第五十三話 これは軍人ですか? 9.そう、学生生活は優雅に
奴らが遂に動き出す!
―リューラ加入より二日後の朝・デザルテリア国立士官学校高等部軍用魔術コース3年A組―
「今日は皆さんに転入生を紹介しなければなりません」
クラスを受け持つ蔓植物系葉脈種の女性教師がそんな事を言うと、途端に教室内がどよめき立った。
「はい、静かに。逸る気持ちも判らなくありませんが、先ずは何時も通りの我々らしく出迎えてあげましょう。では、どうぞ」
教師に促されるまま、転入生―背丈はそこそこ、体格は平均より若干起伏があるといった感じの、大人びた霊長種女学生―が教室に入ってきた。整ったヤムタ系の顔立ちと、背を被うように腰まで伸びた深紅の長髪が織りなす美しさに、男子ばかりか女子までも思わず見とれてしまう。
転入生は殆ど無駄の見られない動作でタッチパネルに触れ、液晶式黒板に名前を打ち込んでいく。
「今井椿姫です。色々とご迷惑をおかけするかもしれませんが、皆さんどうぞ宜しくお願いします」
「今井さんはノモシアのガルダスタフ国立魔術学校に通っていたそうですが、皆さんもご存じの通り先日の内乱で校舎が丸ごと無くなってしまった為転入を余儀なくされてしまったそうです。皆さん、気質や考えの違いはありましょうが、差別や迫害の無いよう、イスキュロン民として最大限の敬意を以て接していきましょう。それでは今井さん、席はノゼツさんの隣がいいでしょう。ノゼツさん、いいですか?」
「はい。喜んで」
「宜しくお願いします、ノゼツさん」
「いえいえ此方こそ」
かくして椿姫と猫系禽獣種ロイマ・ノゼツは親交を深め、お互いに『攻撃系魔術が扱えない体質』と、『攻撃系は天才だがそれ以外は馴染まない家系』であった為、実習等を通してすぐさま意気投合した。
―翌日―
朝間の寮から高等部諜報科校舎へ向かう通学路を、一人の女生徒が走っていた。女生徒はスカイブルーの羽毛を持った四足型の羽毛種であり、口には朝食のトーストなど銜えている。
というのもこの女生徒、今現在まさに遅刻するか否かの瀬戸際なのである。
「んもう、こんな朝に限って遅刻なんてッ!」
無理をしなければいいのに、女生徒は焦りから疾走しつつトーストを喰らう。そして彼女が最後の曲がり角に差し掛かったとき、事件は起こった。
「きゃっ!」
「ぬぉっ!」
女生徒は曲がり角から現れた何者かに激突、大きく尻餅などついてしまう。
「痛たたたた……」
どうにか立ち上がった女生徒は辺りを見渡すが、ぶつかった相手らしき人影は見当たらない。そして再び走り出そうとした所で、とんでもないものを見掛けてしまう。
それは自分と同じ学科と思しき男であった。詳しい識別は出来ないが、種族は恐らく節足動物の亜人たる外殻種であろう。この種族は家族間でも個体差が激しく、専門の知識が無ければ別種に見えてしまう事も多々あるのだ。
それはまだいい。しかし問題は、男の置かれている状態にある。というのも、男はどういう訳か地面に仰向けになって倒れ伏しており、しかも頭から緑と黄色が入り交じった、汚染された淡水のような色の体液を流していたのである。
「だ、大丈夫!?」
女生徒は思わず駆け寄った。先程ぶつかったのはこの男であり、恐らく見た目に反して軽量であるためぶつかっただけでこんなに遠くへ飛ばされてしまったのだろう。
だとすれば遅刻をしようが助けるのは自分の義務であるし、仮にそうでなくとも眼前に横たわる瀕死の外殻種を見捨てて走り去るなど、彼女の哲学が許さなかった。駆け寄ってみると、どうにも息をしているようには見えない。途端、不安になった女学生が男を揺り起こそうとした、その時。
「ご心配なさらず」
男は言葉を発すると共に勢い良く起き上がり、どさくさに紛れて女学生の額にキチン質の右肩をぶち当てた。恐らく故意ではあるまい。偶発的な事故なのだ。そう、事故でしかない。
「ッッッッッッッッッッ~!」
頭を抑え転げ回る女学生に、男は言う。
「おっと、大丈夫ですか?状況からして事故とは考えられませんね……一体何処の誰にやられました?」
いけしゃあしゃあと、謝るでも詫びるでもなくそんな事を言う。そもそも声色や見下ろすような態度からして、女学生の身を案じているとは考えがたい。
「ッッ……あん、あんた……」
「はぁ、私ですか?」
「そう、あんたにやられげふぇっ!」
女生徒の腹部に走る衝撃。見れば外殻種らしきの男が女生徒の腹を踏み付けている。
「その調子なら大丈夫そうですね。安心しました」
「んがっ!ぎぇびっ!ぼべっ!」
あっさりとそんな風に吐き捨てた男は、故意に女生徒を踏み付けるようにしてその場からそそくさと立ち去っていった。
結果女生徒は見事に遅刻。職員室で科長にどやされながら入室許可証を受け取り、腹をさすりながら教室に入っていった。
―教室(高等部諜報科3-F)内―
「ホームルームの途中だから言うが、今日は何か転入生が来てんだよな」
内部が水のような液体で満たされたパワードスーツ状の機械の内部で蜷局を巻いた脚無井守系半水種の担任教師が、ふとそんな事を言い出した。
「何か前にラビーレマやノモシアの諸学校で起こった乱戦とかの影響で校舎が使えなくなったんで、授業数を補う為に他校へ一時的に生徒を転校させるって話があったろ?あれの一人らしいわ」
担任教師の言葉を聞いて、教室内がどよめいた。
「ァい、静かにィ。そんなに騒いじゃ転校生気圧されて教室入って来れねぇだろ?」
担任の男は騒ぐ生徒達を静まらせ、教室内に生徒を招き入れる。
朝方外殻種の男に踏み付けられた女学生も、果たして転入生がどんな人物なのかと気が気でない。
そして彼女は、教室内に足を踏み入れた瞬間驚愕する。
「(あいつは!)」
教室に招かれた転入生というのは他でもない、朝方彼女とぶつかった挙げ句腹を踏み付けて立ち去っていった外殻種の男だったのである。更に女学生には、おかしな事がもう一つあった。
「(何…何なのよッ!? 朝は死ぬほど憎たらしいって思ってた筈なのに、何で今はあいつの姿を見るだけでこんなに胸の鼓動が止まらないの!? まさか私……あいつに……)」
年頃に達した人並みの女であるが故に、女学生は不本意ながらも覚っていた。
この胸の高鳴りはもしや、恋の兆しなのではないかと。
認めたくはない。しかし、本能には逆らえない。
元来属する種の九割が一夫一妻を貫き、死が分かつまで添い遂げるとされる鳥類の形質つ羽毛種は、恋愛や性愛については敏感であり独自の哲学を持つ者が極めて多いとされる。
風俗店勤務者やアダルトビデオ俳優も全種族中極めて少ないという統計も出ており、羽毛種は性を神聖視している傾向があるとも言われる。
かくして、羽毛種である女学生の葛藤に満ち溢れた学園生活が始まろうとしていた。
これは一体どういう事なのか!?まさか蠱毒が真面目にラブコメディを!?