第九十四話 りぴーと!
頭を抱えるリューラを何処かから見つめる怪しい影…
―前回より―
森の奥深く、『それ』は只、中枢から外界の様子を伺っていた。
《あれは一体何だというのだ? 何故余の力が及ばぬ? 奇妙だ。明らかに奇妙だ。何故命ある者に余の力が及ばぬ? あれは明らかに息をしていたし、汗をかいていた。ならば当然、我が力が及ぶ筈であろうに》
明らかな異常事態を前にして、『それ』は少し考え込んだが、やがて深く悩むのをやめた。
《まぁよい。余の力が及ばぬからと言って、あれを殺す手立てが無いわけではない。夢は無限にあり、力有る限りそれは実現する。だからこそ、諦めるのはまだ早いのだ》
―一方その頃―
リューラは未だ頭を抱えていた。相も変わらず仲間達を目覚めさせる方法が思い浮かばないのである。
一応度を過ぎない程度に一通りの事は試してみたが、基本的に何をしてみても目を覚まさない。
揺さぶっても、引っぱたいても、逆さ吊りにしても、軽く殴っても、のし掛かっても、まるで仮死状態にであるかのように一切反応しないのである。
「冗談抜きで参ったなこりゃ。ゲームだったら迷わず攻略サイト探すな。まぁ私、元々ゲームは攻略本片手にやるような不届きモンだが」
打つ手が無いにも関わらず、リューラは尚も考えることをやめない。打開策が出るまで思考を展開し続けるのである。
―四分後―
「そうだ」
リューラは閃いた。今の状況では危険な賭けになるであろうが、背に腹は代えられない。
いや、一応遺伝子操作という例外もあるにはあるのだが、現時点の作者は遺伝学についてろくな思い出がないので勘弁して欲しい。
「これを敵の攻撃と仮定するなら、攻撃の実行者もどっかに居るはずだ。もしかしたら遠距離とか上空とか異空間とかそういう手も足も出ないような場所からの攻撃かもしれんが、同時にあくまで私の手が届く範囲内という可能性も捨てきれねぇ」
そう言ってリューラは、五感を研ぎ澄ませながらゆっくりと草村を歩き出した。元軍人である彼女が駆け抜けた戦場は、何時も晴天の昼間だったという訳ではない。
彼女の戦場は、例えば夜間の熱帯雨林であったり、砂嵐の吹き荒れる砂漠地帯であったり、強烈な吹雪で視界ばかりか体温のアドバンテージまで奪われる極地であったりもした。そもそも彼女の出身は砂の海で知られるイスキュロンであるため、士官学校や軍の野外訓練でもしばしば砂嵐の中駆けずり回って突撃銃や榴弾砲を振り回していた。
同じく士官学校時代に受けた砂上船操縦訓練では『砂嵐が吹き荒れる中で船をコースから外れないように操縦し、制限時間内に指定されたゴールに到着する』という高等技術を要求されたこともある。
現役時代に至っては、夜間の熱帯雨林深奥で突撃銃を持った敵兵部隊を相手にしたり、光学迷彩のような擬態能力を駆使する暗殺者を豪雨の中残弾一発だけのマグナムのみで相手にしたり、大雨で増水し濁った濁流の中を着衣状態で泳いだりと、数々の死線をくぐり抜けて来ている。
「(そもそも私の場合、現役時代に昼間かつ晴天の視界明瞭な状況下で戦った事なんて数えるほどしかないんだよな。だがそのお陰か、耳や目鼻には多少自信があるつもりだ。とは言っても、精々無反動砲の射程距離程度までだが……)」
リューラは草村を慎重に歩いていく。幽かな音も聞き逃さないように、ゆっくりと。
そしてそんなリューラを、『それ』が放置するはずもない。
《何をやっている…? まぁ良い、戦闘を放棄したのなら此方から出向くまでの事だ! 往けい、絡み苔よ! あれの脚を縛り上げろ!》
『それ』の命令を受けた細長い地衣類が、まるで触手のようにリューラの足下へ向かう。
しかし絡み苔が立てる僅かな音をも聞き分けたリューラはその変則的な動きを目視することなく完全に読み通し、あまつさえ絡み苔を踏み付けて再起不能にしてしまった。
《な、何!? あれは一体何をしたのだ!? 絡み苔を避けたばかりか踏み付けるなど、まともな生物の所業ではないぞ! ええい、小癪なっ……往けい、刀剣草よ! そやつの下半身を切り刻め!》
続いて『それ』の命令を受けたこれまた細長い草が、まるでメトロノームの針のようにゆっくりと反り返る。
刀剣草と呼ばれるこの草は主だって草村を覆う背の高い草に混じって生えており、自らの葉を内角30度まで反り返らせた反動で対象物を能動的に斬り付けるという恐ろしい植物であった。
しかしながらこの刀剣草、反り返るスピードが極めて遅い上に、草体そのものは薄く柔らかい為自らが切断されたりへし折られたりするとほぼ無力になってしまうという致命的な弱点があった。
加えて内角が30度未満ではわらび餅どころか豆腐さえも満足に斬れない程に軟弱である。
当然リューラはその弱点どころか刀剣草自体認知していなかった。しかし刀剣草が切断準備を終えるより先に歩き去ったり、或いは仮に準備を終えたとしても直ぐさま踏み付けられたりという散々な有様であったため、当然攻撃など当たるはずもない。
《そうであった……動き回る的に刀剣草は意味は無意味であった……。そうだ……やはり植物では限界がある……往けい、噛み付き雀! 弾丸黄金! 貴様らの力であれを挟み撃ちだ!》
刀剣草に続いて『それ』の命令を受けたのは、二匹の虫だった。
方やハンミョウのような顎で獲物に噛み付きブラジキニンで激痛を与えるスズメガ『噛み付き雀』と、音速を超えるほどの速度で飛行しそのチタン合金にも匹敵する外骨格で厚さ10cmのコンクリート壁をも貫く『弾丸黄金』である。
因みに弾丸黄金は高速飛行に伴い消費される莫大な量の酸素を補うため、全身に気門―陸棲節足動物が持つ空気呼吸用の穴―が存在するという規格外の存在だった。
しかもどういうわけかこの二匹はどちらも自らの気配を消す力を主である『それ』から授かっていた。
故にリューラはこの二匹の接近を察知出来ず、遂に挟み撃ちにされてしまうものかと思われた。
しかし、現実とは何者にもサディストであった。
「今のところ何の気配も無ぇなぁ……どっかに術者が居る筈なんだが。とりあえず今はバシロ展開する必要性もねぇし、これ閉じとくk――あっ」
リューラが右肩のジッパーを閉じようとスライダーを引っ張った所、スライダーの取っ手にあたる部分が地面に落ちた。
「あー、やべぇな。折角香織の奴が作ってくれた戦闘服なのに…」
恐らくスライダーの金属疲労が原因であろうか。香織がリューラの戦闘服を自作するために使ったジッパーは、デザルテリアの裁縫道具屋でばら売りされていた中古品だった。
元々はジャケット等に使われていた金属製ジッパーは紆余曲折を経て劣化しており、それ故に破損したものと思われた。
「何とか直さねぇと開け閉めだりぃからなぁ……くっそー、このジッパーが何したっつーんだよ全く。ガキのチ●皮でも挟んだってか? ったく、だからってこういう形でジッパーに裁かなくても良いだろうがよー」
ちなみに右肩のジッパーは元々、現在食道癌から復帰し再び学校のために尽力しているデザルテリア士官学校教頭・ディロフが愛用していた革製のカバンに使われていたものである。
リューラは落ちたスライダーの取っ手を探すため屈み込まざるを得なかった。しかしそれでも、上空の二匹は彼女を挟み撃ちにしようと飛び続けている。
そして二分後。
リューラ攻撃のために送り込まれた二匹の虫は、どちらも気配を完全に消し去っているため互いの存在を全く認識することが出来なくなり、哀れにも空中で衝突する。
顎以外は並大抵のスズメガとそう変わらない噛み付き雀はコンクリートをもぶち抜く弾丸黄金の突進を受けて空中で四散。
一方の弾丸黄金も、突進に際して全身にまとわりついた噛み付き雀の体液により全身に存在する気門が塞がり、その後僅か11秒であっけなく窒息死してしまった。
その後どうにかスライダーのパーツを見付けたリューラは、再び探索を再開した。
《どういう事なのだ……? 何故に我―ダルク・アルポの眷属ともあろう者共が、あの程度の霊長種如きに悉く敗れ去ってしまうのだ!?》
次回、謎の敵『ダルク・アルポ』の正体とは!?