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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第五章 帝国、太平洋の嵐へ
21/113

二一 台湾沖航空戦



 一九四一年一二月八日未明。


 ……言い忘れていたがこの物語の時間は全て日本時間である。


 七五機に及ぶB17フライングフォートレスの大編隊が、バリンタン海峡上空を飛んでいる頃、関係する諸国同士で宣戦布告がなされ第二次世界大戦は文字通り『世界大戦』となった。

 もっともそれぞれの外交官の態度も淡々としたものだった。

 こうなることは分かりきっており、本国からの暗号が解読出来ない、などという事態も起こっていない。


 さて、台湾である。

 地理的にフィリピンからの攻撃をもっとも受けやすいこの島では、帝国海軍の一大基地がある高雄を中心に、もしもの時のために本土よりもはるかに多い防空壕が掘られており、日米関係が悪化してからは避難訓練も頻繁に行われていた。

 そんなおかげで、バシー海峡に達したB17を哨戒に従事していた帝国海軍の駆逐艦が発見し、高雄基地に設置された対空電探にその影が写った頃、周辺住民は皆避難を開始することが出来ていた。

 無論身を隠すだけではない。

 知らせを受けた台湾各地の飛行場からは、次々と戦闘機が南へ向けて舞い上がっていく。

 彼らは上昇しながらも、部隊ごとに何度も訓練したとおりに散会し、ある部隊は急上昇、ある部隊はある程度低空を、またある部隊は敵の後ろに回り込むように飛んで行く。


 B17の部隊は目標である高雄基地を視界にとらえると同時に、自らに向かってくる多量の戦闘機をも視界にとらえた。

 「お迎えが来たな……」

 先頭を飛ぶB17のコックピットで、飛行隊長が呟く。

 「これはこれは、たくさんいますな。でもジャップの連中、この機体を見ておったまげてますよ。……ん? 双発機もいますね」


 この双発機、一式複座戦闘機『屠龍』……海軍版はまだない……は日本が初めて開発した双発戦闘機だ。

 そもそも双発戦闘機というものは、運動性は単発機に劣るが、エンジンを二つ搭載することにより爆撃機に随伴出来るだけの航続力、そして単発機に勝る速力と攻撃力を持ち、沢山の爆弾も積める、カメラを積めば偵察機! 素晴らしい、正に万能兵器だ! という具合に各国で研究開発された。

 しかしこの『万能兵器』はドイツ空軍のBf110のようなどっちつかずの機体となり、実は『無能』であることが明らかになりつつあった。

 日本も当然この『万能兵器』の研究していたが、バトル・オブ・ブリテンにおいて少数混じっていた双発戦闘機が何の役にも立たないどころか損害ばかりが多い、という情報が入ってくると、研究方針の変更を余儀なくされた。

 ようは一つ機体にあれもこれも機能を持たせることは良くないということだ。

 結局、B17の情報等や例の防空戦研究会の意見から大型爆撃機の迎撃戦闘機として開発されたのだ。

 一一〇〇馬力のエンジンを二つ搭載し最高速度五三〇キロ、日本軍機随一の高高度性能を誇り、機首に二〇ミリ機銃を二挺、主翼に一二,七ミリ機銃を四挺、後部座席に一二,七ミリ旋回機銃一挺という重武装を持っている。また機体強度も高く一撃離脱に適した機体である。


 「しかしまぁお迎えを受けるわけにはいかん。全機エンジン全開! 突っ走れ!」

 飛行隊長が無線機に向かって絶叫するのと、斜め上にいた日本機が機銃を乱射しながら急降下してくるのはほぼ同時だった。



 「まだなのか?」

 高雄の南約二〇〇キロ、バタン諸島……半島ではない……の近くで、第三四三海軍航空隊第二戦闘隊隊長の長峰義郎海軍大尉がつぶやいた。

 彼を含む九六機の雷電は『回り込んだ』部隊である。

 彼等に与えられた任務は、まさに『落ち武者狩り』というにふさわしいものだった。

 フィリピン攻略に最も邪魔なものは米極東航空軍といっても過言ではない。何が何でも早期に潰さなければならない。

 そんなわけで味方の攻撃を受け、傷を負ったB17を確実に仕留める必要があるわけだ。また敵味方の戦意にも影響するだろうから、という理由もある。


 「山田一番より全機、方位〇度より四発機接近! 数は……約一〇!」

 三四三空飛行隊長兼第一戦闘隊隊長の山田道徳海軍少佐から報告が入る。

 その方角を見るとなるほど、一〇機程のB17がこちらに向かって飛んでくる。

 煙をはいている機体もあるが、高雄上空での迎撃を何とかくぐり抜けたようだ。

 高度は約七〇〇〇メートル、三四三空は皆六〇〇〇メートル付近を飛んでいるから、雷電の大部隊は必然的に急上昇していく。

 空中戦においては敵よりも高い位置をおさえたほうが格段に有利になるのだ。

 三四三空の雷電は二機ずつのペアを組み、新たな迎撃機を見つけて逃げようとするB17の後ろにつくべく機動していく。

 後には一三挺もの機銃で身を固めることになるB17も、この時点ではそれほど重防御なわけではない。

 おまけに、必死にフィリピン防衛を叫ぶアメリカ極東軍司令官のダグラス・マッカーサー陸軍中将の声はワシントンには届かなかった、というよりも無視された。最新型のB17はそのほとんどが欧州戦線に回されていたのである。

 ただでさえ少ない旋回機銃も、高雄上空で急降下してくる屠龍、雷電、鐘馗を狙っているすきに、低空からこっそりと忍び寄って来た零戦、隼に狙い撃ちにされて、穴だらけにされていた。

 そんなわけで、著しく防衛力の低下したB17の背後についた三四三空の雷電は、さしたる妨害も受けないうちに主にエンジンに向けて六挺の一二,七ミリ機銃を撃ちまくった。

 単純計算で一〇機ずつの雷電に襲われたB17は哀れだった。

 主翼がちぎれるもの、エンジンが爆発するもの、垂直尾翼が吹き飛ぶもの……

 まだ脱出する余裕のある機体からはB17のクルー達が、パラシュートをしょって飛び出してくる。

 もっともここは海の真上。脱出したところで、泳いでいなければならないが、おそらく付近の駆逐艦が気付いて救助するだろう。艦隊もいることだし……



 一時間後、高雄基地。

 B17はとうに去り、第二派が来る気配もなくなった基地では、少なからず損害を受けたため復旧作業が始まっていた。

 後に『台湾沖航空戦』と呼ばれることになるこの戦いにおけるアメリカ側の損害は、未帰還二七、帰還後廃棄処分一四、着陸事故による廃棄処分二、機上戦死者を含む人員喪失約四〇〇名。

 対する日本側の損害は、未帰還一三、帰還後廃棄処分八、着陸事故による廃棄処分三、爆撃による死者を含めた人員喪失約五〇名、全壊した建物六、半壊一五、滑走路一本が使用不能というものだった。


 「臨時ニュースを申しあげます。本日未明、帝国陸海軍は米蘭両国と戦争状態に入れり。繰り返します……」

 基地の復旧作業とは関係の無い整備兵達の詰め所で、ラジオを聞いていた佐脇悠子海軍二等整備兵曹はふとした疑問を口にした。

 「何でオランダまで?」

 「ん? まぁオランダも本国政府がアメリカに亡命しているからな。唯一実体のある南太平洋の植民地を危険にさらしてでも、アメリカに本国奪回の手助けを求めなければならないのだろう。敵ながらつらいものだな」

 なぜかはともかく意外と国際政治に詳しい大林道彦海軍整備曹長が、大体当たっている答えを口にする。

 「はぁ……」

 反対に国際政治に疎い佐脇は、自分から聞いておきながら生返事で返す。

 「まぁそんな理屈は、最前線にいる俺達には関係ないさ。……お帰りになったぞ」

 苦笑いを浮かべながらそう言った大林の視線の先には、帰還してきた雷電の姿があった。

 時間的に三四三空のものと判断されるため、三四三空所属の整備兵達は慌てて駐機場に向かって駆けていく。

 佐脇二整曹もそのうちの一人だが、彼女の目はしっかりと煙をはいている三機を含めた『九五機』の編隊を捉えていた。

 (一機足りない……)

 煙をはいている三機からまず着陸してくる。

 彼女は手を動かしながらも、目だけはそれらの機体の垂直尾翼をむいていた。

 垂直尾翼にかいてある識別番号を見れば、どこの部隊のどの機体なのかが分かるからだ。

 しかしそれらは探している機体とは違った。

 手負いの三機が無事に着陸したのを認めると、それまで基地上空で旋回していた雷電の群れが次々に着陸してくる。

 整備兵達ははとたんに忙しくなった。

 状況が状況だけに、機体からパイロットが飛び降りてすぐに整備を始めて、またいつでも飛び立てる状態にしなければならない。

 「おい佐脇! ボサッとしてないで仕事しろ!」

 大林の怒鳴り声で一瞬萎縮した佐脇だったが、すぐに持ち前の笑顔に戻って機体の整備を始めた。

 そんな彼女の近くに、三四三空第一〇小隊長機を意味する番号を垂直尾翼にかいた雷電が止まった。



 「……それは本当かね?」

 三時間後、ホワイトハウスの大統領執務室。大統領のフランクリン・ルーズベルトが信じられないといった口調で尋ねた。

 「は、はい。信じがたいことではありますが本当です」

 報告に出向いた合衆国陸軍参謀総長のジョージ・マーシャル陸軍大将がおずおずと答えた。

 「私にはとても信じられんよ。たった一回きりの出撃でフィリピンの重爆隊が、もう再出撃は不可能だというほどのダメージを受けたとはな」


 フィリピンに展開する米極東航空軍の重爆隊の要は、合わせて八八機のB17だった。

 この極東航空軍の指揮を任されているルイス・ブレリトン陸軍少将は、性急に過ぎるという周囲の反対を押し切って故障機とわずかな予備機を残してそれらを総出撃させた。

 彼の見方によれば、台湾の航空基地さえ潰してしまえば制空権の面からフィリピン防衛にもある程度目処がつくはずだった。

 台湾の基地航空隊の代わりは空母機動部隊でも務まるが、それもハワイの太平洋艦隊が出てきてしまえば、どうしてもそっちに向かわざるをえなくなる。

 しかし、その頼みの太平洋艦隊が出撃するまでに時間がかかると分かり、かといってワシントンからは督戦を受けている。現地の司令官としてはとにかく目の前にある脅威を潰すのみ。後のことを考えている余裕は無かったのだ。

 そして、その結果は前にも述べたように悲惨なものだった。

 一回の出撃でおよそ半分の機体が失われ、助かった機体も少なからず損傷を受けているため、修理する必要がある。

 さらに日本機がしつこく旋回機銃を狙ったせいか、機銃員はほぼ壊滅状態。

 これでフィリピンに残された爆撃機は、わずかにあるB17の予備機や、双発のB18等の旧式機合わせて約九〇機。

 見た目まだ何とかなりそうだが、肝心のB17の数が減っているため、とてもではないが再出撃など出来たものではない。そもそもB18では航続距離が足りないのだ。


 「それで? 君達はこれからどうするつもりだね? 太平洋艦隊の出撃が年内に出来るかどうかぐらい、連中ならもう気付いているだろう。今年も残り二〇日程だが、それまでフィリピンはもつのかね?」

 ルーズベルトの冷ややかな問いに、居並ぶ将軍達は体を硬くした。

 「……我がアジア艦隊の戦力はお世辞にも高いとはいえません。なにせ戦艦も空母もありませんから。ですからここはいったん引き、インドネシアのオランダ艦隊と合流する予定です。その後はインドネシアに南下してくるであろう日本軍を攻撃するつもりです」

 合衆国海軍の軍人のトップに位置する海軍作戦部長を務める、ハロルド・スターク海軍大将が答える。

 「陸軍は当初の計画通り、主力をコレヒドール要塞とバターン半島に集結させるつもりです。あそこは我が国が長い年月をかけて作り上げた要塞ですから、日本軍の猛攻を受けても三ヶ月は耐えるでしょう。……もっともそれまでに太平洋艦隊が来なければ、意味ありませんが」

 そんなマーシャルの応答に、スタークは顔をしかめた。

 「しかしまだ、極東航空軍は壊滅したわけではありません。……確かに台湾を爆撃することなどはもう出来ませんが、強大な戦闘機部隊は健在です」

 陸軍航空軍総司令官のヘンリー・アーノルド陸軍少将が、自身の首と誕生したばかりの陸軍航空軍の名誉をかけて必死に言う。


 ルーズベルトはそんな将軍達の話を聞きながら思った。

 (フィリピンか……マッカーサーには悪いが、あそこを失うことも想定の範囲内だ。最終的な勝利は我が国にある。一回くらい敗けてもいいではないか。……しかし西部劇に代表される我が国の発想では仕掛けられたほうが正義だ。ドイツはともかく……日本に対しては……ほんのわずかとはいえ立場が弱いな……まぁ勝ってしまえば関係ないか)


 「ところで、あの件の進捗状況を聞きたい」

 突然話題を変えた大統領に側近達は一瞬キョトンとしたが、コーデル・ハル国務長官が冷静に対応した。

 「オーストラリア、でしょうか?」

 「そうだ。オーストラリアをこちらに引き込めば、南からの侵攻が可能となるからな」

 「目下交渉中です。イギリスが中立を宣言しましたから、いまいち態度がはっきりしませんが、おそらくのってくると思います。なにしろ多額の経済支援を約束しましたから」



 そして一日が過ぎ、大統領執務室に予想されていた悪い知らせが三つ入ってきた。


 一つ目は『モスクワ陥落』

 二つ目は『フィリピン空襲さる』

 そして『グアム島に敵上陸部隊』


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