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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第五章 帝国、太平洋の嵐へ
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二二 大英帝国の頼み事



 開戦後、帝国陸軍はともかく、帝国海軍はただ攻撃を受けていただけではなかった。


 『最初の一撃は敵にやらせなければならない。もしこちらがそれをすれば、戦争を止める術はなくなる。なぜならアメリカ人の発想は、先にやられたほうが正義なのだから』

 という連合艦隊司令長官、山本五十六海軍大将の言葉もあり、台湾の部隊を除いて『静かに』していた。


 しかし、一度何らかの攻撃を受けさえすればそんな制約はなくなる。

 つまり台湾空襲がそれだ。



 一九四一年一二月九日。

 帝国海軍の諸部隊は開戦前に下された命令通りに動きだした。

 空襲の被害を受けないように空中退避、または沖縄の飛行場に下がっていたりしていた第一航空艦隊所属の陸攻部隊は、続々と台湾の基地に戻って来ていた。

 そして夜が明けると同時に台湾各地の飛行場からは、落下増槽と六個の二五〇キロ爆弾を抱えて、木更津航空隊を改編した第七〇七海軍航空隊と、鹿屋航空隊を改編した第七五一海軍航空隊に所属する合わせて一四四機に及ぶ泰山の大群は、フィリピンに向けて飛び立って行った。

 また同じ頃、フィリピンの首都マニラの西五〇〇キロにまで進出してきていた、帝国海軍第一機動艦隊所属の空母『蒼龍』『雲龍』『飛鷹』『隼鷹』『松島』『厳島』から戦爆連合二六〇機の第一次攻撃隊が東に向けて進撃していた。


 この時のフィリピンの防空体制は、お世辞にも整っているとはいえなかった。

 対空レーダーは性能の劣悪なものがわずかに配置されるにとどまり、しかもその目は主に北を向いていた。

 それでも台湾からやって来た日本の爆撃機が縦に長いルソン島にやって来ても、その南に位置するマニラに来る頃には戦闘機を上げておけるはずだった。

 しかし日本軍は西からやって来たのだ。

 無警戒だったわけではなく、哨戒に出ていたB18が日本機動部隊を発見していたが、すでに攻撃隊は出撃しており、艦隊発見の無電を打ったところで直衛の零戦に叩き落とされた。


 とは言え、報告を受けたマニラ近郊のクラーク空軍基地を始め、各地の飛行場から合わせて七〇機程の戦闘機が舞い上がっていたが、一五〇機にもおよぶ『零戦五二型』に敵うわけもなく、一部まじっていた旧式のP35やF2A等は、投弾後の彗星にすらやられる始末だった。

 やることを済ませ風のように第一次攻撃隊が去って行くと、間髪を入れずに戦爆連合二一〇機の第二次攻撃隊が来襲、幸か不幸かアジア艦隊は不在のキャビテ軍港や空中退避が間に合わなかった爆撃機等、撃ち漏らしがないように丁寧に攻撃していった。


 第二次攻撃隊もまた風のように去って行くと、今度は計ったかのように北の空から泰山の群れがやって来た。

 おまけに六四機の零戦の護衛つきで、かろうじて生き残っていた米軍の戦闘機は手を出そうにも出せなかった。

 泰山は整然と編隊を組んでルソン島各地の飛行場に二五〇キロ爆弾の雨を降らせ、その機能を奪い去っていった。

 またキャビテ軍港に降ってきた雨は魚雷倉庫や重油タンクにも命中し、キャビテ軍港は軍港としてまったく使い物にならなくなってしまった。


 ちなみにどうでもいいことかもしれないが、護衛の零戦は台湾から来たものではない。

 史実では、台湾から一式陸攻についてきた零戦を、マッカーサーはそうだとは信じようとせず、近くに空母がいると言い張ったとされている。また操縦しているのはドイツ人だ、とわけの分からんことまで言ったらしい。

 しかし、この物語の世界のそれはそこまでの航続距離は有しておらず、これらの零戦は皆バブヤン諸島近海まで進出してきた第六航空戦隊……『千歳』『千代田』『瑞穂』『日進』……から飛び立ったものだった。

 ……閑話休題。



 マニラの総司令部の地下壕から這い出てきたアメリカ極東軍司令官のダグラス・マッカーサー陸軍大将達は、意外にも総司令部の建物が無傷であることに驚きつつ、各地の基地の被害状況の報告を受けて愕然とした。

 フィリピンにおける最大の軍事基地、といっても過言ではないクラーク空軍基地とキャビテ軍港が、文字通り使用不能となってしまったのだ。

 アジア艦隊はすでに南へ退避しているから良いものの、軍港周辺に流れだした重油は除去したくても出来るわけもなく、滑走路を穴だらけにされ燃料タンクや弾薬庫までもが被弾した空軍基地は、日本軍の上陸が予想されている以上、放棄せざるを得ない。


 「どうします司令官。ルソン島の飛行場は軒並み壊滅状態です。……つまりルソン島を守る空の傘は、無くなってしまったわけですが……」

 「ミンダナオ島はどうだ?」

 「今のところ何も……しかし開戦前にフィリピンの航空戦力のほとんどを、このルソン島に集めてしまいましたから、日本軍の機動部隊を防ぐ術は残念ながらありません」

 「参ったな。これでは既定方針通り、コレヒドール要塞とバターン半島に籠る以外、なす術はないではないか」

 「はぁ」

 「いたしかたない。移動の準備を始めろ。フィリピンをジャップの手に渡してはならん。救援が来るまで耐え抜くのだ」


 マッカーサーがフィリピン防衛の方針を決定した頃、日本領マリアナ諸島に囲まれるような位置にある米領グアム島は、すでに日本軍の手に落ちていた。

 日本の勢力圏下に孤立しているため、米軍はほとんどこの島に手を加えていなかったのだが、そんなことは帝国海軍も承知のことであり、差し向けた兵力はたいしたものではなかった。

 サイパン島に集結していた第四五一空の水上機部隊が、六〇キロ及び二五〇キロ爆弾の雨を降らせた後、駆逐艦の援護のもと一五〇〇の第一連合特別陸戦隊が上陸すると、一欠片も勝ち目がないことを分かり切っている米軍司令官は、戦闘らしい戦闘をせずに降伏、グアム島は日本軍の手に落ちた最初のアメリカの領土となった。



 翌日、ホワイトハウス。

 「……沖縄近海に配置した潜水艦からの報告ですが、沖縄にいた大輸送船団が南に向かって動き出した模様です」

 海軍長官のウィリアム・ノックスがどこかたどたどしく報告すると、フランクリン・ルーズベルト大統領はぶっきらぼうに応えた。

 「目標はフィリピンか?」

 「恐らく。もっともその潜水艦からの通信は途絶しています。ただいま別の潜水艦を急行させていますから、まもなく連中の主目的が分かるでしょう」

 「ふむ、マッカーサーからは何かないのかね? 何でも猛爆を喰らったようだが」

 「は、在フィリピンの戦力のほとんどを敵が上陸してくるであろう、ルソン島のリンガエン湾とコレヒドール要塞、バターン半島に集めているとのことです。つまり……」

 ヘンリー・スティムソン陸軍長官の報告をルーズベルトは遮って言う。

 「ルソン島以外は放棄したということかね?」

 「完全にというわけではないようですが、まぁそういうことだと思います」

 「……それで、海軍はどうなっている? いつになったらハワイから出撃出来るのかね?」

 「は、はい。……正直なところ年内に出来るかどうか厳しいところです。海兵隊は編成を完了しましたがまだ訓練中ですし、新鋭のサウスダコタ級戦艦もまだ他の艦と足並みを揃えての艦隊運動にはまだ不安があります……」

 「いいかね海軍長官。何が何でも、年内に出撃するのだ。さもないと我が合衆国海軍は世の笑い物になってしまう」

 「し、承知しました」


 「緊急の報告です!」

 二人のスタッフが小走りに入って来る。

 このところ『緊急』で無かった報告があっただろうか?

 ルーズベルトがひとり心の中でぼやいていると、コーデル・ハル国務長官が立ち上がった。

 「ロンドンからです。ドイツ軍がモスクワをほぼ手中におさめたようです。ソ連政府とは昨日から連絡がつきません。……一体どこに逃げたのやら」

 「あのスターリンのことだ。どこかの地下壕にでももぐっておびえているさ。しかしまぁソ連には頑張ってもらわなければならん。支援物資の輸送は早急に行わねばな」

 苦笑しながらルーズベルトがそう言うと、海軍作戦部長のハロルド・スターク海軍大将が気まずそうに立ち上がる。

 「またもや悪い知らせです……ウェーク島とフィリピンのミンダナオ島が日本軍の爆撃を受けたようです」



 日本領マーシャル諸島の北にある米領ウェーク島は、太平洋上にポツンとある小さな島だ。

 当初の計画では、開戦後ただちに上陸部隊を差し向ける予定だったのだが、はたしてそれだけの価値があるのかはなはだ疑問である、という意見が出たため空母『橋立』の艦載機による空襲と戦艦『日高』の艦砲射撃で、島を無力化することで日本軍の攻撃は終わった。

 もともと食糧の自活が出来るような島ではなく、保存食に頼っていたウェーク島だが、その倉庫が三六センチ砲弾の直撃を受けて跡形も無く吹き飛んでしまったため、残された守備隊は無人島に流れついた沈没船の乗客のような状態になってしまった。


 一方、ミンダナオ島を空襲したのは、パラオ諸島に展開していた帝国陸軍第二航空師団の呑龍八五機と、九九式軽爆五六機、そしてその護衛に増槽を抱えた隼三二機である。

 とは言え、隼はわざわざ来た意味はあまり無かった。

 というのも、昨日の帝国海軍の攻撃でフィリピンの戦闘機部隊はほぼ壊滅しており、ミンダナオ島に残されたそれは文字通り一握りで、彼等も旋回機銃がニョキニョキはえている爆撃機の集団に突っ込んで行くだけの勇気を持ち合わせてはいなかった。

 結局、帝国陸軍の爆撃部隊は高射砲の攻撃によって三機を失ったが、その代わりに得た戦果はミンダナオ島の米比軍の戦力を著しく低下させるという、非常に大きなものだった。



 一二月一三日夕刻、東京霞ヶ関にあるビルの一つを占めている『帝国総合作戦本部』の一室。

 「先遣隊は予定通りA地点を通過しています」

 参謀総長の東條英機陸軍大将が壁にかかっている巨大な世界地図……太平洋地域のみ……の一点を木の棒で右側から指し示して言った。

 無論、A地点というのはただの海上のポイントで、便宜上つけた名前である。

 「海軍の支援部隊も予定通り、スル海を抜けて合流地点のB地点に向かっています」

 と左側から軍令部総長の長谷川清海軍大将。

 「敵の主力は予想通り、ルソン島の要塞や重要拠点に集結していると見て良いのですか?」

 連合艦隊から派遣された参謀長の宇垣纏海軍少将が質問すると、南方方面軍から派遣されている総参謀副長の青木重誠陸軍中将が起立して答えた。

 「開戦直後より、我が方面軍隷下の第五航空師団が絶えず一〇〇式司偵を飛ばして状況把握に努めていますが、その報告の中に一昨日から急にルソン島以外の島から出港する船の数が増えている、というものがあります。他島に展開していた部隊がルソン島に集まってきていると見て、まず間違いないでしょう」

 「……そういえばアジア艦隊の動向はつかめたのですか?」

 今度は反対に、フィリピン攻略を担当する第一軍の参謀長である前田正実陸軍中将が尋ねる。

 「えぇ、オランダの東インド植民地艦隊と一緒にマカッサルにいるようです」

 長谷川が手に持った資料を見ながら答える。

 「失礼ですが、その情報は信頼に値するのですか?」

 前田が尋ねる。フィリピンに渡る輸送船の護衛を海軍に任せきりである以上、彼にすれば恐ろしく重要なことだ。

 「絶対とは言い切れませんが、支援を約束した現地の独立組織からの情報ですから、まず信頼しても良いかと」

 「その対策はとってあるのだろうね? もし戦力の低い第三艦隊にしか守られていない輸送船団のなかに切り込まれでもすれば、大変なことになるぞ」

 今まで黙っていた海軍出身の総理大臣、米内光政海軍大将が突然、口を開いた。

 「はい。パラオにいる第二艦隊には出撃を命じてあります。今頃サンギヘ諸島付近で哨戒行動をとっているはずです」

 長谷川が、ミンダナオ島の南約二百キロの地点をさして説明する。


 「失礼します!」

 こちらも沈黙を保っていた東郷茂徳外務大臣に……何度目だ?……一枚の電文が手渡される。

 それを読んだ東郷は眉間にしわを寄せて、その電文をにらみつけた。

 「ど、どうしました?」

 その様子に慌てたのか青木がどもりながら尋ねる。

 「イギリス政府からの要請です……」

 「どのような?」

 その場にいた皆の意見を代弁した陸軍大臣の杉山元陸軍大将の問いに東郷は約一〇秒、沈黙し続けた。

 「……要約するとこんな感じです。ソ連がその極東軍を西に回せるように、貴国が努力することを望む」

 「えっ!?」

 「まぁ驚かれるのも無理ありません。要するに我が国と、そう満州帝国と大韓帝国もですな。ソ連との間に何らかの形で……例えば不可侵条約を結んでくれ、ということですからね」

 「……そうすれば戦力を回復したソ連軍に対処するために、東部戦線のドイツ軍は他の戦線に移動出来なくなりますから、必然的に西のイギリスにかかる負担は減るということですね」

 確認するように言った東條にうなずき返しながら、東郷はさらに続けた。

 「電文にはこうもあります。……この件に我が大英帝国が絡んでいることはくれぐれも内密にしてもらいたい、と」

 「ずいぶん勝手ですね。アメリカにとやかく言われたくない気持ちは分かりますが……」

 「総理、いかがいたしましょう?」

 海軍大臣の百武源吾海軍大将がぼそりと言った。

 「……とりあえず保留にしておこう。イギリスには悪いが我が国は今、東と南の敵をどうにかしなければならん。北の敵の事を考えるのはその後だ」

 「分かりました」


 「失礼します!」

 勢いよく入ってきたそのスタッフは、自分が会議のメンバー達に『今度は何だ?』という目で見られていることに一瞬たじろいた様子だったが、すぐに真顔に戻り長谷川に耳打ちした。

 「……米蘭艦隊が動き出しました。至急、迎撃させます!」


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