第五十九話 猫頭の工学者
奇跡(悪夢?)の出会い!
―前回より―
扉のロックが解除され、中に二人の人影が入ってきた。どちらもフードのついたローブで姿を隠しており、それを見た繁は自分の愚かさを悔いた。幾らマスクを被っているとはいえ、自身を相手に記号として認識させるような真似をしてしまっては機密性のきの字もありはしないではないか、と。
そんな繁と相対する二人組の体格差は凄まじく、高い確率で別種族である事は間違いない。
「それではごゆっくりどうぞ」
スタッフが立ち去るのを見守ってから、二人組は席に着く。大柄な方は部屋の強度が大丈夫なのかと心配になったが、依然ビクともしていない辺り流石はカタル・ティゾルと言ったところだろう。
「初めまして、だな。私はツジラ・バグテイル。お二人もご存じだろうが、ラジオ番組をやってる」
繁がそう言うと、小柄な方が答えた。
「此方こそ初めまして。お目に掛かれて光栄だ、ツジラ。私は『巨竜を駆る野良猫』」
小柄な方はフードを脱ぎながら名乗り上げた。
「本名を『九条チエ』。ラビーレマは列甲大学で研究者をやっている。専門は機械工学だ。種族は見ての通り猫系禽獣種さ。そしてこっちが――」
「角竜系地竜種のティタヌスだ。わけあって九条の部下をやっている」
大柄な方――もとい、九条の部下ティタヌスは淡々と名乗った。そして三名は、お互いの用件を話し合った。
「すると何か? お前達も国立士官学校を標的にしていたと?」
「そうなるな。番組にそんな感じの投書が届いたんで、じゃあ向かうかと」
「九条、嬉しい誤算だったな。これでお前が守り通してきた件の証拠が役立つというものだぞ」
「ああ、全くだ! 喜べティタヌス、ヴァーミン保有者二人に古式特級魔術の使い手一人と結託出来た我々は、今や百人力と言っても過言ではない! そう言うわけで辻原、お前にこれを託そう。今日我々が確保に成功した、秋本の悪行に関する決定的な証拠だ」
そう言って九条は小型のレコーダーを取り出した。
「士官学校に勤めている舎弟の部屋から回収したものだ。奴はある時を境に、こうして音声で日記をつける趣味があってな」
―音声再生中(内容については五十二話を参照)―
「これは……恐ろしいな。校則の内容も仲間が確保した断片的な情報と合致する」
「そうだろう? 私もこれを聞いたときは背筋が凍る勢いだった」
「そうだな。ところで、九条」
「何だ?」
「お前の言ってた合言葉っての、あれ言われなかったぞ?」
そう、成り行きでどうにか入店出来たものの、繁が地味に気になっていたのはそこだった
「あぁ、あれか。すまん、メール送った直後に思い出したんだが、この形式だとお前は確率で合い言葉を要求されない場合があるんだよ」
「確率……?」
「そうだ。インターホンで受け答えをしてきた低い声の男が居たろう?」
「あぁ、居たな」
「あれは実を言うと私の父上で、この店の経営者でもある。父上は肉声を聞くだけで相手の腹の内を大雑把に読む事が出来てな」
「それで俺は安全枠だと判断されたってか?」
「そうなるな。父上のヒトやモノを見る目は確かだ。娘の私が言うんだから間違いない。さて、それで作戦の件だが……」
「此方としては二週間後を想定してるが」
「そうか。では我々はこれでお暇するとしよう。ティタヌス、やれ」
「了解した」
指示を受けたティタヌスはぬっと席を立ち、大理石の外壁を両手でゆっくりと押した。すると壁の一部が陥没し、3m×2.2m程の縦長のスペースが出現した。
「な、なんだこの仕掛け!?」
「『何だ?』とは愚問だな。出店用エレベーターに決まっているだろう」
「出店用エレベーター!?」
「そうだ。各客間の壁へ一定の力を加えるとこうして開くようになっていてな。このまま一気に大使館から各大陸の辺境にある『傘猫』の支店まで行き来が出来るのだ。周囲から怪しまれるリスクを回避しつつ店から出られる上に、そこで勘定を済ませたり食事なども出来るので中々に便利だぞ」
「お帰りは各国家市町村中枢部行きの常設型転移魔術でひとっ飛び、というわけだ」
「成る程……曰く付きの連中が集う店だけにかなり高性能な仕様って訳だ。
こいつぁ凄え、俺も次から使ってみるかねぇ」
「ああ、使ってみるといい。内緒話にはもってこいの場所だからない」
「ただ注意すべきは、他の客とのトラブルを起こしても公的機関を頼れない事だがな」
「そこに関しちゃもう覚悟は出来てるさ。こんな事やってる身の上だと、何時命狙われても可笑しくねぇからな。前まではとんだ平和ボケだったのが、もう癖みてぇに知恵が回るようになっちまった」
かくして三人は出店用得エレベーターでデザルテリア辺境地にある『傘猫』の支店へ向かい、更にそこから常設型転移魔術でそれぞれの拠点へと戻っていった。
―19:13・九条とティタヌスの拠点―
「そういえば九条よ」
「何だ?」
「我々が確保した士官学校についての情報の内、辻原に提供していないものが僅かに見受けられたのだが、気のせいか?」
「気のせいではない。幾つかの情報は、辻原の役には立つまいと思って報告しなかった」
「そうか……ではあの事も、奴の役に立つような重要情報ではないと?」
「何のことだ?」
「決まっているだろう? カーマインの顛末についてにの事だ」
「をぉ、その事か」
「奴がどうなったのかを話さなかったのは、故意によるものか?」
「ああ」
「何故そんな事を?」
その問いに、九条は悪ふざけめいたギャグを思い浮かべる同人作家のような笑みを浮かべて答える。
「何故かだと? 愚問だな」
「と、言うと?」
「そんな事の理由は大概一つと決まっている。面白そうだからだ」
それを聞いたティタヌスもまた、口元に幽かな浮かべながら言った。
「九条……やはり流石だな、お前という奴は。それでこそ、我が主だ」
次回、遂に士官学校へ突入か!?