第八話 医学博士は呪われない
不死身の医者ニコラ・フォックス。その不死性の真実と、波瀾万丈なる彼女の生涯。
昔々、カタル・ティゾルはルタマルスに、ニコラという女の子が住んでいました。
ニコラはとても明るく心の優しい子で、誰かを助けてあげることと、助けた相手から「ありがとう」と言われる事が大好きでした。
ニコラには、大きな夢がありました。それはお医者さんになることです。
お医者さんになって、色々な人を病気や怪我から助けたい、守りたいと、願っていたのです。
でも、お医者さんになるのはそう簡単なことではありません。
お医者さんになるためには、色々なことを勉強し、勉強だけでは学べないような事もたくさん知っておかなければならないからです。
でも、誰かを助けたいと思うニコラは、夢を諦めずに頑張りました。
そうして頑張ったニコラは、お医者さんになるためのの特別な学校に入ることが出来ました。
ニコラは学校での生活を楽しみました。難しいこともいっぱい勉強しました。
そうして、学校での生活にも慣れた頃。
街へ遊びに出ていたニコラは、その姿を偶然にも、ある人に見られてしまうのです。
それは、遠い所にある大きな国の王子様でした。
お忍びで街に遊びに来ていた所を、偶然にも側を通ったニコラと目があったのでした。
そしてその時王子様は何と、ニコラに恋をしてしまったのです。
それまで女の人に恋をした事なんて一度もなかった王子様は、それが恋なのだと気付くのにかなりの時間がかかりました。
でも、気付いてからははっきりと判るようになったのです。
これは恋なんだ。僕はあの子に恋をしているんだ。
王子様は人が良く誰とでも仲良くできましたが、奥手で少し気の小さい所がありました。
だから、その気になればニコラを探し出して思いを伝える事だって出来たはずなのに、王子様はそれをしませんでした。
出来なかったのです。
結局そうして月日が過ぎ、王子様の恋心がニコラに伝わらないまま、一年が経ちました。
勇気が出せない王子様は、幼馴染みで友達だった隣の国のお姫様に相談することにしました。
お姫様は王子様の事をよく知っていたので、王子様に「貴方のペースでじっくりタイミングを見計らっていけばいい」と言いました。
王子様はその言葉を信じ、勇気が出る時を待ち続け、その日のために告白の計画を練るのでした。
でもこの時、王子様は気付いていませんでした。
お姫様は、王子様の恋を応援する気なんて無かったのです。
それもその筈でした。
お姫様は王子様の事が死ぬほどに大好きで、王子様の愛は自分だけに向いていればいいと、そう考えていました。
だから、王子様の心が他の女の人に向いている事が何より許せなかったのです。
そしてお姫様は、作戦を実行に移しました。
遠い国から魔法の本を取り寄せ、その本にあったある恐ろしい呪いを、ニコラにかけたのです。
呪いをかけられたニコラが不幸な目に遭うことはありませんでした。
それどころか、どんなに大きな病気や怪我をしても、ニコラが死ぬことはありませんでした。
でも、お姫様にとってはそれで十分でした。何を隠そう、お姫様の狙いはそれだったからです。
というのも、お姫様のかけた呪いの力で、ニコラは決して年を取らず絶対に死なない身体になった代わりに、もう二度と子供を産めない身体にされてしまっていたのです。
鈍感なニコラはそれに気付きませんでしたが、お姫様は満足でした。
女の人だけに許された、最も大きな幸せの、最も意味のある生き甲斐の一つである、子育ての権利を、奪ってやることが出来たのですから。
お姫様は早速、その事を王子様に話しました。
「貴方が好きなあのニコラという女の子は、絶対にやってはいけないと言われている魔法を使って、子供を産むことを諦めてまで老いることも死ぬこともない身体を手に入れた」と。
それは明らかに歪められた真実でしたが、優しく奥手な王子様は、その言葉を真に受けて深く悩み苦しんでしまいます。
お姫様はこうして出来た心の隙に付け入ろうと考えていたのですが、中々上手く行きません。
王子様に近付くタイミングを掴もうとしても、大抵は失敗してばかり。
タイミングを掴んでじっくり話そうとしても、ニコラの事を諦めきれない王子様は、ニコラにかけられた呪いを解いて彼女を改心させる方法を探すことに躍起になっていて、お姫様との話もその事ばかりです。
お姫様はその事に腹を立て、腹いせに徹底してニコラの命を狙いました。
でもどんな事をしても、ニコラは死ぬことがありません。
当然でした。
ニコラは既に、お姫様がかけた呪いの所為で、決して死ぬことの出来ない身体になってしまっていたのですから。
でもお姫様は、王子様への想いとニコラへの逆恨みの気持ちでそのことをすっかり忘れてしまっていました。お姫様はバカだったのです。
そして月日が経つ内に、お姫様と王子様はどんどん年を取りましたが、呪いのかかっているニコラは年を取りません。
そうこうしている間に、王子様は病気で死に、お姫様も途中で女王様になりましたが、国を上手く治める事も出来ず、民衆に刃向かわれ、城を追い出されてしまいました。
そして数年が経ち、ニコラは無事にお医者さんになることが出来ました。
でも、ニコラはまだ物足りない気分でした。というのもニコラの性格は、学校での色々な経験を経て少し変になっていたのでした。
ニコラは思いました。
「お医者さんをやる以外に、私にしか出来ないことが、まだ他にあるんじゃないかしら?」
そしてニコラはある日、自分の身体についての秘密を知ることになります。
子供を産むことが出来ない代わりに、絶対に年を取らず、何をされても死なない身体。
その秘密を知った途端、ニコラはあるとんでもない事を思い付きました。
自分で自分を、色々な方法を使って、殺してしまうのです。
普通の人なら死んでしまうような事でも、ニコラは死にません。
それを利用して、ニコラは色々な方法で自殺を繰り返し、その原理や様子を細かく記録することにしたのです。
例えば縄で首を縛るにしても、太さ、長さ、縛る力や縛り方、縄の材質など、その度に少しずつ変えて、どうなるかを試します。
その様子の違いや、痛みの感じ方、安全な対処方法などを、ニコラは研究し続けました。
そしてニコラはある時、それらの記録を一冊の本にして、出版します。
『対死神営業妨害白書』というタイトルのそれは、人を死から救う方法を探求したために冥界から追放された死神が、密かに書き記したという設定でした。
『対死神営業妨害白書』はその衝撃的な内容と癖になる文章が相俟って大ヒットを記録し、続編が期待されていましたが、所々に王政を批判する記述が目立ったため、政府により発行を禁止されてしまいました。
それでもニコラは、お医者さんをしながら研究者としてめげずに政府と戦い続けました。
老いることも死ぬことも無いニコラの戦いは五十年以上も続き、ついには病院の営業を停止されてしまいました。
でも、ニコラは諦めずに打開策を探し続けます。
果たして彼女に、本当の安息は訪れるのでしょうか?
それは誰にも、判らないことなのでしょう。
明らかになったニコラの過去。果たして彼女は繁の見方か?それとも……