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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第三章 欧州大戦、再び
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一三 山本艦隊インド洋へ



 「総理、英国のチャーチル首相から緊急の電報です」

 総理官邸の総理執務室で秘書官から受け取った電文を読んで、総理大臣の中村祐二は顔をしかめた。

 「まったく何を言ってくるかと思えば……」

 「どうしました?」

 秘書官が怪訝そうに尋ねると、中村は苦笑いをしながら答えた。

 「うん? 『英日同盟に基づき貴国による枢軸国側に対する圧力を強められることを希望する』だとさ」



 それではこの時点……一九四一年五月九日……でのヨーロッパの状況を見てみよう。

 一九三九年九月一日に突如としてポーランドに侵攻したドイツ軍は、目にもとまらぬ速さで進撃し、首都ワルシャワを占領した。

 一七日には、怪しげな密約に基づいてソ連もポーランドに侵攻、東側を占領した。


 ちなみにこの頃日本は、防共協定を結んではずのドイツが断りもなく『独ソ不可侵条約』を締結したため、『日独防共協定』を破棄し、ドイツ支配下の外交官や技術者、民間人などの邦人を一斉にイギリスに向かわせたり、シベリア鉄道経由で日本に呼び戻したりしていた。


 さて、瞬く間にポーランド……西側……を占領したドイツ軍は、一九四〇年四月九日に今度は中立国であるデンマーク、次いでノルウェーを占領してしまった。


 そしてこの電報が届いたのは、なぜか戦いが始まらない西部戦線に対するドイツ軍による攻勢、『黄色作戦』が実行される一日前である。



 「それで総理はいかがなさるおつもりですか?」

 この日の閣議の席で、本多正敏内務大臣が尋ねる。

 「やはり立場上、何もしないわけにはいかない。満中戦争の後で国家としても休養しなければならない時期だが、何かしら後方支援的なことをしなければならないだろうな」


 中村はこう言ったが、実際問題としてこの時の日本は『休養』出来るような状況にはなかった。

 と言っても、東京オリンピック……無論中止……に向けての資本投下が日本各地で行われ、決して貧しくはない。

 むしろ東京では『再開発』の掛け声のもと、羽田飛行場の大拡張や、神田、池袋、新宿といった地域は日をおうごとに街が広くなり、また道路網の再整備と称しての道幅増幅工事、特に『環七』と呼ばれる幅八十メートルの環状道路と、その地下を走る『東京環状地下鉄道』の開通とおおいに活気付いていた。

 それに伴い税収も増えていたが、それでも大蔵省職員は日々頭を抱えながら仕事をしていた。

 なぜなら、ルーズベルトが言ったようにロンドン海軍軍縮条約が来年切れるからである。

 第一次世界大戦後の政策により、史実よりも大型ドックの数が多い各地の造船所では、超大型の大和型戦艦や蒼龍型航空母艦他様々な艦艇の建造が始まっていた。

 さらに帝国海軍は母艦航空隊や基地航空隊の大拡張を計画し、そのために搭乗員の大量養成にかかろうとしていたし、新型機開発も……陸軍と共同で……盛んに行われていた。

 帝国陸軍も緊迫する世界情勢をかんがみ、歩兵、機甲、航空各師団の増設や空挺部隊の編成、補給部隊の増強、そして忘れちゃいけない新兵器の開発に忙しかった。

 そんなわけで、軍事費が減るどころか増える一方なのである。

 大慶油田が完全に使えるようになれば、多少は分が良くなるかもしれないが……


 「では、先の大戦の時のように護衛艦隊を派遣しますか?」

 「うむ。地球の反対側にいる我が国としてはそれが精一杯だ。太平洋には枢軸国の植民地もないことだし。外務大臣、その旨英国大使に伝えてくれないか?」

 「承知しました」



 話は飛んで一九四〇年六月六日。

 ヨーロッパではドイツ軍がベルギー等のベネルクス三国をおさえ、フランス北部におけるダンケルク包囲戦も終わり、パリを攻略すべく『赤色作戦』を開始しているところだ。

 ちなみにこの世界のダンケルク包囲戦は史実のそれとは経過が異なる。

 史実ではダンケルクに集結した英仏連合軍が何の妨害も受けることなく英国本土への撤退を成功させているが、この世界ではドイツ軍の妨害が少なからずあり、英国本土へ撤退できたのは史実の三分の二程度のものだった。 


 地球の裏側、日本ではこの日、チャーチルのそれこそしつこいまでの要請を受けて、台湾の高雄港を大艦隊が出港していた。

 艦隊名『第五艦隊』は今はなき『支那方面艦隊』のように連合艦隊からあらゆる艦艇を引き抜いて編成されている。

 司令長官は山本五十六海軍中将、旗艦は改装工事を何とか間に合わせ、最大三五ノットというとんでもない速力を持つ戦艦『伊勢』である。

 在籍艦艇は第二航空戦隊……『松島』『厳島』『橋立』……等、戦艦一、空母三、重巡三、軽巡五、駆逐艦一八、補給艦五、その他艦艇三というものだった。


 ところで、なぜこんなにも艦隊の規模が大きくなってしまったのかというと、ドイツ及びイタリア海軍もまた強大であるからだ。

 ビスマルク級戦艦こそまだ竣工していないが、その他の巡洋戦艦やポケット戦艦と呼ばれる装甲艦が大西洋を縦横無尽に走り回り、片っ端から連合国の商船を撃沈して回っていた。

 いくら艦艇数で勝る英国海軍でも、広い大西洋ではそう簡単にはドイツ海軍の艦艇を捕捉することは出来ない。

 おまけにドイツ海軍が空母を保有しているとの情報が入り、帝国海軍の関係者を慌てさせた。

 イギリスから送られた写真を見る限り、巡洋艦改造空母でたいした戦力ではなさそうだが、どことなく『松島』に似ていた。

 しかし、前にわざわざ出向いて設計図まで渡して来たのだから、これは当たり前の話ではある。

 このドイツ空母『ザイドリッツ』『リュッツオウ』は文字通りどこから現れるのかわからず、対空レーダーが実用化されていない英国海軍にしてみればUボート並に厄介なやつである。

 手数は多いことに越したことはないのだ。


 「長官、機関室より報告です。『四番缶室に異常有り、応急修理の必要有り』」

 「やれやれ、突貫工事のツケが回ってきたか」

 山本はいたずらがばれた子供のように言った。

 「どうしましょうか長官。修理するといっても、この先にはシンガポールしかありません。要請をいれますか?」

 「そうするとしよう。なに、近頃のイギリスは我が国に多少の遠慮があるからな。多分受け入れるだろう」


 そもそも帝国海軍が戦艦やら空母まで動員した理由は、先述の空母『リュッツオウ』とポケット戦艦『アドミラル・グラーフ・シュペー』、その他Uボート多数がインド洋で活動しているからだ。

 当初予定していた駆逐艦隊では、遭遇したときにやられる可能性があるわけだ。

 そしてイギリスが遠慮がちになるのは、もし日本に艦隊を引っ込められたら大変だからだ。

 おかげで日本は、英領マレーの生ゴムや石油をだいぶ安く手に入れられるなどの恩恵にあずかっていた。


 さて『アドミラル・グラーフ・シュペー』は史実ではとっくの昔に沈められているところだが、この世界ではラプラタ沖海戦の後、奇跡的にモンテビデオ港を脱出、無事ドイツ本国に帰りついていた。

 修理された後、『リュッツオウ』と共に英国海軍の哨戒のすきをついて大西洋を南下、インド洋で活動を開始していた。


 「さて艦長、一基だめでも三基動くなら少なくとも二五ノットはでるだろう」

 「はぁそのとおりです」

 山本の問いに『伊勢』の艦長、大森仙太郎海軍大佐は、一体この人は何を言い出すのだ? とでも言いたげな表情を作りながら答えた。

 「では本艦は増速して先を急ぐとしよう」

 「長官、なにをなさるのですか?」

 「今回の任務は一刻を争う。だから、少しでも早く修理したほうが良いだろう」

 山本の思いつきは早速実行され、『伊勢』は速力をあげると、駆逐艦を二隻だけ連れて艦隊から離れていった。

 補給艦を抱える艦隊はどうあがいても一五ノットしか出せないからみるみるまに遠ざかって行く。



 「日本がインド洋方面に艦隊を派遣したようです」

 その頃、地球の裏側、ワシントンDCのホワイトハウス。

 「これはゆゆしき事態です大統領。もし日本がドイツやイタリアに宣戦布告をすれば、イギリスにならって海軍軍縮条約を破棄しかねません。南洋諸島も次々に要塞化するでしょう」

 「ふむ、しかし中満戦争のときはしなかったではないか」

 「おそらく破棄するつもりだったのでしょう。しかしあの戦争は日本にとってみれば、予想外のことで準備が遅れたのだと思います。終結も早かったですから」

 「なるほど、もしそうなるとしても、我が太平洋艦隊が負ける訳はないな?」

 チャールズ・エジソン海軍長官代行へのフランクリン・ルーズベルトの質問には、「イエス」以外は決して認めないという感情がにじみ出ていた。

 「……はぁ、さすがに現状の艦艇だけでは難しいですが、新型艦を揃えれば必ず日本海軍を打ち破ってご覧にいれます」

 「ならいい」

 ルーズベルトは満足したのか、妙に機嫌がよくなった。



 その頃、東京の総理官邸。

 「さて、海軍の軍縮条約ですが、海軍としては是非とも破棄したいものです。設計図のほうはすでに用意出来ているものも数多くあります。よって早急に臨時の予算案を作成したいのですが」

 海軍大臣の米内光政海軍大将がおっとりと言うと、大蔵大臣の桜内幸雄がやや否定的な意見を述べる。

 「しかし、財政を一気に圧迫しかねませんか? 戦争は損を呼ぶだけです」

 「確かにその可能性はありますが、アメリカとの戦争を考えますと一日でも早く……というのが海軍の考えです」

 「いずれにせよ、いつかはやらなければならないことだ。よその戦争のおかげというのはどうも気に入らないが、我が国の景気はそれなりに良いだろう。総理大臣として国益を考えると、やはり早めに破棄するほかあるまい」

 中村は結局、米内の主張を採った。お墨付きを得た帝国海軍はこの後、猛烈にその規模を大きくしていくことになる。



 七月一日。

 エンジントラブルが起きた『伊勢』の修理も終わり、第五艦隊はシンガポールを出港した。

 目指すはインドの南、セイロン島である。

 この頃ドイツ海軍のアフリカ艦隊は、ヴィシー政権下の仏領マダガスカル島や同盟国の伊領ソマリアからの補給を頼りに戦っていた。

 対する英国海軍アフリカ艦隊はまだ十分な艦艇を揃えておらず、防御にてっしていた。

 英国海軍東洋艦隊はさすがに規模も、ドイツ海軍を追っ払うために大きく攻勢に出ていたが、逆に一〇隻程度進出してきていたUボートの群狼戦術にはまり、戦艦『リヴェンジ』が大破、軽巡一隻、駆逐艦その他六隻を失うという損害を受け、東洋艦隊の面目は丸潰れとなり、いったん引き下がっていた。

 そして敵がいないことを良いことに、ドイツ海軍アフリカ艦隊は片端から連合国側の商船を撃沈していた。

 インド洋には少なからず日本や周辺諸国の商船も通っている。幸運にも、まだ撃沈されたものはいないが、危ないったらありゃしない。


 七月八日。

 第五艦隊は無事にセイロン島コロンボ港に入港した。

 イギリスはコロンボの基地司令官自ら山本を尋ね、到着をおおいに歓迎したが、皮肉にもイギリスによるインド支配に対する抵抗運動を、わずかではあるが拡大させる一因となっていた。

 自分達と同じ有色人種が造った、白人のものと比べても遜色のない艦隊を見れば仕方のないことではあるが。



 そして七月九日。この日大日本帝国は遂にドイツ第三帝国とイタリア王国に対し宣戦を布告した。


 あまり関係ないが同じ日、リトアニアの日本領事館では、日本政府から正式な許可を得た杉原千畝領事代理が亡命を望むユダヤ人へのビザの発給を開始していた。

 前もってドイツやイタリアを脱出していた他の日本人外交官も加わり、リトアニアがソ連併合される直前の八月二日まで彼等はビザを発行し続けた。

 ところでユダヤ人の亡命先の一番人気はやはりアメリカで、二位は満州帝国だった。

 ……閑話休題


 帝国海軍はインド洋を通り中東方面に向かう……地中海や大西洋はもう無理……商船を守るために、新たに駆逐艦主体の第六艦隊を編成、護衛活動を開始するとともに第五艦隊に出撃を命じた。

 また日本政府は、ロンドン海軍軍縮条約の破棄を全世界に向け公表した。


 その翌日、第五艦隊はコロンボ港を出撃、艦隊を三つの部隊に分けて活動を開始した。

 それぞれ空母、重巡を一隻ずつ抱え、第一部隊は『伊勢』と軽巡二隻、駆逐艦を六隻、他の二部隊は軽巡を一隻、駆逐艦は五隻配備されている。

 残りの艦艇はコロンボ港でお留守番である。

 なお各部隊には道案内の為に、英国海軍の駆逐艦が二隻ずつ付随している。



 一〇日後、つまり七月一九日。

 山本が直率する第五艦隊第一部隊はモルディブ諸島の西約一〇〇〇キロの地点で、英国海軍の補給艦から燃料の供給を受けていた。

 「長官、一向に敵艦と遭遇しませんね。第三部隊がUボートを一隻沈めたそうですが、それだけです」

 参謀長のぼやきに山本は意に介していないというふうに答えた。

 「慌てるな。敵さんは必ずやって来る」

 「はぁ……」


 もっともこの時第一部隊に随伴する空母『厳島』は一二機の九六艦攻を使ってドイツ艦隊を探し求めていた。

 そして遂に、待望の報告が入った。

 「通信室より艦橋。索敵機から入電『我、敵艦見ゆ。位置、我が艦隊より方位二〇〇、距離二〇〇海里に敵大型艦を発見。敵艦針路、方位七〇、速力一五ノット』以上です!」

 「大型艦というと……『アドミラル・グラーフ・シュペー』でしょうか?」

 「おそらくそうだろう。直ちに攻撃に向かう。各員準備を怠るな!」

 「了解!!」



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