第五話 逃げ込め!ツジ原さん
森の中を歩いていた繁は、そこでカタル・ティゾルの数奇な生態系を目の当たりにし……
―前回より・広葉樹林―
辻原は一人広葉樹林の中を進んでいた。
「驚いたな」
暫く歩いて、ふと辻原は呟く。
「こうして自然の中を歩いていると、改めて今異世界に居るんだと再認識させられる。草木も虫も、見たことのない奴ばかりだ。熱帯雨林の奥地にでも行かなきゃこんなのは居ねぇだろう」
辻原の言う通り、広葉樹林には奇妙奇天烈な形態の生物がひしめき合っており、そのどれもが彼にとっては興味深く思えた。
虹のようにきらびやかな翅の羽虫が飛んでいたかと思うと、それを目玉模様の芋虫が飛び跳ねて捕食する。
地を這う円錐形をしたムカデのような生物の身体は美しく輝く青色で、毒々しくも煌びやかな模様の翅を持つ蝶の複眼はカタツムリのように長く伸び縮みする。
根元が泥山のように脹れ上がった樹に登った蟻がその表面を触角で叩くと、樹皮が扉のようにスライドして開く。その中は蟻達の都市国家が如く有様だった。
ふと小さな紙飛行機のようなものが飛んできたので捕まえて観察してみると、その正体は植物の種子らしかった。
このように、自分が産まれ育った世界とはかけ離れた生態系を持つカタル・ティゾルの自然をもう暫く堪能していたかった。しかしそれを許さないのが現実というものである。
「探せェ!捕らえろォ!」
「悪漢ツジハラを捕らえて血祭りに上げるのだ!」
「引きずり下ろして細切れだ!」
林の向こうから聞こえてくるのは、間違いなく兵士達の雄叫びであろう。
「やべぇな。極力見付からないように逃げたつもりだったが、どうやら甘かったらしい。何処かに適当な隠れ家は……っと」
辻原はなるべく音を立てないように、姿勢を低く保って兵士から離れようと移動する。しかしそうこうしている間にも兵士達はどんどん辻原に近付いてくる。
事を案じた辻原は、ふと沢の側に広葉樹林に似つかわしくない煉瓦造りの家を発見する。
「あの家にかくまって貰うか……」
辻原は見付かるのを覚悟の上で立ち上がると、家に向かって全速力で走り出した。
―家の前―
何とか家の前まで辿り着いた辻原は、扉を叩く。
「ご免下さい!ご免下さいませ!家の方は居られますか!?」
幸いにも家主は在宅だったらしく、温厚そうな若い女の声が返ってきた。
『どうなさいました?』
「訳あってテリャードの兵に追われているのです!贅沢は言いません!兵が退くまで匿って頂きたい!」
『テリャード兵から!?何があったかは存じませんが早くお入りなさい!鍵は開いていますから』
「感謝します」
家主の計らいにより辻原は民家の中に逃げ込んだ。家の内装は和風とも洋風とも言える成り立ちで、中世ファンタジーと現代日本が混ざり合ったような雰囲気がある。
「土足で構いません。どうぞお上がり下さい」
奥の方から聞こえた家主の声を頼りに、辻原は恐る恐る家へと上がり込む。何分土足で屋内に上がるというのは初めてだったため、多少の躊躇いがあったのだ。そのまま暫く歩いていると、奥の方から家主らしき細身の女が現れた。部屋の雰囲気と同じような服装のその女は、整った顔立ちに深紅のロングヘアを棚引かせていた。
何処かで見たような顔だが、気のせいだろう。
「大変でしたね。しかし助かって何よりです――」
「いえいえ。此方こそ助けて頂き有り難う御座います――」
そしてお互いの顔を見た二人は、
「「――!?」」
一瞬ばかり硬直した。
「「……」」
そして数秒後。
「……繁…?」
「…香織…?」
再度顔を見合わせる繁と、香織というらしい家主の女。そして次の瞬間、二人の口から言葉が爆薬のように飛び出した。
「何で貴方が此処に居るのよ!?」
「そらァこっちの台詞だろうが!今まで何処で何してた?」
「何って、此処で生活してたけど?」
繁と会話を繰り広げるこの深紅の長髪が特徴的な女は、名を清水香織という。繁の従姉妹に当たる人物であるのだが、3年前の秋から行方知れずとなっており、その事は繁もまた深刻視している案件だった。
「まぁそういう事なんだが、そういう事じゃねぇわ。三年間も行方不明になっといて理由がそれだけってのはおかしくねぇかって事だよ!叔母様や俊一達がどんだけ心配したか判ってんのか?」
離れ離れになっていた母や兄弟の名を出された香織は、一瞬口をつぐむ。
「や……それは確かに、悪かったと思うけどさ……でも仕方ないんだよ。変な光に巻き込まれて、妙な奴に捕まった所をどうにか逃げ出して、気が付いたら何か魔法っぽいのが使えるようになってて……」
「何か漫画みてぇな話だなぁ」
「事実なのは確かなんだけどね。私も正直信じられなかった。でも、この家のお婆さんに拾われて、そこで色々な事を教わってね。そのお婆さんも半年前に病気で亡くなって、今は私が一人暮らししてる。仕事の合間にどうにか戻る方法を探したけど、結局は駄目だった」
「それで、ここに居続けてると?」
「そういう事。それで、繁の方は?何があったの?」
「俺か?俺はなぁ……」
辻原は香織に、今までの経緯を話した。
「つまり貴方は……ヴァーミンの有資格者になったって事?」
「そういう事になるな。『ヴァーミンズ・ヴォーセミ アサシンバグ』
つまり八番目で、象徴はサシガメって事だ」
「八番目って……溶解液の能力?」
「何だ、知ってるのか?」
「知ってるも何も、生前お婆さんが色々教えてくれたからね。象徴と名前だけなら一応十種類全部、覚えてるつもり」
「そりゃ凄ぇ」
「そうでもないよ。ただ、お婆さんは何時も言ってた。『ヴァーミンの有資格者を敵に回しちゃいけない』って」
「そんなにおっかねぇもんなのか」
「らしいよ。それはそうと、とんだ無茶をやらかしたっぽいね?よりにもよって王女の顔を焼いたとか何とか」
「正確には『焼き溶かした』だが、確かにそうだ。俺はこのヴァーミンの初発をコリンナ・テリャードの顔面に放ってやった」
「昔から変な所で本気出す性格だとは思ってたけど、どうも筋金入りみたいだね」
「お陰で城から出られたは良いが指名手配――つまり犯罪者だ。さて、どうする?お前は今現在、王女への傷害行為を働いた極悪人を匿っているわけだが」
「どうするって、決まってるじゃん。貴方をこのまま匿い続けて、その活動をサポートする。それだけよ」
「意外だな。お前は案外正義感の強い奴だと思っていたんだが」
「いや実は、私を呼び付けたのもあのコリンナって王女でさ。その件で結構個人的な怨みがあったりするのよ。あとあいつ、親手玉に取って贅沢し放題なもんだから偶に増税が酷いんだよね。態度も気に入らないし」
「そうか……あのガキ、見たとおりのクズだったようだな」
「そういう事。んで、繁はこれからどうするの?まさかとは思うけど、このままここに留まり続けるなんて訳無いでしょ?」
「勿論。折角異世界に来たんだ。何かやらずには終われねぇ」
繁はその晩から、早速活動計画を練り始めた。
従姉妹・香織と再会した繁は一体何をしでかすつもりなのか?