第八十一話 バカが話を聞いてくれない
さぁ、観光だ!
―前回より―
市長ムチャリンダ及び神官供米との話を終えた一行は、屋外へ繰り出す前にひとまず自室で熱帯用の服に着替える事にした。と言っても布地が薄く、丈が短く、デザインが派手になったくらいの違いなのだが、それでも着替えると着替えないとでは各自の気分に圧倒的な差があったのである。
「海外旅行なんてのは人生で初めてなんだが……成る程、中々良い雰囲気じゃねぇのセルヴァグル。私は気に入ったぜ」
「同感だ。俺ぁヒトの頃から夏好きで、毎年夏場になると無茶苦茶テンション上がるっつー持病があってな。永住は無理でも偶に来るぐれぇなら良いかもな」
「私もだよ。亜寒帯出身だけど、この気温に慣れるのはそう苦じゃない気がしてきた」
『私は半分霊体なので体感温度というものはある程度調節出来ますが、桃李はどうです?』
「大丈夫ですよ、兄さん。気温面なんてどうとでもなるんです。それより何より熱帯と言ったら派手な警告色の有毒生物ですよ。まさしくマニアからしたら理想郷というものです。山なら毒草、毒蛇、毒虫、毒蛙、海なら毒魚、毒貝、毒海月、毒海胆、毒蛸……いやぁ、考えただけでワクワクしてきますねぇ」
街道を歩きながら思い思いに語らう五人を、少し後ろから見守る三人が居た。
「供米のおっさんにゃ感謝しねぇとな。今までの俺らは法から隠れるように活動してたが、少なくとも今回ばかりはそれがねぇ。四度目にしてこの有様は何処か異様ですらあるな」
「考え過ぎじゃない?まぁそりゃ、旅行気分で現を抜かしてると敵に察知されて足下掬われるってのは百も承知だけどさ」
「どうでも良いけど、あの緑髪の娘さん何か妙なことしでかさないだろうね? 近頃は只でさえ若い研究者の無茶を止めるので精一杯で……」
そう言うのは、神官の知人であり今回繁達のガイドを務めるサイチョウ系羽毛種の女性・ラドラム。供米の友人である林霊教の巫女である彼女は植物学に深く精通し、生涯の間に30の子を産み育てた等数々の伝説的所業で有名な人物であった。
「心配要りませんぜ、大巫女様。うちの者は見て呉れや好みこそ奇抜で性根もひん曲がった奴ばかりですが、それぞれ自分がやっちゃならねぇ事はちゃんと理解してる。仮にこれ以上道を踏み外そうもんなら俺が止めますし、逆に俺が道を踏み外しそうになったら奴らが俺を止めるでしょう。この集まりはそういうもんなんです」
「若いのに大した自信だねぇ。霊長種にしては見上げた根性だ」
「それは甘いですわ、大巫女様。彼は既に霊長種を逸しておりますもの」
「そういえば、あんたはヴァーミンの有資格者だったね」
「えぇ。こんな身なりながら糞生意気にも――
「ゥい待てやグラァ!」
「あん?」
唐突に高圧的な喋りの声に呼び止められた繁が振り返ると、そこには全身ピアスや銀製アクセサリーだらけで、体毛の色合いや形状が攻撃的な禽獣種らしき男の姿があった。外見から推測すれば総合的に見た知能指数は繁の半分程度だろうか。
繁は仲間達に先に行くよう伝え、その場で立ち止まった。
「何アンタ? 俺に何か用?」
「何か用かじゃねぇわ! テメェ、観光客だろ!」
「……そうだが、それがどうかしたか?」
「どうかしたかじゃねえ! テメェ観光客の癖に生意気なんだよ! 観光客なら観光客らしく、目立たないように大人しくしてろってんだ!」
「はぁ……? あー……あのさ、自分で言うのも何なんだけどさ、俺って観光客の中でも比較的大人しいと思ってんのよ。何か問題でもある?」
「問題だと!? 大有りに決まってんだろ! テメェ自覚ねーのか!?」
「自覚? はて、ちょっと待ってくれ……ええと、『目視可能な武器・火器類』はちゃんと指定通りの保管庫に入れてあるし、『一等以上の魔術具』も『三等以上の毒劇物、五等以上の爆発物』も、持ってないな……。あと思い当たる問題点ってぇと……ごめん、俺の確認できる限りでこの辺りの法律や条令に違反するような問題点は何一つとして無いんだけどさ……何がいけないの?」
「何がいけねぇかだとぉぉぉ!? そんな基本的な事から態々説明さす気かテメェはっ!」
「あぁ、頼むよ。無知な観光客に地元のルールや事柄を説明するのも地元民の義務だと思ってくれや」
「っち! 仕方ねーなぁ、そんなに言うんなら教えてやるよ! この俺様、闇夜の吸血蝙蝠ことゼンヲウ・龍漸寺様の前でハーレムをやった事! それがテメェの大罪だ!」
何とも酷く馬鹿馬鹿しい言い掛かりがあったものである。
「……ハーレム? ごめん、覚えがないんだけどさー」
「テメェ、バックレる気か!? ナメてんじゃねぇぞ!」
「いや、しらばくれるつもりとか更々ないってば。俺ぁただ友達と歩いてただけであって
――「まだ言い訳するってか? テメェヒトをバカにすんのも大概にしろよ!」
「いや待ってよ、バカにしてるつもりは――「問答無用ォ! 死ねや腐れリア充がァ!」
かくして自称(明らかに血を吸いそうな顔つきでないが)闇夜の吸血蝙蝠こと蝙蝠系禽獣種ゼンヲウ・龍漸寺が飛び掛かってきた。しかも本来ならば多くの個体が腕の翼で空を飛ぶ能力を備えているはずの蝙蝠系禽獣種の癖に、地面を走っている。
というのも、彼のピアスや銀製アクセサリーは耳や手足ばかりでなくその翼にまで及んでおり、金属で重くなった上に穴まで空けられた翼では満足に空も飛べない為であった。
本来このような過剰装飾に法的な制限はないが、各大陸の軍・企業・教育機関・タレント事務所等から暴力団のような組織でさえ、職員・構成員等関係者の過剰装飾を禁止しているか、或いは制限を設けている(但しそれそのものが装着者の身体的・生理的な活動補助を目的とするものであったり、文化・宗教による取り決めである等やむを得ない理由がある場合は例外として容認される場合も多い。当然ながらゼンヲウの過剰装飾に正当な理由など有るはずもないが)。
ゼンヲウは町中だというのに刃物を振り回しており、対する繁も槍や仕込み手甲鉤などは持っていなかったが、だからと言ってこの程度の相手にアサシンバグの力を使おう等とも考えては居なかった。
次回、辻原繁の新たなる可能性が明らかに!