第五十二話 これは軍人ですか?8.はい。殆ど台詞で御免なさい
ある公務員の51日間。
―デザルテリア国立士官学校数学教師高志・カーマインの部屋に遺されていたレコーダーより―
《一日目。
黒板用コンパスを新調した。やはりこの手の金属製品は岸本工業に限る。
数日前から話題になっていた新任教頭の件だが、今日になって漸くその顔を拝むことが出来た。
確か秋本とかいう名前で、ヤムタの大学を出た鼠鮫系鰓鱗種だというが、どこか胡散臭かった。
ディロフ教頭の優秀さに慣れていた所為だろうか? それにしてもおかしい》
《五日目。
一昨日から引き続いて胃が痛い。
医者曰く胃潰瘍になる恐れがあり、入院の可能性も捨てきれないという。
これもあいつの…ヴァロータ・パラルス・カラリェーヴァ・イスカとかいう無駄に名前の長い女子生徒の所為だ。
理事長の孫娘であるのを良いことに、言いたい放題散々言うだけ言うしか脳のない奴だ。
体育担当の日向先生曰く、姉のリェズヴィエも相当な問題児だったが理事長の手前注意も出来なかったという。
全く、どうすればいいのだろうか……》
《九日目。
昼下がり、暇だったので久々にハコガメの飼育小屋に行くと秋本教頭が居た。
教頭は何処か虚ろというか悲しげな表情で、どうにも話し掛けるのが躊躇われた。
するとそこへ、高等部の女子生徒が現れた。
衛生科の二年生で有角種、名前は確かリノ・ピプシル。私が教えている生徒の一人である。
近頃の富裕層としては珍しい人格者で、クラスメイトからも慕われていた。
様子を見るに、ハコガメの餌を持ってきたのだろう。ふと用事を思い出したので、その場を後にした。
しかし今になって思えば、彼女のスカートは少々丈が短すぎるのではないだろうか》
《十三日目。
近頃は特筆すべき問題も無く、胃の調子もいい。
作家志望だった友人が新人賞を受賞、デビューが決まったという。今度、他の友人達と共に祝賀パーティを開催しよう》
《十七日目。
祝賀パーティ当日。彼は涙を流して喜んでくれた。大成功だ》
《二十日目。
作家志望だった友人のデビュー作が出版された。ヤムタが舞台の推理小説で、高校時代書き連ねていた作品のリメイクだと言うが、とても面白い》
《二十二日目。
秋本教頭に召集され、緊急の職員会議が開かれた。
何でも、近頃生徒達の校則違反が酷いので取り締まりを強化するとか。その場に居た殆どは賛成の姿勢を見せたものの、私は教頭の言葉に疑問を抱かざるを得なかった。
手始めに翌朝の持ち物検査から始めるらしい。教頭曰く『違反状態の解消が見られない限り校内に入れるな』との事。
しかも運の悪いことに、私も教頭から名指しでリーダーに指名されてしまった。
曰く『朝早くから学校に来て校内の掃除や必要な配布物の準備などを済ませてくれるカーマイン先生の生の勤勉さを見込んで』との事らしい。
実際はそんな作業など直ぐに済ませて職員室の隅で一人ゲームしてるだけなのだが。
そもそも持ち物検査にリーダーも何も無いだろうに》
《二十三日目。
どういう事だ!? おかしい! おかしい! 何が起こっている!?
今日は珍しく授業が無く、仕事と言えば日課と登校時の持ち物検査だけだったのに!
あんな持ち物検査が果たして有り得ていいのか!? 女子生徒に抱きついたり、男子生徒を木刀で殴り倒したり!
馬鹿げている! 有り得ていいはずがない!
挙げ句の果てには歩兵科の教師が女子生徒の改造制服を無理矢理引きはがし、狙撃科の教師は指輪・付け爪等というアクセサリー類の装着を理由に拳銃で男子生徒の手を吹き飛ばした!
止めようかとも思ったが、生来の臆病が災いしてはっきりと意見を申し立てることも出来ない。
最初は気の狂った教員達が勝手な考えで暴挙に出たのだと思ったのではあるが、教頭が女子生徒のミニスカートを無理矢理下ろした辺りでそれが間違いだったと気付く。
耐えきれなくなった私は腹痛を理由にどうにか自宅へと逃げ帰りこうして日記を更新しているわけであるが、今も恐怖と不安と息切れが止まらない!
………思い出しただけでも気分が悪い、今日は一日休むことにしよう》
《二十四日目。
持ち物検査は続行されていたが、昨日のような事にはなっていなかった。
それと校門をくぐる瞬間、白黒のツートンカラーに赤いランプというスタイリッシュな乗用車を見掛けたが、きっと趣味の良い来客のものだろう。
途中、警察官らしき人物ともすれ違ったが、恐らく近頃多発している質の悪い居空きへの注意を促しに来たと行った所だと推測する。
というか、そうだ。そうであるに違いない。既に死人も出ている事件なのだ。公的機関に注意を促すのは警察機関として当然の行いだ。
家主の居ない時間を狙う空き巣と違い、居空きは家主の有無を問わず動向に躊躇いがない。私も気を付けなければ》
《二十七日目。
特筆すべき問題点はない。
そういえば士官学校の女子の体操着は何時からブルマーになったんだろうか》
《二十九日目。
そういえば忘れていたが、秋本教頭は赴任当初から校則改定に余念がなかったように思う。
近頃悪化した胃潰瘍によって不本意ながら入院を強いられている身の上なので詳しいことは知らなかったが、日向先生から情報を貰って驚愕した。
『クラス内のトラブルは担任教員またはクラス委員の判決に従う』?
『男子生徒は女子生徒の、女子生徒は教頭の指示に絶対服従しなければならない』?
『選考審査で代表に選ばれた女子生徒は、指示に従い奉仕活動に従事すべし』?
ふざけるな。これが学校の校則か? 私は怒りがこみ上げてきた。
しかし入院中の身である私にはどうすることも出来ない。日向先生も、近頃は学校の雰囲気が何処か怪しいので色々と理由をつけて仕事を休むようにしているらしい》
《三十二日目。
日向先生から連絡があった。どうにも学校が怪しいので勤め先を変えるのだそうだ。
賢明な判断だ。進行方向も解らないまま正体不明の敵に向かって行けば、待ち受けるのは十中八九敗北と死だ。
彼は逃げざるを得なかった。いや、逃げるべきだったのだ。こう言うのも何だが、彼はあくまで職員でしかなかった。
だが私は違う。私、高志・カーマインはデザルテリア国立士官学校高等部・軍用理学コースの卒業生だ。
卒業生である分、士官学校への愛は人並みにある。学校の為に己の身を擲つ覚悟も、あるにはある。
ならばどうしてやらずに居られようか。
そうだ。そうと決まれば、まずは胃潰瘍を治そう。話はそれからだ》
《三十四日目。
胃潰瘍が驚くほど早く治り、退院に漕ぎ着けた。あの軟体種の医者がくれた薬の効き目は素晴らしい》
《四十日目。
調査の結果、一部教員・生徒が秋本教頭と裏で繋がっている事が判明した。
全員で何人かまでは不明瞭だったが、自身以外の男性を扱き下ろすであろう秋本教頭の事だ。
全員が女性である事は予想が付く》
《四十一日目。
教え子の一人、中等部の女生徒で菌類種の三沢紀美歌が職員室にやって来た。
何でも、現行中の単元で解らない部分があるので教えて貰いたいそうだ。
思い付く限りの攻略法を伝授すると、元気な声で礼を言い去っていった。彼女は良い子だ》
《四十六日目。
身体に言い様のない違和感を感じるようになってもう三日になる。
医者に見せてもすこぶる健康だと言われたし、特に異常も見られないそうだが何かおかしい》
《四十七日目。
遂に決定的な情報を捕らえた。繋がっている女性達は彼の愛人だったのだ。
あとは該当者のリストと、教頭の悪行を実証するものがあれば私の勝ちだ!
しかし身体の違和感が酷い。精神科に通うべきか?》
《四十八日目。
特筆すべき事は何もない。身体の違和感が唐突に消え失せたが、やはり気のせいだったという事だろう》
《四十九日目。
頭が痛い。今日は一日寝ていよう》
《五十日目。
何だこれは……一体これは何だ!?私は一体どうなっている!?私に何が起こった!?
私は一体誰に何をされたんだ!?
私は|何処に向かおうとしている(・・・・・・・・・・・・)!?
私は何になってしまうのだ!?
これはそもそも何だ!?
……落ち着こう、そうだ。今日はもう今日は休もう。
私は間違っていたのだろうか。あの時転職していれば、こんな事には……》
《五十一日目。
こッ、こッれ、れはッ…一体ナんなンだ!?
私nO、
カRaDa牙ッッッッ、
ドろ…けtale……nあんえtッ……
ぁ……ぇぁぅ……g……》
そして音声は乱れ始め、やがては途切れた。
次回、遂に本格的作戦始動!