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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第四章 嵐の前の静けさ
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一八 圧力と挑発



 「あけましておめでとうございます!」

 一九四一年一月五日。愛媛県松山市、省線松山駅前。

 「福山さん……こっちですよ、こっち」

 威勢良く声をかけたは良いものの、その相手が自分の姿を見つけられていないことに声をかけた張本人、佐脇悠子海軍二等整備兵曹は少しムッとしながら手を振った。

 「なんだ佐脇さんですか。こちらこそおめでとうございます。……で、なんでこんなところに?」

 ようやく気がついた福山和樹海軍一等飛行兵曹は……当然私服であるためどこからどう見ても軍人には見えない……佐脇のもとに歩み寄り、返事を返した。

 「母方の実家が広島市にあって、そこで年を越して、宇品港から船に乗って高浜に来たんです。それでちょっと用事があって駅前に来て、それで基地に向かおうとしたら福山さんが駅から出てきたので」

 「じゃあ一緒に行きますか? ちょうど飛行場行きのバスも向こうに停まっていますから」

 「ええ喜んで! でも福山さん、なんで東京から汽車で来たんです?」

 ちなみに二人の勤務する帝国海軍吉田浜飛行場は、一部民間にも解放されていて、大阪経由で羽田からの便も飛んでいる。

 「たまにはゆっくりと移動したいじゃないですか」

 「それもそうですね。……福山さん、ちょっと性格変わりましたよね?」

 「はい?」

 突然、思いもよらないことを言われ福山は返事に窮した。

 「いやなんか前よりも明るくなったというか、口数が増えたというか……」

 「そ、そうかな?」

 「基地の皆さんにも聞いてみればいいじゃないですか。きっと私と同じ事言うと思いますよ」

 その言葉に福山は苦笑いを浮かべた。まさか佐脇との会話が楽しいから、などと口がさけても言えるはずがない。



 さて、同じく新年をむかえた欧州の様子を見てみよう。

 イギリスとドイツとの間に講話条約が締結されたため、それなりに平和を取り戻していたが、アフリカではイギリスとイタリアとの戦いが続いており、北部フランスを始めドイツの占領下にある地域が解放されたわけではない。

 それでも欧州の人々は、いつも通りの平穏な生活を取り戻すべく最大限の努力をしていた。

 たとえ街角に敵味方の航空機や戦闘車両の残骸、果てには無惨な死体が転がっていようとも、そして家族に欠員が出ていても表立ってそれを口に出したりはしなかった。

 第一次世界大戦が終結したとき、当時海軍大臣だった現イギリス首相のウィンストン・チャーチルは「戦争は変わった」と言ったという。

 敵の陣地に突撃する兵士の勇気や愛国心を競い、国家や家族を守るためにあった戦争は、大量殺戮兵器の開発競争に変わってしまったということだ。

 もっとも、戦争は終わったんだ、と考えているような人はいなかった。

 チャーチルにしろ、ドイツ第三帝国の総統であるアドルフ・ヒトラーにしろ、お互いにまずい状況に陥ったから兵を引いたのであって、いつかは相手を潰さなければならないと思っていた。

 その証拠に、イギリスでは破壊された防御陣地や軍備拡張に多量の予算を注ぎ込み、破壊された市街の復旧に代表される公共の福祉に関する政策は二の次になっていて、ドイツでも似たようなことになっていた。



 次にアメリカの様子はというと、相変わらず海の向こうの戦争により大儲けしていた。

 しかしホワイトハウスの面々はそれどころではなかった。

 アメリカ合衆国こそ世界の覇権を握るべきである、という考えを持っているこの方々にしてみれば、欧州全土が全体主義国家たるドイツに征服されてしまうなどということは、悪夢以外の何物でもないのだ。

 もしロンドンが陥落したら理由はどうあれ参戦するために、色々と下準備をしていたほどだ。


 「まぁ、とりあえずの脅威はなくなっているわけだが……」

 ホワイトハウスの大統領執務室で、大統領のフランクリン・ルーズベルトは車椅子に座りながらぼやくように言った。

 「ドイツのことですか? 大統領」

 副大統領のヘンリー・ウォレスが尋ねると、ルーズベルトは小さくうなずいた。

 「あぁ、しかしあのヒトラーのことだ。このままではすまないぞ。欧州の動乱は一段落しているがあくまでも一段落に過ぎないのだ」

 「で、大統領はどうなさるおつもりですか?」

 外交顧問に就任したハリー・ホプキンスがゆっくりと言う。

 「君も分かっているだろうハリー、議会に例の法案を出すのだ。いくらイギリスが大国とはいえ、一国だけではナチスの連中を倒すことは出来ない。悲しい話だがこれが現実だ」

 「武器貸与(レンド・リース)法……ですね」

 「あぁ、我が国は世界的にみても遜色のない兵器を大量生産出来る工業力を持っておる。その気になれば何でも作れるさ」

 「そうそう、話は変わりますが我が国務省の情報部長の話では、ナチスはソ連にも侵攻する準備をしているようです」

 と国務長官のコーデル・ハルが新たな話題を持ち出すと、場の空気がさらに重くなり、ルーズベルトは苦笑いをしながら返した。

 「あの連中の基本方針は西を叩いてから東を叩くというものだからな。そのこと自体には驚きはせん。むしろ共倒れしてくれたほうが良いくらいだ」

 「はは、大統領も人が悪い……もっとも否定はしませんが」

 ウォレスがひきつった笑みを浮かべて言うと、ルーズベルトはハルに向かって尋ねた。

 「ところでアジアの情勢はどうなっている?」

 「我々にしてみれば悪いことになっています。中国共産党に昔の勢いはすでにありません。日に日に中国国民党に追い詰められているようです」

 「やはり背後には日本がいるのだな」

 「えぇ、中国国民党の主要兵器はほとんどが日本製、もしくは満州製のものになっていて、農民主体の共産党は一応我が国やソ連製の兵器を持っていますが、いかんせん時代遅れのものでして……」

 「満州製、か……」

 「はい」

 「ただの言いなりかと思っておったが、意外と発展著しいようだな。あの満州帝国は」

 苦々しくルーズベルトが言うと、ホプキンスも同調する。

 「確かに最初は日本の中国侵略の一つだと思っていましたが、国際的には清朝の復興ということになっていますし、アジアの中では日本に次ぐ大国になりつつあります」

 「もっとも我が国は承認していないがな」

 「するつもりなど大統領にはないのでしょう?」

 「無論だよ……もうすぐあの忌々しい軍縮条約が期限切れをむかえる。私は続々と就役してくる艦艇のほとんどを、太平洋艦隊に回すつもりだ」

 「……やはり、決心はかたいようですね」

 ハルが確認を求めるようにそう尋ねると、ルーズベルトは力強くうなずいた。

 「遅かれ早かれ、あの大日本帝国は我が合衆国の前に屈服しなければならん。その方法はなんであれ、私は私の代でそれを実行するつもりだ」



 ここで一気に話は飛んで、一九四一年三月一〇日。

 この日世界に文字通りの激震が走った。

 バルカン半島において、ドイツ軍によるギリシャ侵攻作戦『マリタ作戦』が開始されたのだ。

 史実よりもちょうど一月早く作戦が始まった理由としては、ある程度ドイツ軍のことを気にする必要がなくなったイギリスが、対ドイツ軍用に再編成した精鋭部隊を北アフリカ経由で、イタリア軍を叩くべく続々とバルカン半島に上陸させていたということがあげられる。

 危機感を覚えたドイツは、やはり史実よりも一月程早くバルカン半島に触手を伸ばし、すでにブルガリアやユーゴスラビアをその手中におさめていた。

 この段階で独伊連合軍が次にギリシャを狙っていることは明らかであり、そこに駐屯しているイギリス軍との間に再び戦争が勃発することは、誰にでも予想がつくことだった。


 そして醜い戦争はまたもや始まった。

 英独両政府はほぼ同時に講話条約を破棄し、宣戦を再布告したのだ。

 しかし戦いはあまりおもしろみのないものだった。

 なぜならドイツ軍が例によって、急降下爆撃機と装甲部隊による電撃戦を展開し、さらに少数ではあるが新型の四号戦車を投入したため、バルカン半島での戦いはあっという間に終わってしまい、イギリス軍はクレタ島に追い落とされた。

 そのクレタ島もドイツ軍が多大な犠牲者を出しながらも、空挺部隊により占領し、バルカン半島方面における戦いはいったん終結した。

 さらにそのまま南下してエジプトに侵攻しよう! という意見もあったが、無論そんなことにはならずドイツ軍は次なる敵、すなわちソ連に侵攻するために引き上げて行った。

 いわゆるバルバロッサ作戦が発動されるまで、再び欧州はほんの束の間の平和を手にすることになる。



 さらに話は飛んで一九四一年六月二二日。

 アメリカ合衆国政府は『日米通商航海条約』の破棄を一方的に通知してきた。

 彼らが言うところの理由は以下のようなものである。

 ・中国国民党政府は共産党に代表される反対勢力を力によって押さえ付け、さらには理由も無く無抵抗の人民を殺戮している。

 ・中国国民党政府がこのまま圧政を続ければ、東アジア地域の政情は極度に不安定となり、米国政府としては到底これを見逃すことは出来ない。

 ・そして一番の問題は東アジア一の大国である日本が、この抑圧的な政府を支援していることであり、その際に生じる利益を不当に得ていることである。

 ・米国及び仏、蘭政府は日中両政府を強く非難するとともに、両政府に対して経済制裁を加える。

 ・また『満州帝国』なる日本の傀儡国家を認めることは出来ず、日本軍は早急に中国より撤退すべきである。

 ・我々は中国に正当な政府が誕生することを望み、そのための支援を惜しまない。

 ……大まかに言うとこんなところだろうか。


 「アメリカの狙いはなんなのだ? 何がしたいのだ?」

 国会議事堂のとある会議室で、新たに総理大臣となった米内光政海軍大将は珍しく声をあらげた。

 米内が総理になったのは二ヶ月前、体調不良を理由に前任の中村祐二が辞任したからだが、当の本人は断るつもりだった。

 しかし、昭和天皇直々に頼まれるとさすがに断ることは出来ず、久しぶりの軍部出身の総理大臣として就任したのだ。

 あまり政治力に優れているとはいえない米内が推された理由には諸説あるが、海軍随一ともいえるその広い視野や、温和な性格が必要とされたと言われている。

 もちろん極端に物静かな総理大臣を補佐するために、その左右には各分野のスペシャリストが顔を揃えていた。


 「なんだかんだ言って、東アジア地域のために言っているわけではなさそうですね」

 外務大臣に就任した東郷茂徳がそう言うと、前任の外相であり内務大臣に横滑りした近衛文麿がつなぐ。

 「中国に対する自国の影響力を、より強固なものにしたいということでしょうか」

 「もっともこれでアメリカが中国共産党を支援している理由が分かりましたね」

 「しかし何でまた仏蘭両政府も一緒に?」

 と、逓信大臣に留任した村田省蔵が疑問を呈する。

 「ドイツに追いやられてイギリスに亡命した政府は皆、ドイツの英本土上陸の時にアメリカに再亡命しましたからね。ご機嫌とりといったところでしょう」

 「でも我が国を経済的に孤立させたいのなら、イギリスをも取り込む必要があるでしょうに……」

 やはり陸軍大臣に留任した杉山元陸軍大将が別の疑問を呈すると、商工大臣の岸信介がおずおずと答える。

 「それが……英領マレーやオーストラリア、それにニュージーランドからの輸入額が、この一〇日間程の間に激減しています。表向きは欧州方面で手一杯ということになっていますが……」

 「何と……アメリカが圧力をかけたと見るべきでしょう」

 「チャーチル首相も大事なのは我が身ですからね。アメリカに恩を売るためなら、何をしでかすことやら……皆目検討もつきません」

 近衛がそうぼやくと東郷が深刻そうな表情を浮かべて言う。

 「……私にはアメリカによる我が国への圧力は、これに留まるとは思えません」

 「さらに難題を突きつけてくるということかね?」

 米内がゆっくりと尋ねると、東郷は表情を変えずにうなづいた。

 「その可能性は大ですね」

 「……最悪の場合は戦争になるでしょう」

 「それは前々から分かっておる。……決してやってはならんことだがな」

 「我が国としては、アメリカからいかなる圧力や挑発を受けようとも無視する。基本方針はこれでよろしいでしょうか総理?」

 「それでよろしい……」


 そんなところへ国会の本会議が開廷することをを知らせるブザーが鳴る。

 米内を始め閣僚達は、衆議院本会議場に向けて歩き出した。



 「で、日本はなんと?」

 ルーズベルトは言った。

 「黙殺、といった感じです」

 「馬鹿な連中だ。我が合衆国と戦って勝てる国家など存在しえないのだ。少し実力を見せつけてやる必要がありそうだな」

 ハルの答えに、ルーズベルトは鼻で笑った。

 「とおっしゃいますと?」

 ウォレスが尋ねると、ルーズベルトは怪しげな微笑を湛えて言った。

 「手始めにフィリピンのアジア艦隊を増強しよう。もし戦争になったらハワイの太平洋艦隊が到着するまで、耐えてもらわなければならんからな」

 「了解しました」

 「それからこうも言ってやれ、もし貴国が平和を望むのであればなぜ軍備を拡大するのか。我が合衆国は戦争などしたくはない。とな」



 「いつぞやのモンゴルみたいな言い方できましたね……」

 ワシントンの日本大使館からの報告電を、閣議の席で東郷が読み上げると、近衛が思い出したようにそう言った。

 「元冦ですか?」

 「えぇ、あの時もフビライ・ハン率いる元は従わない鎌倉政権を武力で倒そうとしましたから。……失敗しましたけど」

 「あれは運良く台風が来たからだろう。しかし今の軍艦は台風では沈まん」

 米内が苦々しく言う。

 「でもこれではっきりしたことはアメリカが戦争を望んでいるということです。でなければこのような強硬な姿勢ではこないでしょう」

 「……避けられませんか?」

 「向こう次第です。準備だけは出来るだけ完璧にするべきでしょうが……」


 閣僚達の漠然とした不安を表すかのように、梅雨の東京は黒い雨雲に覆われていた。



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