第六十二話 私の兄がこんなに空気なわけがない
激闘は尚も続く!
―前回より―
「すぐ離せ! 今すぐ彼女をその手からッ!」
「ははははははっ! 断ると、そう言ったのなら、どうします!?」
「貴様等をっ、貴様等をただ、殺すのみっ!」
五七五の川柳めいた会話を繰り広げているのは、破殻化した小樽桃李と、秋本の愛人であるウミウシ系軟体種の歩兵科教員。名をラズリ・スラッグと言う。身体の殆どを筋肉で支える軟体種ならではの怪力を持って獣機関銃を軽々操る彼女と対峙する桃李は、この段階で既に秋本の愛人を四名殺害しており、次なる標的として狙撃科教員の羽毛種を殺そうとしていた所でとラズリと遭遇。一心不乱に乱射された機関銃の弾丸を、待ってましたと言わんばかりに羽毛種女を盾にして防ぎ、そのまま挑発的にあらゆる平面を重力無視のままに走り回っているのだった。
対するラズリは自身の恋人(教頭公認の仲)であった羽毛種女を殺させられた事から怒り心頭。機関銃で応戦するも、弾丸は全て愛人達の死体によって防がれてしまっていた。
「このゴキブリの出来損ないめが! 卑怯な真似を!」
「卑怯で結構、元より毒沼育ちの腐れ外道ですからねぇ私は。まぁ最も……」
桃李は死体を投げ捨て、言い放つ。
「職場を裏切り非道な独裁者の側に付いた貴方とでしたら、汚さはどっこいどっこいな来もしますがねぇ!」
「貴様……秋本教頭を愚弄するかァァァァァ!」
ラズリの重機関銃が火を噴き、大口径の弾丸が教室内の窓ガラスや備品を悉く破壊していく。しかしゴキブリ故の機敏さと持久力を以て所狭しと駆け巡る桃李を相手に感情任せのガムシャラな連射など無意味であり、意味のない連射は急激な弾切れを引き起こす。
案の定ラズリは直ぐさま弾丸を使い果たしてしまい、自棄を起こして機関銃を投げつける。しかしそんな攻撃とも呼べないようなものが桃李に当たる筈も無い。
「おやおやどうしたんですぅ!? さっきのそれは攻撃ですかぁ!?」
「黙れェェェェッ!」
そこに加わる桃李の嘲り。この小樽桃李という女は衛生害虫の代名詞とされるゴキブリを象徴とするヴァーミンの有資格者であるが為か、それとも元々そうなのかは定かでないが、特定の他人を徹底して嘲る事に心血を注いでいた。『特定の』とはつまり、嘲る必要性のある他人の内、『あらゆる可能性から考えて今後一切協力的・友好的な関わり関わりは持たないという確定的な証拠が得られている』という事を大前提に、死者、瀕死者、その場に居合わせていない第三者、自ら殺害する事と確定しており尚かつ様々な方面から考慮してそれが如何なる場合も変更される事がないと確定できる相手等が含まれる(この辺りの定義は大変曖昧かつ複雑なものであり、作者の文章で説明しているとこの話しが四千字を超えてしまい読み辛くなるためこの辺りで留めておく)。
故に桃李は、秋本の愛人であるこの女を徹底して嘲ることが出来た。今頃は香織が外部へ逃がした生徒・職員達により秋本軍の真実も明るみに出ているはずであるし、そうとあれば秋本の手先であるこいつをここで嘲らないでおかない手はない。ここで上手く話を進めておくことが出来れば、ツジラジはよりカタル・ティゾルの民衆に愛される番組となり、政府関係者とも結託する事が出来るようになるかも知れないのだ。
桃李は可能な限り高速で思考を展開する。
「(幸いにも奴は元々水棲の傾向が強い軟体種……。それも体組織中の水分比が比較的高く防御用の殻も持たないウミウシ系、となれば私の温度操作で煮立たせるなり凍らせるなり出来ようもんですが……相手がこの大きさ、かつ変温種族だとすると最低でも半径5m以内に近付かないとほぼ意味を成さないって所が問題なわけでして。直触りなんて論外で、もし仮にやろうとすれば軟体動物系軟体種特有の怪力にねじ伏せられて腕の一本でも持っていかれそうで怖いんですよねー。破殻化したコックローチの外骨格なんて強度で言えばヴァーミン十種類中最下位レベルですし…ここは回避軸で接近戦に持ち込むしかないようですね……)」
この間、僅か5秒しか経っていない。桃李の頭の回転は幼少期よりほぼ常軌を逸したレベルに達しており、本気で思考を展開した彼女は実質的に時間の流れを遅くする能力を持っていると言って良かった(長時間続けていると激しい頭痛に悩まされるため滅多にせず、やるとしても最長一桁台に留めているが)。
「(ひとまずは奴へ安全に近寄らなければ……)」
桃李が平常時のペースでそう考えた瞬間、遠くにいたはずのラズリが突然目の前に現れた。
「――ッ!?」
「…驚いたろう?」
ラズリが言う。
「元来鈍足であるはずの貝類系何体種が何故ここまで俊足なのか、疑問ではないか?」
余りにも図星な発言に、桃李はぐうの音も出なかった。
「図星過ぎて言葉も出ないか……無理も無い」
壁際に追い詰められ身動きの取れなくなった桃李の首を、ラズリの扁平な右手が掴んで壁に押しつける。
「このまま貴様の首をへし折るなり締め付けるなり叩き付けるなりすれば一瞬で殺せるが……冥土の土産に聞かせてやろう。私が持つ桁外れの力について――っぐあぁああああああああああっ!」
その瞬間、ラズリの右手が炎に包まれた。桃李が流し込み続けていたローチフィルムを加熱し、発火させたのである。
「すみませんねぇ、ラズリ先生。貴方のお話を聞きたいのは山々なんですが、どうせラビーレマの学者が考案した特殊なトレーニング法の結果だとか、神経の放つ微弱な電気信号を餌にするミクロマシンを体内に仕込んでるとかそういうオチでしょう?」
「貴様ぁああああああ! 力の秘密がそれだと何故解ったあああああああ!?」
炎が全身に燃え広がって尚、ラズリは必死の形相で言葉を発する。
「そりゃあだって、私は生粋のラビーレマ民ですから。故郷の事情に詳しいのも当然ですよ」
「ああああああああ! そんなばガボェアィフェッ!?」
只でさえ熱に弱い身体を悉く焼かれた上に熱気を吸い込んだ結果、更に熱に弱い喉が焼け焦げて貼り付いてしまったラズリ。それでも無茶をして喋ろうとして喉を動かしてしまったが為に、持ち前の怪力が災いして喉の柔らかい粘膜が張り裂け、口から大量の青い液体を吐き出してしまう。
これは彼女の体液であり、血中に含まれる呼吸色素ヘモシアニンが銅イオンと酸素の反応に由来する青色を示す事によるものだった(我々人類を含む脊椎動物は赤色素ヘムを持つヘモグロビンが血液の主成分である為血液は赤い)。
全身を焼かれ大量出血まで引き起こしたラズリに残された道は最早死の他になく、のたうち呻きながら苦悶し絶命しゆくその姿を嘲りながら、桃李は部屋を去って行く。
『(いやぁ、流石は桃李です。この程度の相手、私が手助けをするまでもないようですねぇ)』
かくして六名が死亡した秋本軍は、残すところ40名となった。
次回、ツジラジメンバーを待ち受ける更なる脅威とは!?