第六十五話 やっぱり俺の仮説は間違ってねぇ!
アリーナでの壮絶な戦い!
―前回より・教頭室―
教頭室にて、秋本と愛人の一人が連絡を取り合っていた。
「首尾はどうです?」
『はっ。誠にお恥ずかしながら、劣勢としか言い様が御座いません』
「と、言うと?」
『はい。我々はどうもツジラ一味の実力を見くびっていたらしく……残存戦力は教頭ご自身を含め19人となっております』
「……そうですか」
『しかしご心配には及びません、教頭。諜報科の鳴頃野神子音とその姉にして保険医の比良子が現在、ツジラ・バグテイル及び青色薬剤師と思しき二人組と接触したとの報告がありました』
「ふむ……鳴頃野さん達ですか……彼女らは確かに我々の内でもかなりの実力者でしたねぇ」
『えぇ。しかし教頭、それだけではありませんよ。あの姉弟は元より連中に対抗しうるに相応しいのですよ』
「ほう?どういう事です?」
『教頭の生まれ故郷であるヤムタの慣用句にあるでしょう?「蜂殺しには蜂を放て」という言葉が』
その慣用句を聞いた秋本は、納得したように深くうなずいた。
「成る程、そういう事でしたか。確かに、敵の元へと本質が似通う見方を送り込むというのは、古くからある作戦ですからねぇ……」
―同時刻―
かくして『古式特級魔術を行使する魔術師』と『ヴァーミンの有資格者』という組み合わせによるミラーマッチは熾烈を極めていた。保険医・鳴頃野比良子が放つ攻撃魔術は何れも強力なものであり、しかも繁と香織を的確に狙い撃ってくる。
攻撃系魔術とはその名の通り対象物の攻撃・破壊に特化した魔術の総称であるが、その意味合いは『主に攻撃に用いられる魔術』であって、『攻撃に用いることの出来る全ての魔術』ではない。現に先天的素質から攻撃系魔術を全く扱えない香織も、『マルファス』や『デカラビア』系統の古式特級魔術で建物や岩石を操ったり、魔術によって召喚した武器などを用いた戦闘は可能である。
では攻撃系魔術の特色とは何かと言えば、『攻撃・破壊の効力が魔力に起因する』という事に限られる。否、それ以上に『他の魔術より攻撃に対し知恵や技術を要さない』という特徴もあるにはあるが、その点は現時点に於いて余り重要でないので言及を省く。
つまりどういう事かと言えば、例えば香織が行うような魔術攻撃はあくまで『建材や岩石で殴ったり、単なる武器での攻撃』として扱われるが、攻撃系魔術での攻撃は『純然たる魔術による攻撃』として扱われるのである。
多少解りやすく説明するならば、典型的なファンタジーもののRPGに於ける『物理』と『魔法』の差だと思えばいい。
カタル・ティゾルに於いてこの差が何を成すかと言えば、攻撃・破壊対象の性質に関係してくる。つまるところ攻撃対象の耐久力が高かったとしても、それに魔術対策が成されていなければ攻撃系魔術による攻撃が有効、と……すんません、やっぱり『物理防御』と『魔法防御』の話でした。
ともあれ、攻撃手段に於ける性質の違いを差し置いたとしても、魔術師としての比良子の実力は計り知れないものがあった。更に言えばもっと問題なのは、無差別にして強力無比な破壊力を誇る番号不明のヴァーミンを保有する有資格者・神子音であろう。神子音の放つ深紅の球体は血液のように不透明な液体で構成されており、直系は5cmから1m程と多岐に渡る。
何らかの物体に接触した瞬間砲弾は液体としての性質の元に崩れるが、その際触れた物体は何もかもが煙も上げず削り取られたように消滅してしまう。更に同じ液体でありながら、繁のアサシンバグと違って、発射されて以降何らかの物体に触れるまでの動きはそれこそ砲弾のようであった。
「(クソっ! タセックモスやコックローチと違って完全に直線的な飛び方しか出来ねぇらしいが、それにしてもあの連射力は何なんだ!? まるで機関銃じゃねえか! 魔術だろうが学術だろうが―無論ヴァーミンだろうと、この世の中のモンには必ず『四則に基づく質量保存の法則』が当て嵌まる。
1.0+1.0は必ず2.0だし、3.0^2は原則9.0でしかねえ。不純物のない完全なゼロからは例え1/1000000さえも産まれはしねぇ。つまるところ何かをやるにはどっかからそれと同じだけのモンを取り入れなきゃなんねぇんだ……)」
繁は多才な魔術によって猛攻を凌ぐ香織の心配をしつつ、広大な室内を素早く飛び回りながら打開策を考えていた。
「(無論浮世は例外ありき。虚数は自乗して負の解を成すし、青薔薇は人造で産み出される。砂漠で育つカエルだって居るし、浮気しない・早死にする・ス○ンドは殴り特化の人型で派手に目立つっつー法則性が目を引く歴代ジョ○ョの中にあって、90近くまで生きてスタ○ドも活躍基本地味だった紫のイバラ、おまけに浮気までしやがった二代目が居る! あとそんなジ○ジョの相方も、作中で死亡が描写・言及されんのがデフォなのに四代目だけはそれが無かったしな! だがそれは極めてイレギュラーな場合……そう、現実にそうそうお目に掛かれるような代物ではねえ! つまり奴のヴァーミンもあれだけの連射力を演出してるって事ァ何らかの仕掛けがあると考えた方が妥当なんだが……)」
繁は思考を巡らせる。桃李程ではないが、幼い頃から長ったらしく小難しい(主に昆虫学関係の)の文章を読み慣れてきた繁は、その関係上一般人よりそれなりに頭の回転が速い。
「(待てよ……そういえば奴が現れる前に……いや待て、別の可能性も……何よりこの仮説が当たったとして攻略の足しになるのか……?)」
熟考の末に繁はある仮説に辿り着く。
「(だが実証しねぇよりはマシだろうよ……厳密に断定できる『無駄知識』なんてもんはこの世に存在しねぇ……なら、実証するしか無ぇっ!)」
決意を固めた繁は、懐からビニール袋を取り出す。その中に入っていたのは、今朝方収録前に食べたフライドチキンの骨であった。
「(時間無くて軟骨食い損ねたのを残しといた甲斐があったぜ。トリの正しい食い方を教えてくれた親父には、その他諸々も含め感謝してもしきれねぇぜ)」
繁は軟骨の残った骨を数本、名残惜しく思いながらも部屋の隅の方へ放り投げる。骨は放物線を描いて回転しながら落ちていく。
「(さぁ……どうなる? ただ単に床へ転がったままか?それとも……)」
繁によって投げられた骨は、床に落ちるや否や削られるように消滅した。更にその数秒後、深紅の球体を発射し続ける神子音の喉元が幽かに脈打った。それらの光景を見届けた繁は、確信する。
「(仮説的中、やっぱこいつは例外なんかじゃねえ!)」
次回、神子音の持つヴァーミンの正体とは!?




