一〇〇 帝国海軍・一九四三 連合艦隊司令長官の造反
一九四三年三月三〇日。
帝国海軍連合艦隊司令長官の南雲忠一海軍大将はこの日、東京市麹町区紀尾井町にある元帥伏見宮博恭王海軍大将の邸宅を訪れて、いや、正確に言えば呼び出されていた。
「遅いですな、元帥殿下は」
そんな南雲の供として、隣に座る首席参謀の柳澤蔵之助海軍大佐が、いっこうに開かない応接室の扉を見つめながらつぶやく。
もっとも、いかに元帥府に列せられた皇族とは言え、多忙な連合艦隊の長官を待たせるとは失礼な、という口に出せば最悪不敬罪に問われそうな文言を、巧みにつぶやきの中に織り込んだ柳澤とは対照的に、南雲は何とも思わないのか綺麗な無表情を作ってじっとしている。
自分は決して、弁の立つ人間ではない。だからこそ、伏見宮殿下の真の用件に対してむやみやたらに言い訳めいたことを言えば、帝国海軍に於ける自分の立場は完全に失われる。
海軍兵学校を第三六期一九一名中七位の好成績で卒業した秀才は、優秀な己の頭脳と艦隊指揮官として培った勘が揃って導き出した予測と結論を前に、他のことを思考する余裕をほぼ喪失していただけであったのだが。
「失礼しま……」
「おぉ南雲、わざわざ来てもらってすまんな」
さて、“使用人指南書”という書物があるのなら、まるでその中からそのまま出てきたかのような執事を遮って、皇族ならではの上品さと、海軍軍人ならではの威勢の良さを兼ね備えた博恭王は、直立不動になって敬礼する南雲と柳澤に軽く答礼を返すと、二人の向かいのソファにゆっくりと腰を下ろした。
終身現役が保証された元帥であるため、博恭王は海軍省の中にも自分の部屋を持っており、誰かと会う場合にはそこへ呼び出すか自ら赴くのが常であったが、今回に限っては自邸を使っている。
その真意は不明だが、分からないだけに気味が悪い。
「さて先日、昭和一八年度の海軍予算案がようやく貴族院を通過して成立した。実にめでたいことだが何よりも喜ばしいことは、我々が開戦前より求めていた大和型戦艦の三番艦及び四番艦の建造費が計上されたことだ。しかしだな南雲」
喋り始めた博恭王をいったんそこで言葉を切ると、それまで背もたれに預けていた身体を前のめりに起き上がらせ、再び口を開いた。
「基準排水量が四万トンを超えるような大型艦艇が入渠出来るドッグは、我が国に全部で七つある。余の手元にある最新の情報によれば、今月二〇日の時点でその内の三つがうまっていた。まずベンガル湾海戦の損傷が未だに癒えていない『天城』と『日高』、それにオアフ島沖で損傷した『雲龍』の修理だ。後者の期間は五月初旬まで、前者は未定。そして二四日。『出雲』と『越前』の定期整備ために入渠、期間は六月中旬まで。そして昨日。『大和』と『武蔵』が新型射撃指揮装置の搭載と機関の補修のため新たに入渠、期間は九月中旬まで」
見事なまでに暗記していたある種の機密情報を喋ると、博恭王はジロリと南雲に視線を投げた。
「新たな戦艦を造ろうにも場所が無いではないか。これでは決戦に間に合わんぞ。連合艦隊として工廠の予定に何も言わなかったのか?」
「殿下、その件についてでありますが」
たとえ今から造ったとしても間に合わんだろう。と、心の中でつぶやきながら、南雲は慎重に口を開いた。
「大和型戦艦二隻の新規建造予算は……一言で言えば目眩まし、つまり架空請求です」
南雲の右のこめかみに突如吹き出た冷や汗が、重力と張力のせめぎあいに耐えられなくなって彼の頬をつたい始めた頃、怒気は無いが威圧感のこもった眼光でもってじっと南雲を睨み付けていた博恭王は、鼻から大きく息を吐き出しながら皮肉を込めた口調でゆっくりと喋り始めた。
「何に使うつもりだ? 戦艦を二隻も造れる大金を。敵よりもまず味方を騙したのだから、さぞかし良いことに使うのだろうな」
「既存の艦艇の改修費、に回します」
「ほほぅ、具体的には?」
「主に、天城型戦艦と『飛鳥』以外の重巡、利根型と吉野型の前期型の主砲塔の更新、です。無論建造費と改修費が一致しているわけではありませんが、目眩ましとしては充分と考えます」
南雲は冷や汗をかきながらも努めて淡々と説明した。何しろ帝国海軍の、そして南雲も属する“水上艦艇主兵主義者”の陰のかつ真の実力者を騙していたのだ。感情を込める暇など無い。
「……巡洋艦は要するに九七式砲に換装するというわけだな。なるほど、確かに有用だ。敵に知られん方が良いことも分かる」
博恭王はそうひとしきりうなずくと、忽ちの内に詰問者の表情を作ってさらなる追求を始めた。
「だが、天城型戦艦の主砲換装とはどういう意味だ? 元はと言えば、日英講和条約の締結にあたって香港上海銀行の我が国の口座に、英国が事実上の賠償金として振り込む予定の七億円分の英ポンド紙幣と、旧式化した天城型戦艦の代艦が必要になったことが大和型戦艦の追加建造決定の引き金だ。つまり、極論すれば二隻の天城型は修理未了でも出渠させて、どこかに係留しておいても構わんのだ……まさか四一センチ砲に換装するわけではあるまいな」
「二式五〇口径二八センチ三連装砲塔に換装します」
博恭王が発言の最後に、わざと有り得ないようなふざけたことを言ったのは、多分に南雲の調子を外すことを狙ったものだったが、自分のせいで余裕を失っていた南雲の直球返答によって、逆に調子を外されてしまうという皮肉な結果に終わった。
「……に、二式二八センチ砲だと? あんな中途半端な砲を積んでどうするというのだ?」
二式五〇口径二八センチ三連装砲。すなわち、ドイツ海軍が開発した1934年型五四,五口径二八センチ三連装を、当初は試験目的で、良く言えば参考にして開発したもの、悪く言えば総統閣下の著書にもあるように模倣したものだ。
太平洋戦争勃発前、帝国海軍がインド洋で捕獲し改装の上で重巡洋艦「飛鳥」とした、元ドイツ海軍装甲艦「アドミラル・グラーフ・シュペー」が搭載していたこの砲は、いわゆる“ラプラタ沖の奇跡”の後、修理のために入渠したドイツ本国のヴィルヘルムスハーフェンに於ける突貫工事の際に取り付けられたもので、特筆すべきは一万メートル強の砲戦距離でも天城型戦艦の主要防御区画を射抜ける威力と、毎分三,五発という速射性能の高さである。
「お言葉ではありますが、いまや天城型戦艦そのものが中途半端な存在です。少なくともこの戦争が終わるまで天城型を使い続ける以上、その能力を最大限に引き出さなければなりません。そこで私が導き出した結論が、天城型戦艦の“再巡洋戦艦化”です」
「……南雲よ、それは開戦前に貴様が建造を主張していたB65型大型巡洋艦の名残かね?」
博恭王は己の想定が、半ば気付かぬ内に崩壊していたことに対する自嘲的な笑みを浮かべながら、生真面目にかつ騙していたことを悪びれる気配すら見せない南雲に問いかける。
もっともその声に、南雲が恐れた棘は無い。
フランス海軍のダンケルク級戦艦やイタリア海軍のカイオ・ドゥイリオ級戦艦などはあくまでも例外として、視点を日米英の世界三大海軍国に絞って見てみれば、今やその攻撃力が三六センチ連装砲四基八門である天城型戦艦を“対戦艦戦闘”に使える余地は無い。
また、ウェーク島沖海戦で攻撃力に勝るレキシントン級巡洋戦艦とやや無謀にも撃ち合い、幸運なことに勝利を得ながらも大破した艦体が、半年後に英国海軍の旧式戦艦との砲撃戦に参加出来たのは、ひとえに作戦海域の拡大による“駒不足”を懸念した連合艦隊と、念のため確保していた機動部隊艦艇の修理費が丸々浮いた海軍省の利害が一致したからであり、英国東洋艦隊が崩壊して合衆国太平洋艦隊の来寇も当分先のこととなれば、そのような事態は起こり得ないという見方もある。
だからこそ、博恭王が頂点に君臨する水上艦艇主兵主義者達は、わざわざそのような天城型を修理しようとは考えず、“天城型の放棄及び大和型の追加建造を”と主張したのだ。
一方で、「天城」と「日高」がいつまで経っても出渠しない理由は、帝国海軍の多数派である航空主兵主義者達の間に意見の相違があったからである。
要するに、「戦艦は航空攻撃で撃沈可能であり、実績もある」と言う彼等でも、最も頑丈かつ多量の対空火器を積め、対空電探の電波をより遠くへ飛ばすための高い艦橋を持つ艦種が戦艦であることは否定出来ない。
そこで、“空母機動部隊主兵主義者”は「対空火器をどっちゃりと積んだ防空戦艦にしよう」と主張し、“基地航空隊主兵主義者”は「維持費節約のために練習艦に格下げ、いや、廃艦にしたって構わない」などと主張し、結論の出ない二隻の天城型は機関や上部構造物が元通りに修理されただけで、破壊された主砲塔は取り外されたまま放置されているのが実状だ。
その点、南雲が使った「換装」という表現はやや語弊があるかもしれないが、彼の“アイディア”は主要意見の折衷案などではなく、完璧な“オリジナル”のものである。
「いえ、B65型は元々、敵主力艦隊に対する夜間襲撃の際の先陣を切る任務を想定していましたが、電探が有り空母機動部隊の規模が大きくなった以上は夜間襲撃など机上の空論。主任務はあくまで機動部隊の直衛です。しかし、いざというときは巡洋艦部隊の先陣を切ります。戦艦同士の主力決戦に勝利するためには、いかに素早く巡洋艦以下の艦艇が介入して、必殺の魚雷を撃てるかにかかっていますから」
口調を一切変えぬまま、ひたすら淡々と喋る南雲とは対照的に、博恭王の顔には余裕のある微笑が浮かんでいた。
その表情の意味するところを南雲が理解していたとは思えないが、この二人のせいで存在感が完全に消えてしまっている柳澤は、海軍退役後に執筆した自叙伝の中で、この非公式会談について第三者としての感想を以下のように紹介している。
……当時の私は、博恭王殿下と南雲長官の気に呑まれて思考が鈍っていたが、今冷静になって考えてみると、殿下は予算の偽装に頭のどこかで気付いておられたのではないか。
この後でご本人が認められたことだが、大和型追加建造の話は本題に入る前の世間話に過ぎなかったのだから。
つまり唯一、殿下の想定外だったことはやはり天城型の巡洋戦艦への回帰案であろう。
しかし、殿下は間違いなく本気にしておられなかった。驚きながらも馬鹿にしておられたのだと思う。一言で言えば、中途半端である。と。
だが、長官は本気だった。長官につきがあったとすれば、それは当時海軍上層部を占めていた航空畑の方々の殆どが、かつて砲術畑にいたことだ。長官の考えに丸々賛同した方はいなかったが、逆に反対される方もおらず、結局長官の構想通り天城型は決戦の場に二八センチ砲装備の巡洋戦艦として挑み、結果的に……中略……。
何はともあれ、殿下の関心は戦艦には無かった。水上艦艇主兵主義者の頭上に君臨していたから、関心があるように見えただけなのだ。殿下の真の関心はまさしく、君臨していることにあったのである。……
「……殿下。それで、本当の御用件は何で御座いましょうか? 殿下の天城型に対する認識が先程仰られた通りなら、少なくとも大和型の追加建造予算が確定した時点で、殿下は艦政本部に話を通すはずです。『早く場所を空けろ』と。私を呼び寄せる理由には成りません」
南雲はここで、博恭王の反応の薄さの意味を解することは出来なかった代わりに、それを利用して話題を変えようと試みた。
「いやなに、貴様の認識も聞いておきたかったのだよ。もっとも、貴様は余の考えのさらに上を行っていたようだがな。岩村(海軍中将、岩村清一帝国海軍艦政本部長)の歯切れが悪かった理由もようやく分かった。余はてっきり、井上(海軍中将、井上成美帝国総合航空本部長)が邪魔をしているのかと思っておったがな」
「……恐れ入ります」
「ふむ。さて、本題に入ろう。軍令部のことだ。貴様、なぜ自分が連合艦隊司令長官になったのかはもう分かっておるだろう?」
南雲が連合艦隊司令長官の職に就いて約三ヶ月。
あまりにふざけた問いではあるが、博恭王としては本題なだけに一層の確実さを求めたかったのであろう。
柳澤はこれを以下のように書いている。
……帰りの車中、思考能力が回復した私は思った。なぜあの場に、井上航空本部長がいなかったのだろうか。と……
「敵機視認! 第一群、右二〇度、高度七〇〇〇。第二群、右一五度、高度四〇〇〇。友軍戦闘機、敵機と交戦中!」
「通信より艦橋。船団司令部より命令電。『敵第一群はB24、敵第二群はB25及びA20の混成部隊と認む。空母及び巡洋艦目標、敵第一群。駆逐艦及び護衛艦目標、敵第二群』以上です」
「八駆目標、敵第二群。対空射撃用意!」
南雲と博恭王が東京で向き合っている頃、遠く離れた太平洋上を航行する帝国海軍第八駆逐隊の司令駆逐艦「黒潮」の艦橋に、第八駆逐隊司令の佐藤康夫海軍大佐の号令が響いていた。
「黒潮」「陽炎」「不知火」の三隻の陽炎型駆逐艦から構成される第八駆逐隊は本来、第二水雷戦隊を構成する精鋭部隊の一つであるが、この時点では第一護衛艦隊隷下の第三護衛船団に“出向”している身だ。
もっとも、海上護衛総隊所属の艦艇が不足しているわけでは決してない。
にも関わらず、第二水雷戦隊司令部の面々の顔をしかめさせた命令が発せられた理由は、潜水艦の襲撃はもちろん航空機による攻撃を受ける可能性がむしろ大きかったからだ。
精鋭部隊なのだから前線などに送らず温存すべき。との声も各方面にあったが、今や機動部隊の護衛部隊の一つと化した水雷戦隊に、実地の対空戦闘を行わせることは襲撃訓練に匹敵する重要さを持つとした、第二艦隊司令部の強い意思も働いていたという。
「後部見張りより艦橋。『不知火』より信号。『機銃戦闘の要有りや』以上です」
「丙部隊全艦宛て、命令。『機銃戦闘の要無し。されど機銃要員は対空戦闘配置のままとせよ』以上」
「本艦機銃戦闘中止。配置そのまま!」
部下からのちょっとした問い合わせに対する佐藤の命令に、「黒潮」艦長の杉谷永秀海軍中佐は素早く反応すると、小さく肩をすくめて佐藤に話しかけた。
「それにしても、英国という国はしたたかですな。おかげでどういう因果か、我々が迷惑することになるのですから」
「仕方あるまい。同情するつもりは無いが、彼等も必死なのだよ……まぁ、それで俺達に文字通り火の粉が飛んでくるのは確かに不愉快だかな」
彼等の正確な位置は、ヤルート環礁の西方約二〇〇キロであり、第三輸送船団の行き先は同諸島のクェゼリン環礁だ。
トラック諸島がニューブリテン島の航空要塞ラバウルに対峙する南の最前線なら、マーシャル諸島はハワイ諸島の海洋要塞オアフ島真珠湾に対峙する東の最前線であり、文字通りの戦略上の要衝なのだが、トラックがラバウルの合衆国陸軍航空軍の重爆撃機に脅かされ続けているのとは対照的に、マーシャルは北方のウェーク島に展開する同航空軍の規模があまりに小さく、大規模な空襲どころか攻撃すら殆ど受けたことが無く、受けそうにも無かったとんだ最前線でもある。
しかも、マーシャルを爆撃圏内に収めているもう一つの連合軍の拠点……南方に連なる英領ギルバート諸島は、軍隊がそもそも駐留しておらず存在感自体が無い。
もっともそれは、先月までの話である。
ナチス・ドイツ以下の枢軸軍に対し劣勢を極め、スエズ運河の失陥によってインド方面との連絡をほぼ断たれた英国は、背に腹は代えられないということなのか、日本との単独講和に踏み切る……前に、米国の機嫌を少しでも和らげようと、これまで米国が何と言おうと首を縦に振らなかったにも関わらず、ここにきてギルバート諸島の対米貸与に踏み切ったのだ。
お互いに矛盾する二枚舌外交は英国の御家芸であるが、「英国信頼に値せず」とか「対英戦争継続を」などと叫ぶ新聞に牽引された世論に対して日本政府は沈黙を保ち、マーシャル諸島メジェロ環礁に展開している帝国陸軍海上機動第一旅団司令部からの「米軍の進駐の前に奪取すべき」との意見具申は有無を言わさずに却下し、防空を担当する帝国海軍第二航空艦隊に増援を出しただけで、連合艦隊が具申した機動部隊のマーシャル派遣案すら却下している。
“帝国大学”、“陸軍士官学校”、“海軍兵学校”のいずれかを卒業することがある種のステータスとなる日本という国家において、佐藤も杉谷も文句無しで“エリート”に分類される。
だから二人とも、政府が意図的に世論を無視して積極的な行動に出ない理由は分かっているし、自分達の行動がいかに重要かも分かっている。
しかし本音と建前は別であり、輸送船団の護衛をしながら敵に襲われているという現実は、水雷屋特有の性分とどこか反発し合うのである。だが、それは我が儘でもある。
「通信より艦橋。『旭邦丸』より入電。『我、対空戦闘用意良し』以上……『南邦丸』よりも同文入電です」
固有の隷下部隊を持たない遊撃的な司令部であり、その時々の状況に応じて船団を組む第三護衛船団の中で、今回“丙部隊”の名を冠せられた部隊は、第八駆逐隊と一万トン級の1TM型戦時標準油槽船として建造され、飯野海運商会に籍を置く民間船扱いの「旭邦丸」と「南邦丸」の合わせて五隻からなっている。
“五年間使えればそれで良い”とされ、通常のそれに比べるとかなり粗っぽく建造された「旭邦丸」と「南邦丸」だが、機関だけは日本の大型商船の標準装備となりつつある高性能ディーゼルエンジンを積んでいるため、その最高速度は二〇ノットを超える。
しかし歴戦の駆逐艦と違って両船とも今回が処女航海であり、船内には急に出撃回数が増えた第二航空艦隊向けの航空用ハイオクガソリンが満載されているから、都合重くなった船の舵の効きは鈍くなるし一発喰らえばまずお陀仏。おまけに民間籍の船員達もほとんどが初陣だ。
はっきり言って、軍人でもないのに戦闘の真っ只中に放り込まれた彼等程、勇敢な者達はいない。たとえ死んでも、“戦死”ではないから国家は何もしてはくれない。会社から働き手を失った家族に慰労金が渡されてそれで終わりなのだ。
それでも彼等は船乗りの誇りにかけて、己の仕事を完遂しようと必死に努力している。
短い電文からその覚悟を静かに感じ取りながら、軍人であることへの慢心の存在を今更感じていた佐藤の耳に、戦闘開始の号砲が飛び込んでくる。
「見張りより艦橋。敵第二群、二隊に分離……B25群は友軍戦闘機と交戦中、A20群に取り付く友軍機無し!」
「対空戦闘、目標、A20群。主砲、撃ち方始めッ!」
現在、第三護衛船団の頭上を守っているのは、陸軍部隊の交代要員を乗せた特設運送船群を護る“甲部隊”所属の改造空母「筑波」から発艦した三二機の零戦であり、内八機が食料や医薬品を積んだ特設運送船群を護る“乙部隊”に針路をとっているB24の迎撃にあたり、一六機が護衛のP38と空中戦を繰り広げている。
そして残りの八機が同じく“乙部隊”に向かう一〇機弱のB25に取り付いているが、“丙部隊”に向かって来る一〇機弱のA20はほぼ自由の身だ。
B25はA20に比べて鈍足だが反面防御火器が多く、戦闘機の視点に立てば取っ付き難い相手に、零戦隊は果敢に阻止を試みている。
なればこそ、絶対に阻止してみせる。
そんな闘志が込められた杉谷の命令一下、「黒潮」の前甲板に一基、後甲板に二基積まれた九六式五〇口径一二,七センチ連装高角砲から六発の二式通常弾が弾き出され、その後約四秒ずつの間隔を置いて降下中のA20群めがけて砲弾が放たれ続ける。
A20群は「黒潮」の右斜め前から高度を下げつつ突っ込んでくる。彼等が「黒潮」の左正横一〇〇〇メートルを進む「旭邦丸」に対し、緩降下爆撃を行おうとしているとみた杉谷は、機銃発砲のタイミングを測るために双眼鏡を構え、そして気が付いた。
「司令……奴等、低過ぎませんか?」
「あぁ、もしかすると雷撃、いや、それはないな」
「黒潮」か「陽炎」か「不知火」か、はたまた「旭邦丸」か「南邦丸」の何れかが放った射弾が至近で炸裂し、立て続けに二機のA20が墜落していく様を見つめながら、佐藤はつぶやくようにそう言った。
はたしてA20は雷撃が可能なのか。そもそも魚雷を積めるのか。という知識を彼等は持たないが、A20が陸軍機であることは知っている。可能性はかなり低い。
とにかく、彼等に分かることは緩降下爆撃にしては高度が最初から低過ぎるということだ。超低空からのを水平爆撃でも、それなりに命中精度は確保出来るが、それにしても杉谷の心に引っかかったるものを取るには及ばない。低ければそれだけ威力は落ち、肝心の油槽に被害が達しない可能性が高くなる。
「……機銃撃ち方、始め!」
そうこうする間にも、A20群は「旭邦丸」に対し機首を向けたまま「黒潮」の前方を抜けようと試み、これを阻止せんと、艦長である杉谷が個人としての杉谷の思考とは無関係に発した命令に従い、佐藤の的確な判断により準備万端となっていた「黒潮」の艦橋前及び右舷側の三つの機銃座から合計四本の直径三〇ミリの火箭が噴き延びる。
「旭邦丸」と「黒潮」のそれぞれ後方一〇〇〇メートルを航行する「南邦丸」と「不知火」から、そしてA20から見ると「旭邦丸」の向こう側に位置する「陽炎」からも「旭邦丸」の頭越しに援護射撃が飛び、いまいち不可解な機動をするA20群の周囲に鋭利な弾片を含んだ黒い花火が開き、曳光弾が発する紅の火箭が舞う。
「……『旭邦丸』に信号! 『右方向急速回頭』急げ!」
すると何の前触れも無く、佐藤が焦慮にかられた声色で叫び声を上げた。
「し、司令?」
佐藤の突然の絶叫に呆気に取られた杉谷以下の乗員を尻目に、佐藤は声色を変えることなく叫び続ける。
「奴等の狙いは反跳爆撃だ! 投下されたら最後、避けようが無いぞ!」
「そん……」
衝撃のあまり吃った杉谷の発言を覆い潰すかのように、「旭邦丸」に突っ込むA20群を射界に収めた左舷側の機銃座から三本の火箭が噴き延び、逆に射界から外れ役目を終えた右舷側の機銃座が大人しくなる。艦橋前の機銃座は発砲したままだ。
だが、もはやそんなことは杉谷の眼中には無い。
もし彼等の狙いが陸軍機らしい超低空爆撃なら、命中は避けられなくとも運が良ければ上部構造物の損傷で済む。
陸軍機らしからぬ雷撃だとしても、仮に三〇〇メートルの距離から投下されたとして、杉谷は米軍の航空魚雷の性能を知らないが例えば九三式酸素魚雷の場合、三〇〇メートル進むのには一五秒近くかかるし、投下直前には速度が落ちるはずだから、船長の判断が的確なら回避出来なくもない。
しかし佐藤の言う反跳爆撃の場合、そうはいかない。
投下された爆弾の速度の水平成分は爆撃機の速度の水平成分に一致し、海面を水切り石の要領で跳ねるだけの爆弾の軌跡上にブレーキになるような目立った障害物は無いから、命中すれば速度そのまま薄っぺらい舷側をぶち抜いて炸裂し、途方も無い惨事を引き起こすだろう。
そんなこれから起きるであろう光景がふと頭をよぎり、不気味な寒気を覚えた杉谷は思わず左側の窓際に駆け寄り、対空砲火の中をどんどん離れていくA20群を凝視した。
戦闘機の援護も無いまま直進しているだけあって、健在な機体はもはや五機でしかないが、同時に「旭邦丸」との距離も五〇〇メートルを割ろうとしている。
そして、「旭邦丸」とA20群の距離が三〇〇メートルにまで縮まり、どこからか放たれた火箭が一機のA20の左主翼を叩き折ったかと思うと、残された四機のA20が、あたかも見えざる手によってつまみ上げられたかのようにフワリと浮かび上がった。
その特徴的な機動から、爆弾が投下されたことを悟った杉谷は半ば反射的に双眼鏡を構えたが、震える丸い視界内に黒点を捉えることは叶わず、不安と期待が怪しげな反応を起こして生まれた感覚に襲われた次の瞬間、双眼鏡のレンズと艦橋の窓を挟んだ先にある「旭邦丸」の船影がほんの僅かだが膨れ上がった。
さらに間髪入れずに毒々しい黒煙と紅蓮の炎が舞い上がり、およそ三秒程の時を経て重々しい爆発音が津波のように「黒潮」に押し寄せた。
「……艦橋より電測。対空電探の感報せ」
「……敵機は撤退に移ったようです。新たに向かってくる機影はありません」
「了解。丙部隊陣形変更、新たな陣形は第四番」
誰がどう見ても、あの大爆発の中に生存者がいるとは思えない。自分達はものの見事に許され難い失態をおかしてしまった。と、艦橋に立ち尽くす杉谷の耳に感情を押し殺した佐藤の命令が響く。
「両舷前進中速。『南邦丸』の前方、一〇〇〇メートルに占位せよ」
「船団司令部宛て、報告電。『“旭邦丸”爆沈せり。生存者は絶望的。我、“南邦丸”を護衛しつつ作戦を続行す。一〇〇七』以上だ」
果たせなかったが果たし切ってもいない任務をやり抜くべく、杉谷は燃え盛る「旭邦丸」から視線を外した。
大戦果をあげたA20が後に、「旭邦丸」の仇とばかりに襲いかかった零戦隊によって粉々にされたことが、せめてもの救いであった。
「我が帝国海軍の最高指揮官は事実上、海軍大臣であり、大臣に何かあった場合は軍令部総長が代行となり、次いで連合艦隊司令長官、海上護衛総隊司令長官、海軍次官というふうに戦時指揮継承順位は定められている。つまり貴様は第三位だ」
どうでも良い問いの後、博恭王はいきなり本題には入らず、またもや良く分からない方向へと話を誘導し始めた。
「殿下の心眼はすでに、戦後を見据えている。ということでしょうか?」
博恭王が話題を変えてから沈黙を保っていた南雲は、前々から予見していた事柄をこのタイミングで、隣に座る柳澤が目を剥いていることなどにかまうことなく、話を本線に戻すべく発声した。
「ほぉ、分かっていたのか」
「……殿下が先の人事異動にどの程度関わっておられたかは存じません。しかし殿下が関わっていない限り、私が今の地位にいることを説明出来ません。塚原(塚原二四三海軍大将……一階級特進)が戦死していなければ、今頃私は海兵もしくは海大の校長職にあるはずですから」
「確かに、塚原が生きていれば連合艦隊司令長官には奴がなるはずだった。しかし奴は戦死してしまい、代わりに挙げられた候補は貴様ではなく小澤(海軍中将、小澤治三郎第二艦隊司令長官)だった」
「しかし殿下は私を推した。世代交代が必要とは言え、海兵の卒業年次が五期も下の者を任じては、その狭間の者達の処遇に難儀する。という名目のもと、殿下は小澤と一期しか違わない私に“中継ぎ”という札の付け“地均し”をさせるために」
「まったく。物分かりが良いな、貴様は」
そう言った博恭王の顔には微笑が浮かんでいる。そこには自身の魂胆を見透かされた焦りも、より深い考えがあるのだという余裕も無い。いたって素直な笑みであった。
「さて、そこまで分かっているなら話は早い。来るべき決戦の日における連合艦隊司令長官は恐らく小澤だろうが、余がその時の軍令部総長に、貴様を押し込むつもりであるということも分かっておるな?」
「分かってはおりますが……押し込むまでもありますまい」
そう言った南雲の表情は相変わらずだ。そこには自分が軍令部総長になることなど当たり前だという自信も、博恭王の権勢に対する信頼も無い。
事情を理解し合っているだけに第三者には今一つ理解出来ない話を進める二人のことを、例によって後に事情を知った柳澤は以下のように書いている。
……不謹慎な話ではあるが、塚原大将の戦死は殿下にとって権力掌握の復と無い好機であった。もし当初の予定通り塚原大将が連合艦隊司令長官になっていたら、それは殿下が陰から権力を行使する最後の機会を得損なったことを意味する。古来、絶大な権力を保持した者は大概にして、書面上の権力者の後ろにいた者達である。もっともその意味では、殿下は実に不幸な方と言えるだろう。
一〇年程前、殿下が海軍軍令部長に就任して早々に起こったいわゆる“昭和八年の政変”による組織改変により、軍令部は海軍大臣の、海軍大臣は平時は文民が就く総理大臣の指揮監督を受ける立場となり、殿下は元帥の称号と引き換えに海軍の表舞台から消えることとなった。
無論皇族としての、さらに水上艦艇主兵主義者の最重鎮としての影響力は保持し続けておられた。殿下がいなければ大和型戦艦や葛城型重巡洋艦が、はたして存在していたかどうか疑わしい。
しかし、“政変”の際に殿下がどさくさ紛れに組織の名称変更と人事制度をいじり、戦時指揮順位を第二位とされた組織の長である軍令部総長でさえ、平時においては海軍次官の下に位置する。
すなわち、殿下が陰から権力を行使しようにも限界があったのである。皇族たる殿下に近い人間を、わざわざ海軍大臣として内閣に迎えるような物好きの政党指導者がいるはずはなく、わざわざ殿下に近い人間を、片腕たる次官に迎えるような物好きの大臣がいるわけがないのだから。
だが、塚原大将の戦死による帝国海軍の人事体制の微妙な変化は博恭王に味方した。
海軍内の派閥を単純に分割することは不可能だが、あえて“航空派”“艦艇派”と大雑把に分類し、当てはまらない方々を“中立派”とすると、明らかに航空主兵に傾きつつあった帝国海軍において、最高幹部の中に生粋の“航空派”が一人もいないという事実が忽然と現れる。便宜的に箇条書きにしてみると、
片桐英吉海軍大臣(航空派よりの中立派)
高須四郎軍令部総長(艦艇派よりの中立派)
南雲忠一連合艦隊司令長官(艦艇派)
新見政一海上護衛総隊司令長官(中立派)
沢本頼雄海軍次官(航空派よりの中立派)
となる。
これだけ見れば、次期軍令部総長に最も近い提督は殿下がおられる以上南雲長官しかおられないことは明らかで、片桐大臣と高須総長をそのままに南雲長官だけを外そうものなら、殿下が全力で阻止にかかかったであろうことも明らかだ。
もっとも、南雲長官は後に殿下の目論見通り軍令部総長になることになる。殿下が考えてもみなかった“最後の”という前置きと共に。……
「どういう意味だ?」
南雲の発言と表情の不一致に違和感を覚えたのか、博恭王は訝しげにそう言った。
「殿下は私を軍令部総長に就けた後、戦争が終われば海軍大臣のポストに就けようとお考えかと存じます。しかしながら戦争が終わった後、海軍大臣のポストに就くのは衆議院に議席を持つ軍出身の議員でしょう」
当初の余裕はどこへやら、みるみる内に表情が驚愕へと変わっていく博恭王を見て、南雲は自分が決死の覚悟で放った魚雷が必中コースにのったと確信した。後は「博恭王」という艦の中枢に、どちらかと言えば無い己の話術を駆使しつつ、いかにしてぶち当てるかである。端っこに当てても意味は無い。
「戦時内閣である現在の堀内閣は、勝敗に関わらず戦争が終われば総辞職することは自明です。恐らく堀内閣在任中に一度、任期満了による衆議院総選挙が行われるでしょうが、戦時下において政友会も民政党も社会大衆党も本気で戦う気は無いはずです。よって次の内閣は戦後処理目的の挙国一致内閣になるかと存じます」
まさか南雲が政治の話をするなどとは夢にも思っていなかったらしく、今度は目を丸くした博恭王は数秒かけて考えをまとめると、驚いたことをむしろさらけ出すような口調で言った。
「そこで海軍大臣に議員を据えるのか。しかし一体誰に聞いたのだ? そのような戯けた話を」
「堀総理(海軍大将、堀悌吉内閣総理大臣兼帝国総合作戦本部長)ご自身であります。もっとも、堀総理にはすでに意中の海軍軍人がいるようで、予備役編入後次の総選挙に立候補させるようです。つまり、制度をいじっていきなり文民を大臣に就けるわけではありません」
「……ついに堀も、政治家に成り下がったということか。ところで、貴様はまだ余の問いに答えてはおらんぞ」
「はい、軍令部が帝国海軍に於いて重きをなしていれば、当然総長ポストに誰を据えるかでもめます。しかしながら、大した組織でなければ積極的になろうとする者は現れません。規模を縮小され、仕事と言えば他部局への移管作業が主になりそうな所へ来たいと思う人間がいるかどうか疑問ですから」
「……貴様、軍令部を潰して帝国海軍を政治家共の好きにさせるつもりなのか?」
調子が出てきたのか、えらく滑らかに口を動かすようになって、かつとんでもないことを喋り始めた南雲の両目を、博恭王は睨み付けると共に、肯定しようものならただでは済まさん、という威圧感が飽和状態になっているようなドスの効いた低い声を発した。
しかし、帝国海軍随一の“水雷屋”として幾多の実戦という修羅場をくぐってきた南雲に、精神攻撃は有効な手段ではなかった。南雲は大胆にも、ストライクゾーンのど真ん中に渾身のストレートを投げ込んだのである。
「殿下は私が連合艦隊司令長官に就いたとき、連合艦隊という組織を軍令部に素直な組織にするよう仰いました。なぜなら山本代理(海軍大将、山本五十六帝国総合作戦本部長代理)が長官時代に軍令部を無視する傾向を、殿下は苦々しくお思いになったからでしょう。殿下にとって軍令部は政治家に対する帝国海軍の要塞ですから、ないがしろににされては堪らない。ですが、はっきり申し上げます。近い将来、軍令部は帝国海軍の膿になります。そうなってから政治家という腹黒い医者に取り除かれるより、傷の浅い内に自ら対処すべきであります」
博恭王は他の皇族軍人とは違って、前線が似合う潮気のある海軍軍人である。
そのせいか、今目の前で行われた南雲の“造反宣言”に対する怒りが、そのまま表情に現れ凄まじい気を発している。一方で、皇族としての理性が怒りをそこで食い止めている。
この様子を、ここにきてなぜ自分が同席しているのか分からなくなっていた柳澤は、以下のように書いている。
……このとき私は、ただ訳も分からず縮んでいたのだが、要するにこういうことだ。
当時の帝国海軍は軍政と軍令を別個に分けて考えていた。
もっとも積極的に分けたのではなく、少し乱暴に言えばドイツ帝国の軍制を真似た帝国陸軍を真似たのである。
だから元々、天皇陛下直属の時代から帷幄上奏権を行使して内閣を潰した経験を持つ参謀本部と比べて、いたって大人しい組織であったし、八八艦隊計画が白紙になったときも、上層部が一致団結していたせいか目立った行動は起こさなかった。
そんななか、“最後の海軍軍令部長”である殿下は、“政変”により文民統制が強まるなか帝国海軍の独立を図った。
すなわち、軍事と政治の相互不干渉体制という初心に帰ろうとしたのである。
その結果、殿下の作った“軍令部”は、文民統制に縛られながらも殿下に近い“艦艇派”や“対外強硬派”の牙城として機能し始めた。開戦時の総長が長谷川大将(長谷川清予備役海軍大将)のような方でなかったら、歴史がどう転がっていたか分かったものではない。
そして、そこへきての南雲長官の造反である。
艦艇派提督と言えば……と、真っ先に名前が上がる提督であり、殿下の衝撃は計り知れない。
何しろ、南雲長官を軍令部総長に据えた後に海軍大臣に進めてある種の院政を行うという、内閣人事に帝国海軍が口を挟める戦時中にしか出来ないことをしようとした、殿下の目論見が完全に崩れたのだ。
当時の南雲長官は、“極めて優秀な艦隊指揮官”として、艦艇派や航空派の一部、特に前線からの尊敬を集めながら、“伏見宮博恭王殿下に繋がる艦艇派の重鎮”として、航空派の一部、特に井上航本長以下の基地派から毛嫌いされていた。
だから戦争が終わってしまえば、南雲長官が海軍大臣になる余地は無かったのである。
さらに、南雲長官以外で殿下の目論見が通せるような提督はいない。
つまるところ、山本代理は温情や中継ぎとしての意味だけで、南雲長官を推した訳ではない、ということに気付けなかったことが、殿下の敗因の一つと言えるだろう……
「殿下、殿下がご立腹になる理由は充分に分かっております。しかしながら、私は自分の考えを変えるつもりはありません」
「……余は山本に先手を打たれたということか?」
博恭王はぼそりとそう言った。顔には不気味な苦笑いが浮かんでいる。
「……確かに、山本代理が私の心変わりの原因ですが、私の意思はそれとは関係ありません」
「……どうやら、貴様をあてにした余が甘かったようだな。もう良い、裏が駄目なら表にするまでだ」
南雲が己の造反を翻す気など無いと答えると、唐突に博恭王は会談の終了を示すように立ち上がり、それ以上何も言うこと無しに素早い足取りで部屋から出ようとしたが、一つ言い忘れたことがあったとばかりにドアの前で立ち止まった。
どこか不機嫌そうに、それでいてどこか得意気に、一言ではとても言い現せられない不思議な表情を作った博恭王は、まるで教師のような口調で、直立不動になって敬礼する南雲には理解の出来ない事柄をこう言った。
「西園寺公望も徳川家達も、もはや我が帝国に元老という称号を持つ者はいないということだ……ともかく、貴様を連合艦隊司令長官に据えたのは間違いではなかったな」
内容的にも分量的にも、二つか三つに分けるべきだろうかと思います。しかし、きりの良いところで物語的に一区切り付けたかったので無理矢理まとめました。
つまるところ計画性が無いだけなのですが、次話にかけて時計の針を半年以上進めます。
その次話の更新がいったいいつになるか、例によって作者自身良く分かっておりません……悪しからずのんびりとお待ち頂ければ幸いです。
ご意見、ご感想お待ちしております。