。

 第二艦隊の旗艦は戦艦『阿蘇』である。

 この世界の帝国海軍は、艦隊の旗艦任務を金剛型軽巡洋艦や熊野型司令部巡洋艦に任せることになっているのだが、限られた艦艇のやりくりの都合上第二艦隊には配備されていない。

 そんなわけで第二艦隊は、本来艦隊の旗艦任務にはあまりむいていない『阿蘇』をやむなく旗艦にしているのだが、別に悪いことばかりではない。

 一応戦艦であるからその艦橋は非常に高い。

 そしてそのてっぺんに設置されているのが測距儀や対空電探、そして対水上電探である。

 基本的に電波というものは、高い所から飛ばしたほうがより遠くまで届く。

 つまり高い艦橋を持っている限り捨てたものではないのだ。


 「電測より艦橋。対水上電探に感有り! 一〇隻ほどからなる艦隊が北上してきます! 距離は三四〇!」

 「位置的に敵艦隊と見て良いでしょう」

 参謀長の白石万隆海軍少将が言う。

 『阿蘇』に設置されたばかりの最新型対水上電探が北上してくる米蘭艦隊を遂に捉えたのだ。

 「それにしても随分近付きましたな。敵は我々に気付いているのでしょうか?」

 「電測室、敵艦隊の方位と速力報せ」

 艦長の山口次平海軍大佐が命令を下すと、数秒して返答が返ってきた。

 「……我が艦隊のちょうど正面です。速力はおよそ三〇ノット」

 「やけに速いですな」

 白石がぼやく。

 「日吉の総司令部は、敵の目的はミンダナオ島の南にいる輸送船団ではないか、と言ってまいすからそれくらい出さないと朝になってしまいます」

 「なるほど……長官、どうなさいます?」

 南雲は寡黙な人だ。これまで一言も発していなかったが、ここにきてようやく、その重い口を開いた。

 「このまま正面からぶつかっても仕方がない。単縦陣をとって舵を軽く右に切る」

 「しかしそれでは反航戦になって、なにしろ敵は高速ですから逃げられて……まさか……」

 「敵艦隊との距離が……そう一二〇になったら左に急回頭して、敵の頭をおさえる」



 「今、何と言った?」

 『ヒューストン』の見張り長からの報告をハートは聞き直した。

 「ですから本艦の左斜め前方に艦隊らしき影を視認したと」

 「日本艦隊がもう来たということでしょうか?」

 ルックスも半信半疑といった口調で言う。

 「その可能性は大きいな。一応各艦に連絡して戦闘準備をとらせろ。敵の規模によっては……」

 「左斜め前方……いやほとんど真横一六〇〇〇ヤードに敵艦隊視認! 先頭に戦艦クラスの艦が二隻、その他七、八隻の艦隊が単縦陣で向かって来ます」

 「戦艦だと!? 間違いないのか?」

 見張り員の絶叫のような報告に、ハートは飛び上がるように再び聞き直した。

 「はい、暗闇で細かいことは分かりませんが、重巡にしては大きすぎます!」

 「水偵を出すべきだった……暗闇で帰投が困難だとはいえ……もし出していれば……」

 ルックスが呻くと、いくらか冷静さを素早く取り戻したハートが言う。

 「過ぎてしまった事を悔やんでも仕方がないよ、艦長」

 「ですが……」

 「帰投が困難になることを指摘したのはここにいる全員だ。電波を出してやる方法もあったが、それではどのみち敵を引き付けてしまう。今回は偶然ぶつかってしまったがな」

 「……」

 「フィリピンの友軍には悪いがとりあえず作戦は中止だ。支援が得られない今の状況では、艦隊の保全が第一だ。右に回頭してマカッサルまで撤退する。後続艦にも伝え……」

 「敵艦隊がこちらに向かって急回頭してきます!」

 にも伝えろ、とハートが言おうとしたとき、それを遮って見張り員の絶叫が艦橋内に響き渡った。

 慌てて双眼鏡をかまえたルックスが言う。

 「まさかトーゴーターン?」

 いくらアメリカ人であっても、海軍軍人である以上は日本海海戦の研究はそれこそいやというほどしている。

 そんな彼等の目の前で行われている日本艦隊の動きはまさにそれだった。

 「どうします? 下手したら逃げられませんよ」

 何が彼の心を動かしたのか、ルックスがまるで人事のように言う。

 「……敵の戦艦のタイプは分かるか?」

 「暗くてはっきりしませんが、連装砲塔を載せてまいすから……イセかアマギクラスであると思われます」

 「……どうやら逃げられないようだな艦長」

 ハートもまた、他人事のようにつぶやく。


 ちなみにこの時の米蘭艦隊の構成艦は、重巡『ヒューストン』、軽巡『デ・ロイテル』『ジャワ』『トロンプ』『マーブルヘッド』、駆逐艦各種一二隻である。

 艦隊として行動する以上、それに属する艦艇は、最も足の遅い艦艇に速度を合わせなければならず、今回の場合その速度は三二ノットであった。


 「情報部の話ではイセにしろアマギしろ、三三ノット以上を出す高速戦艦だそうですからね」

 またもや人事のようにルックスがつぶやく。そういう口調でないと冷静さを保てないようだ。

 「……最大戦速! 取舵一杯!」

 「取舵ですか!?」

 「逃げ切れないのだから精一杯かき乱すのだ! 後続艦に通信! 各々衝突に注意しながら南に向けて撤退せよ。なおそのさい、魚雷攻撃にて敵艦隊を攪乱せよ。以上だ!」

 「了解しました!」

 この間にも『ヒューストン』に搭載されたエンジンが、最大出力を発揮すべく唸りをあげ、艦自体も艦体をきしませながら左に回頭を始めていた。

 「魚雷発射用意! 目標」

 このあと「右舷の敵戦艦!」と続くのだが、時を同じくして『阿蘇』が放った三六センチ砲弾がいきなり至近弾となり、それどころではなくなっていた。

 なにしろ戦艦の主砲弾であるから、すさまじい弾片と水柱を噴き上げる。

 それらは右舷の対空機銃座やその付近にいた兵員等を傷付けていく。

 「発射!」

 それでも命令と共に魚雷が飛び出していく。

 すると突然あたりがまるで真っ昼間のように明るくなった。

 帝国海軍の第八戦隊の重巡から放たれた零式三座水偵が、パラシュート付きの照明弾を投下したのだ。

 これまでも電探で米蘭艦隊の動きをつかんでいた第二艦隊の艦艇達は、より慣れている目視によっても米蘭艦隊の動きを見てとれるようになったため、ハートの決死の攪乱作戦もあまり効果を発揮せず、次々と第二艦隊の砲雷撃を受けていった。


 まずオランダ軽巡『ジャワ』に第八戦隊の攻撃が集中、電探による照準と光学装置による照準を合わせて行う帝国海軍独自の射撃方により、各艦とも早期に斉射に移行したため、短時間のうちに一三発もの命中弾を受けて爆発轟沈してしまった。

 次いで『デ・ロイテル』『トロンプ』が運悪く第八戦隊と第一四戦隊の軽巡が放った酸素魚雷の真っ只中に突っ込んでしまい、多数の魚雷の命中を受けてこちらも瞬時に消えてしまった。

 三隻のオランダ軽巡があっという間にやられたことに恐れをなしたのか、『マーブルヘッド』と一二隻の駆逐艦は『ヒューストン』を半ば置き去りにして逃走を始めた。

 そこへ魚雷を回避した『丹沢』の三六センチ砲弾が降り注ぎ、またその動きを見澄ました第二水雷戦隊による魚雷の一斉射撃を受けた結果、『マーブルヘッド』と駆逐艦六隻が撃沈された。


 米蘭艦隊が逃げて行くのを認めると、南雲は攻撃中止を命じた。

 すでに『ヒューストン』の姿はなく、第二水雷戦隊の駆逐艦が海に投げ出された兵員の救助にあたっていた。



 翌朝、フィリピンのミンダナオ島に帝国陸軍の部隊が上陸を開始した。

 しかしアメリカ軍が終結しているルソン島には何も来なかった。


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