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ヴァーミンズ・クロニクル  作者: 蠱毒成長中
シーズン3-イスキュロン編-
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第五十四話 これは軍人ですか? 10.いえ、恋するバカです



抱腹絶倒?諜報科女生徒・財田の不毛なる日々の始まり。

―前回より・高等部諜報科3-F教室―


 外殻種風の転入生は、液晶式黒板に名前を打ち込んでいく。

「中村輝実です。ラビーレマの東ゾイロス高等学校から来ました」

「この種族欄にある『ツバキを刺すゾウ』って何て読むの?」

「あぁ、それはサシガメ(・・・・)です」

「サシガメか……確か近頃ラジオをやってる有資格者のヴァーミンもサシガメだったな」

「えぇ。私も彼のように堂々と生きていられたら、と思っています。それ以外は見習いたくありませんが」

「そうか。じゃあ席は、そうだな……財田の隣でいいか」

 財田というのは、朝方輝実に腹を踏み付けられた件の女学生である。

「(!?)」

 いきなりの出来事に財田は動揺したが、気取られてはまずいと平静を装って事を受け入れた。


―授業時間―


 一限目の諜報基礎概論、二限目の数学に続く三・四限目はD組との合同による白兵戦実習であった。白兵戦実習とはいえ無論実銃や本物の刃物を用いるわけではなく、特殊な訓練服と訓練用の各種武器類を用いて行うものであり、コンピュータによる判定で勝敗が決まるというものだった。しかも制限時間や体力ゲージめいたもの(無論、技の判定に用いるだけである)まで設けられ、見ている方も楽しめるため中々に人気の高い授業となっている。

「男子更衣室の場所は何処だったかな……」

 輝実は、担任教師に教わった男子更衣室として用いらる部屋を探していた。

「確かこの辺りだった筈なんだが……お、ここだここだ。失礼しまー――って、アりェ?」

 着替えようと部屋の引き戸を開けた輝実だったが、内部の光景を目にした瞬間彼は一瞬凍り付いた。理由はただ一つ。引き戸の向こうに広がっていたのが俄には信じがたい光景であったからに他ならない。

 端的に言えば、輝実は更衣室を間違えたのである。しかもそれだけではなく、着替えていたのは別クラスの女生徒達であった。

「おっと、これは失礼」

 そう言って立ち去ろうとする輝実であったが、そんな彼の耳を女生徒達の甲高い悲鳴が劈く。

『『『『イヤァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』』』』

 怒り狂った女生徒達が、輝実目掛けて向かってくる。結末は大体予想が付くと思うが、このまま状況を放置したままだと基本袋叩きにされたりと十中八九ろくな目に遭わない。

「――ッッッ、ちょっとあんた達ねぇ! 出会い頭咆哮で怯ませて突進とか必中確定じゃないですかァ! ィやだァんもウ!」

 等と訳の判らない事を宣いながら、輝実は制服の上着を振り回して応戦する。そんな小学生の遊び程度の抵抗が何になるかと思うだろうが、ポケットに入れていた諸々の私物が働きかけて中々馬鹿に出来ない鈍器になっていた。

 しかしそれでも尚着替えそっちのけで突撃する女生徒達を相手に、輝美はあくまで着替えつつ様々な武器や動作で対抗する。そしてあらかたの女生徒達が動けなくなった辺りで輝美は戦いを取りやめ、無言のまま実習室へ向かって行った。

 結果としてその場で着替えていたD組の女生徒達は揃って授業に遅刻。担当教員から怒鳴られ同級生からも白眼視され、事情を説明しても現実味の無さから取り合って貰えなかった。

 若い女が力を持ちつつあるこの平成ライトノベル界隈にあって、輝美はその中で最も恐ろしい一つとされる『群れた女の怒り』を打ち破る可能性を見出だしたのである。


―授業開始―


「それでは予告通り、本日は両クラス代表による対抗試合を執り行う。外野はそれぞれの試合の内一つに関するレポートを提出すること」

 それを聞いた輝美は、他の生徒に混じって観覧席に向かおうとする。しかし程なくして、担当に呼び止められた。

「中村君」

「何でしょう?」

「すまないが君、試合に出てくれないか?」


 とんでもない一言だった。


「……何故です?」

「いや、実は今日財田君と一緒に試合へ出る予定だった男子が急に痛風で倒れてしまってね」

「では別の生徒様に頼んでは?」

「そうしたいのは山々なのだが、D組の代表はどちらも還暦を過ぎた退役軍人の孫なもんでね。おかげでうちの代表二人以外はD組の代表に妙な恐怖心を抱いてしまって、試合へ出たがらないんだよ」

「御言葉ですが……それはイスキュロン民としてどうなんです?」

「確かにそう言われればそうなんだが、それもまた仕方ない事なんだ。昔に比べれば遙かに脳筋思考の和らいだ現イスキュロンだが、その分家系や資産が力を持つことも珍しくはない。故に、そういった権威主義に対し耐性のある君に――「ちょっと待って下さい寺杣先生!」――ん? どうした財田君?」

「中村は転入したばかりで、士官学校の基礎を知らなさすぎると思います!」

「いや、案外そうでもない。中村君は転入前から我が校についてよく調べてきてくれている」

「――ッ、そうだとしても中村はラビーレマ民! 身体能力はうちのクラスで最下位のイゼルにも及ばない筈です!クラスの威信を賭けた試合に、そんな奴は――「その件についても心配しなくていい。中村君の身体能力は転入前のスポーツテストで実証済みだ。そうでなければ諜報部になど、百億詰まれても入れはしないさ」

「………」

 財田は心底不服だった。只でさえ緊張する対抗試合のパートナーがよりによってこんな男では、試合の勝敗にかかわらず緊張で精神が持たない。しかしこれも現実だとやむなく受け入れることにした財田は、仕方なく輝実に言った。

「いい? 今日の所は仕方なくアンタと組んであげるけど、絶対足手まといになんかならないでよ?」

「解ってますって」

「自分がヘマして自滅するんならまだしも、私まで巻き込んだりしたら承知しないからね!」

「そら、可能な限り善処していきたいと思いますがね」

「あ、あと……ケガ……そう、ケガなんてしたら許さないわよ!? 解った!?」

 言った側から財田は盛大に後悔した。自分は何を言っているのか。こんな虫螻如きに、何故こんなにも気を遣ってやらねばならないのかと。

「ご心配どうも。肝に銘じますわ」

 そう言われて益々立場の無くなった財田は更に強がろうとする。羽毛種故に、恋愛感情を安っぽい粗末なものにしたくないという建前の元に。

「か、勘違いしない事ね! 別にアンタの事が心配だとか、ケガして欲しくないとか、そういう事は思ってないんだから! ただ単に、初実習で転入生にケガされるとクラス代表としての私の立場が無い。そう、ただそれだけよ!」

「へぇ、解りました」

 輝実は心底どうでも良さそうに手持ち武器である槍を調整しながら答える。その態度に腹を立てた財田は、思わず輝実に掴みかかろうとするが、

「あ、試合開始や」

 肝心の相手を掴み底ね、見事に転んでしまう。それを見た輝実は悪びれる様子もなく、

「財田さん、何してんです? まぁいいや。私先行ってますんで遅れないように来て下さいね」

 等と実に軽薄な態度で立ち去っていった。

「(中村の奴、私がどれだけ心配してあげてるかも知らないで……。見てなさい……乙女心を弄んだ罪、その身を以て償わせてあげるわ!)」

 起き上がった財田は至極身勝手かつ稚拙な決意を胸に、アリーナへと向かった。

次回、試合開始。

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