第九十八話 刈れる!MT
MT…モスキート・ツリー
―前回より―
髑髏を模した柄の先端部から射出された燃え盛る髑髏型の弾幕は、燃え盛る炎と凄まじい爆発力によって地を這うボウフラもどきの群れを草諸共悉く焼き殺していく。
「さァどうだどうだ! これぞ正しく焼き畑農業だぜ! 見ろよ、テメェの帝国とやらが瞬く間に灰と化す様を! 焼け死ぬボウフラ共を! これがテメェの言うモスキートの力だってのかぁ!?」
「ええい!」
「まだだ!」
「まだ!」
「終わらん!」
「まだ!」
「終わらんぞ!」
リューラの嘲りに加え、領土炎上とボウフラもどき全滅という痛手を負ったアルポはしかし、尚も諦めようとはしない。果実らしきものが瞬時に再生し、それらが弾けて再び虫の群れが排出される。しかも次なる虫の群れは幼虫どころか蛹(『鬼ボウフラ』の俗称で知られる頭部が肥大化したようなもの)の形態さえ通り越し、いきなり片腕一抱え半以上あるような成虫―即ち巨大な蚊の状態で飛び出て来た。蚊特有とも言えるであろうあの独特の羽音は無く、暴走族が駆るような改造二輪車の傍迷惑極まりないエンジン音に似た羽音を立てながら、スズメバチやトンボに匹敵する速度で群れを成して飛び回る。
「ケッ! つくづく面倒臭ぇ奴らだ!こんだけ多くちゃあ立ち止まって弾撃つなんてできやしねぇ!」
髑髏型弾幕による攻撃を諦めたリューラは、剣を持ち直し蚊の群れを次々と切り裂いていく。しかしそんな彼女の応戦を徒労と嘲笑うかのように蚊の群れはその数を鼠算式に増やしていく。
「ふはははは!」
「どうだ! 我が軍の力は!」
「これこそ!」
「貴様が嘲りし!」
「モスキートの!」
「力だ!」
「一々喧しい奴らだぜ。口が六つあるんなら、せめて六つの口で別々の事を無作為に言えっつの!」
尚も必死で剣を振り回すリューラだったが、次第にその作業然とした感覚に飽きを感じたのか、剣を振るうのをやめた。
「(畜生め! 無限沸きする雑魚なんぞ相手にしてらんねぇ! ここは適当に牽制して、本体を叩く!)」
リューラは再び剣を逆手に持ち替え、周囲へ無作為に髑髏型弾幕を連射し続ける。一通り掃射し、炎の勢いで蚊が若干怯んだ所でリューラは賺さず剣を持ち直し、幹の側面に出現した蚊の頭が一つを刺し貫かんと跳躍する。バシロの補助が無かったとはいえ、その飛距離たるや平均的な霊長種の世界記録を軽々と上回るほどであり、彼女の肉体が洗練されたものである事を物語っていた。
「ブッ刺されェアアアアアア!」
「馬鹿め!」
「無駄な事を!」
「往け!」
「兵士達よ!」
「あの愚か者を!」
「串刺しにせよ!」
アルポの命令を受けた蚊の群れが、賺さず空中のリューラを取り囲む。しかしながら、曲がりなりにも元は純正イスキュロン軍人であった彼女の勢いがその程度の妨害で止まる筈もない。
「邪魔だァァァァ!」
叫ぶと同時にリューラは空中で回転蹴りを放ち、打撃と風圧で蚊の群れを悉く叩き落とした。
「シェオルァアアアアアアアアアアア!」
そしてそのまま、急降下したリューラの剣がアルポの幹に出現した蚊の頭に襲い掛かる。しかしすんでの所で剣は弾かれ、リューラは大きく吹き飛ばされてしまう。
「は、弾かれたぁ!?」
リューラは吹き飛ばされながらも何とか空中で姿勢を正し、元々は草村であった筈の焦土へ着地する。
「大馬鹿物がァ!」
「考えが甘い!」
「その程度の刃!」
「我には通じんッ!」
「この恥知らずの!」
「下等生物めが!」
「(一体どういう事だ?さっきのはどう考えても外骨格の硬さじゃねぇし、剣の取説には『素人が力任せに振っても鉄板くらいなら斬れる』とか何とかあったっつーのに傷一つ無ぇってのはどう考えてもおかしい)」
リューラは手足や剣でやって来る蚊の群れを薙ぎ払いながら思考を巡らせる。
「(とすりゃ、現状から考えて十中八九魔術だろうな。しかもあの反動、只単に硬いだけじゃねぇ。もっと何か別の、受動的な攻撃ギミックが内蔵されてると考えるべきか。つまり力業でブチ破ろうなんて策は通用しねぇ。確か運動の第三法則だったか? 高校物理の話は殆ど覚えてねぇが、要するにそういう事だろう。こっちがとりあえず力任せにブチ込もうもんなら、向こうから来る反発のエネルギーも強くなりやがる。こういう厄介なタイプの障壁を破るには、ややこしい配列の魔術やら特殊な魔術具やらを仕えと世の魔術師は言う……が、私は生憎そんなもんを使いこなす程器用じゃねぇ。じゃあどうするって? ――それを今から考えるんだろうが)」
等と自分に言い聞かせながらリューラは尚も思考を巡らせていたが、ふとヴァーミンの有資格者と破殻化に関する関連性についての話を思い出す。
「(そういや繁が何か前に言ってたような……確か『破殻化した姿の主軸はヴァーミンを持ってる奴の種族に左右される』とか何とか。だから霊長種の繁や桃李は蟲人間の形だったのが、ニコラは狐みてぇなデカい蛾なんだっけ? まぁ細けぇ事考えてる場合じゃねぇ、とりあえずこのネタがあの馬鹿をぶっ殺すのに何か使えそうな気がするんだが――ん、待てよ? そうか! その手があったか!)」
熟考の末にある作戦を思い付いたリューラは、早速それを実行に移す。
先ず髑髏型弾幕で蚊の群れを粗方焼き払うと、そのまま剣を持ち直して大きく振りかぶる。そうして彼女が斬り付けたのは、先程と同じくアルポの本体―ではなく、アルポから少々離れた位置にある地面だった。
土をある程度斬り付けて細かく砕いたのを確認したリューラは、更にそこへ大型かつ高出力の髑髏型弾幕を放ち、爆破することでかなりの広範囲をクレーター状に削り取った。
「馬鹿な!?」
「何を!?」
「止せ!」
「我が領土を!」
「我に無断で!」
「勝手に掘るなぁー!」
六つの頭が順番に叫ぶが、リューラはそれでも尚地面を斬り付けては髑髏型弾幕で爆破するという作業を続けていく。アルポの未来を念入りに破壊し、忌まわしき薮蚊の魔手から仲間達を救い出す為に。
次回、遂に決着か!?