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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第四章 嵐の前の静けさ
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二〇 戦争か服従か


 一九四一年七月八日。

 この日、ハワイはオアフ島のホイーラー米陸軍飛行場に武装グループが侵入、駐機されていた航空機が六機破壊された。

 そして当然のごとく基地の守備隊との間に銃撃戦が勃発、小銃や手榴弾しか持たない武装グループは、機関銃の猛射を受けて全滅した。

 ハワイの陸軍当局はすぐさま緊急の記者会見を開き、犯行グループの身元はまだ特定されていないものの、顔を見る限り日系人であることを発表した。

 そして五日後、再び開かれた記者会見で当局はとんでもない発表をしたのだ。



 「で? アメリカは何と?」

 総理大臣の米内光政海軍大将は、半ばよからぬ答えを予想しつつ、総理執務室まで報告に来た東郷茂徳外務大臣に尋ねた。

 「はい。犯行グループは全部で六人。そしてそのうちの五人が日系人の二世だということです。さらに……うち一人は純粋な日本人で、帝国陸軍の軍服を着ていて、階級は軍曹だということです」

 別の用件でその場に偶然にいた陸軍大臣の杉山元陸軍大臣の顔がわずかにゆがむ。

 「陸軍の軍服というのはそこらへんの店で売っているものなのかね?」

 「は、はぁ……似たようなものならありますが、完全なものの売買は認めておりません」

 米内の穏やかだが鋭い追及に、杉山はやや慌てて答えた。ちなみに、先の憲法改正に伴い内閣総理大臣の地位は『同輩中の首席』から『内閣の首長』に格上げされており、史実のように陸軍が大臣を送らないと内閣は崩壊するということは起こり得ないことになっている。

 「その写真みたいなものはないのですか?」

 「それが機密事項ということで、写真の発表はされていないようです」

 「するとただの嘘ということも有り得ますね」

 「何を言っているのですか、嘘だろうと何だろうと我が国にとってこれほど面倒なことはないですよ!」

 近衛文麿内務大臣の呆れたようなその一言で場の空気は変わった。

 真夏だというのにまるで真冬のように冷たくなったのだ。



 それから一週間後、帝国海軍吉田浜飛行場。

 「それで、東京からの命令ってやつはなんなのですか? 富田司令官」

 第三四三海軍航空隊の司令官室で、第二戦闘隊隊長の長峰義郎海軍大尉が、自分達を呼び出した上司、富田卓次郎海軍大佐に問いかけた。

 「あ、あぁ。実は今度我が航空隊に例の新型戦闘機の『雷電』がやってくるのだよ。それ……」

 富田の説明を聞いて、その話が終わってないにも関わらず、長峰は目を輝かせて叫んだ。

 「『雷電』ですか! こいつは良い知らせだ! よし、さっそくみんなに……」

 「長峰大尉! まだ話は終わっておらん!」

 「……失礼しました」

 富田が珍しく怒鳴ると、あまりにも珍しいためにさすがの長峰を萎む。

 「まったく……本題はここからだ。『雷電』の慣熟訓練が済み次第、我が航空隊は高雄に進出することになった」

 「はい?」

 「時期的には一〇月の中頃までに、ということになっているからまぁ焦ることはないな」

 「はぁ、でもなんでまた高雄に?」

 長峰が質問する。

 「ふむ、我が航空隊だけではないらしい。西日本にいるほとんどの航空隊には同じような命令がいっているようだ。……それからすでに七五一空と二五一空、つまり二ヶ月前までの鹿屋空と台南空が一緒になって、第一航空艦隊というもの編成したらしい」

 「すると我が航空隊もその傘下に?」

 「おそらくな。そしてその目的は……」

 「フィリピンからやってくる米軍の迎撃、さらには南方進出の援護、といった所でしょう」

 「なんだ、察しがいいな。まぁともかくそういうことだ、よろしく頼む。……おっと言い忘れていた。このことはその日が来るまで我々だけの秘密だ。無用な波風はたてんほうがいい」

 「分かっています」

 ちなみに最後の一言は五人が同じことを言っている。

 長峰が目立ち過ぎて存在感の欠片もないが、一応三四三空も三個の戦闘隊と一個の偵察隊、そして一個の飛行場守備隊からなっている。あくまで念のため……



 四ヶ月後、つまり一一月一五日。

 高雄基地に第一航空艦隊の隸下部隊が全て集まった頃、日米関係はこれ以上無いほどに冷えきっていた。


 先のホイーラー飛行場襲撃事件をアメリカ政府は日本政府と繋がった、もしくは直属の工作員によるものであると断定していた。

 無論日本政府にとってすれば身に覚えの無い言い掛かりであり、賠償を求めるアメリカ政府との話し合いは平行線のままだ。

 お互いの世論もこの問題に対して過敏に反応し、反日、反米感情が猛烈に沸き起こっていた。

 アメリカ政府はこの状況を喜び、日本政府は危機感を覚えた。


 「一国の総理としてこんなことを言うのもどうかと思うが……どうやら戦争を回避することはほぼ無理なようだ。外務大臣」

 米内に名指しされた東郷が立ち上がる。

 「これは昨日、ワシントンの大使館から送られてきた電文です。内容は多岐にわたりまた長いものですので、簡潔に向こうの要求を申しあげます。……『中国からの即時撤退、樺太及び南洋諸島の放棄もしくは非武装化、またアメリカ資産の凍結解除、ハワイ米飛行場襲撃事件に関しての謝罪及び賠償……』」

 「もうよい」

 ため息をつきながら米内が遮る。

 「総理……」

 「早い話が日露戦争以後に我が国が獲得した権益を放棄せよ、ということだな。しかし中国からの撤退とは…どういうことだ? 確かに北京や南京等に部隊がいるにはいるが…」

 「しかしいずれも大隊規模です。……まさか満州から?」

 杉山がやや青ざめた表情を作って言う。

 「解釈が難しいですな。アメリカは満州帝国を承認しておりませんから、彼等にいわせれば満州も中国の一部になるのかもしれません」

 「満州を手放す訳にはいかない。無論樺太や南洋諸島もだが……しかしこの要求は、権益を放棄するか戦争をするかと聞いているようなものだ」

 「しかしそれでは……」

 東郷が不安そうに言う。

 「事は極めて重大だ。どちらを選択しても帝国にとって良いことではない」

 「アメリカ合衆国は世界経済を支配することを望んでいます。そしてそれを邪魔しているのがドイツ、ソ連も社会主義ですからいつかは敵対するでしょう。そして、我が日本です」

 近衛が指摘する。分かり切っていることで、誰も反論出来ない。

 静かになった会議室に外務省のスタッフが入って来た。

 その報告を受けた東郷の顔が目に見えて青ざめた。

 「どうしたのですか?」

 「ドイツ軍の一部がモスクワ市内に突入した模様です。モスクワの日本大使館は出来る限りの邦人を保護しているそうですが、ソ連政府との連絡はつかないということです……」



 一一月一九日。

 「日本の反応はどうだね?」

 ワシントンのホワイトハウスの大統領執務室で、大統領のフランクリン・ルーズベルトは国務長官のコーデル・ハルに問いかけた。

 「このあいだと同じで、『黙殺』です」

 「そういう態度でくるならば、目にものを見せてやろう。国務長官、もう一度日本側と話し合いの席を作ってくれ」

 「承知しました。そしてさらに過酷な要求を突きつけるのですな?」

 「そのとおりだ。さて諸君。日本が折れれば話は早いが、そうもいくまい。戦争となったときの準備は出来ておるな?」

 「海軍は主力部隊に関しては万全です。太平洋艦隊には新たに新型の戦艦を六隻、空母も二隻回しました。上陸作戦を行う海兵隊も西海岸で編成中です」

 海軍長官のウィリアム・ノックスが胸を張って答える。

 「フィリピンの守りはどうなっている?」

 「航空部隊に関してはP−40トマホークを中心に戦闘機二七〇機、B−17フライングフォートレスを中心に爆撃機一三〇機を配置しており、これからさらに増やす予定です。情報では台湾に日本の航空隊が集結しているようですが、これだけの数があれば圧倒出来るでしょう。しかし上陸されますと、何せ地上部隊の主力は錬度の低い現地人兵ですので、三ヶ月もてば良いほうです」

 陸軍長官のヘンリー・スティムソンがノックスとは対照的に、穏やかに答える。

 「ふむ、あまりのんびりとはしていられんな。そういえばロシアはどうなっている?」

 「モスクワは危なくなっています。ドイツ軍は相変わらず強いようですし、あるいは年内にも」

 「大統領、やはり欧州戦線にも介入なさるおつもりで?」

 外交顧問のハリー・ホプキンスが尋ねるとルーズベルトは力強く答えた。

 「ナチスを放っておくわけにはいかんし、この機を逃すわけにもいかん。それに元々我が国の戦略は二正面作戦だ」

 「しかし日本には我が国の三割から四割の力を振り向けなければなりません。それなりに厳しいのでは?」

 史実なら二割から三割なのだが、史実よりも高い技術力と工業力が、必然的にアメリカの負担を高めることになる。

 「確かにそうだ。だがこの機を逃すわけにはいかんのだ。今この時しか我が国が世界経済を支配する機会はないのだよ」


 そしてこの日のルーズベルトはある意味においてついていた。

 「緊急の報告です!」

 海軍のスタッフが急ぎ足で入って来ると、ノックスに耳打ちをした。

 「大変なことになりました。大西洋上で、スペインに向かっていた我が国の商船二隻が消息を絶ちました。Uボートが、という通信を残して」

 ルーズベルトはこれを聞くと誰にも気付かれないよう、こっそりと不気味な笑みを浮かべた。

 まるでこのことが、喜ばしいことであるかのように……

 そしてハルは、そんな大統領を不安そうに見つめていた。



 一一月二五日。

 日本政府はこの日アメリカ政府の最終提案、いわゆる『ハル・ノート』を受け取った。

 一切の妥協や譲歩を許さないこの文章の意味するところは、まさに『戦争か服従か』を問いただしているようなものだった。


 そして米内内閣はこの件を大胆にも国会にかけた。

 その結果は衆議院、貴族院共に満場一致とまではいかなくても、圧倒的多数の議員が対米開戦を選んだ。


 アメリカでもルーズベルト政権が対独及び対日開戦の許可を連邦議会に求めた。

 さすがに市民の代表だけあり、圧倒的多数とはいかなかったがほとんどの議員は賛成に回った。


 こうして太平洋をはさんでの大戦争の下地は完成した。

 『ハル・ノート』及びドイツへの謝罪要求……賠償と全占領地からの撤退という、受け入れるはずのないもの……の期限は史実通りの、日本時間一二月八日未明。


 とりあえずまだ一〇日はある。

 アメリカが最後に妙な余裕を出してきたことに日本政府は少しばかり違和感を覚えた。

 彼等のことだから国力に任せて一気にやって来るのだと思っていたのだが、どうやらまだ準備が充分に整っていないらしいということが外交暗号の解読から明らかとなり、どちらかというとほっとしたというのが実情だ。


 こちらの準備はとりあえず整っている。

 帝国陸軍はすでに戦時動員を開始しており、年明けには連度はともかく五個歩兵師団が新たに編成される予定だ。

 フィリピン攻略を任務とする寺内寿一陸軍大将率いる南方方面軍も、これを支援する帝国海軍第三艦隊と共に沖縄に集結している。

 室田政幸陸軍大将が率いる東方方面軍は、鉄壁の要塞と化したマーシャル諸島で米軍の来襲を待ち構えている。


 帝国海軍は開戦と同時に、アメリカ太平洋艦隊がマーシャル諸島にやって来るものとしてその迎撃作戦を練っていたが、どうも間に合わないらしいと分かり、戦艦や航空母艦の半数以上をフィリピン攻略に回し、上陸作戦の支援と米アジア艦隊の早期撃滅に作戦を変更した。

 艦載機も一部ではあるが新型機への転換が行われているし、質の良い航空燃料も確保している。

 膨大な数にのぼる艦艇群も整備を終えているし、民間船舶の徴用及び改造、新規艦艇の建造も始まっている。

 ただ残念なことに、大和型戦艦……『大和』『武蔵』……は間に合いそうにない。

 くどいようだが、この世界の帝国海軍は『航空主兵論よりのバランス主義者』であり、艦艇の建造について言えば、戦艦の優先順位は必ずしも高くはないのだ。

 ついでに言うなら戦略思想は防御的なものであり、むやみに侵略、攻撃はしない。もちろん真珠湾奇襲攻撃計画も……一応検討されたが……ない。


 同じ頃、モスクワではドイツ軍とソ連軍の間で熾烈な市街戦が繰り広げられていた。

 やはりアメリカの要求を呑むつもりのないドイツは、早急にフランスやアフリカに兵力を回さざるをえない状況にあり、早々に東部戦線で決着をつけるためか、史実よりも格段に豊富な冬季用装備を備えていた。

 対してソ連は『日ソ中立条約』などないうえに、強力な満州帝国陸軍や大韓帝国陸軍、それに両国に駐屯する帝国陸軍のせいで精強な極東軍を動かせず、危機的状況に陥っていた。


 ところでこの世界の日本の同盟国はドイツやイタリアではなくイギリスである。

 欧州戦線に関心がないといえば嘘になる、というよりむしろドイツやイタリアが頑張れば頑張るほど……イギリスには悪いが……アメリカによる日本への圧力は減るのだから、スイスやスペイン在中の外交官には頑張ってもらわなければならない。


 イギリス政府は予想通り、太平洋方面の戦争については中立を宣言した。

 彼等に言わせれば、日本など後でいいではないか、ということになるのだが、声高にそれを言えないところに大英帝国の息切れが見てとれる。



 そして世界はその日、一二月八日をむかえた。

 フィリピンはルソン島に点在する飛行場から、四発の大型爆撃機B17が続々と台湾目指して飛び立って行った。


 ようやくここまでくることが出来ました。携帯電話だけでこれだけの文章を書くのは中々大変なのですが、更新するたびに増えていく読者数がはげみになります。

 まだ話的には始まったばかりですし、内容的にも不十分なところもあると思いますが、これからもよろしくお願いします。


 ご意見、ご感想等もお待ちしております。



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