第七十八話 狐医者(元)の発案:後編
後編だけどタイトルの割に後半の方がメインになってるなコレ…何処がライトノベルだよ。
―前回より―
当初『水着選びは適当に済ませてさっさと帰る』と考えていた三人だったが、選び初めて10分でそれが甘かったと後悔する羽目になった。というのも、ニコラは予め予約を取っていたのか自分の分を早急に購入し、羽辰やバシロの他、店員や他の客達とまでも結託。愛と勇気と情報と誠意を以て三人を圧倒し始めたからである。
それ即ち『適当に良さそうなものを選ぶ』という行動の封殺とほぼ同義であり、打開策として『面倒』『適当』『そちらの方で』というような曖昧な単語を口にしようにも、彼女らの気迫はそれさえも許さなかった。
対等の立場であろうニコラ、羽辰、バシロならばまだしも、普通客商売の人間がまともな客を圧倒するなどあってはならない事であり、ましてや他の客の介入など迷惑以外の何物でもない筈である。
故に彼女らにはそれに苦言を呈し、店員や他の客はおろかニコラ達をもはね除けるだけの権利は当然持ち合わせていた。
しかしその権利を行使しようにも、奔走する店員や客達の表情は総じて純粋な善意に善意に満ち溢れ生き生きとしており、それは三人の心に躊躇いを生じさせるに十分なものであった。
そもそも生まれてこの方海水浴にもプールにも行った経験が無いに等しい三人にとって、水着選びという行為は正直恥ずかしくてやっていられないのではあるが、だからと言って羨望の眼差しを向ける仲間達やその他大勢の手前取り止めるわけにも行かず、結果どうしようもなく流れに身を任せるばかりなのであった。
―同時刻・ルタマルスはジュルノブル―
早朝から一人別行動を取っていた繁の行き先は、ノモシアの大国ルタマルスが首都・ジュルノブル。記念すべきツジラジ初回の舞台となり、また彼らの手によって元々の機能を壊滅させるに至ったジュルノブル城が存在していた都市である。
繁がわざわざ朝早くからここに来たのは、ある人物に会う為であった。
「確かこの辺りに……おっ、ここだ」
暫く歩いた繁は、路地裏に佇む薄暗い建物の中へと入っていく。
「店長、居られますか?」
「ん……誰かと思やぁあん時の坊ちゃんかい。何の用だね?」
店の奥から現れたのは、全体的に緑色をした外殻種の老人であった。その人型を乖離した姿は巨大な甲殻類を思わせるものだったが、それでも彼がカタル・ティゾルに於いてヒトとして扱われていることに変わりはない。
「はい。件のブツ―この仕込み手甲鉤のお代を支払いに参りました」
察しの良い読者はこの発言から判るだろうが、繁がシーズン1のジュルノブル城戦より愛用している一対の仕込み手甲鉤を作ったのは、他でもないこの外殻種の老人であった。
というのも、彼―グソクムシ系外殻種カドム・イムは長年ジュルノブルで武具店を営む武具職人である。今年で214歳になる彼は溶接・旋盤・鍛造・鋳造・手仕上げ等、ありとあらゆる工業技術に精通し、果てはラビーレマ製の最新型コンピュータさえも購入から半日で全貌を理解し使いこなす等、ある種の天才に類する人物である。
「止さんかい。金は要らぬと言ったろう。それとも何かね? 儂があの時言ったモノを持ってきたとでも?」
「えぇ。貴方のご期待に添えるかは判りかねますが、中々の品々であるかと」
「ほほう。何を持ってきたのかね?」
「此方になります」
そう言って繁は背負っていたカバンの中から木箱や硝子瓶を数個取り出し、カウンターの上に並べた。
「こ、これは……!」
「此方は飛姫種であった故セシル・アイトラス王女の専用PS『アスル・ミラグロ』の擬態形態です。その隣にあるのは『腐臭の肉塔王』の二つ名で忌み嫌われたクブス派の魔術師ホリェサ・クェインの頭蓋骨ですね。修繕に苦労しました。此方の木箱にはこの通り、テイオウスナハンザキの牙が入っています。大きさは少々振るいませんがね。如何でしょう。私としては何れも『世界に数ある驚愕と感動の象徴』たりえる品々だと思うのですが…」
「……いやぁ、驚いたよ。まさか坊ちゃんがこんなお宝を集めてくるとは……並みの冒険家なら至難の業だよ。一体どうやって集めたんだい? というか、坊ちゃんそもそも何者だい?」
「六大陸でラジオ番組の収録をしている内に集めてしまいましてね」
「ラジオねぇ……っと、この瓶は何だい?何か丸いものが入ってるけど……」
「あぁ、それはイクチ一族とかいう妖怪を自称するヌタウナギのようなバカの目玉ですよ。普通ヌタウナギの目玉というと肉に埋もれていて殆ど意味を成さない筈なのですが、そいつの目玉は至極真っ当に機能しましてね。専門家などに見せて詳しく調べさせればそれが一体何なのかは判ると思いますが、私個人が思うにそれほど大したものではないと思います」
「いやいや、そんなに気を遣わなくても良いんだよ。しかしこれだけのものを貰っておいてその手甲鉤だけってのも何か悪い気がするねぇ」
「そうでしょうか」
「長いこと生きてると他人のために無駄な事までしたくなるもんなのさ。老婆心って良く言うだろう? まぁ最も、グソクムシにとっちゃ200歳はまだまだ若造なんだけどな。ちょっと待っとってくれよ……」
暫く店の奥で何かを探していたカドムは六つの紙箱を持っていた。色はそれぞれ赤・黄・黄緑・青緑・銀・黒で、大きさや厚みもそれぞれ区々である。
「感動が抑えきれなくてね。坊ちゃんにプレゼントをあげようじゃないか」
「プレゼントって…そんなにですか?それは流石に悪いような……」
「謙遜しないでおくれ。年寄りの親切は利用してナンボだからね」
「……判りました。有り難く頂戴致します」
「うむ。若者は適度に素直なのが一番だよ。使い方は説明書を同封してあるから大丈夫さ。もし使わないようなら友達にでもあげると良い……」
「有り難う御座います。私にはこの手甲鉤で十分ですし、丁度六人居ますのでこれらは仲間達への贈り物にしようかと思います」
「うむ。謙虚でよろしい」
「では、私はこれで」
カドムの武器屋を後にした繁は、そのまま他の店で必要物資を買い揃え、夕方頃に香織の自宅へと戻った。女性陣の水着選びもその日の昼頃に無事終わり、各自自分で選んだ一着をニコラに買い与えられたのであった。
次回、遂にアクサノへの旅立ち!