第六十六話 オトコの娘は伊達じゃない
遂に露わになる、鳴頃野神子音の本性!
―前回より―
「(まぁ……仮説が的中しようが最大の脅威は去ってない訳だが……)」
繁は尚も考察する。
死体消滅及び連射の謎について、大凡の仮説は成立した。しかしだからと言って、こと攻撃力に関する面でこちら側が圧倒的に不利であるという事は変わりない事実でもある。ともすれば、一体如何にしてあの二人に打ち勝つべきか?
「(あのチビは無理でも、あっちの保険医っぽい奴はどうにかしてぇんだよな……さてどうするか…。只でさえ自衛で手一杯な香織の協力はアテにしねぇが吉……と、するならば、だ)」
少しばかり考え込んだ繁は、すぐさま作戦を思い付く。
「(コレで行ってみる…か)」
壁に貼り付いた繁は、そのまま壁を蹴って比良子目掛けて突撃する。
「……? バカね、無駄な事を!」
早々に感付いた比良子は、嘲笑うかのように手元から大規模な電撃を放つ。古式特級魔術でこそなかったが、その威力は並大抵の人間を消し炭にする程度の威力は持ち合わせている。しかし繁はそれにさえ動じずに、空中で前転すると共に溶解液を纏い、そのまま両足で飛び蹴りを繰り出す姿勢となる。
「な、何ですってッ!? あんた正気ッ!? イスキュロン軍魔術部隊の古参精鋭さえも悩ませる最上級攻撃系魔術『C-インドラ-117』に真正面から突っ込むなんて―――………!?」
その瞬間、比良子は目を疑った。一般的な攻撃系魔術の中でも桁外れの威力を誇る筈の『C-インドラ-117』が、繁の身に纏った溶解液によって打ち消されているのである。
「ズェルァッ!」
繁の飛び蹴りが炸裂する直前、比良子は大きく飛び退いてそれを回避した。着地点を中心に緑色の膜と飛沫が散り、床材を溶かす。比良子が避けた事を見切った繁は、魔術で展開した盾で神子音からの攻撃を防ぐことに躍起になっている香織へ合図を送る。防壁の隙間から辛うじて顔を出した香織はその合図を何とか理解したらしく、深紅の球体から必死で逃げ回りながらも何とか『了解』との返答をボディランゲージで返す。
そうこうしている内に繁目掛けて再び比良子の熾烈な攻撃系魔術―電撃の他、火炎や光線等多岐に渡るものが一斉に襲い掛かる。しかし繁はそれら攻撃系魔術さえも、左手の一振りで撒いた溶解液によって掻き消してしまう。
「最初は物体だけかと思っていたが、成る程ここまで出来たのか。この調子ならこれから先、まだまだ成長しそうな雰囲気だな……頼むぜ刺椿象、俺のヴァーミンよ」
繁は両手から手甲鉤の刃を繰り出した。
「思えばコイツにも世話になりっぱなし……だ!」
手甲鉤の刃を構えた繁は、そのまま一直線に比良子目掛けて突進する。対する比良子は何かを感じ取ったのか、咄嗟に波動を繰り出し繁を吹き飛ばす。
「ぐぉぁ!」
そしてそのまま、微動だにせず球体で香織を狙い撃ち続ける神子音に言った。
「神子音ッ! あれっぽっちじゃそろそろやばい筈よ! あんただけでも逃げなさい!」
そんな姉の忠告に対し、神子音は顔色一つ変えずに答える。
「大丈夫ですよ義姉さん。僕はこいつらを始末し、秋本教頭の栄光を守り続けます。義姉さんこそ、逃げた方がいいんじゃあないですか?ツジラが義姉さんの魔術を無力化出来ると判明した今、最早義姉さんは彼に傷一つ付けることは出来ないでしょうから」
「何? あんたは私が役立たずだとでも言いたいわけ!?」
「よくお判りじゃありませんか、義姉さん。僕が今相手にしている青色薬剤師は取るに足らない相手ですが、ツジラを前にした今の貴方はそれ以下です。だから早く逃げ戻って、秋本教頭に例のアレを始動させるよう掛け合ってきて下さい」
「冗談じゃないわよ! 妾の息子の分際で偉そうに! 今の今まで誰があんたみたいなのを育ててやったと思ってるのよ!?」
「誰ってそりゃあ、亡くなられた義父さんや義母さんに秋本教頭でしょう。あとは学校のクラスメイト達や先生方、それに侍従の皆さんですかねぇ。……まさか、そこで義姉さんだとでも言えば良かったんですか?そう言ってくれるだろうという事に期待でもしていたんですか?そこまでして僕より優位に立とうと?」
「……ッッ!」
図星であった為、比良子はただただ黙り込むしかない。
「義姉さん、貴方はバカですか? 初めて出会った頃から救いようのないバカだとは思っていましたが、本当に何処までも救いようのないバカだったんですね?」
「何ですっ――
「だってそうでしょう? 貴方如きちっぽけなクソ猫如きに恩義も愛情も何も在るわけがないじゃありませんか」
「この……義弟の分際で生意気を――ッグゴフッ!?」
比良子はその一瞬を以て、神子音の指先から伸びてきたホースのようなものに胸と眉間を貫かれ絶命した。
「僕という存在の目的はあの時……先天的なヴァーミンの有資格者として生を受けた時から既に決まっていたんですよ。『完全無欠の永久機関』……如何なる代償をも要さず活動する究極的生命体としての完成こそは、僕の存在意義なんです。その為には…義姉さん、あなたみたいなバカなんて所詮は只の餌に過ぎなかったと言うことで――ッ!」
繁の槍が神子音の顔面スレスレを掠める。
「言いてえことはそれだけか?えェ、このオカマ野郎がよォ」
床に突き刺さった槍の頂上部に立った繁の挑発的な発言へ、神子音は冷ややかに言い返す。
「オカマ野郎……失礼な方ですね」
「そんなナリの野郎が言えた義理かよ」
「……よく僕が男だと気付きましたね」
「そりゃな。さっきのバカが妾の息子とか言ってやがったし、何より臭いがしたからなぁ……」
「臭い?」
「そうだ。どんだけ着飾って化粧しようが、先天的な雄臭さってのは抜けねぇんだ……よッ!」
繁はポールダンスの要領で槍を軸に回転しながら手甲鉤で神子音に斬り掛かる。
「くぅっ!」
すんでの所でそれを避けた神子音はそのまま飛び退くと、殺害した比良子を触手状の指から瞬時に吸収。直後、球体を撃ち出す際出される円が空中に現れ比良子の衣類等を吐き出した。
「お前の能力については大体解ってきてんだ。指定範囲内に落ちた動物の死骸を吸収し、そこから産み出したエネルギーを消費して深紅の球体を放つ……。球体の性質については言及するまでも無ぇ、お前がバカスカ撃ちまくったお陰でほぼ見切れてっからなぁ」
「……流石ですね、僕の持つ『ヴァーミンズ・ピャーチ リーチ』――つまりは蛭の象徴を持つ第五のヴァーミンについて、この限られた時間内でそこまで理解するとは。流石は六大陸を騒がせるテロリストのリーダー、という事でしょうか」
「失礼な奴だな。俺はテロリストじゃ無ぇ、ラジオDJだ。しかもさっきお前に吸われたバカの言ってたことが確かならお前……そろそろ弾切れが近いんじゃねえか? どうする? 20人であの程度の量が限度なら、そんなバカ一人程度で撃てる分量なんぞ決まって来るんじゃねえの?」
「えぇ。間接吸収より直接吸収の方が効率的であるとはいえ僕の能力は未だ未発達ですから、上限など高が知れているでしょうね」
「だったら――「しかし、だからと言って僕があなた方二人を抹殺するという事実に変わりはありません」――何?」
神子音は肩の力を抜きながら、繁と香織に向けて言い放つ。
「能力が使えまいと、僕にはまだ戦う術がありますから」
肌が小刻みに脈打つ神子音の姿を見て、繁は言った。
「成る程。お前も出来るのか……『破殻化』を」
「えぇ……と言うことは貴方も?」
「まぁな……」
「では、何処からでも掛かってきて下さい。何がどうなろうと、あなた方が僕に勝つ事など出来はしないのですから……ッ!」
神子音が目を見開いた瞬間、彼の皮下組織内部を無数のミミズかヒルのようなものが蠢き出す。それに合わせて繁も破殻化の構えを取り、薄いガラス版の割れるような音と共に異形の姿へと変貌した。
かくして19名だった秋本軍は、1名が死亡し残すところ18名となった。
次回、蛭VS刺椿象&魔術師!!