第六十八話 LeecH! オトコの娘確殺術
VS鳴頃野神子音戦、遂に決着!
―前回より―
香織の送ったメールは空間の壁を越えて四機の携帯電話へと届いていた。一つは、実験室で座り込んで九条やティタヌスと談笑していたニコラの携帯電話。二つは、獲物を探して廊下を彷徨う事に飽き広大な図書室で暇を潰していたリューラの携帯電話。三つと四つは、小樽姉弟が離れて連携を行う事を想定して共有している二台の携帯電話。
それらに届いたメールの内容から香織の作戦を知った七名は動き出す。
―実験室裏の準備室―
「女医、こんなものでよろしいか?」
「うん、上出来だよティタヌスさん。これだけあれば大概の奴は一溜まりも無いって」
「いや待てフォックス、いっそここの粉末試薬全てを持っていってやるのはどうだ?」
「それは止めた方がいいと思うなぁ。あ、でも臭素とかあるじゃん。これは使えるかも」
―食料庫―
「まさか学校に食料庫があるとはな」
「だろ? 国立士官学校の名は伊達じゃねぇのさ!」
「冗談抜きで凄過ぎんだろコレ…。んで確か……塩と酢と、あと何だ?」
「そんぐれぇで良いだろ。他にもソースとか醤油とかもイケるらしいが運ぶの大変だしこんぐらいで良いだろ」
「そうだな」
―医務室―
『やはり軍人を育てる学校だけあって、消毒液や包帯のストックは計り知れませんね』
「えぇ。これは最早本格的な大災害にも対応できるレベルですよ、兄さん」
『確かにそうですねぇ。いや本当に、侮れませんよここは。医務室ですらこの勢いですから、恐らく建物全体を掌握することが出来れば強力無比な要塞としての活用も見込めますし』
「そう考えると何だか楽しくなって来ますねぇ」
かくして香織に指示されたものを確保した七人は、彼女の開いた異空間への入り口を潜っていく。
―アリーナ―
繁は再び破殻化した状態で神子音の猛攻を避け続けていた。
「(さっきまでの不安が嘘みてぇだな……やっぱ、苦境に対する打開策の有無は人の精神状態に大きく影響するらしい)」
繁には勝てる自信があった。度合いは確定の八割程度だが、繁にとってはその程度もあれば十分であった。
「さぁ来い!」
着地した繁の挑発は意味を成さなかったが、それでも巨大蛭を引き寄せる事に支障はない。案の定大口を開けて迫って来た蛭の頭部を、繁は溶解液で消し去る。すると傷口からは環形動物としての青い体液が吹き出す。
そして繁はその体液を意図的に浴びた。
「これでお前は俺を探れねぇ……」
そう言うのと同時に、再び蛭達が混乱し始めた。神子音もまた、かなり取り乱しているらしい。
繁は言う。
「お前が索敵に使ってた感覚は、やっぱり嗅覚だったんだよ。だがその嗅覚から来る探知には、大きな欠点があった。それは、破殻化したヴァーミン保有者の臭気にしか反応出来ねーって事だ。実際には強い力の持ち主に反応とかそんなんだろうが、結果として俺をサーチ出来ないんじゃ意味はねぇ。まぁ、今回はお前の体液で擬態させて貰ったが……どの道結果は同じだったらしいな」
繁は蛭が混乱している隙を見計らい、早急に香織へ連絡を入れる。
―異空間―
「じゃあ皆、準備は出来たね?」
香織の問い掛けに、七人は深く頷く。
「良し……それじゃ、これでも喰らいな!」
その言葉と共に、神子音の真上へ空間の歪みが生じ、異空間から大量の粉末や液体が降り注いだ。
「ッギィァァアアアアア!」
神子音は人のそれとは思えない悲鳴を上げて苦しみ悶える。これは「破殻化したヴァーミン保有者の体組織は象徴たる生物に近くなる」という性質を利用した作戦であった。というのも、環形動物である蛭は塩・酢酸・エチルアルコールに滅法弱く、肌へ食いついた蛭を撃退するにしてもこれらを用いるのが最も効率的で安全なのである。
更に質の悪さを発揮するのはニコラ達が持ってきた臭素であろう。臭素は地球上唯一とされる「常温・常圧で液体である非金属元素」であり、その名の通り刺激臭を持つ猛毒である。ニコラが一時期その値段が金を上回ったともされる臭素に目を付けた理由は、皮膚に触れると腐食を起こすという性質故であった。
かくして塩・エチルアルコール・酢酸に加え、猛毒である臭素まで浴びせられた神子音は屠殺場の豚のような悲鳴を上げながら苦しみ悶えて暴れ回る。それを養豚場の豚を見るような目で見下ろしていた繁は「これも絵になるかな」等と不謹慎極まりない事を考えていた。
しかしふとアリーナが汚れるのではと余計な良心を働かせた繁は、巨大蛭の死骸や体液諸共溶解液で神子音を消し去り、ひとまず休憩の為香織の設けた異空間の休憩所へ向かった。
―同時刻・教頭室―
教頭室には残る愛人17名が召集されていた。
「さて……皆も知っているとおり、ツジラ一味は遂に鳴頃野姉弟の二人さえも倒してしまった。これは由々しき事態だ」
その言葉を聞いた愛人達の間に、同様が広まった。
「落ち着け。おい、落ち着かないか。騒いでも何も始まらないぞ」
そう言って集団を宥めるのは、古式特級魔術の使い手である竜属種の教員・大東。愛人達の間ではリーダー格でもある大東によって、集団は落ち着きを取り戻す。
「有り難う、大東。さて、そういう訳だから我々も遂に切り札を投入しなければならないと、私はそう思う」
「切り札、ですか」
「そうだ」
「しかし教頭、切り札とは一体何を? ツジラは古式特級魔術さえも無力化してしまう強者ですよね?」
「確かにツジラ一味の力は強大だ。だが倒せない相手ではない」
「と、言いますと何を?」
「今に解る。三沢」
「はい」
秋本が呼び寄せたのは、菌糸種の中等部生・三沢紀美歌だった。教頭は三沢にただ「あれを」とだけ指示を出し、部屋を去る。その指示を承諾した三沢は、懐から鍵を取り出して教頭室の奥へ向かう。
「ちょっと、三沢!?」
「何ですか?」
「あんた、まさか今その扉を開けるつもり!?」
「えぇ」
「何でそんな事するのよ!? あれは校則違反者を取り締まる為のものでしょ!?」
「そうですよ。でも教頭先生の指示ですから、従うしかないじゃないですか」
「そうだとしてもだ三沢、あの扉の向こうに居る奴がどんなに危険かはお前も知っているだろう!?」
「知ってますよ。でもだからこそ、妥当ツジラ一味の切り札になるんじゃないですか」
そう言って三沢は他の愛人達の制止を振り切り、鍵を開けてドアを解き放ち、鍵を中に投げ入れた。直ぐさま扉の向こう側から、無数の黒い節足や触手が飛び出し、金切り声を上げながら這い出てくる。
「うぇウェウォアアアあああああアバババアアガッががああがガギギアええガアアガッ!」
「三沢! アンタ自分が何したのか解ってるの!? あの鍵は奴をこの中に閉じこめておく最後の枷だったのよ!?」
「そうですね。そして高いエネルギーを持った鍵を喰らった彼は、我々による再拘束が不可能になり、ただひたすら本能の赴くままにあらゆる生命を喰らうでしょうね」
「良いのか三沢っ!? それでは我々共々、お前自身さえも喰われて死ぬぞ!?」
怒鳴る大東に、三沢は呆れ顔で言った。
「大東先生、何を言ってるんです?私がそんなヘマをやらかす筈ないじゃないですか。私は施術者ですよ? 彼をああしたのは他でもない私なわけですから、私に逆らう事は契約条件で不可能なんです」
「そんな、馬鹿な――」
言い終わるより早くに、伸びてきた触手が大東を丸飲みにした。パニックを起こした愛人達は命惜しさから逃げ惑うが、用意周到な秋本は教頭室の戸や窓への施錠を忘れていなかった。
かくして愛人達は謎の黒い触手や節足を持つ巨大な何かによって食われ続け、遂に教頭室には三沢一人がぽつんと取り残される形となった。
「……」
暫くして、開け放たれた扉の向こうから黒い何かが現れた。巨大なそれの姿を一言で形容するならば、蟹のような無数の節足で節足で歩き回る細長いイモムシといった所だろうか。円筒形である胴部の前端には白い仮面にも似た円盤状の物体が埋まり、数学記号の"="を90度回転させて少し太くしたような、まるで簡略化された目を思わせる二列の文様が見られる。
「さぁ、お行きなさい。不埒なよそ者に天罰を下すのよ」
三沢がそう命じると、黒い巨大な「何か」はまるでアザラシかワニが水中へ入るが如くにして教室の床へと飛び込み、そのまま姿を消してしまった。一方教頭室に取り残された三沢はそのまま微動だにしなかったが、暫くしてふと彼女の身体が揺らぎ出す。
「……っ……そろそろ、限界のようね……」
胸を押さえて苦しみだした三沢は自らの運命に抗うでもなく、ただ一言を言い残して床に倒れ込む。
「……九淫隷導様に、幸あれ…」
その一言を言い残した彼女は、そのまま静かに息を引き取った。かくして18人だった秋本軍は、17名が死亡し残すところ秋本ただ1人となった。
次回、解き放たれた黒い怪物の正体とは!?