第六十話 ラジオはDJが多い
事件は教頭室で起きていた。
―二週間後・午前十時頃・士官学校教頭室―
「素晴らしい……実に素晴らしい……これぞまさしく絶景だ……」
恍惚の表情で壁に並べられたモニタを眺めるのは、士官学校教頭・秋本。この無数のモニタが映し出すのは彼が設けた校則により犯罪・不正行為・いじめ・校則違反を防ぐため全校内に設置された監視カメラの映像であるが、映し出されていたのは、何とも趣味の悪い光景――それ即ち、女生徒や女性職員達の私生活や着替え等の様子――であった。
秋本が監視カメラを設置した目的の全てはほぼこれであったと言ってよい。当然こんなものが仕掛けられている事を、職員や政府機関関係者は知らないし、知ることも出来はしない。そもそも誰が何をしようとも、自らの築き上げた帝国は崩れることなどありはしないと、そう言い切れるだけの自信が秋本にはあった。
「何処からでも掛かってくるがいい、私欲の為正義を騙る政府機関の眷属共よ。あの厄介な校長と理事長を傀儡とした今、誰にも私の完璧な策を破ることなど出来はしない。もし仮に暴こうものならば、私の愛しき恋人達が黙っていないだろう。生徒・職員の中に紛れ込んだ彼女ら48人は、いずれも各分野に特化したエキスパート揃いの最強先頭集団でもある。それを相手に戦うなど、出来るはずがない……。そうだ。私は今やこの士官学校を――『せェーのッ、ツジラジっ!』――!?」
秋本の思考を遮るようにして、校内中のスピーカーから数名によるタイトルコールが響き渡る。突然の出来事に秋本が怯んでいる隙を突くようにして、続いて音楽が流れ出した。
――萌え豚諸君御用達ィのォ!
――ハーレムもんのォ、養豚要員ッ!
――養豚養豚花○養豚ッ!
――養豚養豚フレンチ養豚ッ!
――養豚養豚金髪養豚ッ!
――養豚養豚巨乳で養豚ッ!
――養豚養豚甘えて養豚ッ!
――養豚養豚無差別養豚ッ!
――養豚養豚女も養豚ッ!?
――キリがねえぜ、豚共がァッ!
――屠殺屠殺赤目で屠殺ッ!
――屠ッ屠ッ屠殺だ萌え豚共ッ!
――屠殺屠殺俺の手で屠殺ッ!
――屠ッ屠ッ屠殺だお前等なんざァ!
――てめえらそこそこ鬱陶しいぜェ!
――事ある毎にブヒブヒブーブー!
――屠殺屠殺界隈のためにも、屠殺しようぜェ!
『お送りしているのは、インターネットの動画サイトで投稿から半年足らずで再生数10万回を突破した大人気フリーシンガー・TAKENOKO氏の「悪ふざけ」シリーズ第八弾として公開された「養養養屠豚豚豚」です。今日は、何時も不敵に貴方の街へ這い寄るDJツジラ・バグテイルです』
『ブクマ件数60件超えてるのに何でレビュー無し感想2件なのかが解りません、DJ青色薬剤師です』
『竜の風○2熱が再燃、一ヶ月もせずもう終盤な雰囲気の作者が居ますけど私は専ら元気だったりします。ニコラ・フォックスです』
『はい、そして今回から新しいパーソナリティが四人も増えてくれました』
『やったねツジさん、仲間が増えるよ!』
『それ死亡フラグだろ……? んじゃお前ら、リスナーの皆さんに早速挨拶だ』
『ツジラジをお聞きの皆様、初めまして。新参パーソナリティのイモウトキシンと申します』
『その兄ことアニジキニンです。宜しくお願いします』
『どうも! 新人の嶋野二十五番です。以後宜しく!』
『嶋野二十五番の相方やってます、黒物体Vです! 嫁共々頑張っていきますんで、どうぞ宜しくゥ!』
『はい、みんな有り難う。それでは今回のお便り紹介行ってみたいと思います』
「……ツジラジ……そういえば忘れていた……謎解きラジオを騙る例のテロリスト集団……。だがその程度がどうした?あいつらはあいつらだ。バカ騒ぎでもテロでも何でも、勝手にやらせておけばいい……。そうだ、どのみち私が奴らに襲われる危険性は―――『そういう訳で今回はこちら、デザルテリア国立士官学校にて地球に優しくない校則で生徒や職員を苦しめる黒幕をぶっちめて殺ろうって発想な訳です!』――な、何だとッ!?」
秋本の希望は一瞬にして瓦解した。
「そ、そんな馬鹿な!? 何故だ!? 大東の扱う古式特級魔術『ジュルネ・ヴァッサーゴ』の隠蔽戦略は絶対――はっ! 古式特級魔術ッ! そう言えばあの一味には古式特級魔術の使い手が居たんだったっ! 何と言うことだ、私としたことがそんな初歩的な見落としをするなんてッ!」
自らのミスに頭を抱える秋本の元へ、一本の電話が掛かってくる。それは愛人達に持たせている専用携帯電話からのものであった。発信者の欄には先程名前の挙がった愛人の名前がある。
「大東か!?」
『教頭、ご無事ですか?』
「ああ、何とかな! そちらはどうだ!?何か異変はあるか!?」
『無いと言えればこれほど幸いな事もありませんが……緊急事態です、教頭。校内に存在する生徒・職員・来賓等の学校関係者が……』
「どうしたというのだ?」
『我々四十九人を除き、一瞬にして消失しました』
秋本は絶句しそうになりつつも言葉を紡ぐ。
「ど、どどっ、どういう事だぁ!? 何が起こっている!?」
『恐らく、敵の魔術攻撃と考えるべきでしょう。古式特級魔術の使い手である青色薬剤師が「ソワール・マルファス」で、我々以外を外部に退避させたものと』
「テロリストにしては随分と妙な奴らだな。無関係の一般人を巻き込まない体勢を見せて民衆からの信頼を得ることで自らの行為を正当化し悦に浸ろうとでも言うのか?」
『いえ、それも目的には含まれているでしょうが、敵の目的はあくまで我々の抹殺でしょう』
「何だと? どういうことだ?」
『はい、教頭。この推察は、まことに申し上げがたい事なのですが……』
大東は呼吸を整え、言った。
『恐らく、恐らくですが、ツジラ一味が無関係の人間を荷が逃がした理由とは、もし仮に自分達が敗北寸前にまで追い込まれ逆転の見込みがなかった場合、強力な魔術やBC兵器、爆薬度を用い……』
「……用い、何だ?」
『士官学校の校舎諸共我々を一人残らず抹殺すると、そういった事を我々に知らしめる為なのかも知れません』
「そんな……馬鹿な……」
『故意に我々以外を逃す事で人数を減らし行動しやすくすると共に、「自分達は自爆テロさえも辞さない覚悟である」という意思表示をしているのではないかと』
「そう……か」
『教頭、如何致しましょうか?』
「何をするかなど……決まっているだろう? 愛人各位に連絡を取り、戦闘配備に付くよう指令を出してくれ。あちらがその気ならば、こちらも本気で挑まねばならないだろうからなぁ……」
『畏まりました』
秋本は大東との通話を終えた秋本は、一人窓ガラスの向こうに広がる都市の風景を見ながら呟く。
「ツジラ・バグテイル……精々掛かってくるが良い。私が嘗て倒してきた多くの愚者共の様に、お前も隅々まで喰らい尽くしてくれる……」
秋本の笑みによりうっすらと空いた鮫の大口から、一瞬茶色い棒のような何かが飛び出した。
次回、ツジラジVS秋本軍団の壮絶な戦いがスタート!