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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第四章 嵐の前の静けさ
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一九 帝国海軍・一九四一


 一九四一年七月七日、所は太平洋に浮かぶ南鳥島の東、およそ五〇〇キロメートル。

 本来なら見渡す限り何もない大海原が広がるだけなのだが、この日はえらく賑やかだった。

 理由は“連合艦隊大演習”が行われているからだ。

 その名前の通り帝国海軍に所属する艦艇のほとんどが参加しており、この日のために急遽拡充された南鳥島の飛行場を利用して、基地航空隊をも交えた大イベントである。

 また出来立てほやほやの新型艦艇や航空機や、恐ろしく影が薄いが大韓帝国海軍や満州帝国陸軍海上部隊、中華民国海軍、タイ王国海軍などの日本の友好国の海軍も参加していた。


 さてここで、軍縮条約明けに竣工、または制式採用された軍艦及び航空機、そして演習に参加している外国艦艇の紹介をしよう。


 まず、帝国海軍が飛鷹型の次に建造した正規空母である蒼龍型航空母艦……「蒼龍」「雲龍」……は基準排水量三万六〇〇〇トンを誇り三三ノットで海上を突き進む、現時点で世界最大級の航空母艦である。

 搭載機数は作戦によって多少の差はあるが基本的には一〇〇機から一一〇機であり、帝国海軍の空母では初の試みとなる油圧式のカタパルトを飛行甲板に設置し、艦橋のてっぺんには新型の対空電探が装備されている。

 自衛用の対空火器としては、九六式五〇口径一二,七センチ連装高角砲を片舷五基の合計一〇基二〇門、九八式六五口径三〇ミリ連装機銃を三〇基六〇挺を備え、上段格納甲板とシフト配置された機関室を囲む壁には五〇〇キロ爆弾及び一五センチ砲弾の直撃に、弾火薬庫には八〇〇キロ爆弾及び二〇センチ砲弾の直撃に耐えられるだけの装甲板が張られているが、飛行甲板に防御は施されていない。

 二隻揃って、客船建造に慣れた長崎の三菱重工業の大型ドッグで建造されたため居住性も抜群で、他の艦艇の乗員達は皆羨望の眼差しで、主力部隊たる第一航空戦隊を組んだこの大型空母を見つめていた。


 この蒼龍型の登場により一二隻もの正規空母を得ることになった帝国海軍であるが、航空主兵論よりのバランス体質の持ち主ということもあり、改造空母も四隻ばかり整備していた。

 千歳型航空母艦……「千歳」「千代田」「瑞穂」「日進」……がそれで、元々水上機母艦として建造されたが、それはあくまでも条約逃れの仮の姿。戦争になれば量産されるであろう合衆国海軍の正規空母への対抗上、常に前線に張り付いてなければならない帝国海軍の正規空母の補完を目的とする。

 規模的には、基準排水量一万三〇〇〇トン、搭載機数三五機から四〇機と軽空母に分類されるが、戦闘機と哨戒用の攻撃機を搭載して、艦隊の防空を主任務とすることを想定している。


 飛鳥型重巡洋艦……「飛鳥」のみ……は元ドイツ海軍の重巡洋艦「アドミラル・グラーフ・シュペー」である。

 インド洋で散々痛めつけられた後、呉工廠で修理され手馴れたタービンエンジンに換装したうえでの最高速度は三三ノット。二〇,三センチ連装砲四基、一二,七センチ連装高角砲を四基、三連装魚雷発射管四基と武装の面では完全に帝国海軍の巡洋艦と化している。

 仲間外れ的存在だが、ドイツ時代から搭載されていた対水上電探は、日本の技術者達によって徹底的に分析され、日本オリジナルの電探を作る時におおいに貢献していた。


 吉野型軽巡洋艦……「吉野」「天塩」「太田」「天龍」……は改利根型として設計され、基準排水量が七九〇〇トンに増え対空及び対水上電探等の電子兵器が強力になった他は、特にこれといった変化はない。

 強いて違いをあげるならば、艦形が直線的になって戦時中でも建造しやすいように設計されたという点がある。


 夕張型軽巡洋艦……「夕張」「黒部」「阿賀野」「阿武隈」……は改隅田型の防空巡洋艦である。

 主兵装は七基の一二,七センチ連装高角砲で、直線的な艦形になっている以外これも特に変わっているようには見えない。

 隅田型との違いは、効率の良い対空射撃をするために新開発された一式高射指揮装置を搭載している点があげられる。

 より高速化した敵機も追跡出来るよう作られており、今回の大演習で性能が認められ次第、他の艦艇の高射指揮装置も入れ換えられる予定である。


 陽炎型駆逐艦は、軍縮条約の排水量制限から解放された帝国海軍が久しぶりに造った艦隊型駆逐艦で、基準排水量二一五〇トン、九六式五〇口径一二,七センチ連装高角砲を三基、六一センチ四連装魚雷発射管……次発装填装置付き……を二基、爆雷も五四個積んでいる。またアクティブ・ソナーを帝国海軍で初めて搭載した艦種でもある。

 最高速度は三六ノットで、すでに計画通り一八隻が竣工している。そして、少しばかり手直しを加えた夕雲型駆逐艦が、各地の造船所で建造され始めている。


 秋月型護衛艦は史実でいえば秋月型“駆逐艦”的な存在で、魚雷を積んでいないため“護衛艦”の名称が与えられている。

 基準排水量は二七〇〇トンで一二,七センチ連装高角砲を四基、陸軍の迫撃砲をいじった九七式三〇口径五センチ三連装対潜砲を二基、通常の爆雷も八四個積んでいる。

 無論、新型の対空電探やアクティブ・ソナー、一式高射指揮装置も搭載している。


 零式艦上戦闘機“五二型”は、エンジンを従来型に比べて出力が向上し燃費も良い栄三二型に換装し、ロケット効果を狙った推力式単排気管を採用することにより、最大速力は五八〇キロを発揮する。

 もっともこれは、大慶油田の操業開始のおかげで航空機用燃料の生産により傾注出来るようになった樺太油田から産出する、高オクタンガソリンや高級オイルを使用してこその性能である。


 艦上爆撃機“彗星”は、引き込み脚や爆弾倉の採用、五〇〇キロ爆弾を抱えての急降下爆撃が可能なだけの機体強度等、空力学的に洗練された機体に一三〇〇馬力を発揮する金星エンジンを搭載することにより、爆弾を未搭載の場合五七〇キロという零戦並の高速を発揮し、主翼に二挺取り付けられた一二,七ミリ機銃を使って、旧式機相手なら充分戦えるだけの運動性を持つことに成功している。

 また帝国陸軍もこの高い性能に目をつけ、ダイブブレーキを取り外し装甲板を追加で貼り付けたタイプの機体を、一式襲撃機“海龍”として制式採用している。


 さて、この調子でいくと次は艦上攻撃機“天山”の出番になる所だが、この物語の世界においても未だに開発中であり、帝国海軍は未だに九六式艦上攻撃機を改良して使い続けている。

 この大演習に参加しているのは、“二三型”“三三型”。

 両者とも栄三二型エンジンへの換装や機体の改良により無武装で四〇〇キロ以上の高速を発揮し、三三型は装甲板やゴムが追加で取り付けられ、防御力も飛躍的に上がっているとされている。


 局地戦闘機“雷電”……陸軍名、一式戦闘機“鐘馗”……は主力戦闘機の開発を三菱重工業に持っていかれた中島飛行機が社をあげて造り上げた迎撃戦闘機で、一五〇〇馬力の出力を持つエンジンを搭載することにより最高六二〇キロの速力を発揮し、防弾性能も考慮されたため極めて頑丈な機体に仕上がっており、急降下性能も非常に優秀である。

 欠点をあげるならば、必然的に大きなエンジンを積んでいるため視界や操縦性が今ひとつなところだ。史実よりはましだが。

 ちなみに武装は九九式一二,七ミリ機銃を主翼に四挺、機首に二挺の合わせて六挺である。


 陸上攻撃機“泰山”……陸軍名、一式重爆撃機“呑龍”……は開発の際、速度と防御力に重点がおかれたため、なんだかんだで爆撃機にとって必須条件である航続性能に少々問題がある機体に仕上がっている。

 これに関しては専用の落下増槽の開発でお茶を濁したが、双発爆撃機にしては無武装で五一〇キロの速度と最大一六〇〇キロに及ぶ爆弾搭載量は充分と言える。

 本機の派生型として、武装を取っ払った輸送機型や、やや中途半端だが電探や磁探を積んだ対潜哨戒機型等もある。


 そして、最後は外国艦艇だ。

 満州帝国陸軍海上部隊がこの大演習に派遣してきたのは、新京型駆逐艦……「新京」「大慶」「錦州」……の三隻で、元になったのは帝国海軍の第一〇一号型駆逐艦であった。

 と言っても、黄海という活動範囲が著しく狭いため、航続性能は抑えられその代わりに速力の向上が図られている。

 また対潜砲や予算の問題から巡視船のような設備まである、陸軍国家という国情を重視した多用途艦である。


 大韓帝国海軍仁川型駆逐艦、中華民国海軍上海型駆逐艦、タイ王国海軍ソンクラ型駆逐艦……並べて書いたのは皆新京型駆逐艦と同じだからだ。

 国によって微妙な違いはあるにせよ、これらの“旅順型駆逐艦”……建造地より……と言われる小型駆逐艦は各国の主力駆逐艦として目一杯整備され、この晴舞台にやってきたわけだが、やはり目立たない。

 戦艦や空母、巡洋艦といった主力艦艇を自前で建造し運用出来る国はごく一握りだ。

 イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、(ソ連)、アメリカ、そして日本。

 その帝国海軍がこの海域に連れてきたのは戦艦一〇隻、空母一六隻、重巡一三隻、その他たくさん……というこれだけの大艦隊のなかでは仕方がないのだ。


 そんななか、唯一目立った派遣艦艇がいた。

 タイ王国海軍海防戦艦「バンコク」……旧帝国海軍戦艦「摂津」である。

 燃料は石炭から重油に変わり、対空兵装が新たに取り付けられ、日本から輸入した対空電探も装備している。そして主砲には、三〇,五センチ連装砲を三基積んでいる。

 出来る限り近代化されているが、連合艦隊司令長官山本五十六海軍大将をはじめ、「摂津」を知る者達は皆旧友を見るように「バンコク」を見つめていた。

 当時の欧米諸国の戦艦から見れば見劣りし、僚艦「河内」が不慮の事故で爆沈してしまったため“使い勝手の悪い”艦だった「摂津」だが、帝国海軍の部隊と合流した硫黄島付近では「信濃」以下日本戦艦群の祝砲を受けるなど、帝国海軍の歓迎ぶりにタイ海軍の将兵は驚く一方だった。


 さてこの「バンコク」。実は一年程前に大活躍している。

 一九四〇年八月二〇日。

 フランスがナチス・ドイツの影響力下に入り、国際的な地位が低下したことに便乗して、タイ王国は仏領インドシナとの国境問題を解決すべく、日本や満州から輸入した兵器を手に仏領インドシナに攻めいったのだ。

 そのとき起こったフランス海軍との海戦で、タイ王国海軍は日本製の海防戦艦「トンブリ」を失ったが、「バンコク」やソンクラ型駆逐艦等の活躍によりフランス植民地海軍の軽巡洋艦「ラモット・ピケ」をはじめとするフランス艦艇のほとんどを撃沈し、タイランド湾の制海権を確保している。

 また陸軍にも日本から輸入した九七式中戦車や九五式軽戦車、満州から輸入した七五ミリ砲を持つ一〇式自走砲が少数ながら配備されており、二線級の植民地軍を各地で破った。

 九七式戦闘機や九七式重爆撃機を装備した空軍は言わずもがなだ。


 連戦連敗に加え本国からなかば見捨てられた状態の仏領インドシナ政府が折れるのには、あまり時間はかからなかった。

 そしてタイ王国は自国に有利な国境線を認めさせると共に、東南アジア一の大国への道をひた走っていた。

 いずれ欧米諸国をアジアから追い出すことを目標としている日本としても、タイのような強い国家の存在は喜ばしいことであり、このあと日泰攻守同盟を結び関係を強化している。

 しかしこの出来事が、アメリカが対日強硬政策を始める一つのきっかけになったとかならなかったとか。



 「総理。アメリカが例の大演習について抗議してきました。『米領ウェーク近海での軍事行動は、太平洋の安全保証上認め難い。我が国は平和を望む』と」

 大演習の最終日、東京霞ヶ関の総理艦艇の総理執務室に於いて、外務大臣の東郷茂徳が総理大臣の米内光政海軍大将にそう報告した。

 「ふむ。まぁ分かっていることだが、アメリカもうるさいのう。こんなことまで言ってくるということは、やはり戦争を望んでおるのか」

 米内が呟くように言う。

 「……この頃のアメリカ本土から大使館に向けての電文を見ても、ある程度その兆候はあります」

 東郷は、外務省をあげて行なっている戦争回避のための活動が、何一つ成果を得ないことによるのか焦ったように言う。

 「困ったことだ……もっとも我々に解読されているなど夢にも思っておらんだろうな、アメリカ国務省の連中は」

 「はい、我が帝国陸軍の情報部の力は世界一ですからな」

 別段用があったわけではないのに執務室にいる、陸軍大臣の杉山元陸軍大将が得意気に言う。

 「外務大臣。向こうの外交暗号を解読出来ることはけっこうだが、まさかこちらの暗号は解読されておらんだろうな?」

 「ご心配には及びません。一週間後には新しい外交暗号が完成します。それも陸海軍と共同開発しましたから、強度も相当なものであると確信しております」

 東郷も今度は余裕があるのか、落ち着いて返事をした。

 「そのアメリカですが……アメリカ海軍が戦艦を新たに六隻造っており、すでに何隻かは完成しているという情報が入っています。……アメリカもなんだかんだで、軍備拡張にはしっているようですね」

 「六隻か……」

 「相変わらずすさまじい工業力ですね。我が国は二隻が限界だというのに」

 「だからこそ戦争を避けなければならんのだが……」

 「仕掛けられたらどうしようもありません。きっと体験したことのない長期戦、総力戦になるでしょう」

 「マーシャル諸島のほうはどうなっています? 敵が攻めてくるとすればまずあそこでしょう」

 と内務大臣近衛文麿が杉山に尋ねる。

 「すでに主要な島の要塞化は完了しています。兵力は二個歩兵師団と一個砲兵旅団、一個航空師団他ですから、連合艦隊がくるまで耐えることを保証します」

 「海軍としましても基地航空隊と陸戦隊を増強する予定です。またもし戦争になれば、クェゼリン駐在の艦艇は在マーシャルの民間人と共に内地に引き上げさせるつもりです」

 「賢明な判断だな……」

 「失礼します!」

 そのとき、一人の外務官僚が息も切々に会議室の中に飛び込んできた。

 そしてその報告を受けた東郷は、青ざめながら立ち上がった。

 「ハワイ、オアフ島の米軍基地が襲撃されたそうです。アメリカは……犯人は日系人グループである、と発表したそうです……」


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