第八十五話 変態蛸はメタ発言で死んでいく
何かメタ発言と下ネタが多いような気がするが……あんな敵じゃ仕方ないか。
―前回より―
桃李と羽辰による奇襲攻撃にシリクは為す術も無く、触手に囚われていた少女達は次々と解放されていった。触手など幾ら切られても瞬時に再生するからと高を括っていたシリクだったが、流石に獲物の少女を全員奪われたとあっては黙っていられない。
「貴様等ァ! 黙って見ておれば我の邪魔立てとはどういう事だァ!」
海面下から巨大蛸そのものである頭を出して怒鳴るシリク。
「そもそも貴様等、我を誰と心得る!? 恐れ多くも海神教が幹部格、蛸系軟体種のシリク・カイメだぞ! 貴様等のような観光客の若造如き、我が視界に入ることさえも万死に値するというのに、ましてやその上を裸足で駆け回り我が手足を切り落とすなど許されると思っているのか!?」
「いやぁ、正直なところあんたが誰かとかどうでもいいんですよ。どうせ初登場の次で死ぬようなキャラなんですし、ろくすっぽ名前覚えなくたって別に良いでしょ」
「何い!? 海神教幹部であるこのシリク・カイメが使い捨ての雑魚だと!? 貴様、観光客だからといって何をしても許されると思うなよ!」
『逆に海神教幹部が強制猥褻とかふざけるなと思うんですがね、此方としては』
「ッハ、バカも休み休み言えい! 我等が海神教はアクサノの頂点に立つ勢力! そしてその幹部ともなれば、平民を玩具にする程度の事が何の罪になる! 寧ろ玩具共はそれを喜び誇るべきであろうがぁ!」
そう叫ぶと共に、シリクは無数の触手を打ち振るうも、桃李と羽辰はその打撃を難なく回避すると同時に機関銃を掃射する(桃李は左腕が変形、羽辰は謎の技術で隠し持っていた)。銃弾は振り回される触手を切断し皮膚を突き破り肉を刺し貫くがしかし、蛸の細胞が持つ強靭な再生能力の元にそれらが意味を成そう筈もない。
「ぬぅはははははははっ、愚か者めぇ! 我は水圏の知将、深海の魔物として恐れられし蛸なるぞ! 斯様な銃弾如き、痛みも痒みも感じぬわぁっ!」
自信に満ち溢れた叫びを上げながら、シリクの猛攻は尚も続く。その触手は尋常でない長さまで伸び、まるで弾道を意のままに曲げる拳銃の弾丸が如し勢いであった。
「やはり銃弾では生温いようですね……」
『仕方ありません、この分だと物理的な攻撃は例え焼夷弾でも榴弾砲でも無反動砲でも無力化されてしまうでしょう……』
「眉間を狙うというのは?」
『早急に感付かれて失敗に終わるかと。それに感付いて奴が海中に潜りでもしたらそれこそ手も足も出ません』
「かと言って安易に破殻化すれば余計な敵を招きかねませんし……ここは一つ、煮てやる展開で――「私語の暇さえ与えんぞッ!」――!?」
適度に触手を避けながら兄と作戦を練っていた桃李の顔面と首に、シリクの太く平たい触手が巻き付いた。
『桃李っ!』
「甘いわァ!」
捕らえられた妹を救おうと走り出す羽辰目掛けて、触手の束が振るわれる。
『霊体浸と――ぐぉぁっ!』
体を生物から霊体に近付けて触手を通り抜けようとした羽辰だが、双子故の中途半端な神経の同調による息苦しさでタイミングを逃した羽辰はそのまま薙ぎ払われてしまった。
「我の眼前に我以外の男は要らぬ! 暫しそこで伸びておれィ!」
そういってシリクは桃李の四肢を縛り上げ、顔面と首から触手をほどく。
「よく見れば貴様も中々の上玉ではないか……どれ、我が直々に遊んでやろう」
その余りの恐怖からなのか、真相は定かでないが桃李の顔から余裕が失せ、更に左脚からシリクの胴体にかけて何らかの透明な液体が伝っている。
「おぉ! 何と言うことだ!大いなる海神スィチンが我に聖水までも与えたもうたとは! これは敬意を以て扱わねば罰が当たるというものだ!…さぁて、どこから剥がそうか――」
シリクの触手が桃李の胴体に伸びた瞬間、桃李の左脚を掴んでいた触手から彼の胴体にかけての大部分が大々的に燃え上がった。
「――っがああああああああああああああああああっっ! な、何だこれはぁっ!? 一体どういう事だ!? 何故我の身体から炎が!? 火の気もないはずの我の身体が、何故こんなにも熱いのだぁああああああああ!?」
パニックに陥ったシリクは思わず桃李を投げ捨て急いで水中に潜っていった。一方投げられた方の桃李は砂浜に着地しながら兄に呼びかける。
「兄さん、今です!」
『心得ました!』
薙ぎ払われ浜辺に倒れていた羽辰は瞬時に起き上がり、シリクが戻っていった方角目掛けて右手首から全体が青い分銅を放つ。分銅は羽辰の意のままにトリッキーな軌道を描いて飛んでいき、海中深くに入ったとしてもその勢いは止まらず、鎖も無限に伸び続ける。
生物と霊体の中間であるが故に存在が曖昧な羽辰は、それを利用して体内に異空間を発生させある程度の荷物を収容出来るのである(但し容量は同じような真似の出来るバシロに遠く及ばないが)。
―同時刻・海中―
「(どういう事なのだ……我の肌から火の気など……! ええい、今に見ておれ若造めが! 状況を立て直し次第我が秘策を――ッ!?)」
海中深くへ潜ろうとしていたシリクだったが、羽辰の分銅によって縛り上げられ動作を拘束されてしまう。
「(な、何だこれはっ! 金属の鎖か!? ええい、こんなものが何だ! 我が怪力で引きちぎってみせ―ぐぉぉぉぉ! し、絞まっただとぉぉぉぉ!?)」
必死に抵抗するシリクだったが、幾ら抜け出そうとしても分銅の鎖はどんどん絞まっていく。そして逃げ出してから数秒もしない内に、シリクは羽辰の手で浜辺へ釣り上げられてしまった。
―浜辺―
「ぐぬおああああああああああああああああ! この…このカイメが、こんなアホ面の観光客共如きの手でぇぇぇぇ! 何故だぁ…何故なのだぁああああああああああああああ!」
『何故と言われても……』
「死亡フラグの塊であるとしか……言えませんね」
「何ぃ!? 我が、我が死亡フラグの塊だとぉ!? そんな馬鹿げた話があるかぁっ! 南国と言えば海! 海と言えば水着回! 水着回と言えばエロエロの触手プレイと相場が決まって居ろうに! それがライトノベルの鉄則であろうに! それが何故死亡フラグだと――っぎゃああああああああ!」
その瞬間、シリクの触手が突如何かによって切り落とされた。しかもその本数たるや一本や二本という生温いものではなく、ゆうに10本は超えている。
「で、すっ、かぁ、らぁぁ~……それが死亡フラグだと何で気付かないんですぅ?」
心底馬鹿にしたような口調で語りかける桃李の手元には、全体が赤い小振りな鎌が握られていた。
「っぐあああああああああ!? わ、我の触手がああああああああああ!?」
「ああもう、あんた絶対話聞いてないでしょう? 仕方ないですねー」
そう言って桃李が赤い鎌を振り落とすと、再び一瞬で十本以上の触手が切り落とされて吹き飛んだ。しかも奇妙なことに、本来ならば直ぐさま再生するはずの触手が、全くその気配を見せていない。
「な、な、な、ななななななっ、何故だ!? 何故我の触手が再生しないっ!? どういう事だ!? き、貴様等……貴様等一体何者だあああああああ!?」
半ば自棄になって泣き叫ぶシリクに、兄妹はあっさりと言い放った。
「ふむ……何者と言われましても……」
『そうですねぇ…強いて言うならば…』
「『通りすがりのラジオDJですよ」』
「ラ……ラジオDJだああああああああああ!? そ、そんな馬鹿な話がぁっ――」
「『あるんです!」』
「あったあああああ!」
状況が全く飲み込めないまま絶叫するシリクの眉間へと、二人はその辺で拾ってきた錆びた鉄パイプをあえてゆっくりと突き刺した。苦痛の余り言葉ですらない叫び声を上げて絶叫するシリクだったが、暫くして唐突に動かなくなり、そのまま絶命した。
凄まじい生命力と文武両道の身体能力を誇る蛸であるが、当然ながら脳を破壊されれば一溜まりもなく絶命する。それは異世界カタル・ティゾルに住まう、蛸の形質を持った知的生物であっても変わりない事実であった。
ちなみに蛸など頭足類はその名の通り、頭を起点として両端から足と胴体が生えているという奇妙な構造をしている。即ちしばしば頭部と誤認されがちな袋状の部分は胴体であり、実際の頭部は足の根本に存在する目や口や漏斗の集合した部分である。
かくしてアクサノの海水浴場にて起こった強制猥褻事件を実に平和的な手法で解決に導いた二人は、その後も熱帯の海に棲む有毒生物についての観察と記録を進めていった。
次回、遂に繁達が事件解決へ向けて動き出す!