第五十一話 これは軍人ですか? 7.はーい、従姉妹の名言です
リューラとバシロの運命や如何に!?
―前回より―
――ラ――
(……)
――ューラ――
「(……ん、何だここは……私は確か、死んだ筈……)」
――リューラ、聞こえるかー?――
「(この声…――繁かッ!?)」
深い眠りから目覚めたリューラは、ベッドの上に寝かされていた。周囲には誰も見当たらない。この部屋が何処かは解らないが、少なくとも死後の世界でない事は確かなようだ。
しかし彼女は全裸な上に、右半身の拘束具は外され、変異した体組織が脈打っていた。自覚はないがかなり魘されていたのであろう、シーツが汗で湿っていた。
「これは……一体……。私は、死んだ……そうだ、死んだ筈だぞ……?」
一人考え込んでいると、部屋の戸をノックする音が聞こえてきた。
「……入れ」
ドアが静かに開いたかと思うと、エプロン姿で皿か何かを乗せたプレートを持った女が入ってきた。女の背はリューラよりも低く、見とれるような深紅のロングヘアを棚引かせている。
「漸く目が覚めたみたいね……良かった。さっき繁が起こしに行ったときは相方さん共々ピクリともしなかったって言うから」
女はプレートをベッドの側にあったテーブルに置いた。中を見てみると、どうやら揚げ麺を茹で戻したものらしい。橙褐色のスープからは、香ばしい香りが漂ってくる。
「……そうか…それは悪かったな……」
「いいのよ別に。それに謝るのは寧ろ繁の方でしょ。何もあんな事しなくたって、貴方を連れ出す方法くらいいくらでもあったでしょうに」
「……ああ、いや、いいんだ別に。それより、幾つか聞いて良いか?」
「答えられることなら」
「まず第一に、あんた一体誰?」
「私? そういえば自己紹介がまだだっけ。初めまして、私は清水香織。繁の従姉妹で、ツジラジでは司会と連絡係をやってるの」
「そうか……じゃあ次に、倒れてから記憶が無いんだが……私は一体何をされたんだ? 死んだと思っていたはずなのに、何でこんなところに居るんだ? あと、何故服が無い?」
「OK、一度には無理だから順番に答えていこうか。貴方が熱出して倒れたのは薬のせい。息苦しいのも心拍数が上がったのも全部そう。この辺りに棲息してるモリジガバチっていう蜂の幼虫は、頭と身体の側面に円錐形をした毒腺毛があって、そのせいで『ハリムシ』って呼ばれるんだけど、その虫が持ってる毒から作った薬。その薬を服用したあなたは一時的に発作を起こして仮死状態になったの。で、軍上層部の脳に私の魔術で介入してあなたを司法解剖にかけるよう仕向け、死体運送業者のふりしてあなたを運び出したってわけ」
「そうだったのか……」
「服がないのは、仲間の元開業医がそうするように言ったから。鎧みたいなのも解熱の邪魔だったから外させて貰ったわ」
「そう、か。苦労かけたな……」
「謝らなくたって良いのよ。あなたも相当苦労してきたんでしょ?」
「いや、そんな事ぁねぇさ……私は甘ったれだ。好き勝手生きてきた癖に、天才だ優秀だと周囲からチヤホヤされて育ってきただけの、甘ったれだ。
褒められるような事なんて一つも――「果たしてそれはどうかな」――な?」
「だってそうじゃない。貴方の過去を繁から聞いて、気になったから調べてみたんだよ。あなたは自分のことを『周囲の七光りで出世した自分勝手な甘ったれ』なんて思ってるかもしれない。でも、周りのみんなはそんな事思ってないんだよ。インターネットで貴方の名前を検索にかけただけで、ファンサイトが幾つも出てきたよ。有名人には大体毒づくのがセオリーなサイトでも、逆に貴方を否定する奴が叩かれる始末だったし」
「だから……何だってんだ? 他人の評価なんてアテになんのか?」
「なるね。寧ろ他人の評価だからこそアテになるんだよ。『自分自身のことは自分が一番よく理解出来ている』っていうのは間違ってない。でも、自分を客観的に見るっていう事は誰にでも簡単に出来る事じゃないし、他人じゃなきゃ気付けないような事だってある。物事を計る計りは一つじゃいけない。色々な計りを幾つも使って、ようやく真実に近付ける。自分の考えも他人の考えも取捨選択して、ようやく本当の自分が見えてくる。それが世の中ってもんなんだよ、きっと」
「他人の評価も強ちバカに出来ねぇってか。
有り難うよ、香織。お陰でなんか元気が出たぜ」
「そう、それは良かった。あと、良かったらスープ食べてね」
「おう、貰っとく」
「それじゃ、何かあったら呼んでね」
そう言って、香織は部屋を後にした。
「……繁の従姉妹か……なあバシロ、お前はどう思う?」
その言葉に応じるように、露出したリューラの右肩からバシロが顔を出した。
「どうって言われてもなぁ……見た目以外で解ることと言やぁ、かなり良い女だって事と魔術師だってことぐれぇだぜ」
「それは私でも解ってんだよ。繁にせよあの香織って女にせよ、どっちも私にとって最高なのは違いねぇんだ」
「……どういう意味だ?」
バシロは嫌な予感がした。
「どういう意味って、決まってんだろ? 容姿、性格、体形の全部がだよ!」
「……はぁ?」
バシロはリューラが何を言いたいのか今一判らなかった。
「いやだからさ……はっきり言うとあいつ等、マジけしからん! もといエロ過ぎるっ!」
「つまり、平たく言うと?」
「ヤりてぇ!」
予感が的中した。
「……そういやお前フタナリだったな」
「厳密には先天性生殖機能併合症っつう奇形の一種らしいけどな。奇形と言ったって障害が出るわけでもねぇ。ただ孕むも孕ますも自由ってだけでよ。孕ます率が極端に低かったり、孕む機能が無かったりするフタナリとは別物だ。調べてみたら男ベースもあってよ、フタナリは乳が張り出してんだが先天性生殖機能併合症はそれがなく、ツラも身体も生涯女みたいなんだと」
「あぁ。そこまで頭の回る作者が怖ぇよ」
「ま、私みたいな身体の奴が皆バイなわけじゃねぇ。私の場合、男と女の気質がゴタ混ぜんなったような精神状態でよ。バイはそれの弊害だ」
「そうなのか」
「まぁ、ヤるのも大事ではあるが、だ」
「どうした?」
「今の目標はひとまず、秋元の野郎を叩き潰す事だ」
「確かに、何をするにもそれが最優先だな」
こうして、新たな決意を胸に二人は再び眠りにつく。
次回、遂に士官学校の実態が明らかに!