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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第三章 欧州大戦、再び
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一四 ドイツ海軍を撃滅せよ


 「まずいな」

 ドイツ海軍アフリカ艦隊旗艦「アドミラル・グラーフ・シュペー」の艦長兼艦隊司令官、ハンス・ラングスドルフ海軍少将は戦闘艦橋でそうつぶやいた。

 「遂に見つかってしまった。報告によればその偵察機は赤い丸を機体に描いていたらしいな」

 「はい、おそらく日本海軍の空母から飛び立ったものでしょう。我が国のスパイ達からの報告では日本海軍は空母を含む艦隊を派遣したようですから」

ラングスドルフと同じように、「アドミラル・グラーフ・シュペー」の航海長であり、艦隊の航海参謀的な役割も務めているクルト・ヨッハム海軍中佐が言う。

 「仕方がないな。本艦はこれよりマダガスカル島に帰投する。日本海軍の艦上機部隊がやって来て空襲を受ける前にだ」

 「司令官、日本艦隊が戦艦をともなっているという情報もありますが」

 「それは問題ない。戦うわけにはいかんが、我々には二八ノットという快速がある」

 やはり通伸張でありながら、艦隊の通信参謀的な役割を務めているオイゲン・マイヤー海軍少佐の意見具申に、ラングスドルフは微笑を湛えて答えた。

 元々、ドイッツュラント級装甲艦、要するに重巡洋艦は北海の制海権を保持するためという目的に基づいて建造されたため、このような通商破壊戦は想定外の任務であった。

 しかし結果的に見れば、二八,三センチ三連装砲二基、最大速力二八ノットという性能は、通商は海戦を行うに当たって非常に使いがってが良いものであった。

 なぜなら、たとえ敵の戦闘艦艇に捕捉されても、足の遅い欧州各国の戦艦なら逃げられるし、重巡洋艦以下の軽快艦艇ならアウトレンジ攻撃が出来るからだ。

 実際にインド洋に来てからも、英国海軍東洋艦隊の鈍足戦艦をまいたり、主砲を撃ちまくって駆逐艦を追っ払ったりと、持てる特徴を最大限に引き出して戦っていた。

 とまあそんなわけで、万が一の時は全速力で逃げればよい、と皆そう思っていた。

 だがどんなに気をつけていても、成功は人の心に隙を作る。

 この時、戦闘艦橋にいた全員がある常識を忘れていたのだ。

 すなわち“戦艦は足が遅いが、日本の戦艦は例外的に速い”ということである。


 さて、その足が速い、と言うよりも速すぎる戦艦「伊勢」を擁する帝国海軍第五艦隊第一部隊は、東経六〇度の線上を三〇ノットの高速で南下していた。

 「ドイツ海軍とぶつかるとすれば、約半日後でしょうか?」

 航海参謀の諌山源次海軍中佐が自分の商売道具である海図を見つめながらそう言うと、司令長官の山本五十六海軍中将は鷹揚に答えた。

 「うむ、偵察を怠らないようにして絶えず位置を特定しておかないとな。まぁ『厳島』にわざわざ言う必要はないだろうが」

 「それにしても、日吉も妙な事を言ってきましたね」

 第五艦隊参謀長の大川内傳七海軍少将がぼやくように言う。

 この約二〇分前「敵艦発見につき攻撃をかける」という内容の報告を日吉の連合艦隊総司令部に飛ばしたところ、わずか一〇分程で返事が返って来たのである。

 その内容は「敵艦を撃沈する際には艦砲射撃をもってせよ」であった。

 「どういうことでしょうね。こちらには敵にはない空母がいるのですから、わざわざ接近しなくても……」

 「何か考えがあってのことだろう。あまり意味は無いと思うがね」

 山本は連合艦隊の思惑を悟った上でそう言った。

 「はぁ」

 そう、確かに連合艦隊はある思惑を胸に秘めていたのである。

 「そんなことより参謀長。我々がすべきことは命令通り敵を沈めることだ」

 「……分かりました」


 それから約四時間後。

 「どういうことでしょうか司令官。さっきからずっと見張られています。奴ら一体なにがしたいのでしょう?」

 この時「アドミラル・グラーフ・シュペー」は付近を偶然航行していたヴィシー・フランス海軍の駆逐艦二隻を呼びよせ、二五ノットの速力でマダガスカルを目指していた。

 そしてその後ろに、帝国海軍の九六式艦上攻撃機が旋回しながらぴったりと張り付いているのだ。

 「まったくこの素晴らしい天気が逆に恨めしいな」

 苦笑いを浮かべてヨッハムと顔を見合わせたラングスドルフは、ゆっくりと空を見上げながら言った。

 「……本当ですね」

 「そういえば水上偵察機からの報告はまだか?」

 この三〇分前、彼等を見つけた艦攻が引き上げていくのを見たラングスドルフは、直ちに搭載するAr196水上偵察機をカタパルト発進させ後を追わせていた。

 その五分後に交代の艦攻が現れたため、彼の判断はまさに絶妙のタイミングだった。

 ちなみに、報告は来るはずもなかった。

 なぜなら英国海軍と戦ってきた彼らにとってみれば仕方ないことだが、彼等の頭には“艦上戦闘機以外の空母搭載の航空機は、基本的に速度が遅い”という固定概念があった。

 偵察に来たのが時速三〇〇キロにも満たないの複葉羽布張りのソードフィッシュ等なら良かったのだが、実際に来たのは単葉全金属製の九六式艦上攻撃機“二三型”。

 エンジンを栄三二型に換装し、機体にも様々な手直しをしたそれは無武装で四〇〇キロ以上の速さを発揮した。

 三〇九キロしか出せないAr196はどうあがいてもついていけるはずもなく、その後機位を見失ったのか行方不明となってしまった。……閑話休題

 「残念ながら」

 「そうか……あれは何だ!?」

 マイヤーの返答にため息をついたラングスドルフが、次いで叫び声を上げながら指差した先には、約二〇個の黒い点があった。

 太陽を背にキラキラと光るそれは明らかに航空機だった。

 「なんてこった! もう来たのか!」

 「対空戦闘用意!」

 三七ミリ、二〇ミリ対空砲に兵員が取り付き、それぞれの砲身が首をもたげて空を睨む。

 航続距離を稼ぐために搭載したディーゼルエンジンもうなりをあげて加速する。そんななか、

 「あいつら一体何をやっているんだ!?」

 ラングスドルフはさらに加速して我先にと逃げ出すフランス駆逐艦を見て大声を上げた。

 本来なら速度を合わせ距離を詰めて共に弾幕を張って戦うべき駆逐艦が、そんなことは我々の知ったことではない、と言わんばかりに遠ざかって行く。

 「仕方ない。我々だけで何とかするか!」

 ラングスドルフは腹をくくった。が、

 「敵機、フランス駆逐艦方面に向かいます!」

 見張り員の声に彼は慌てて双眼鏡を構えた。

 そしてその双眼鏡の先には、見事な機動で前方の駆逐艦に向かう日本機の姿があった。

 一二機の九八式艦上爆撃機は高度四〇〇〇を整然と飛び、一〇機の零式艦上戦闘機“二一型”は急速に高度を落として突っ込んで行く。

 特にどこかドイツ空軍のJu87に似ている九八艦爆は、「アドミラル・グラーフ・シュペー」等からの対空射撃にまるで気付いてないように悠々と飛びながらも、二組の斜め単横陣を形成し、次々に機体を翻して急降下を開始した。


 そして、一〇分後。

 「まったく。自業自得だな……」

 そう言ったラングスドルフの視線の先には、昔は駆逐艦だった怪しげな鉄の塊と海に投げ出されて泳ぐフランス人がいた。

 「とは言え、助けないわけにはいかんな」

 「アドミラル・グラーフ・シュペー」は速度を落とすと、海中に縄ばしごをほうり投げた。

 ……さらに一時間後。

 「我々は何と不運なのだろうか?」

 ラングスドルフは自嘲的な笑みを浮かべながら言った。

 「……まったくです」

 ヨッハムも似たような顔つきでうなづく。

 「救助活動のほうはどうなっている?」

 「あと二、三分程で終わる見込みです」

 「その間に、あれがどこまで近づくか、問題はそこですね」

 マイヤーが首を左後ろに捻じ曲げて言った。


 「見張りより艦橋。敵艦隊視認。右六〇度方向、距離三万二〇〇〇メートル。停滞している模様」

 「停滞? どういうことでしょうか?」

 「おそらく先程撃沈した駆逐艦の乗員の救助をしているのだと思います」

 「どのみち停滞しているのであれば、我々にとってみれば好都合なことだ。艦隊針路二七〇、最大戦速、砲雷戦用意!」

 山本が意気軒昂に叫ぶと、艦長の大森仙太郎海軍大佐がそれに負けないように勢い良く命令を発した。

 「面舵一杯! 針路二七〇度、左砲戦用意!」


 「これは、本格的にまずいことだぞ」

 ラングスドルフが焦りの表情でそう言うと、救助作業の陣頭指揮を執っていた士官からの報告が飛び込む。

 「救助作業終わりました!」

 「機関最大戦速! 急げ!」

 ラングスドルフは間髪入れずに叫んだが,ディーゼルエンジンだから反応はやや鈍い。

 そんな中、すでに『伊勢』は右舷側に二万五〇〇〇メートルの距離をおいて二〇ノットで走っている。

 単に追い抜かさないために減速しているだけだが、そんなことは知らないラングスドルフ達からは最高速度を出しているように見えていた。

 「もっと速力は出んのか!」

 ヨッハムがいらだつ。

 「何としてもあいつから逃げきるんだ!」


 「敵艦加速していきます。現速力約二三ノット」

 「伊勢」の艦橋に伝声管を通じて見張り員から報告が入る。

 「速力上げ、二七ノット」

 大森が生真面目に言う。「伊勢」はタービンエンジン搭載艦なので、燃費は悪いが反応は良い。

 「機関より艦橋。速力二七ノット、回転制定」

 「砲術より艦橋。砲戦準備整いました。いつでも撃てます」

 機関室と主砲射撃指揮所からの報告が相次いで入ると、山本は微笑を湛えながら確認するように言った。

 「よろしい、他の艦艇達は配置についたかね?」

 「大丈夫です」

 「よし、撃ち方始め!」


 「敵戦艦より発泡閃光!」

 そろそろ日も暮れるという頃、「アドミラル・グラーフ・シュペー」の必死の加速をあざ笑うかのように、ぴったりと横に張り付いている「伊勢」から四一センチ砲弾が発射されたのだ。

 それらは数一〇秒の時を経て、凄まじい唸りと共におよそ一〇〇メートル向こう側に落下して四本の水柱を噴き上げたが、ラングスドルフ以下幹部達は皆顔面蒼白になった。

 まず第一にどうやら逃げられそうもないといこと。第二に四一センチ砲弾によって出来た水柱の大きさに驚いたのだ。

 そしてその時、すさまじい衝撃が「アドミラル・グラーフ・シュペー」を襲った。

 「魚雷命中!」

 「左舷中央部に喰らいました。浸水しています!」

 「早くその区画をふさげ!」

 「了解! 応急修理にかかります!」

 「見張り員は何をしていたんだ!」

 ラングスドルフが叱責するように叫んだが、それに反論するように見張り員を束ねる士官からの返事が届く。

 「雷跡は見えませんでした。それに敵駆逐艦との距離は二万メートルはあります!」

 「何!? 潜水艦か?」

 無論これは帝国海軍の必殺兵器、九三式酸素魚雷によるものである。しかし彼らがそんなことを知るはずはない。

 そしてまたもや衝撃が「アドミラル・グラーフ・シュペー」を襲った。

 「今度は何だ!?」

 「敵戦艦の主砲弾、艦首に一発命中!」

 「もう喰らったのか!?」

 何しろ二万五〇〇〇メートルの距離から僅か二回の交互撃ち方で「伊勢」は命中弾を得たのである。「アドミラル・グラーフ・シュペー」の乗員達はその砲術能力に感嘆しつつ、一斉撃ち方、つまり斉射に移行するためにしばし沈黙している「伊勢」を不気味なものを見るような視線で見つめていた。

 「艦長、浸水は何とか止めましたが相当の海水が入り込みました。現在出しうる速力二一ノット」

 「……」

 「艦長! このままでは本艦は沈んでしまいます!」

 少しばかり気の早い意見が航海長から具申されたが、それがそれほど早いものではないと言わんばかりに、今度は左舷側に四本の水柱が噴きあがった。重巡洋艦「蓼科」からの砲撃である。

 「敵戦艦より発砲閃光! 全門射撃です!」

 「艦長! このままでは沈むのも時間の問題です!」

 ヨッハムがなおも意見を具申する。

 「このまま沈むか、それとも白旗をあげるか……」

 「……」

 「司令官! ラプラタ沖の奇跡がもう一度起きる状況ではありません!」

 「…分かった。このまま皆を死なせるわけにはいかない。機関停止! 白旗を掲げよ!」


 「艦長より砲術。撃ち方止め」

 「艦長! なぜです?」

 突然の砲撃中止命令に、二回目の斉射弾を今まさに放とうとしていた砲術長は、納得いかないという気持ちを丸出しにして説明を求めた。

 「敵さんが白旗をあげた。攻撃中止だ」

 「了解しました……」

 どこか納得いかないように砲術長が答えるなか、「アドミラル・グラーフ・シュペー」を鹵獲するべく、白露型駆逐艦「海風」が接舷体制にはいった。

 「何というか、意外な結末ですね……」

 大河内がそう呟くとかたわらで山本が口を開いた。

 「まぁいいではないか。ひとまずこれ以上人が死ぬことはなくなったわけだ」

 「それにしてもチャゴス諸島までもちますかね? だいぶ痛めつけてしまいましたから」

 大森が一回目の斉射で二発が命中して、黒煙を噴き上げている「アドミラル・グラーフ・シュペー」から、山本に視線を移して言う。

 「Uボートもまだいるみたいだからな、艦載機を常時上げて警戒せねばならんな」

 「しかしもう夜です。チャゴス諸島から駆逐艦の派遣を要請しましょう」

 「うむ、そうしてくれ」


 三〇分後。

 「アドミラル・グラーフ・シュペー」は負傷者を「蓼科」に移し、英国駆逐艦に前後を、軽巡洋艦「最上」「川内」に左右を挟まれながらそろそろと東に向けて前進を始めた。

 「伊勢」「厳島」「蓼科」を含む艦隊の周りを、駆逐艦六隻が囲むように航行していく。夜は艦載機を出すことが出来ないため、対潜警戒には特に神経を使う。

 事実、降伏直前に「アドミラル・グラーフ・シュペー」が放った電波はマダガスカル島やインド洋に散らばるドイツ海軍艦艇に届いており、中でも近場にいたUボートは全速力で第五艦隊第一部隊を目指していた。

 しかし運悪く英国駆逐艦四隻と合流した後にやって来たそれは、結局返り撃ちにあい「山風」の爆雷攻撃により撃沈された。

 その後、チャゴス諸島にて応急修理を受けた「アドミラル・グラーフ・シュペー」は帝国海軍の手に渡り呉にて修復及び改装工事を施され、正式に帝国海軍重巡洋艦「飛鳥」となるがその話は後ほど。


 さて、「アドミラル・グラーフ・シュペー」を鹵獲した後も、第五艦隊はインド洋を駆け回りUボートを六隻、フランス艦艇を三隻、そしてドイツ空母「リュッツオウ」を撃沈した。

 また商船の護衛が主任務である第六艦隊もUボートを一隻沈めている。

 これらの帝国海軍の活躍によりドイツ海軍アフリカ艦隊は壊滅的損害を受け、驚いたヒトラーの命令によりドイツ海軍の残存艦艇はインド洋から引き上げて行くことになる。



 「イギリスのこと聞いたか福山?」

 愛媛県松山市の帝国海軍吉田浜飛行場。

 「えぇ新聞で読みました」

 「そうか、本土に爆弾が降ってくるってのはどういうもんなんだろうな?」

 「……」

 その頃地球の裏側で起きていた“バトル・オブ・ブリテン”は、史実よりもドイツ空軍有利に進んでいた。


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