第六十九話 内壁から失礼致します
繁達に迫る新たなる脅威!
―前回より―
異空間より出た繁一行は、残る愛人共を駆逐せんとして校内を徘徊していた。
「しっかし居ないわね……どこ探しても見付かんないわ……」
「まさか全員逃げ出したとかいうオチじゃないよね?」
「冗談じゃねぇ、んな事あってたまるか。愛人共は兎も角、秋本って奴は確実に殺す」
「だな! 流石繁だぜ! 雑兵共は逃がしても、諸悪の根元は許さねぇってのは私らも同意だ! なぁ、バシロ?」
「おうよ! 秋本ってのがどんな野郎かは知らねーが、きっといけ好かねぇクズ野郎に違ェ無ぇ! となりゃ俺らでぶっ殺すのが筋ってモンだ!」
「何より、根源である奴を逃がせば他で悪さもしかねませんし」
『まさしく「蟻塚を潰すなら先ず女王を捜せ」と』
「それもある。が、本題は奴の隠し財産についてだ」
「隠し財産だと?それは初耳だな」
「あぁ。調べてみたんだが、奴の正体は鰓鱗種なんかじゃなく、もっと別の何かかもしれねぇらしくてな。その話によると奴はもんげぇ長寿の絶倫野郎で、千年以上も前から無数のセフレにアホほど貢がせて遊び暮らしてたんだと。んで、そいつの莫大な財産はカタル・ティゾルのどっかに隠してあるらしいとか何とか」
「そんな噂があったのか……おい、ティタヌス」
「もう調べている。確かに該当の逸話はかなりの件数がヒットしたが……成る程、隠し財産の場所については諸説あるがどれも信憑性は高くないな…」
「クソっ、となれば記憶吸収しかないな……辻原よ、仮にその噂が本当だとしてどうするつもりだ?」
意味もなく心配げな様子の九条に、繁は余裕綽々といった表情で答えた。
「心配ねぇ、一応のアテはある」
「ぬ……そうか」
そしてそのまま校内を彷徨うこと十数分。そろそろ昼頃かと思ったその時に、ニコラが動きを止めた。
「おい、どうしたニコラ?」
「ニコラさん、何かあったの?」
「……聞こえんのよ」
立ち止まったニコラが暫し間を置いて言った。
「聞こえるって、何がです?」
「何かは分かんない。でも多分、ろくな音じゃないわ」
『ろくな音でない……悲鳴か何かですか?』
「もしくは、金切り声か絶叫かもね」
「ヒトのか?」
「どうなんだろ…その辺りが正直微妙なのよ」
「気配だけなら俺も感じるが……こりゃまさか――」
バシロが言い終えるより早く、コンクリートの壁を突き破って巨大な黒い何かが現れた。
「何だこいつは……?」
それは大蛇のように太長い蟲のような生物―即ち、前回三沢によって解き放たれた謎の生物であった。謎の生物は白い仮面のようなものの備わった頭部らしき部位を少し振り回してから、おぞましい音量の奇声を上げた。
「quuuuuuwwwwwwwwwwwwwwwweEEEEEEEEeeeeeaaaaaAAAAAAAAHHH!!」
耳を劈く甲高い奇声に、一同は耳を塞ぎ堪え忍ぼうとするが、空気振動の圧は元より体重の軽い香織や九条を物理的にも圧倒した。しかしその後、謎の生物は動くのをピタリとやめてしまった。
「……ッッッッ……何て鳴き声だこりゃあ……」
「耳がァ…! クソ……ンの野郎ォ……」
「冗談じゃないよ全く………」
『いやいや全く……半分霊体ながらにこれは酷いですねぇ…』
「おい香織、大丈夫か?」
「何とか……歩けそう…」
「ティタヌス……」
「解っている」
ティタヌスが九条を抱き上げた辺りで、繁が口を開く。
「バシロ」
「……何だ?」
「お前さっき、何か知ってそうな口ぶりだったな?」
「否定はしねぇ」
そこで賺さずリューラが口を挟む。
「おいバシロ、本当か? このイモムシ野郎について何か知ってんのか?」
「オウ。よく知ってるぜ……。話せっつんなら、俺の知ってることなら何一つ包み隠さず話したっていい。あんなクソ忌々しい自由工作の話は正直したくなかったんだが、何時かはお前にも話さなきゃなんねぇだろうって事は解ってたんだ…」
「バシロ、お前……」
「だがよ、話云々以前に今は兎に角逃げた方がいいと思うぜェ。つか、逃げるべきだ。さもねぇと――
「うぉおあああああああああああっ!?」
「九条ーッ!」
「――なっ、何だ!?」
響き渡る九条の悲鳴とティタヌスの雄叫びに気付き振り返った一同が見たのは、衝撃的な光景――謎の生物から伸びた触手に絡め取られ、引きずり込まれそうになっている九条と、それを助けようと躍起になるティタヌスの姿でっあた。
「九条博士! ティタヌスさんッ! よくも二人を……コンクリ喰ら――「止せ、香織!」
繁の肩に掴まりながらも尚魔術で攻撃しようとする香織を、繁が制止する。
「繁?どうして?」
「今ここでそんなもん撃つな。掴まり立ちがやっとの奴には荷が重い」
「大丈夫だよ、私ならやれるって!」
「やれるとしても今はやめろ。俺は男だがお前の事はそれなりに解る。お前、急性魔力障害で身体が思うように動かないんだろ?」
「……バレてたか」
魔力障害とは、体内に存在する魔力を司る血管に何らかの異常が生じて魔術発動に支障を来したり、魔術師等魔力依存度の高い生物に至っては体組織そのものを弱体化させてしまう病である。先天的な発症の無いこの病は、大抵が特定の化学物質やアルコール等によって一時的に引き起こされることが殆どであり、恒久的に続く場合であってもほぼ十割方治療出来るようになっている(魔術的・学術的手法により引き起こす方法もあるのだが、国営の専門的な研究機関等以外での使用や軍事利用は固く禁じられている)。
「そりゃバレるわ。どうも奴の奇声には急性の魔力障害を引き起こすような効果があるらしい」
「成る程ね……」
そうこうしている二人の向こう側から、桃李と羽辰が言う。
「辻原さん! 清水さん! 九条博士は無事です! 早く逃げましょう!」
『バシロさん曰く、今の我々では奴を殺せないそうです! 急いで下さい!』
「オウ、解った!」
「ごめん繁……幼い頃から苦労かけてばっかで……」
「心配すんな。苦労かけっぱなしなのはお互い様じゃねぇか」
破殻化した繁は外骨格に被われた腕で香織を抱え上げると、仲間達に続くようにして一目散にその場から飛び去った。対する謎の生物も折角の獲物を奪われたことがよほど悔しかったのか、酷く悔しそうな奇声を上げながら再び床へ潜っていった。
次回、バシロの語る真実とは!?